第118話 ピンチと救援と討伐の打ち合わせ

「くそっ、一体、何体いやがるんだよっ!」

「沢山ですよ、沢山!!」


足下には結構な数の魔物の死体が、それを踏んで体勢を崩しそうになるくらい転がっているが、襲ってくる魔物の数は一向に減った気がしない。

それどころか、増えているようにすら思える。


「ふんぬっ!」


ズドーンと大きな音を響かせて、大槌を振り切ったリヴァルが、魔物を退けながらまわりを見回した。


「しかし、これは拙くないですか」


確かに。

朝は遠いどころか、囲まれてから1時間と少しくらいしか経っていない気がする。これが朝まで続くんだとしたら、どこかで魔物のエサになりそうだ。


「そうは言っても、逃げる場所もないし、ねっ」


大剣を振り回しながらエレストラが答える。

そのとき、正面の闇の向こうから、強大な魔力が立ち上がった。


「げっ、あれ……オルトロスっぽくないですか?!」


引きつりながらシルヴァが叫ぶ。


「南部最強種までご登場とは、人気者はツライねぇ……」


魔物の包囲が心持ち狭まり、エレストラが大剣を構えなおしたとき、魔物が一斉にコートロゼの方を振り仰いだ。


「え?」


シルヴァが間抜けな声を上げた瞬間、膨大な魔力が空気を切り裂いて飛んできた。


「うわっ」


魔力を感知しながら闘っていたシルヴァにとって、それは光学式の暗視装置がオーバーフローで白く焼き付くかのような衝撃だった。

シャワーのように降り注いだ高レベルの魔力塊は、魔物の群れの上から絨毯爆撃のように降り注ぐ。


「! 来たか!」


エレストラが大剣を一振りして近場で魔法から逃れた魔物をたたきつぶし、コートロゼの方を見あげた。


「初めて見たが、こりゃ凄いね」

「な、なんです! これは!!」

「何って、南部広しと言えども、こんなことができるやつは一人しかいないだろ。噂の黒の天使アンジュ・ノワールに決まってるさ」


「マジかよ……」


今まで死にそうになりながら巨大な槌を振るっていたリヴァルが、槌にもたれかかりながらまわりを見回している。

額に穴を穿たれた魔物の死体が一面に広がっていて、すでに動くものは一体も残っていないようだった。


「サンサじゃ、一発の魔法で三千を越える魔物を屠ったそうだよ。数百くらい軽いもんだろ?」

「それって誇張された噂じゃなかったんですか?」

「目の前の現実から目を背けるようなやつは、長生きできないね」


魔法に遅れてものすごい速度で走ってきた馬車が、少し離れた場所に静かに停車する。


「それはともかく、あいつらどこから来たんです? コートロゼだとしたら、どうやってこんな時間でここまでこれるって言うんです?!」

「そりゃ、あの坊やだからさ」


馬車から降り立った小柄な子供を親指で指しながら、エレストラがそう言った。


「説明になってませんよ」


とシルヴァが肩を落とした。


  ◇ ---------------- ◇


なんだ?!


カリュアッドが中腰に立ち上がりながら、上を見上げた瞬間、どこか上の方で発生したとんでもない魔力の余波で、天井が震え、細かい砂や埃が降ってきた。

夢中になっていた学者先生達も、その動きを止めて、おそるおそる上を見上げているようだ。


「なんですか? 今の?」


ラノールが青い顔をしてささやく。魔力関係でお前に分からないことが俺に分かるかよ。


「上のエルダーリッチ様かな?」

「いえ、それとは……魔力の質が違いますね」


なんだと……しかし、援軍が来たにしちゃ、いくらなんでも早過ぎる。

エレストラの連中が何かと闘ってるにしたって、今のは派手すぎるだろ。リヴァルが叩こうがシルヴァが魔法を放とうが、あんな衝撃を与えることは不可能に思える。ってことは……


「あんなのが、まだ他にもいるのかよ?!」


くそっ、確かめに行くわけにもいかねぇな……生きてろよ、エレストラ。


あきらめたように、もう一度背を壁に預けると、2Fへと上がる入り口をにらみつけることしかできなかった。


  ◇ ---------------- ◇


馬車を降りると、長塁の前で3人の冒険者が立っていた。みんな疲れている感じだが、生きてるっぽいな。

同乗してきたヴァルスが、飛び出してパーティメンバの方に手を振りながら走っていった。あれがエレストラか。


「ノエリア。彼女たちの回復はまかせていいかな」

「はい」


頷きながらノエリアがエレストラ達に向かって歩いていく。


しかし、なんでこんなに魔物が集まってるんだ? まるであのときみたいだ。と名状しがたい形状をした像のことを思い出しながらまわりを見回す。


「相変わらずノエリア嬢ちゃんは容赦ねぇなあ」


御者席から降りたハロルドさんはつま先で近くの魔物を小突きながら、


「で、これ、どうするんだ? 素材を剥ぐにしても、この数じゃな」

「なんか稀少そうな魔物なんですか?」

「まあ、どれもそれなりに上位だから、これだけいればそこそこのカネにはなるだろうが……」

「時間がもったいないから、ほっといても良いんですが、それだとアンデッド化したり新しい魔物を惹きつけたりしますからね」


マップを確認すると、長塁の中はともかく、こちら側のまわり数百m四方には、いまのところ魔物は存在しないみたいだ。近場のやつは全員ここに集まってきてたってことだろう。

とりあえずリーナに回収をお願いしとくか。


「おまかせなの、です」


しゅたっと敬礼すると、魔物の死体の山に向かって駆けだしていった。走っていく端からまわりの魔物が嘘のように消えていく。いつも切り倒しながら瞬時に回収しているからかな、すでに回収職人の域だな。


それを見たシルヴァが、またも目を見開く。


「あ、あれ、一体どうなってるんですかね?」

「ぶわっはっはっはっは、魔物の山が、山がー!」


ノエリアにヒールをかけてもらいながら、エレストラは死体を回収しているリーナを見て大笑いしていた。


  ◇ ---------------- ◇


「こんばんは。カールと言います。ご無事でしたか?」


近づいてきた小柄な男――というより子供だね――は、まるで何事もなかったかのように丁寧な物腰でそう尋ねてきた。


「ああ。私がエレストラだ。おかげで助かったよ」


ぶっきらぼうな私の言葉遣いを気にするでもなく、ヴァルスが他の2人のメンバと話しているのをちらりと見てから


「回収した魔物については換金してお渡しできますが、そのものの方がいいですか?」


なんて何事もなかったかのように聞いてくる。坊やのくせに大物だね。


「いや。魔物はあんた達が倒したんだから好きにすればいいだろ?」

「私たちが倒したのは最後のところだけですから。それまでのぶんもあるでしょう。数えるのは面倒なので、折半で構いませんか?」


私たちが倒したのは、どう多く見積もっても5分の1以下だと思うけどね。仮にそうでなくても持って帰れないだろ、あんな数。メンバへの報酬もあるから、貰えるものは貰っておくけどさ。


「悪いね。それでかまわない」

「では、あちらで。さっそく下の救出……討伐なのかな? についてお話ししましょう」


話がまとまったと思ったのか、にっこり笑って気楽な感じでそう言うと、すたすた歩いていった。

封印じゃなくて討伐? ヘタな竜種クラスより強烈な魔力の話はしたんじゃないのかい? とヴァルスの方を見ると、ちゃんとしましたとばかりにコクコク頷いている。


ふと見上げると、剛勇のハロルドがこちらを見て、同情するように肩をすくめていた。

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