第24話 やらかしたとやらかしたとやらかした(ハロルドさんが)

バウンドに着いたとき、日は大分傾いていて、空が赤く色づき始めていた。


エンポロス商会の倉庫は、バウンドの一等地にある店舗のすぐ裏に併設されていて、なかなかの広さだった。思ったより大きな商会だったんだな。

しかしここは……


「ご主人様、ここはちょうどナーフとかいう猫族の女性がいた商会の裏手ではないでしょうか」


だよね。そういえばあの商会もエンポロスとか言ったような。


「カリフさん。もしかして、エンポリオ=エンポロスさんをご存じですか?」

「父ですが。ご存じでしたか」

「あ、いえ、以前ナーフという猫族の方に買い物でお世話になったときに、お名前をお聞きしただけで、直接お会いしたことなどはありません」

「おお、裏手の商会の方へ行かれたのですね。なにか失礼でも?」

「いいえ、大変良くしていただきました」

「それはようございました」


とりあえず、幌馬車の積荷を順番に並べ、その後プライベートな荷物をまとめて並べておいた。

襲われた件は、衛兵詰め所に報告しますとのことだったので、無くなった冒険者の亡骸は、どうせこれからギルドに報告に行く必要がある俺の方で引き受けた。


護衛兼運搬料として、10万セルスを持ち出してきたので、たった1時間の護衛でそんなに貰うわけにはいかないからと、3万セルス(一人1万だ)だけ貰って、いとまを告げた。


カリフさんは恐縮して、何か力になれることがあったら、いつでも相談して欲しいと見送ってくれた。


  ◇ ---------------- ◇


冒険者ギルドは、なかなかの賑わいだった。

今日の冒険を終えた冒険者達が、支払いをうけて、ちょっとくつろいでいる。そんな空気が流れていた。


「おかえりなさい。首尾はどうだった?」

「まあまあです。それと後で衛兵詰め所から連絡があると思いますが、護衛任務で亡くなった冒険者の遺体を預かっていますので、受け渡せる場所を教えてください」


「遺体ですか……承知しました」

「採取品の受け取りは、受け取り用のカウンターでお伺いします。こちらへどうぞ」


セルヴァさんについて行った先で、採取したものを取り出す。


「まずは、白金草が84本で、28束です」

「え?」

「え? 何束でもいいんですよね?」

「あ、はい。カール君はアイテムボックス所有者だったんだね。余り見かけないから、ちょっとビックリしちゃった。それにしても、凄いですね、1日で28束は始めてみました。一応白色金草でないかのチェックがあるので、ちょっと待っててね」

「はい。後は、薬草が185本で、37束です」


白金草のチェックが終わった後、依頼が精算された。

白金草採取が、依頼料3,000セルス+追加分23束で、11,500セルス。

薬草採取が、依頼料1,000セルス+追加分27束で、2,700セルス。

合計18,200セルスで、金貨1枚と小金貨7枚と銀貨12枚を貰った。


「それから、魔物の買い取りも行っていますか?」

「ええ、ここで大丈夫だよ」

「やや多いので、ここではちょっと……それから、解体はもう終わっています」

「解体済み?」

「ダメでしたか?」

「ううん、買い取りは、解体が行われていた方が高額なんだけど、なんていうか、少し技術的に問題があったりすると、安くなってしまうことがあるから」

「ああ、そういうことでしたか。多分大丈夫だと思います」

「わかりました。ではこちらへ」


と、作業台が並べられている、ちょっとした倉庫のような場所に案内された。魔物は全部売ってしまっても良いんだけど、何に使えるか分からないから、少しだけ残しておこう。

でもその前に、遺体を引き渡しておくとしよう。


「あの、最初に遺体をお渡ししてもかまいませんか?」

「はい、そちらの安置場所にお願いします」


俺は4人分の遺体をそこに安置した。


「冒険者の持ち物やお金は、回収費用の代わりに、回収した人のものにできるんだけど……」

「ああ、不要です。遺族がいらっしゃるようでしたら、その人に全部渡してください」

「わかりました。回収証明はギルドカードに記載されるから」


「では、素材の買い取りをお願いします」

「はい」


「まず、ブラックウルフの肉と皮と牙が80頭分です」

「は?」


積み上げられる肉と皮と牙に、セルヴァさんは唖然としている。


「え、あ……これ、今日の分だよね?」

「そうですよ。次に、ベアカーマインの皮と肉と両手が30頭分です」

「え、ええ?!」


「タイダルボアとバトルボアがそれぞれ15頭分。以上です」

「え、えと。ちょ、ちょっと待ってて」



ギルドの手空きの人総出で解体品質などの検分をしているらしい。

ギルド受付のロビーでしばらく待たされた。

リーナは閑そうに、座って足をぶらぶらさせている。さっき唐揚げを食べたから、お腹はまだ大丈夫みたいだな。


「おいおい、またなんかやらかしたって?」


俺たちを目敏く見つけたハロルドさんが近づいてきて、開口一番そう言った。


「やらかしたって、なんですか。ちょっと依頼のついでに人助けをしただけですよ」

「エンポロス商会の若旦那を助けて護衛までやったって? 良い金になったろ」

「たった1時間ちょいの護衛に金貨10枚払おうとしたから断って、3枚だけもらいました」

「なんだと? おい、そういうのはやめとけよ」


眉をひそめてハロルドさんが言う。


「え?」

「そりゃ高額に思えるかも知れないけどな、お前がそうやって、良い子ちゃんをやると、他の冒険者が困るんだよ」

「は?」

「誰だって安い方が良いだろ?」

「ええ、まあ」

「で、お前がその金額で達成するとだな、次に10枚を要求されたとき、ものすごくぼったくられているような気がするだろうが」

「……ああ、なるほど」

「だからダンピングは冒険者から嫌われるぜ? 基本かかっているのは自分の命だから、むやみに安売りしたくないんだよ」

「考えが足りませんでした」

「そうそう。まあ、金はあるところから取りゃいいんだよ」


「そうだ。例の腕輪の報酬、お渡ししますから後で宿まで来ていただけますか?」

「ああ、いいぜ。というか、このまま一緒に行って、晩飯たかっていいか? お前んところの飯、ウメーから」


悪びれもせず、ニカっと笑いながらそう言われると、ご馳走しなくちゃいけない気分になる。まあ、それでなくてもレアなものを譲って貰ったわけだし、ここはご馳走しましょう。


「お待たせしました」


セルヴァさんが、やってきた。


「お支払いですが――」

「ブラックウルフは80頭分で、皮が32,000、肉が16,000、牙が16,000セルスで、合計 64,000セルスです。

ベアカーマインは30頭分で、皮が24,000、肉が15,000、右手が24,000、左手が12,000で、合計 75,000セルスです。

タイダルボアは15頭分で、皮が6,000、肉が18,000、牙が6,000で、合計が30,000セルスです。

バトルボアは15頭分で、皮9,000、肉12,000、牙9,000で、合計30,000セルスになります」

「全部で 199,000セルス、金貨19枚と小金貨9枚になります。お確かめ下さい」


「お前、やっぱりやらかしてたのか」

「やらかしたのは、ほとんどノエリアですよ」

「嬢ちゃんもなぁ……」


「それでハロルド様、これから重大なお話があるので、会議室へおいで下さいとのことですが」

「重大な話? なんだよ」

「エンポロス商会の隊商が襲われた話は?」

「ああ、今聞いたところだ」

「どうやら、ゴブリントルーパーに襲われたらしいのです」

「……トルーパーだ?」


なんだ? 何の話なんだ?


「そりゃ、つまり……」

「はい。支配種が生まれた可能性があります」

「おいおい、竜種がうろうろしてたり、支配種が生まれたり、最近のバウンド周辺は一体どうなってんだ?」


「支配種が生まれると不味いんですか?」

「拙いの拙くないのって、ゴブリンシャーマンくらいなら、そうたいしたこともないだろうが、ゴブリンキングクラスになると、あっという間に50や100の集落が作られて、上位クラスのゴブリンナイトやメイジを従えるようになるのさ」

「今回はトルーパーまで出てきているんだから、そうとう強力な支配種のはずだ。1日放置しただけで、へたすりゃ倍にふくれあがる」


「そうです。ですから至急の討伐依頼が出されました」

「んー、仕方ねーか。カール、飯はまた今度な」


「……あの」

「ん、なんだよ?」

「その、支配種なんですが」


「どうしたの? 緊急討伐以来は基本的にDクラス以上でなければ受けられないから、カール君は参加できないんだけど」


「いえ、そうではなくて」

「なんだよ、歯切れわりーな」

「ゴブリンエンペラーでした」

「「は?」」


「なんでそんなこと知ってんだよ!」

「いや、帰り際にゴブリン村に出くわしちゃって」

「エンペラーじゃ、キングよりもレアでたちが悪いぞ。場所は分かってるのか?」

「ええ、まあ」

「じゃ、お前も一緒に来い。すぐに討伐に「もう倒しました」」

「「はああ?」」

「すみません、討伐報酬、申請し忘れてました」


「……あ、では一応ギルドカードを貸してもらえるかな」

「はい」


3人分のギルドカードが必要になるのかと思ったが、パーティの場合、全員の分に全てが記載されているらしいので、俺のカードを渡しておいた。


「えと、これ、カード壊れてませんよね?」

「たぶんな」


黒の峡谷

 ブラックウルフ x 82

 ベアカーマイン x 34

 タイダルボア x 17

 ダブルヘッドサーペント x 1

 ゴブリンエンペラー x 1

 ゴブリンシャーマン x 4

 ゴブリンメイジ x 12

 ゴブリンナイト x 16

 ゴブリントルーパー x 16

 バトルボア x 16

 ゴブリン x 265

 コボルド x 34


「ホントにエンペラーを討伐してやがる。しかもゴブリン265匹だ? お前らどこの国の軍隊だよ」

「いや、ほんと成り行きで。結構死にそうになりましたよ」

「ちょっとまて、このダブルヘッドサーペントって、もしかして、ちょっと南に下ったとこにいる、でっかい真っ赤なヤツか?」

「あれ、ご存じなんですか?」

「……赤い悪魔じゃねーか」

「なんです? それ」

「あの辺で冒険者を20人も喰い殺してるバケモンだよ」


「……はっ。すでに支配種が討伐されているのなら、すぐ伝えてこなくっちゃ。失礼します!」

「あ、エンペラーいります? シャーマンとエンペラーは持ち帰ってきたんですけど」

「聞いておきます。しばらくお待ち下さい!」


セルヴァさんは凄い速度で走り去っていった。


「はー。もう、お前、静かに生きるとか無理なんじゃねーの?」

「ええー?」

「金も貯まったろうし、この騒動が拡がる前に、どっかの辺境へでも逃げるしかねーよ。まったく」

「その前に、今回の事故の顛末を、ドルムに伝えなければと思っているのですが」

「あー、全然意識してなかったけど、お前、リフトハウスの坊ちゃんだったんだっけ? しかし、あれがたった4日前の事だなんてな。なんだか凄く遠い昔な気分になってきたぜ」


ハロルドさんが疲れたように首を振った。

まーた、ナルドールさんが出てきたら面倒くさいな……


「あ!」

「な、なんだよ、どうした」

「ノエリア、リーナ!」

「「はい(です)」」


「今すぐ、あっちの広場で買い食いして遊んできなさい!」

「リーナ。ナルドールさんの臭いがしたら、はちあわせないように、うまくかわせよ。こっちが終わったら広場に行くから」

「いえっさー、です」


そういって、小金貨を4枚ずつ渡して追い出した。


「なんだよ、今のは」

「レベルですよ」

「レベル?」

「あいつら今回の無茶な討伐で、レベルが25と26になってるんですよ」

「はぁ? いくらエンペラーでも、それは上がりすぎなんじゃ?」

「まあ、いろいろ理由はあるんですけど……それを、ナルドールさんに見られると、まーたやっかいなことになりそうで」

「なるよな、確実に。スキルマスクじゃレベルは隠せないしな」

「ですよね」


「しかし、お前は大丈夫なのかよ」

「あ、ボクは大丈夫ですから」

「……これまた怪しいな」

「あははははー。そんなことありませんよー」

「はぁ……」


赤い悪魔40匹分に加えて、エンペラー40匹分って、一体おれのレベルどうなってるんだろう。怖くて見られないよ。


それから30分くらい待たされた後、ナルドールさんとセルヴァさんを伴って、一人の男が歩いてきた。


 --------

 ナイアス=ハイランディア (19) lv.18 (人族)

 HP:266/266

 MP:266/266

 

 バウンド冒険者ギルド長

 --------


え、なにこの普通感。ギルド長がこれでつとまるの??


「君が、カール君か?」

「初めまして、カール=リフトハウスです。あー……」

「ナイアス=ハイランディア。ここのギルド長をやっている」

「よろしくお願いします」


「それで、今回のカール君の討伐報酬だが……セルヴァ」

「はい。ギルド平均で計算しますと、

 ブラックウルフx82で、16,400

 ベアカーマインx34で、20,400

 タイダルボアx17で、5,100

 ゴブリンシャーマンx4で、48,000

 ゴブリンメイジx12で、72,000

 ゴブリンナイトx16で、48,000

 ゴブリントルーパーx16で、32,000

 バトルボアx16で、8,000

 ゴブリンx265で、53,000

 コボルドx34で、10,200

 それに、ダブルヘッドサーペントが、250,000

 そして、ゴブリンエンペラーが、1,200,000

トータルで、1,763,100セルスとなります」


は? ひゃくななじゅうろくまんさんぜんひゃく?


「今回の緊急討伐依頼に組まれた予算が、金貨180枚なので、それが依頼料となる」

「依頼料180万セルスと討伐報酬176万3100セルスの合計が、今回の報酬総額となります」


目の前に金貨180枚入りの袋と、金貨176枚と小金貨3枚と銀貨1枚入りの袋が置かれた。


「シャーマンとエンペラーの死体は、倉庫に入れておいてくれたまえ。今回はごくろうさま。また、何かあったらよろしく頼むよ」


そう言って、ギルド長はきびすを返して去っていった。


「依頼料ってなんです?」

「緊急依頼は、それが出された時点で有効になるんだよ。それを解決しちまったから依頼料が払われる。どんなに業腹だろうと、依頼が受け付けられたにもかかわらず依頼料が払われないと、ギルドシステムの根幹が崩れるからな」


「それで、今回の依頼解決によって、テスタメントメンバーのランクがDになっています。こちらのカードは更新済みです」


ほんとだ、ランク表示がDになってら。


「加入した翌日にDってのは、少なくともバウンドじゃ最短記録のはずだぜ? しかもそれが10歳のガキたぁね。やっかみと、お前を倒して名を上げたいやつがわんさとよってくるぞ? 明日からしばらく背中に気をつけるんだな」


楽しそうに笑いながら、そんな危ないこと言わないでくださいよ。


「他のメンバーのカードは、いつでも更新できるから。本日はありがとうございました」


  ◇ ---------------- ◇


エンペラーの死体を倉庫に置いた後、リーナとノエリアを探して、広場に向かった。報酬の受け渡しがあるので、ハロルドさんも一緒だ。


「あいつら、どこに……」


二人を捜して歩いていると、道具屋の前を通ったので、ついでに柔らかい皮の小さな巾着をふたつ買って、焼き印でノエリアとリーナの名前を押して貰った。ディアスキンだな。ん、中々良いじゃん。

ふと思い立って、粗末に見える革の小物袋をいくつか買っておいた。


「お、あれじゃねーか?」


ハロルドさんの指さす先には、幸せそうに串焼きをくわえながら歩いているふたりの姿があった。


「ノエリア! リーナ!」


そう呼びかけると、一瞬ですぐ側までやってくる。


「お呼びですか?」

「ご主人様!」


しゅたっとポーズまできめている。


「おう、嬢ちゃん達、それはなんだ?」


「ニャンジャなの、です」

「ニャンジャだそうです」


「にゃんじゃ? にゃんじゃそりゃ」


ピキーン。一瞬で回りが凍り付き、静寂がその場を支配する。


「……ハロルドさん」

「いうな! 今は、……今は、反省している!」


リーナがぽんぽんと彼の背中を叩いて慰めている。


俺はそれを横目に見ながら、春宵の月陰亭へ向かって歩き始めた。ニャンジャを訂正するヒマもなかったよ。

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