第12話 うじゃうじゃと奥の手と一寸のゴミにも五分の経験値

――きりがない。


あれからもう1時間は戦っているような気がするけれど、アーチャグは一向に減ったような気がしない。

なにしろこいつら結構体力があるので、少々攻撃したところでなかなか死んではくれない。

向こうに見える、一番大きなレベル18の個体に到っては、HP:12,551ですよ?

ハロルドさんがレベル12くらいの個体に、思いっきり斬りつけても600くらいしか削れないんだから、そりゃ減らないって。


さらに、足にあたる4本の触手がまたやっかい。

尖端が鋭いナイフみたいになっていて、それをあたるを幸い振りまわしてくるものだから、避けるのも一苦労だ。


多少の切り傷は、ノエリアの回復魔法で何とかなっているが、レベルカンストとはいえ、唱えられる呪文がヒールしかないのでは工夫のしようがない。


レベルを上げたら、即、全ての呪文が使えるのかと思っていたら大間違いで、レベルはそのレベルの呪文を唱えることが出来るパスポートみたいなものなんだそうな。

自動で使えるようになるのは、各系統のレベル1の呪文だけで、それ以外は、弟子になったり魔法書を読んだりして覚える必要があるんだって。

だから各スキルを有効にすると大量のSPを消費するのに、レベルを上げるときはそうでもないのか。なんとなく納得した。


閑話休題。


「ハロルドさん。このままじゃ、埒が明きそうにありませんから、試しに『ハイムで移動作戦』を実行してみていいですか」

「出たとこ勝負の、死なばもろともってセンスが、冒険者らしくっていいよな」

「そんな冒険者、すぐに死んじゃうんじゃないですか」

「ははっ、実際そんなもん、だっ!」


アーチャグの触手を切り飛ばしながら、ハロルドさんが言い放つ。

よし、回収に0.3秒、移動+設置に1秒、実行に0.5秒ってところか。


「いくぞ、2秒稼いでくれ!」

「はい、なのです」


リーナが短剣で素早く突っ込んで敵を牽制するのと同時に、ハイムを回収した。

結界の縁をうろうろしていた魔物が、一斉になだれ込んでくる。その距離わずか4m。素早く動かれれば1秒もかかりはしない。


設置。


右からアーチャグの触手が飛んでくるのをダッキングで躱す。

足元に、アートラーヴァがまとわりつく。くそ、ちっこいヤツ、早ええよ。それを右足で蹴り飛ばしながら――


実行!


押し寄せていたアートラーヴァの群れが、綺麗な円形に開いていき、目に見えない結界のフィールドが認識できるようだ。


「いやー、これ、キッツイですね」

「今のをあと30回くらい繰り返せば、向こうの通路まで移動できるかもしれないが……戻るんなら1回で済むぜ?」


冗談めかしてハロルドさんが答える。

正直30回も繰り返せると思えないけど、戻っても他に手段がない。


ああ、もうこいつら一辺に掃除できればいいのに……掃除?|(きゅぴーん)

そう考えたとき、ある閃きが訪れた。


生活魔法の清掃ネトワヤージュを魔物に使用したら?


魔物が綺麗になるだけかも知れないけれど、もし魔物がゴミだとみなされれば、『一掃』される可能性がないだろうか?


生活魔法は、つぎ込んだMPの大きさによって効果の大きさが決まる特殊な体系だ。ノエリアの今のレベルは――


 --------

 ノエリア (17) lv.15 (人族)

 HP:1,592/1,644

 MP:2,016/2,280

 --------


よし、15レベルまで上がってる。MPも2000以上あるから、ちょっと試してみるか。


「ノエリア」

「はい、ご主人様。お茶にいたしますか?」


お茶って……周りはアートラーヴァで溢れてるってのに、肝が据わっているというか、見た目に反して意外と天然?


「ご主人様と一緒なら、きっと大丈夫です」


まるで聖女のような清楚で輝くような美貌が、完全に信頼しきったようにほころんでいる。

ううっ、なにかこう凄いプレッシャーを感じるぞ。


「ノエリア、頼みがある」

「お任せ下さい」


まだなんにも言ってないっての。


「おいおい、なにか奥の手があるのか?」

「失敗したら、みんなで大ピンチですけどね」

「それなら今と大差ないな。奥の手とやらに賭けてみるのもいいか」

「ご主人様は、リーナが守る、ですっ!」


リーナが強烈な突きでアーチャグにとどめをさした。ふたりともさすがに肩で息をしている。

この作戦は、失敗しても魔物が綺麗になるだけだから、攻撃されたとはみなされないだろうけれど、問題は、効果があって、かつ一掃できなかった場合か。攻撃をうけて生き残った魔物が結界を無視して一斉に襲いかかってくるだろうから、数が多けりゃ――想像したくないな。


  ◇ ---------------- ◇


「というわけで、詳細は今説明したとおりです」


ぎりぎり24をみんなに配りながら、これから行う作戦を説明した。生活魔法の清掃ネトワヤージュを魔物の群れにぶつけるという、言っちゃ何だが意味不明な作戦に、ハロルドさんは唖然としている。


「どう思います?」

「……生活魔法をそんなことに使うやつはいない。が、言われてみれば確かに、魔物がゴミや汚れだと見なされる可能性はあるかもしれん。ぶっちゃけ、どうなるのか、まったくわからんよ」


「生活魔法は、魔力をつぎ込めばつぎ込むほど威力が増す特殊な体系だと聞いています。なのでそこに思いっきりつぎ込んでやれば、いけそうな気がするんです。もし失敗しても、綺麗になるだけなら攻撃とみなされないでしょうしね」


「攻撃できた上で、倒しきれなかったときのことは……まあ、考えないようにしておくか」


ですよねー。


「じゃ、頼むぞノエリア。この部屋を綺麗にしてくれ。魔物は全部汚れだと思いこめ。全力で掃除きれいにするんだ」

「わ、わかりました」


あ、緊張してるな。無理もないけど。

他の3人が油断無く警戒する中、ノエリアが詠唱を開始する。


「魔物はクズ。クズクズクズ……ゴミゴミゴミゴミ……」


目を閉じたノエリアが、なにか小さくつぶやいている。……ヤンデレ化するのはやめてね。


現世うつしよの闇をはいずる罪咎ざいきゅう無用のものたちよ、清伶せいりょうたる我が願いに触れ、深黒晦冥しんこくかいめいに還れ」


生活魔法に詠唱? なんですか、それは??


清掃ネトワヤージュ!!」


詠唱が完成した瞬間、空気がキーン!と張り詰め、対象の一つ一つに極小の魔法陣が描かれたせいで、部屋の中が真っ白に輝いた。

その中心で目を閉じたノエリアが亜麻色の髪をなびかせながら、光のヴェールをまとっている。

部屋中のアートラーヴァが、次々と光の粒子になって空間に溶けていく。


「きれい、なのです」


リーナがそれを見て、呆然とつぶやいた。ほんとに幻想的なビジュアルだ。


周りに大量にいたアートラーヴァが、次々とぬぐい去られていく。が、死体が全然残らない。掃除で綺麗にしちゃうんだからあたりまえかもしれないが、これで討伐したら大赤字だな。


遠くに、光の粒子に包まれながらも、うごめき続ける触手が見える。やはり生き残ったやつはいるか。近場のやつで確認してみると――


 --------

 アーチャグ lv.2

 HP:1,150/1,150

 MP: 230/ 230

 --------


んん? 低レベルだがHPがまるで削れてない?

急いで周りを見回して、生き残ったやつのステータスを見てみると、みんなレベルが一桁だ。弱いやつには効果がない? そんな馬鹿な。いや、あの一番大きなヤツ、レベル18とかじゃなかったか? 何で今は3なんだ?


「ハロルドさん。急激にレベルが下がる現象ってありますか?」


唖然として周りを見ていたハロルドさんが、俺の質問を聞いて我に返る。


「お、おう。そりゃ、ドレインだな」

「ドレイン?」

「生命力を吸い取って相手のレベルを下げるんだ。アンデッド、特に吸血鬼ヴァンパイアの得意技だ」

「レベルが0以下になったらどうなるんです?」

「消滅だな。この世界から消えて無くなるらしいぜ」


つまり、大体15レベルくらいのドレインが起こったと考えれば辻褄が合うのか、そしてレベルが0になったヤツから消えて無くなくなったってことか……清掃ネトワヤージュって、ゴミや埃に対するレベルドレインだったのか!

もしノエリアが人間をゴミだと認識したら、レベル15未満なら消えて無くなるってこと?……怖っ。


しかし、埃にも経験値があったってことか。どうりで掃除を繰り返しているとレベルが上がるわけだ。


「ところでドレインって、攻撃と――」

「みなされるに決まってるだろ」


残っていたアーチャグが一斉にこちらに押し寄せる。

ハロルドさんが、あっという間に2体を切り伏せた。リーナの短剣が、最前線の1体を切り裂いて滅ぼす。

だが、レベル3以下とはいえ、まだ十数体が生き残っている。ハイムは回収したが、こちらに向かってくる無数の触手に対して、何も対抗手段を思いつかない。やばい……詰んだか?


そのとき横穴の奧から、巨大な咆吼が聞こえてきた。


「GWARARARAARRA!!」


ものすごい圧力を伴った空気が横穴から流れ込み、アーチャグたちの動きが止まる。


なんだ、あれは?


地響きを立てながら、横穴からぬっと現れた巨大なそれは、言ってみれば大蛇にティラノサウルスの足をくっつけたような姿をしていた。

アーチャグを一口でかみ砕き、次々と捕食しながら、こちらに向かってくる。こいつにとって、アーチャグはただの餌で、それ以上でも以下でもないようだ。


「リ、リンドブルム?」


ハロルドさんが、震えながら目を見開いてつぶやいた。

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