第21話 内緒話と空間魔法と初めての依頼

朝ご飯は、昨日作ったパンとシチューと、唐揚げ2個だ。どちらも美味しいが、リーナは醤油風味が、ノエリアは塩味が好みのようだ。

ご飯を食べたらすぐギルドに行かなきゃ。なにしろ今日の宿代が危ないんだよ。


  ◇ ---------------- ◇


「よお。依頼さがしか?」

「おはようございます、ハロルドさん。そうですよ。装備を買ったら今日の宿代が危ないんですから」

「アレがあんだろ」


とドアを開閉するパントマイムをする。ハイムのことか。


「カモフラージュってやつですよ」

「いろいろめんどくさくて大変だな」


苦笑いするハロルドさんに、近づいて声を潜めて聞いてみた。


「アレ、売れませんかね?」

「アレって、あのヘビのでかいのか?」

「です」


「そりゃ、何もなければ引く手あまただろうが……バラしたのか?」

「皮と牙と爪と鱗と、あと肉と角と血とゴミになりました」

「血? すげえな、どんなテクでばらしたんだよ」

「そこは企業秘密ということで」

「お前んところは、秘密が多すぎるだろ」

「いや、まったくです。それで売却のアテはありません?」


「そうだな、皮や牙や角は目立ちすぎる。少しの鱗や肉くらいなら……で、何枚くらいある?」

「鱗ですか? 普通の大きさなら1800枚くらいです」

「城が買えそうな勢いだな」

「お裾分け、いります?」

「……いや、あれは完全にお前だけで倒したわけだし」


一瞬躊躇したハロルドさんだけど、さすがは一流、矜恃も良識も持ち合わせてるってことか。でも、最初に飛び込んでくれたのはハロルドさんだったじゃん。


「肉、スゲー旨かったですよ」

「……くれ」

「了解です」


見え見えなエクスキューズのやりとりに、二人で顔を合わせて、ニヤニヤしちゃった。照れ隠しってやつだね。


「そういえばハロルドさん、空間魔法ってご存じですか?」

「あ? ライアル=マナス=デルミカントのか?」

「ライアル?」


「アル・デラミス王国ってのは、初代国王のサイオン=アル=デラミスが、初代宰相の大魔導師、ライアル=マナス=デルミカントと一緒に作った国なんだよ」

「へぇー」

「へぇーってなぁ……ほとんど伝説の魔法だが、今でも確か一人だけ、近衞魔術長のランドニール様が使えるって話を聞いたような……おい、まさか」

「いえいえいえいえ、聞いてみただけっ。ちょっと小耳に挟んだだけですよ」


だらだら変な汗を流しながら、引きつった笑顔でそういう俺を、あきらめ顔で眺めながら、ハロルドさんはこう言った。


「お前はもっと腹芸を身につけろ」

「……はい」


「なにかこう、鑑定をごまかすような手段はないもんですかね」

「切実だな」

「切実なんですよ」


「知られている対鑑定スキルというと『擬装』とか『スキルマスク』とかだな」

「レアなんですか?」

「下位のスキルマスクですら、鑑定並みにレアだ」


後でスキルリストを探してみるけど、見た覚えがないな。


「……はぁ」

「だが、スキルマスクなら魔道具があるからな」

「え?」

「いや、考えても見ろ、鑑定はレアとはいえ、バウンド程度の街でも、出会ってしまうくらいはいるんだよ」


ナルドールのことだよな。


「はい」

「各国のトップ級の会談で、お互いのスキルが丸見えだったりしたら、見られた方は著しく不利になるだろ? 鑑定持ちは連れてくりゃいいだけだが、王族がたまたま『擬装』持ちだなんて、ほとんどありえない確率だ」

「そうですね」

「だから『擬装』はともかく、下位の『スキルマスク』は、早くから研究されていて、それを実現する魔道具も作られてるってわけ」

「おおっ、どこで手に入れられますか?」

「……ここで、」


ハロルドさんが、腰のポーチからひとつの腕輪を取り出した。


「も、手にはいるぜ?」


なんと。そんな都合のいい話が?


「2年ほど前にガルドの古ダンジョンで手に入れたんだ。いつか使う日が来るかと思って取っておいたんだが……」

「え? え?」

「どうせ俺には、隠すようなスキルはないしな。ほれ」

「えー?!」

「ま、ほら、アレの肉と交換ってことにしようぜ」

「……鱗もつけますよ」

「充分だ」



「なにやら楽しそうですな」


突然声を掛けられて、振り返ると、ナルドールさんが立っていた。


「あー、で、どんな依頼を探してるんだ?」

「そうですね。討伐依頼の実入りが良さそうなのですが、なにしろFなもので」


「あー、できれば無視しないでいただきたい。酷いと思わないかね、お嬢ちゃん達」

「ご主人様は、素敵な方です」

「素敵なの、です」

「ふむ。調教が行き届いているようだね」


「それで何の用なんだ?」

「いや、ふたりとも、いたずらを企んでいる子供みたいな顔をしていたから、つい興味を引かれてね」

「つまり用はないんだな?」

「まあ、世間話のひとつでもしながら、探りを入れてみようと思ったわけだよ」


「探りって……」

「奴隷商の登録書類を遡ってみたんだ」

「はあ、それが?」

「キミの奴隷、あれね、数日前まで、レベル2とレベル3だったって知ってたかね?」


ヤバい。このオッサンは結構切れる上にしつこいぞ。

しかし、なんでこの件について、こんなにしつこく探ってるんだ?


「いやいやいや、さすがにそれはないでしょう。奴隷商の方が登録の更新を忘れてたんじゃないですか?」

「ふむ。その可能性はなくもない」

「なくもないどころか、それ以外説明できないでしょう」

「そうかね?」

「そうです」

「しかしだね、十分以上に可愛い女の子の奴隷をだよ? 奴隷商の手の内にいる間に、そんなにレベルが上がるような活動をさせるものだろうか? 傷物になったら困るだろう」

「憶測じゃなくて、現実を見てください。そしてそこから論理立てて仮説を組み立てるべきでしょう」

「一理あるね」

「登録されていたレベルは2と3だった」

「そうだね」

「でも今は20だ」

「そうだね」

「2日で17レベルのアップは無理だ」

「まあ、普通は無理だね」

「なら、現在の値が間違っていない以上、最初の登録が間違っていると考えるしかないじゃないですか」

「全くもってキミの言うとおりだね」


「ではスッキリしたところで、依頼を探してきます」

「呼び止めて悪かった、ハロルド君も、またね」

「ああ」


ナルドールさんは、事務所のある2Fへと上がっていった。


「ナルドールさんは、どうしてこの件について、これほどこだわっているんでしょう?」

「さあな、普通なら竜種の出現や、道が陥没するほどの異変の方が問題で、そこから生還した者たちにこれほどこだわるのは変だよな」

「未成年ながら、レベルが20にも達している美少女奴隷のせいでしょうか」

「それは、正直俺も興味がある」

「主に美少女の所に?」

「主に美少女の所に」


ひとしきり笑った後、依頼を探しに受付にならんだ。


「いらっしゃいませ、カールさん」

「こんにちは、セルヴァさん。Fクラスでも受注可能な、出来れば討伐系の依頼はないでしょうか?」

「うーん、今のところ、特定依頼はないみたい。でも、黒の峡谷付近の魔物は増えてるみたいだから、常時依頼の討伐はどうかな。常時依頼だと討伐数に応じた報酬になっちゃうけど、クラスの制限がないんです」


「ではその近辺で、なるべく依頼料のよい採取はありますか?」

「高めの依頼料だと、白金草しろがねそうの採取かな」

「白金草?」

「うん、MP回復薬の原材料なんだけど、とてもよく似た、白色金草はくしょくこんぞうという毒草と同じような場所に生えるから、採取が難しいの」

「根付き3本で1束、5束からの納品で、小金貨3枚。それ以降は1束毎に、銀貨5枚ですね」


「わかりました、他に薬草の採取もありますか?」

「根付き5本で1束、10束からの納品で、小金貨1枚というのがあります。それ以降は、1束銀貨1枚」

「全部引き受けます」

「全部? 大丈夫?」


心配そうに眉根を寄せるセルヴァさん。


「大丈夫です。ちょっとお金が必要でして。買い取りもこちらで?」

「ええ、それは大丈夫」


「あと、魔物の討伐は部位の提出などが必要ですか?」

「いいえ、討伐はすべてギルドカードに登録されるから大丈夫。カードはちゃんと、肌身離さず持っておいてね。紐で首からかけておく人が多いみたいよ」

「ありがとうございます。そうします」


「それでは、白金草/薬草採取の請願を受理しました。ギルドカードをお借りできますか?」

「はい」


俺は3人分のギルドカードを渡した。


「そう言えばパーティの名前は決まった?」

「テスタメント、でお願いします」


シールス様のせいでここにいるんだから、その「あかし」ってことにしよう。


「では、3人をテスタメントに登録しておきます」

「お願いします」

「はいギルドカード。気をつけて頑張ってね」

「ありがとうございます」



採取する草の形状などに関するレクチャーを受けた後、早速黒の峡谷に向かって出発した。まずはギルドカードを各人にセットしなきゃだ。


「ノエリア、リーナ」

「「はい(です)」」

「おいで、ギルドカードをつけてあげよう」


ゆうべ、リンドブルムの皮で作っておいた、細い革紐を利用して、ギルドカードをふたりの首にかけてやる。


いや、ノエリアさん。頬を染めて目線を下げないでください。


「大事なものだから、なくさないようにね。それじゃいこうか」

「出発なのですっ!」


リーナが元気に先頭に立って歩き出した。

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