第38話 サンサ防衛戦(後編)
伝令の早馬が南門を駆け抜けると、その後を追うように、住民の緊張が伝染していった。
現在防衛本部になっている冒険者ギルドに駆け込む頃には、あるひとつの噂が流れ始める。
「全滅した?」
「だって噂だぜ」
「何だ、噂かよ。だがなんでそんな噂が?」
「早馬に乗ってたやつが死にそうな顔をしてたからじゃないか?」
「は。まだ戦ってもいねぇお前だって、死にそうな顔をしてらぁ」
「ちげえねぇ」
聞こえてくる雑談をよそに、ハロルドさんは、腕を組んで壁に寄りかかったまま、俺を見ないで静かに尋ねた。
「それで、本当のところは?」
「ええ。先ほど、真正面から紡錘陣で魔物に突っ込み、侵攻の勢いが殺されたところで囲まれて殲滅されました」
「見てきたように言うんだな。いや、アーチャグの頃からそうだったが、実際に見ているのかもな……」
独り言のようにそうつぶやいた後、拳を握りしめて吐き捨てる。
「デルフォードの馬鹿野郎が。魔物に騎士精神なんか発揮してどうするよ。僅か300かそこらで数千に向かって正面から突っ込むなんて、バカ以外の何だっていうんだ」
「その意志が、自分を形作る礎になっているほどのものなら、誰にもそれを曲げることなどできませんよ」
「…………」
「願わくば、彼らが皆その意志を抱えて行動していたことを」
勝手に上司に言われて突っ込んだんじゃ、救われないからね。
一際大きな怒号が、南門の方から聞こえてくる。
「きたぞ! まるで森が動いているようだ!」
「いくつかのパーティで連係してあたれ! 単独で突出すると簡単に囲まれて、あっというまに魔物の腹の中だぞ!」
みんなそれぞれ、何かのために戦おうとしている。さしずめ俺は、だらだらと自由な人生をおくるためにかな。
ふと気がつくと、リーナとノエリアが真剣な顔つきで俺の行動を待っている。
――そして、彼女たちと楽しく生きるため、だな。
座っていた岩から腰を上げる。
「じゃあ、デルフォードさんに倣って、バカをやりに出かけますか」
◇ ---------------- ◇
「くそっ、数が多すぎる!」
「ゼブラ! もう少し下がれ!」
魔法使いのジラフールが、盾職の俺に向かって叫ぶ。
剣士のピューマンが、横にまわった魔物を斬り殺しているが、とても間に合わない。そのうち、横から回り込まれた魔物に囲まれそうだ。
俺たちのパーティ『銀月の誓い』は、サンサ周辺じゃ少しは知られたBランク目前のCランクパーティだ。
Bランク昇格試験前に、コートロゼで起こったスタンピードで周辺に散った魔物を、のんびりと狩りながら休暇をとるつもりでサンサに滞在していたってのに、なんだよ、このビンボークジは。
「まあまあ、倒した魔物は倒した者にその権利を与えるというお触れも出ましたから、ここを生き残れば結構な報酬が得られますよ」
弓を連射しながら、弓使いのホークスが気楽な感じで言う。こいつのポジティブさには救われることも多いが……
「ばかやろう! どこに素材を拾う暇があるってんだ!」
「はは、確かに」
いくつかの前衛職が主体のパーティが連係して、突出してきた魔物を倒しているが全然減っている気がしない。
本格的にヤバくなるまえに、街壁を利用した防衛に切り替えたほうが――
そう思ったとき、巨大な爆発音と共に、後ろの街壁が吹き飛んだ。
「なんだ?!」
振り返ると街壁が大きくへこんで崩れている。
「トロルだ、トロルの投石だ!」
魔物の集団の後方に、一際大きな体躯を揺らしながら数体の魔物が現れ、巨大な岩を壁に向かって投げつけている。岩が街壁に当たる度、大きな爆発音が鳴り響き、あちこちで壁が崩れかけている。
一際大きく崩れた箇所に、魔物の軍勢が押し寄せてくる。
「くそっ、押し込まれる! 壁を越えられたらもう止めようがないぞ!」
誰かの悲痛な叫び声が聞こえる。
またひとつ、こちら向かって巨大な岩が音を立てて飛んでくる。しかも俺たちに向かって。
最悪だ! あんなのに当たったらひとたまりもないぞ。ジラフールが盾の呪文を唱えているが、あれを防げるとは到底思えん。くそっ、これまでなのか。
そう覚悟したとき、目の前の岩が粉々に吹き飛んで、多くの細かい破片がジラフールの作り出した盾に当たってはじかれた。
なんだ? 一体何があったんだ?
後ろを振り返ると、何かが残骸となりかけた街壁の上にふわりと舞い降り、遮られた天空の星々の輝きが、しなやかで魅力的な女性のシルエットを描き出した。
「タルトース・タルタース・ハ・レベリトネールカ 光りすら滅するスコルの闇よ、生を喰らい尽くす暗黒の
静かで美しい詠唱の声が、信じられないくらい強大な魔力を集め、まるで空間がゆがんでいくようにすら思える。
あれは一体何者だ?
◇ ---------------- ◇
「はー、間に合ったか」
巨大な大岩が、何人かの冒険者をぺしゃんこにしそうな軌道を描いて飛んできたのを、ノエリアがシャドウランスをぶつけて完全に破壊した。
そして今、ものすごい勢いで俺からMPを吸い上げながら、初めて聞く呪文を詠唱している。集中できて理に適った音律ならどんな言葉でも良いとは言っていたけれど……
「シャドウランス」
そして最後に、まわりの誰にも聞こえないくらいに小さく静かにささやかれた魔法名が虚空に消えると、極限まで細く圧縮された魔力が、ザアーっと、驟雨が空気を切り裂くような音をたてて降り注いだ。
それはまるで、ノエリアを中心に拡がっていく波紋のように、見渡す限りの魔物が次々と倒れ伏していった。
「なんだ? 何が起こってる?」
「まさか……まさか、
「パーディション? レベル9の闇魔法の? うそだろ」
魔法系の冒険者たちの驚きの声が聞こえる。
すみません。シャドウランス(闇・レベル1)です。
折からの風に煽られ、ノエリアの長い艶めいたダークブロンドの髪がなびく。
今にも軍勢に押しつぶされそうだった冒険者達は、時折星影を反射して輝く髪と、官能に声を上げているような、その美しいシルエットを呆然と眺めるしかなかった。
リーナはリーナで、近すぎてシャドウランスのターゲットから漏れた魔物を、目にもとまらぬスピードで次々と切り倒している。
「で、お前は何してんの?」
街壁の下で、のびーと背伸びをしながら
しかたないんすよ、MP共有の距離制限が、交換と同じで大体5メトルなんすよ。それ以上離れると、ゆっくりと共有が解除されてしまうんすよ。
「いやー、故あってノエリアの5メトル以内にいなきゃいけないんですが、この壁、高さが5メトルくらいあるので、こう、できるだけノビーっと」
「ヤモリかよ。裏方も大変だな」
「分かっていただけて幸いです」
「かっこわるいけどな」
ハロルドさんは、笑いをかみ殺しながらそう言った。
分かってるっての。
「いいんですよ、どうせ影になってて誰にも見えないんだから。ハロルドさんこそ何してるんですか」
「お前の護衛」
ふと見ると結構な数の魔物が倒れていた。気がつかなかったよ。
「ありがとうございます」
「いいってことよ。これで一段落したってことでいいのか?」
そう聞いて、改めてマップを確認してみると、第1群はほぼ殲滅されていて、まばらに残った魔物を冒険者の遊撃隊が狩っていた。
しかし、最初に集中していた場所に、またぞろ魔物が集まり始めている。あそこに魔物を集める何かがあるんだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます