第101話 迷宮都市とデニーロとケンゴーダ

迷宮都市ガルド。

バウンドとディアスの丁度中間にあたる位置に存在するこの都市は、南の古森ふるもりと北のカリーナの森に挟まれた街道沿いに位置している。

周囲には多数のダンジョンが存在していて、大魔の樹海を除けば、王国一魔素の多い地域でもある。


アル=デラミスにおけるエンポロス商会の店舗は、ハイランディアと首都を結ぶ街道沿いの各街、


ハイランディア(ハイランディア辺境伯の領都)

バウンド(境界の街)

ドルム(リフトハウス伯爵領の領都)

ガルド(迷宮都市)

ディアス(赤の峰と白の峰に挟まれたマディアス峠の王都側出口

リラトロップ(首都)


および、聖都シールサとコートロゼの8店舗なので、当然ガルドにもリンクドアが設置されていて、迷宮産素材の取引に利用されているようだ。


ただ今回は少し面倒な手続きを経る必要があった。


「捨て置かれたり発見されていない野良ダンジョンならともかく、通常のダンジョンは出入りが管理されているからな、門を通らずに街の中にいることが、ダンジョンの立ち入り許可申請時に、たぶんばれるぞ」


とハロルドさんが教えてくれたのだ。


「え、そんなに厳しいんですか?」

「厳しいというか――」


通常、貴族が街に入る場合は、それを領主に報告する義務があるから、きちんと記録が行われるそうだ。ダンジョンの立ち入り申請書がそれと照らし合わされると、入街記録のない貴族が街の中にいることがばれて、なぜ貴族の身分を隠して街に入ったのかが問題視されるそうだ。

確かにそれだと、なにかしら暗躍してる感じがするな。


それで早朝、まだ夜が明ける前にリンクドアで移動して、空を飛んで壁を飛び越え、一旦外に出てから、もう一度門を通って街に入るという手順を踏むことになった。

都市上空の結界は、戦時など特別なときに使用するもので、通常時は都市を維持する魔力の節約のために使用されていないとのこと。


そういうわけで俺たちは、空が白み始めた頃、ガルドの門から丁度2kmくらい離れた場所をかぽかぽ進んでいた。


「あふー。眠いの、です」

「朝早かったからなぁ……このまま朝一でガルドに入ったりしたら、夜通し移動してきたみたいで目立ちませんか?」

「門がしまるギリギリに着いたから、仕方なく街の側で野宿してたとか言えば大丈夫だろ?」


バウンド方面から進むと、左手には若草香る明るいカリーナの森が輝き、右手にはねじ曲がる巨木がうっそうと茂る古森が拡がっている。


「ところでダンジョンって、どこにあるんです?」

「ん? カリーナの森にも古森にも、街の中にもあるぞ」

「街の中?! それって大丈夫なんですか?」

「街の中のダンジョンは、ダンジョンというより、遺跡といった方が近いかもな。浅い階層には魔物もほとんどいないし」

「へー」

「ただ、毎年調査隊が出されているにも関わらず、調査はいっこうに終わらないらしい。相当深くて広いんだろう」

「面白そうですね」

「まあな。しかし、今回はそれほど時間もないし、とりあえず、プリマヴェーラがいいだろう」

「プリマヴェーラ?」

「毎年春にできるニュービー御用達のダンジョンだよ」


毎年この時期に現れて、攻略されると消えて無くなる不思議なダンジョンなのだそうだ。

毎回同じ位置にできるわけじゃないので、まずはその捜索が大変なのだとか。


「今年のものが見つかっているかどうかも確認しないとな。まずはギルドに行こうぜ」

「了解。おまかせしますよ」


リーナとノエリアは、馬車に揺られながら寝息を立てていた。ああ、俺も眠い……


「なんだよー、寝るなよー。一人で起きてると寂しいだろ」


と文句を言うハロルドさんに、私もいるよとクロがいなないた。


  ◇ ---------------- ◇


まだ夜も明けたばかりだというのに、街の中心部に近い広場に面した大きな建物の前は、結構な数の冒険者で賑わっていた。さすがはダンジョンの街だな。


「俺は、ちょっと情報を仕入れてくるから、カール様たちはこの辺で待っていてくれ」

「わかりました」

「いいか、くれぐれも騒ぎを起こすなよ?」


と真顔で念を押して、ハロルドさんがギルドに入っていった。失礼だな、騒ぎなんか起こさないっての!


しかし、デケー建物だな。これが全部ギルドなのか。


「すごく、おっきー、です」


ポカーンと口を開けてリーナが建物を見上げている。うんまあ。でもその言い方はどうかと思うよ。


「おい、邪魔だ!」


大きな建物を見上げてぼーっとしていた俺たちに向かって、ぴかぴかのプレートアーマーを付けたガタイのいい冒険者がそう言い放ち、ぐいっと俺の頭を掴んでどけようとした。

その瞬間――


「触れてはいけません」


という台詞と共に、ピシーンという小さく甲高い音が響いて、掴もうとした手が跳ね上がり、プレートアーマー男はその勢いでたたらを踏みながら後ろに倒れ込み、どすんと尻餅をついた。


「ぐっ!」


周辺の冒険者達の注目が一気に集まり、ざわめきが途絶える。


ばつが悪そうにきょろきょろと周りを見回したプレートアーマー男は、慌てて立ち上がると、


「な、何をしやがった!」


と叫んだ。右手の籠手の部分が大きくへこんでいる。多分小さなストーンアローを高速でぶつけたんだろうな。


その叫びで状況を理解した周りの冒険者は、


「おいおい、デニーロなにやってんだ」

「なっさけねー。相手はどう見てもニュービーだろうが」


と面白そうにはやし立て始めた。


なにしろ俺たち3人は、誰もが一番最初に身につける初心者用革防具セットだし、唯一違うクロは、現在ちいサイズだ。

どこからどう見ても、ノエリアお姉さんに連れられてきた冒険者ごっこをしているおこちゃま4人組に見えるだろう。


「ご主人様に危害を加えることは許しません」


と颯爽と立つノエリアは、神々しい美貌で冷たくデニーロを睥睨している。どう見ても相手の方がでかいのだが、見下ろしているとしか言いようのない雰囲気だ。


「おいおい、あっちの嬢ちゃん……すげぇ美人だぞ」

「ご主人様だぁ? あのガキ、貴族のボンか何かか?」

「いや、それにしちゃ装備がショボ過ぎるだろ」

「どうみても、小金貨1枚1000セルスくらいの品に見えるな……魔法が付与されているようにも見えんしな」


「落ちぶれた貴族の跡継ぎが、お家再興のために、忠誠を尽くす侍女とともにガルドにやってきて、一旗揚げようとしているのかも……」

「なるほど! 忠誠を尽くす美貌の侍女と最後に残された一族の末裔……ドラマじゃねぇか!」


ノエリアがご主人様と呼んだだけで、なんだか壮大なストーリーが作られ始めてるぞ。


「な、な、なにが許しませんだ! Cランク冒険者のデニーロ様をなめんじゃねぇ!」


デニーロは腰の剣に手をやると、一気にそれを引き抜いた。


「あ。あのバカ抜きやがった!」

「止めなくて良いのか?」

「ばっか野郎、こんな面白……面倒に自分から巻き込まれてどうするよ」

「いや、しかし、朝っぱらからガキと女が斬られるってのも、ちょっとどうよ」

「うーん」


なんだなんだ、誰も助けてくれないぞ? こういうのも冒険者の流儀なのかな? いっそのこと『助けて下さい、皆さん!』とか可愛く言ってみても面白そうだな。


デニーロが剣を突き出して、何かを延々としゃべっている。テンプレ展開を期待していたとはいえ、実際にそうなってみると結構めんどくせーな。

いっそのことこっちから……


「……」


うぇ!? リーナがうずうずしてやがる。

いかん。こんなところでムラマサブレードなんか振り回したら、いくらプレートアーマーの相手でも、手足がとんでダルマになっちゃうぞ。


「リーナ。ムラマサブレードは禁止。殺すなよ」

「うっ。わ、わかってる、ですよ?」


目をそらして、ならない口笛をひゅーひゅー吹きながら返事をしている。こいつ、本当に斬る気だったな。


「き、聞いてんのか! こらぁ!!」


と業を煮やしたデニーロが斬りかかってくる。

その瞬間、ゴゴンという音が響いて、デニーロはゆっくりと前向きに倒れた。


「「「「「はっ?」」」」」


周りが一瞬で静まりかえる。


一体何が起こったのか、ほとんどの者は理解できなかった。

分かったことは、ただ、ゴゴンという音がしてデニーロが倒れ、短剣サイズの木刀を持った銀狼族の少女がその側に立っているということだけだ。


「今のは一体……」

「あの銀狼族の娘が、デニーロの四肢と頭を同時に突いてから、後ろに回って吹き飛んでくるデニーロの背中を突いたんだ。ゴゴンの最初のゴが前面の5段突きで、最後のゴンが背面の突きだったんだよ」


無造作に伸びた髪と無精髭にまみれたアゴの出た風貌の男が、ざしゅっと砂を踏みしめながら一歩前に出て、アゴをかきながらそう解説した。


「ケンゴーダさん!」


ほー。リーナの動きを追えるとは、ここにも、そこそこ強い人がいるんだな。


 --------

 ケンゴーダ (34) lv.39 (人族)

 HP:661/661

 MP:432/432

 

 体術   ■■■■■ ■■■□□

 剣術   ■■■■■ ■■■■□

 気配検知 ■■■■■ ■■□□□

 

 Aランク冒険者

 流水真如流師範

 --------


……加護なしでレベル9って初めて見たぞ。人生の全てを剣に捧げてますってタイプか。


「刹那に5回もの突きを繰り出し、木刀一本でプレートアーマーをひしゃげさせるとはなかなかの伎倆ぎりょう。ここで会ったは天の配剤か」


うっ。ダメだ、この人。めんどくさい人だ。

逃げようと思ったところへ、ギルドから、ハロルドさんが出てきた。


「おいおい、表が騒がしいと思ったら、一体これはどういうことだ?」


ぐるんと周りを見回した後、俺たちに近づき、リーナを手招きする。


「くれぐれも騒ぎを起こすなって、言ったよな?」


リーナは耳を伏せて、気まずそうにしゅんとしている。


「ご主人様を、守ったの、です」


ハロルドさんは、そういうリーナと倒れているデニーロを交互に眺めた後、


「そうか。よくやったな」


とリーナの頭をポンポンと叩いた。リーナの耳がちょっと復活した。


それから、デニーロの側にしゃがんで、


「おーい、生きてっかー?」


といいながら、プレートアーマーをカンカンと叩いたが、デニーロはぴくりともしない。


「死んだかな?」


いや、ちょっと待って。簡単に殺さないで。


「誰かこいつのパーティメンバーとか知り合いはいないか?」

「あ、じゃ私が」


と出てきたのは、細面のローブを着た男だった。


「君は?」

「ソナルタといいます。デニーロ――その男――と時々パーティを組んでいる魔術師です」

「じゃ、騒ぎを聞きつけて衛兵が集まってくる前にコイツを頼む。正当防衛って事でいいんだよな?」

「最初から見ていましたから」


大丈夫ですよとソナルタが笑った。


「なにしろ、喧嘩をふっかけたあげくに、子供にやられたなんて、きっと無かったことにしたいでしょうから」

「そりゃそうだな。じゃ、俺たちはこれで」


「おい、こちらを無視することはないだろう」


格好良く登場したのに、ハロルドさんの登場ですっかり無視された形になっていたケンゴーダが、業を煮やしてそう話しかけてきた。

やれやれといった感じで立ち上がって、ぽんとケンゴーダの肩を叩くと、


「いい歳して、街中で子供に喧嘩をふっかけんなよ。な、おっさん」


と言った。そうだ、そうだ。


「ぐぐぐ」


客観的に見ればその通りなので、ケンゴーダも言いよどむ。


「そんじゃあな」


と言って、ハロルドさんはそそくさとその場を離れようとした。


「え、あれデニーロ、ほっといていいんですか?」

「いい、いい。正当防衛だし、こっちはちっとも悪くないから。や・り・す・ぎ・だがな?」


張り付いた笑顔が怖いよう。ううう、これは確実にセッキョーか? ぐりぐり付きか?!


「ま、念のためだ。嬢ちゃん、一応ヒールをかけといてやってくれるか?」

「わかりました」


ノエリアがそういうと、緑の光がデニーロを包んでしばらくしてから消えた。


「アレで大丈夫だろ。そんじゃ行くぞ。今年のプリマヴェーラは、カリーナの森の奧で見つかったばかりだとよ」


緑の光に驚いた顔をしているソナルタと、どうにかリーナと手合わせできないか悩んで唸っているケンゴーダと、あいつら何者?といった視線を向けてくる周りの人たちを尻目に、俺たちはダンジョン探索に必要なものを揃えるために商店街に向けて歩き出した。


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