第99話 王太子誕生晩餐会(後編)

なぜ?! なぜ開催できるのです!?


「ドミノ大主教。どうした?」

「いえ、なにも……」

「仮にも教会を代表してメインのテーブルにいるのだ。そう仏頂面をしていると、王太子の誕生日を祝ってないかのように見えるぞ」


くっ、成り上がりの聖女ごときが。少しは協力しようとか、思わないのですか。


「お戯れを」


しかし、いくら無理をおして開催したとしても、さっきの今でまともなものが出せるとは思えません。

こうなったら、せいぜい恥をかいていただきましょうか。


  ◇ ---------------- ◇


「本日は、私の成人を祝うために多くのものに集まっていただき、神と皆に心より感謝するものである」


厳かな王太子のスピーチで晩餐会がスタートした。

居並ぶは、アル=デラミスの子爵以上の貴族家の当主夫妻と、招待だけは毎回されるが、大抵は国内の代理でお茶が濁される隣国――西のダビ王国、東のゼレンディア、北のドルトマリン帝国――の代表、全50組に、教会の代表を加えた51組。


「隣国の代表がそろったのは、王太子の融和政策への期待もあるだろうが、本命はどっかの誰かが創作した、マスクマンだってのがもっぱらの噂だぜ?」


ハロルドさんが耳打ちする。


「え、本当ですか?」


「カール様は知らないのか? 例の腕輪売却以来、バウンドはマスクフィーバーだってよ」

「マスクフィーバー?」

「ああ、マスクをつけて街をうろつくだけで、商人が歓待してくれるんだとさ」

「それでマスクマンだらけに」

「そういうこと」


いつぞやの冗談が本当になってるのか。しかし考えようによってはラッキーかな? 是非悪貨で駆逐していただきたい。


「それで、埒が明かないと思ったんだろ。随行員には、鑑定系のスキル持ちがずらっと」

「ええ?!」

「げに恐ろしきは、水面下の空間魔法使い争奪戦だねぇ」


王太子のスピーチ中に、サービスがアミューズをセットし、シャンパーニュをついでまわっている。一応王国にも乾杯の儀礼はあるんだとか。


「あの泡々した酒も、なかなかいけるよな。特に風呂上がり」


いや、ハロルドさん、あれ、ロデレールのクリスタルですからね。なかなかとか言ってると殴られますよ。後、風呂上がりはビールだよ。ああ、幼少の身が辛い。


さて、王国の貴族の皆さんが、どんな反応を示されるかな。


「乾杯!」


と皆がグラスを掲げ、その酒を口にした。


会場中から驚きの声やため息がわき上がる。よし、つかみはOKだ。

あ、もう2杯目を要求している人がいる。飲み過ぎないでよ?


皆がアミューズについて、品評しながらそれを食べ終え、シャンパーニュも大体空になったところで、ずらっとクレアマスをもった部隊が客席に並ぶ。

シャンパーニュグラスとアミューズの皿が下げられ、白ワインがセットされる。そして、クラドックの合図で一斉に、クレアマスがサービスされた。


食通を自認する貴族の一画からざわめきが漏れる。

うちに食べに来た貴族がいるらしく、ところどころでヴァランセという声が聞こえる。


よしよし、宣伝効果もバッチリだな。


  ◇ ---------------- ◇


「これは凄いな。インバークから目と鼻の先にある聖都でも、これ程のものは見かけんぞ。ここが王都であることを忘れそうだ」


と聖女が言う。

腹立たしいがその通りだ。クレアマスはその美味さに比例するように足が早く、地元ですら出すのが難しいと聞いている。一体、これはなんだ? なぜこんなものが突然用意できる?


「これは最近王都にできたヴァランセのスペシャリテじゃな」


と財務長官のヒョードル=トルゾー伯爵が言っている。ヴァランセだと?


「ああ、あのケモナーマークの」


とおもしろがるように商務長官ジョシュア=マッキントール伯爵が話す。


「エンポロス商会が申請に来ていましたが、設立目的のひとつにケモナーマークの普及というものがあって、あまりに変わっていたので覚えていますよ」


ケモナーマークだと? なにか嫌な予感がする。後で調べさせねば。


「これほど美味しい料理を出すのなら、私も行ってみますかな」

「残念ながら、相当先まで予約が埋まっているようじゃよ?」

「これは、出遅れましたかな」

「バウアルト侯爵に頼めば何とかなるかもしれんぞ?」


「トルゾー伯、またそのような戯れを」


とバウアルト侯爵が顔をしかめる。なんだ、かの侯爵と何か関係があるのか?

しかし、クソ。このままでは晩餐会が成功してしまうではないか。


  ◇ ---------------- ◇


「アーマーブラン、出ました!」


ふー。魚まで進んだか。これで、後はパイ包みだけだな。


「アーマーブラン、美味しいですよね」


とノエリアが夢見るような顔をしている。そうだな。


アーマブランはアーマーダイの一種で、白っぽく、アーマーダイよりも一回り大きなものを、アーマーブランとよんでいて、アーマーダイよりも旨味が強く美味しい魚だ。

それに、マリー達が必死でほじほじしました、と言っていたミズモガニの蟹肉を使ったスープ風のソースとグレープフルーツのような果物のジュレが添えてある。


「少し残っているから、後で食べようか」

「はい!」


「リーナは、お肉がいいです」

「はいはい」


ふたりとも皿作りに頑張ってくれたもんな。なんでも食べていいよ。


  ◇ ---------------- ◇


ドミノ様から連絡がない。


とうに晩餐会は始まる時間のはずだが、まさか待機場所を間違えた? ……いやいや、そんなはずは。

しかし、このままだと、この食材はどうなるのだ?


城からわずかに離れた路地に停められている3台の荷馬車に山と積まれた高価な食材を前に、スラリナンド商会の代表であるパンプ=スラリナンドは途方に暮れかけていた。


時を遅延させる魔道具でもあればともかく、あと10時間もすればダメになってしまうものも多数出るだろう。つまり今日中に使われる必要があるわけだ。

このままダメになっても、ドミノ様はきちんと引き取ってくれるだろうか? もし、しらんな、などと言われてしまえば、身代を揺るがす大穴になりかねん。


しかも、あの方なら、のうのうと「傷んだ食材に金は払えんな」くらいは言いそうだ。


これから、他の誰かに売ろうと思っても、デルピエーラ向けという名目で各地から金に糸目をつけずに集めさせられた食材が、簡単にさばけるはずがない。


苦悩するパンプの後ろから、数人の足音が聞こえてくる。

はっと顔を上げて後ろを振り向くと、失われかけた空の光に、最近飛ぶ鳥を落とす勢いの商会の若旦那の顔が見えた。


「おや、スラリナンドさんではありませんか。こんなところで、何かお困りですか?」


エンポロス商会の若旦那が声を掛けてくる。

そういえば最近飲食にも手を出しているとか聞いたな。うまくすれば損害を小さくできるかもしれん。


「いや、ちょっと、行き違いがあったらしくてね」


と簡単に説明した。


「ほう、それはお困りでしょう。どうせ今晩中にだめになるのでしたら、どうです? 格安でお引き取りしましょうか?」


若旦那はメモ板を取り出して、金額を書き込む。灯籠ロンテーヌが唱えられ、その光の下でメモを見た。


「いや、そんな金額で売れるはずがないでしょう」

「そんなことはないでしょう?」


若旦那の言うことを要約すれば、売り先にあてがなく、どうせ悪くするくらいなら、ここで幾ばくかでも現金を得ておいて、取引先には悪くなったものは捨てたということで、物がなくても請求してみればよいのでは?ということだった。

たしかに、どうせダメにはなるだろうし、ドミノ様への請求は、例えそれが認められなくてもせざるを得ない。ここで得る現金に関しては、それを得ても得なくても、私の現状に変わりはないというわけだ。なら得た方が良いのではないかと言われれば……確かにその通りだ。


「……いいでしょう」

「では、今晩中にダメになりそうなものだけ引き取っておきますよ。ダメにならないものは言い訳にも必要でしょう」


そして若旦那は、いい笑顔で、記録に残らない方が良いでしょうからといいながら、現金で支払をすませた。


  ◇ ---------------- ◇


パイ包みは、最初にナイフを入れたとき、その香りで衝撃を与え、口に入れたとき、さくっとした食感で衝撃を与え、舌に乗せたとき、その複雑で豊潤なソースの味で衝撃を与えた。

列席の人々は、声もなく切って口に運ぶを繰り返していた。


「なんだかシーンとしちゃいましたけど、大丈夫ですか?」


マリーが不安そうに会場を覗きに来る。

リーナとノエリアも、突然静かになった会場を見に顔を出した。


「ああ、大丈夫。あれは衝撃を受けて、しゃべるより食べる方が忙しくなってるんだと思うよ。これでマリーも王宮晩餐会料理人に鮮烈デビューだね」

「やめて下さいよ~」


なんて照れている。


デセールはすでに準備してあるし、これで終わったようなものだ。突然でみんな大変だったし、力一杯ウルグから毟ってやらなきゃな。


  ◇ ---------------- ◇


ドミノ大主教は、その奇妙な料理にナイフを入れながら考えていた。


なんということだ。皆が社交を忘れて食べるのに夢中になるとは……


あまりに会場が静かになったために、給仕が入り口から顔を覗かせている。ああも派手に顔を出すとは嘆かわしい。などと思いながら、ふとそのうちの一人に目がとまった。


!! あ、あれは?! あの女は、まさか、まさか、ベイルマンの……


「ヴォルヴァ?」


思わずつぶやいた、聞こえるはずのないその声が聞こえたのか、その女はこちらを見ると――人とは思えないほど美しい笑みを浮かべた。


しかし、その笑みは背筋が凍り付くほど恐ろしかった。

突然、ベイルマンの報告がとんでもない重みを持ってのしかかる。


ど、どうして、あの女が王宮にいるのだ?!

もしラップランドの系譜が今に続いていたとしたら、教会の暗部はおろか、王族の正当性まで問題になりかねん。

今更そんなことがアル=デラミスで起こってみろ、あっという間に周辺国につけ込まれ、人族の地位は地に落ちるぞ。そんなことが許されるはずがない!


「ドミノ大主教?」


ダメ、ダメだ! あの女を生かしておいては。


「ドミノ!」


はっ!


「あ、ああ、聖女様。どうしました?」

「どうかしているのはお前だろう。どうした、幽霊にでも出会ったような顔をしているぞ?」


幽霊? ああ、つい今しがた、過去の亡霊に出会ったところだよ。


「王宮は幽霊譚の多い場所だ。とりつかれないように気をつけろよ?」

「は、はぁ……」


くそっ、冗談にもなりはしない。


  ◇ ---------------- ◇


「シールス様の喜びは、飲み食いのことではなく義と平和と聖霊による喜びであるとは言うが、今宵の晩餐は、肉のある我らが身においては、飲み食いもまた喜びであることを思い出させる、王太子の成人を祝うのにふさわしい、大変素晴らしいものであった」


晩餐の最後に、教会の聖女が立ち上がり王太子への祝福を行おうとしていた。


「聖霊による新生と更新との洗いをもって、王太子の新しい生に祝福を」


そう宣言し、聖女の体が淡く輝くと、金色の光が部屋の天井ではじけて、王太子の体に降り注ぎ、出席者のどよめきが広がった。


「おお……」

「祝福が顕現するとは」

「神に愛されているというのか」

「王国も安泰ですな」


隣に座っているドミノは、苦虫を噛み潰したような表情で「最後までよけいなことを」と考えていた。


  ◇ ---------------- ◇


晩餐会が無事に終わりを告げて、今、厨房にくっついている使用人用のダイニングでは、サービスのチーフ3人に余ったコースが振る舞われていた。


「自分がサービスしていたものを食べてみたいでしょう?」


というと、全員がこくこくこくと首を縦に振った。

そりゃ興味あるよね。


「でもちょっとしか残ってないので、残念ながら全員には振る舞えません。チーフの役得として食べて下さい。内緒ですよ?」


と茶目っ気たっぷりに言うと、3人のチーフがくすくす笑った。それにヴァランセの5人。


試食で1食、テストで3食、晩餐会で102食、今ここで8食ふるまったので、残り6食。

コートロゼに帰って、ダイバとスコヴィル、トーストの家族に振る舞ってやるか。残りの1食は、約束だしな。俺たちで分けて食べよう。


サービスはノエリアとリーナだ。


うわーとか、なにこれとろけるーとか、思い思いにいろんなことをいいながら夢見心地で食べていると、一際立派な貴族らしき人が、


「少しよろしいかな」


と顔を出した。

俺は残りの料理をノエリアに預けて、そのまま気にせず食べるようにと申しつけてから、厨房の方へ移動した。




「すみません、こんな場所で」

「かまわんよ」


広い厨房には、すでに誰もおらず、がらんとしていた。


「それで、あなたは?」


と聞いては見たものの、俺はその顔に心当たりがあった。バークス名鑑に載っていた肖像画の作者は写実的で良い腕をしている。

そこにいたのはリヨン公。現国王サマルカンドの兄、その人だった。


「私は、ファンデルハール=ド=リヨンだ」

「初めまして、カール=リフトハウスです」


王宮へ行くと言ったら、いきなりダルハーンにたたき込まれた、上位貴族向けの長々しい挨拶をすませると、リヨン公が聞いてきた。


「インバークの湖上の館が売れたと聞いてね。とんでもない値段だったようだが」


その値段でも購入するとは、一体どういう目的なのかな?と瞳が語っている。


「ええまあ」


「あそこは元私の別荘でね、忘れ物をとりに行きたいのだが――」


俺は黙って、動画が記録された水晶の輪を差し出した。


「――少し遅かったようだね」


水晶の輪を受け取ったリヨン公は、ただ一言、


「見たかね?」


と聞いてきた。今更隠し立てをしてもしかたがない。俺は、ただ「はい」とだけ答えた。


ダイニングからは、楽しそうな声が響いている。そろそろアーマーブランだな。


「それで、どうするつもりかね?」


少しの間をおいて、リヨン公が訪ねてくる。


「別に、なにも。それは差し上げ、いや、お返ししますよ」


リヨン公は微かに驚いたように片眉を上げると、厨房に置かれていた椅子にどさりと身をあずけた。

ハロルドさんが気を利かせて、厨房の入り口の外で見張っている。


「あそこはね、16年前、彼女のために私が建てたんだ」


突然懺悔するように、リヨン公が話し始めた。


「岸からも離れているし、舟を使わなければ来ることもできない。強力な結界で視界や侵入を拒んでしまえば、プライバシーを守るのにとても良い場所だと考えたんだよ」

「はぁ」

「しかし、どういうわけか、その結界には常に負荷がかかっていた。最初は誰かが秘密を手に入れるために、この結界を破ろうとしているんだと思って警戒したよ」

「違ったんですか?」


リヨン公が言うには、あの場所はどうも大がかりな魔術的な何かの拠点だったようで、結界がそれと反発したらしい。

あの塔の魔法陣か。


「リヨン公爵様は、あの場所がどういう場所かご存じですか?」

「……あの池ができるまでは知らなかったよ。今でもはっきりとしたことはわからない」


当時は、2000年前の勇者の召喚に使われたものではないかと考えていたが、近くに他の拠点らしきものはない。

もし、拠点がまるで関係なく見えるほど遠方にあるとするなら、いくらなんでも規模が大きすぎる。国家の祝福とか、魔術的な防御とか、そう言う規模の魔法だってことだ。


「調べては見たが、そんな大規模な魔法が使われたという資料はまったく見つからなかった」


と、リヨン公は、肩をすくめ、腕を広げて、お手上げさといった感じのポーズを作った。


いずれにしても、プライバシーを守るために張った結界は、その魔術的な何かと干渉して、ある日突然効力を失った。


「間の悪いことに、そこをとある大主教に目撃されてね」


そのまま王になれば、このスキャンダルをネタにたかられる。そう考えて王を弟に譲って、王家から独立したわけか。


「彼女は引退させられ軟禁。娘はチェンジリングよろしく、どこかに預けられたようだ。問題は後継が育っていなくてね。急遽どこからか非常に魔力の強い8歳の女の子が連れてこられ、新しい聖女に選ばれた。その娘が一番の被害者だったかもしれないね」


まあ、そんな中で、想い出のひとつも欲しかったんだよ。と言って、水晶の輪を指でもてあそびながら力なく笑った。


それにしても、こんな危険な証拠を空き家に残しておくなんて……


「それは大主教の思惑だったようだよ。館をそのまま罪の象徴にして、見る度にそのことを思い出させようとするなんて、いかにも教会的じゃないか」


それで、便宜上売りには出していたけれど、誰にも買わせないようにしていたわけか。買われて焦ったろうな。脅しに使っていたとはいえ、第3者に漏れたりしたら教会の一大スキャンダルだ。


「長居をして悪かったね。これについては感謝する。今回は貸しにしておいてくれたまえ」


そう言って立ち上がったリヨン公に、つい


「あの場所から引き上げた資料は、すべてコートロゼのサヴィール司祭代理に渡してありますよ」


と言ってしまった。リヨン公は一瞬眉を上げたが、


「……そうか。調べた手前興味もあるし、機会があったら見せて貰うよ」


と言って静かに厨房を後にした。


  ◇ ---------------- ◇


翌日、領主の館にトースト一家を招いて食事会にしようと思ったが、クロが私食べてない! と主張したので(ごめん!忘れてた!)、やむを得ずマリーに6食新たに追加して貰って、ダイバ・スコヴィル・トースト一家x3・俺んちx5・カリフさんと秘書のシャリーアで会食した。

ライラさんは恐縮していたが、ミーナはクロと仲良く楽しそうに食べていた。


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