第116話 下層への脱出と死にそうなヴァルスと長い夜の始まり

「おい、全員無事か?」


闇の中にカリュアッドの声が響き、その声に応えるように灯籠ロンテーヌの光が灯った。

どうやらパーティメンバと調査隊の面々は全員がここにそろっているようだ。


「あ、あれは一体何だったのですか?」


ティベリウスは青を通り越して白くなりながら、カリュアッドに尋ねた。


「さあな。はっきりと姿を見たわけじゃないが、件のリッチ様だったのかもな」

「それにしても凄い圧を持った魔力でした」


急遽入り口に土魔法でバリケードを築いて、肩で息をしているラノールがつぶやいた。

あの魔力が放たれた瞬間、カリュアッドは急いで全員を下りの階段に押し込んで逃げ出し、下の階でラノールに入り口を塞がせたのだった。

あの正体不明の何かが追いかけてくるとしたら、頼りないにも程がある程度のバリケードでしかないが、とにかくないよりはマシだろう。


「しかし、下に降りてしまっては脱出ができないのでは……」

「ほかに方法が無かったからな。上にはエレストラ達がいるし、何かがあったことはすぐにわかるだろ」

「じゃあ、すぐに助けがきますよね?」


残念ながらそれはない。

俺がエレストラの立場だったら、あの魔力を感じた時点で、そいつを外に出さないことを考えるはずだ。

いくら脳筋とはいえ、訳も分からずいきなり飛び込んで助けに来るような奴が、コートロゼのトップ集団を張れるわけがない。

おそらくすぐにサンサかコートロゼに援軍をよびにやり、残りは入り口を封鎖するはずだ。最悪俺等ごと閉じこめることも厭わないだろう。

しかし、そんな話をしたって不安を煽るだけで意味はないか。


「ああ。しばらくここへ籠もってりゃ、なんとかなるだろ。いざとなったら、塔の横から上に出る穴を掘ったっていいわけだしな」


そんな魔力はないっすよと言わんばかりにラノールがこちらをにらむ。怒んなよ。方便だよ。


調査隊のメンバーは明らかにほっとすると、飛び込んできた時に舞い上がった埃が落ち着き始めた室内を興味深げに見回しはじめた。かっ、こいつらも学者バカだね。


さて、問題は水と食料か。

カリュアッドはラノールの袖を引っ張って隅に移動する。


「で、水はどのくらい出せる?」

「俺たちのパーティ4名だけなら、なんとかなると思いますがね。調査隊が6名。こちらの分を含めると水を出すこと以外は、できるだけやりたくないですね」

「とはいえ、こんな場所じゃ灯籠ロンテーヌは必須だろ」

「それは調査隊の先生達が」


とラノールが指さす方向を見ると、めいめいが勝手に灯籠ロンテーヌを唱えてあちこち見て回っていた。

どうやらこのフロアはインバーク同様、なにかの研究室のようだった。


「おいおい、魔物があれだけだと勘違いしてるんじゃないだろうな」

「好奇心が恐怖に勝ってるって感じですね」

「はぁ……パニックになられるよりはましだが、これじゃ何かあっても責任は負えないぜ」


カリュアッドはぶつぶつ言いながらダイノスを呼ぶと、藪をつつかない程度に下の階の調査を頼んだ。


「いずれ、このフロアを調べ尽くしたら、あいつ等が降り始めるのは目に見えてるからな」

「了解」


夢中でいろいろなものを調べている連中を親指で指しながらそう指示すると、ダイノスは音もなく下に続くと思われる出口から出て行った。


「あとは、食料だが……」

「何かが残っていたとしても、話の通りなら2000年前のものでしょうし、動物なんか絶対にいないでしょうね」


もぐらが壁から顔を出すのを待ちますか、とラノール。


「持ってきた食料は?」

「大部分は外のキャンプじゃないですか?」


すでに興奮の色を隠せない調査隊の面々は、調査器具以外の荷物を持っているようには見えない。

まあ、こんなことになるなんて考えないだろうからな。


「ってことはうちのパーティの非常食くらいってことか」

「それだってせいぜい2日分って所ですよ。調査隊まで分ければ1日分。節約してやっと2日分でしょう」


2日か。サンサまわりじゃ間にあいそうにないが、エレストラならカーテナ川底カーテナベッドトンネルバーロウを使うだろう。

なら、このことは半日しないうちにコートロゼに届く。問題はそこからか。

ギルドが動くかどうかも怪しいが、仮に援軍が出たとしても、カーテナ川底カーテナベッドトンネルバーロウをくぐってから長塁までの距離、馬などの移動手段を運べるだろうか?


「……ま、もやは俺たちにできることは何もねぇ。エレストラ達や、上のフロアにいるバケモンの出方を待つしかねぇな」


そういって壁際にどっかと腰を下ろした。


  ◇ ---------------- ◇


「はぁはぁはぁ……」


無惨に傷つきひん曲がった鋼鉄の盾を放り出し、地下道の壁に寄りかかっているヴァルスが激しく呼吸を繰り返していた。


「きちぃ……」


カーテナのほとりで馬から下り、長塁を飛び越えたところまでは良かったが、僅か数十メトルほど進む間に早速メガラプトルの群れにたかられたのだ。

しかしともかく結界石の内側には死なずに潜り込めた。後はトンネルバーロウをくぐってコートロゼに走り込むだけだった。




「少しお待ち下さい」


ギルドでヴァルスからの報告を受け取ったノアは、ギルド長を呼びに受付を立った。しばらくしてギルド長であるサヴォイが現れる。


「ギルド長!」

「話はノアから聞いた。竜種に匹敵するような何かが地下の遺跡で見つかったとか」

「そうなんすよ! 早く援軍を! 今は、カリュアッドの旦那やうちの姉さんが押さえてますから!」


ヴァルスが懸命に訴えるが、ギルド長の反応は鈍い。


「うむ……しかしな、それがコートロゼとどう関係するのだ?」

「は?」

「考えてもみろ、現れたのが国家災厄レベルの魔物なら国がそれにあたるだろうし、そもそも発生位置はカンザス子爵領なのだから、直接ベンローズ辺境伯領のギルドが首を突っ込んで良いものなのか?」

「し、しかし……」

「一応、至急扱いで上に報告はしておく。今回できることはそれだけだ」


そう言って、サヴォイはきびすを返した。

1人残されたヴァルスは、強く奥歯を噛みしめながら、力一杯拳を握りしめた。


ギルド長の言うことはもっともだ。だが、姉さんたちの命がかかってるとなれば、そう簡単に引き下がるわけには……


『そしてギルドに連絡したら、そのまま代官の坊やのところに駆け込みな』


そうだ! 坊やとやらのところに行かなければ!

ヴァルスは顔を上げて走り出した。


  ◇ ---------------- ◇


「それで戻ってこられたと?」

「ええ、まあ」


リンクドアをくぐって、流通拠点センターを出たところでカリフさんと鉢合わせした。それで領主館に向かいながら、報告を受けつつ今までの話をしたら、なんだか少し不機嫌になったぞ?


「どうかしましたか?」

「どうかじゃありませんよ。『良い素材が手に入りましたら、是非エンポロスにお売り下さい』と言ったではありませんか」

「あっ!」

「ダンジョンを制覇しておきながら、素材は全部売り払った後とは……」


とほほといった風情のカリフさん。いやもう、いろいろあってすっかり忘れてた。ごめんよ。

リーナがカリフさんの背中をぽんぽんと叩いている。


「まあ、詳しい話は、領主館ででも……ん?」


なんだか門のところが騒がしいな。

よく見ると、冒険者然とした男が、門の入り口でダルハーンを相手に何かを訴えているようだ。


「ん? ありゃエレストラのところのヴァルスじゃねーか」


ハロルドさんが目をすがめながらそう言った。エレストラって言うと、断罪で、爆笑の?


「そうそう、カール様のファン。しかし何事だ?」



「あ! カール様!!」


門に近づくと俺に気がついたダルハーンがこちらを見て声をあげた。


「丁度よろしゅうございました。こちらの方がカール様にお話があるとかで」

「あんたが坊やか?! 頼む! 助けてくれ!!」

「は?」


待て、坊やってなんだよ。


  ◇ ---------------- ◇


「順調にいってりゃ、いまごろコートロゼかね」


地面に突き刺した大剣を背もたれに、干し肉を囓りながらエレストラがつぶやいた。

空は徐々に赤くなって、夜が訪れようとしている。


「しかし、このまま夜が来るのは、ちょっとぞっとしませんね」


自分を抱くようにしてシルヴァが辺りを見回しながらそう言った。


「昼間ですら、結構な数の魔物がここに集まってきてましたし」


できるだけ素材は回収したかったが、死体を片付ける余裕なんて全くなかったから、死体は片っ端から長塁の無効に投げ飛ばしておいた。そのせいか、すぐそこにある長塁の向こうでは、時々何かが蠢いているのが感じられる。


長塁のこちら側は遮るものなど何もない荒野で、所々に灌木がまとまってる他は隠れる所などどこにもなかった。


「地下への扉も一応は閉じたけどね。上で魔物と、すったもんだしてるときに、下の何かが出てきたりしたら……って考えると嫌だね」

「しかしどんなに早くても、助けが向こうを出るのは明日の朝でしょう」


大きな槌を枕に、ごろんと転がりながらリヴァルが会話に加わる。


「ま、普通ならね」

「?」

「ヴァリスには、普通じゃないところに行かせたからさ」


ニヤニヤしながらそういうと、固い干し肉を食いちぎった。

そのとき、それほど遠くない距離からいくつもの遠吠えが響く。


「どうやら、またおいでなすったようだね」


エレストラが素早く立ち上がって大剣を引き抜く。


「こいつはちょっと数が多いようですよ」


リヴァルがまわりを見回しながらそういうと、いままさに消えようとしている最後の残照に無数の影が浮かび上がった。


「囲まれたら3人じゃきつそうだ」


エレストラはざっと辺りを見回して、長塁まで下がるように指示をした。

リヴァルが少し離れた位置に灯籠ロンテーヌを展開する。


ブラックウルフ……いや、上位種のダークウルフか。

ダークウルフは森狼よりと同程度、ランクE~Dの魔物だが、ひとつの群れ――10~15匹程度だが――になるとランクB程度の脅威度になる。森狼と違って初級の闇魔法を使って来る場合があるのも厄介だ。

ま、それでも


「単体だと大したことないんだけど、ねっ!」


エレストラが大剣を振り回しながら囲いの薄い場所に突っ込んでいく。


「またそんな! 長塁を背にした意味が無いでしょう!?」


シルヴァの補助魔法が突っ込んでいくエレストラを追いかける。


剣を振り回す度に1~2匹のダークウルフが蹴散らされるが、何しろ数が多い、徐々に長塁の前まで押し戻された。


「はぁはぁ。ほら、意味あったろ?」

「姉さんはアホですか?」

「しかしこの数、一斉に飛びかかってでも来られたらたまりませんよ」

「そこは大丈夫さ」

「? なぜです?」

「そんなことをして、躱されたらどうなるか、こいつ等は知ってるのさ!」


そういって足下に殺到してきた一匹を、大剣ですくって後ろに放り投げた。

その瞬間、ダークウルフがあげた細く悲痛な叫び声が、バキバキとなにかをかみ砕く音で打ち切られ、ダークウルフたちの包囲が一瞬で数メトル下がった。


「げっ! なんかヤバいの来てますよ!?」


それでも後ろを振り返らずダークウルフを注視しながらシルヴァが叫ぶ。


「気にすんな。実害はないだろ」

「ほんとですか? 長塁越しにアタシたちの頭を囓ったりしませんか?」

「さあな。未だかつて長塁を越えた魔物がいたという話は聞かないが、そのときは」

「ときは?」

「あきらめな!」


ジャンプをせず、足下に突っ込んでくるダークウルフを切り飛ばしながらエレストラが吠える。

昼の名残が失われ満天の星が姿を現した空に響いたその声が、長い夜の始まりを告げた。

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