第115話 下層の調査と強烈な魔力とそのころの主人公
魔法陣を専門に研究しているメルキーノ隊員が、興奮して床をはいずり回っている。
時折手元のメモ板に書き込みながら、ぶつぶつ何かをつぶやいていた。
「何かわかったか?」
「あ、隊長。すごく複雑で見たこともない規模ですから、もっときちんと調べないと詳しいことはわかりませんが、これはなんというか……大部分は、周囲から魔素を集めるためのもののようです」
「魔素を集める?」
集めて一体何をしているんだ? もしインバークにあったものも同じだとしたら、バカみたいに大規模な仕掛けになるわけだが。本当にそうだとしたら、なんというか、非常に嫌な予感が……
「2000年前から集め続けていたとしたら、その量は計り知れないくらい大きなものになるでしょう。それは、もしそれが消費されていなかったら、毎年エルダー・クリムゾン級の魔物が生まれかねないくらいです。そうでないからには何かに使われているのでしょうが……一体何に?」
何に、か。
例えば、魔物の数を減らすために、その素になる魔素をただ集めて何か無害なものに還元する、などと言うことも考えられはするが、何の現象も及ぼさずに魔素だけを消費するなんて話は聞いたこともない。
「……あまり時間は残されていないかもしれん」
「は?」
すでにインバークの魔法陣は壊れている。ここもいずれは同様だろう。つまり、今まで何が魔素を消費していたのだとしても、現在は供給されていない、または供給が減っている状態にあるわけだ。それがどんな影響を及ぼすのか、まるでわからない。
手遅れになる前に資料を探して、この施設の目的を明らかにしなければ
遺跡発見の興奮は、しだいに冷たい汗に変わっていった。
インバークと同じだとすると、階下には強力な魔物がいるかもしれない。今回、無理に降りるつもりはなかったが、どうしてもその必要がありそうだ……
ティベリウスはきびすを返して、カリュアッドの元に歩いていった。
「降りたい、だと?」
「ええ、この施設にあるかもしれない資料が、どうしても必要になる気がするのです」
「下には、居るんだろ?」
「わかりません。が、インバークにはエルダーリッチが居たそうです」
「そいつは、誰かが始末したのか?」
「そう聞いています」
「ふん。始末できるやつがいる程度の相手なら、こっちも問題ないな」
カリュアッドがフンスーと鼻息も荒くそう言った。
「おいおい、なに勝手に話をまとめてるのさ」
エレストラが突っ込みを入れる。
「いいじゃねーか。齢2000年級のエルダーリッチ様だぞ。そんな魔物、滅多に出会えるもんじゃねぇだろ」
「だからってなんであんたが行くことになってるんだい」
「そこかよ?」
「他に何があるってのさ」
ふたつのパーティが揉めている理由が「どちらが魔物と闘うか」ってのはともかく、それを押しつけあうんじゃなくて、俺が俺がで揉めてるなんて、コートロゼの冒険者というのは、やはりどっかおかしいな。
しかし、これで、降りられることは確定したようなものだから、助かったと言えば助かったのだが……
「いいか、もし中に強力な魔物がいるとしたら、インバークの件から考えてもアンデッド系だ」
「ああ、だろうね」
「だから物理、特に切る系の物理は圧倒的に不利だろ」
「ぐっ……」
エレストラのパーティは基本的に脳筋だ。
「……しかたないね。うちのパーティは上を担当させて貰うよ」
「ヒドラでもでてくりゃ、すぐに逃げ出して呼びに来るさ」
カリュアッドは笑いながらそう言いながら、エレストラに手を振り、ダイノスを先頭に下層へ続く階段を下りていった。
「インバークの塔は5階建てだったとか言ってたな?」
注意深く足下に気を配りながら、カリュアッドがティベリウスに尋ねた。
「ええ、エルダーリッチが居たフロアの先があったかどうかはわからなかったそうですが、上から1Fに魔法陣、2Fに地図、3Fが実験室のような場所で、4Fが寝室らしき場所、そうして5Fにエルダーリッチが居たそうです」
「ふーん。ならしばらくは大丈夫かな」
「油断は良くない」
短く太い声がする。カリュアッドのパーティでタンクをつとめる大柄な男、ジラルドが珍しく発言した。
カリュアッドのパーティは、斥候のダイノスが探索し、タンクのジラルドが敵の攻撃を受け止め、光魔法まで使える魔術師のラノールとカリュアッドの弓がメイン火力といった構成だ。
確かに、回復役を除けば、ほぼ全てが脳筋のエレストラのパーティと比べれば、アンデッドに向いていた。
「油断なんかしてねーよ。だが、何かが出てくるまではダイノスに任せておけばいいだろ」
そんな軽口をたたき合いながら、一同は地図のフロアに入っていった。
そのフロアは、インバークで聞いていたのと同じように円形の空間で、真ん中に丸テーブルが配置されているようだ。
現在は全員が入り口付近にいるため、
それを確認しようと、全員がその階段に向かって歩き、後少しでその出口に到達しようとしたとき、ダイノスが突然立ち止まった。
その気配は突然現れた。
「な、なんだ? 突然……」
ダイノスはギギギギと音を立てるかのように首をひねり部屋の中央を凝視する。
「おい、あれ……」
部屋の真ん中にある丸テーブルの向こうに何かがいた。
◇ ---------------- ◇
「なんだ?」
最初にそれに気がついたのは、塔の入り口付近を警戒していたシルヴァ――エレストラのパーティの回復役――だった。
「
エレストラは、焦ったような呼びかけに、何があったのかと、小走りに駆け寄る。
「なんだい? どうかしたのかい?」
「今、下からなにか……うわっ!?」
足下から突然吹き上げた巨大な魔力が、まるで物理的な力のように、長塁の向こうの木々の葉を揺らし、鳥の群れを飛びだたせる。
「こ、これは?!」
すぐに他のメンバ達も駆け寄って来た。
「こいつはヘタな竜種より強烈ですぜ」
片手剣と盾持ちのヴァルスが穴をのぞき込みながら、額に汗をにじませる。
「行きますか?」
エレストラよりも一回り以上ごつい、筋肉の壁みたいなリヴァルが、巨大な槌を両肩に担ぎながら、エレストラを見た。
カリュアッドからの連絡はない。そもそもあの男なら、例え竜種が相手でも簡単にやられるはずはないのだ。
それにヘタに突っ込んで、なんだか知らないがコイツを外に出すようなことがあったら余計に拙い。最悪カリュアッド達ごと閉じこめることも考えなくては。
「ヴァルス」
「へい」
「アンタの足が一番早い。今すぐコートロゼに戻って、このことをギルドに伝えるんだ」
「コートロゼ? サンサじゃなくて、ですか?」
「サンサなんかの連中に手に負えるような相手じゃなさそうだよ」
「しかし、どうせサンサを経由しなけりゃ……」
「バカをお言いよ。サンサまわりじゃ時間がかかりすぎる。カーテナまで長塁沿いに馬を飛ばして、あとは運を天に任せて大魔の樹海に飛び込みな。そしたら、
「げっ」
わずか百数十メトルとはいえ、樹海で、しかもカーテナの対岸だぞ? 気を抜けば一瞬で命を落とす。そこを走り抜ける? 1人で?
「そしてギルドに連絡したら、そのまま代官の坊やのところに駆け込みな」
「は? 代官になんの関係があるんで?」
「いいから、言われたとおりにすりゃ良いんだよ! ダイバじゃないよ、坊やの所だ。間違えるんじゃないよ!」
エレストラは大剣の腹でヴァルスの尻をひっぱたいた。
「りょ、了解です!」
◇ ---------------- ◇
「はふー」
リーナがお腹をポンポンと叩きながら大きく息を吐く。そろそろ狼じゃなくて狸になっちゃうぞ。
ミーノータウロスは意外とおいしい。牛っぽい味だがさすがにこれを放牧するわけにはいかないよな。いや、まてよ。ダンジョン内で養殖……しかし人型だしなぁ。抵抗感がある人はあるよな。
それにしても、でかミーノータウロスは結構なお金になった。初心者向けとはいえ、さすがはダンジョンボスだ。
「んで、本当のところ、これからどうすんだ?」
食後のお茶をすすりながらハロルドさんが聞いてくる。
「実は何も考えてません。ガルドへ来てから、まだ5日だし、足下のあのでかいのにも興味はあるんですが」
「ミーノースか? おりゃ、できれば二度とお会いしたくないね」
「あれ。珍しいですね。冒険者魂はどうしたんです?」
「だってなぁ。あれ、切っても叩いても死にそうになかったぞ。足下をくぐり抜けれてあの先に行けるのかもわからんし……冒険者魂ってのは自殺願望とは違うからな」
なんと。時々同じに見えてたのは勘違いだったのか。
「それに、特に予定がないなら、一旦帰った方がいいかもな」
「なぜです?」
「さっきギルドで聞いたんだが……」
どうやら、ケンゴーダがリーナを探してうろうろしているそうだ。あの流水真如流師範のめんどくさそうな人か。
一度くらいと手合わせしたら最後、修行と称して勝つまで何度でも挑んできそうなタイプだもんな。
「じゃ、一旦戻りますか」
そう言って立ち上がり、エンポロス商会を目指して歩き始めた。一時的な待避だから、出街して記録を更新しなくても大丈夫だろう。
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