第114話突然の訪問と新しい塔とクリスティーンの雇用者

その頃、地味で余り目立たないが、見る者が見れば非常に高価であることが明らかな服をまとった男がひとり、コートロゼの教会に顔を出していた。


「こちらにサヴィール司祭代理がいらっしゃると聞いてきたのだが」

「あ、はい。私がそうですが」

「おお、君が……」


男は感激したかのように目を細め言葉をとぎれさせた。


「あの?」

「ああ、これは失礼。私はファンディと申します」


ファンディと名乗った男は、貴族然とした綺麗なお辞儀をした。


「実は代官のカール様にお聞きしたのですが、カール様から、なにやら古い資料を譲り受けられたとか。それを是非拝見させていただきたく、参上した次第なのです」


サヴィールがカールからインバークの資料を受け取ったことは、それほど多くの人が知っているわけではない。

ファンディがどこからその話を仕入れてきたのかは分からないが、専門家から情報を得ているはずだ。しかし……


「失礼ですが、聖典の研究家の方でしょうか? ファンディ様というお名前に聞き覚えがないのですが」

「なるほど、貴重な資料ですから、おいそれと知らないものに見せるわけにはいかないでしょうな。では、私の身元は、前代官のダイバ様に保証していただくとしましょう。よろしければ領主館まで少々お付き合いいただけますかな」


そう言われてしまっては断るのも難しい。領主館までは人目も多いし、ザンジバラードの人たちの巡回も頻繁だから、突然襲われたりもしないだろう。


「あ、はい。言付けて参りますのでしばらくお待ち下さい」


  ◇ ---------------- ◇


「客? カール様がお留守の時に誰だ?」


まったくカール様は。税率が決定され、街の復興も順調に軌道に乗っているとはいえ、いきなり休暇などと、しかもそれを商人に言付けるだけでガルドに行ってしまわれるとは自由にも程がある。

しかし、特に来客の予定も無かったはずだが……


「ファンディ様と仰られましたが、ダイバ様にお会いすれば分かるとのことです」

「ふむ。わかった。が、この足ではなかなか動くこともままならん。こちらへお通ししてくれ」

「はっ」


一体誰だろう? と訝しがりながら、残っていた紅茶で喉を潤していると、ダルハーンがドアを開けて入ってきた。

それに続いて入ってきた女性と男を、いや、お方を目にした瞬間、私は鼻から紅茶を吹き出しそうになった。


ぶーーーーーー!


しーっと、女性のうしろで唇に人差し指を当てているのは、どう見ても王兄のリヨン公ではないか! な、な、何を考えていらっしゃるのか。


「いや、こちらのサヴィール司祭代理に私の身元を保証していただきたいと思いまして」


サヴィールというと、教会の? しかしどうしてそんな話に? 興味は尽きないが詮索は……許されないだろうな。


「あ、ああ、そうでしたか。サヴィール司祭代理。私は彼の方かのかたをもちろん存じあげております。身元も確かです。間違いなく保証いたしましょう」


  ◇ ---------------- ◇


あれから半時間ほど皆で地面を調べていたところ、長塁にほど近い場所に、他とはやや趣の異なる石畳が見つかった。硬化と保存の魔法がかかっていたのだ。

とりあえず硬化の魔法を解除しようとしたところ、やたらと効きが悪くて、解除の魔法が使える者全員でかからなければならなかった。そうしてやっとのことで石畳を掘り返したところ、そこには紋章のついた金属の扉が現れたのだった。


「本当にあった……」


呆然と隊員の誰かがつぶやいている。


サヴィールから聞いていた通り、それはカントンがないデルミカント――つまりは、ライアル=マナスの紋章だった。

扉を持ち上げようとすると、情報通り、内側から施錠されていたが、準備していた解錠の魔法――こちらも何度も掛ける必要があったのだが――で解除した。


「よし、じゃあ開けるぜ?」


エレストラが扉についていた取っ手に手を掛けて、力を込める前にティベリウスを見てそう言った。

ティベリウスは喉をごくりと鳴らしたあと、こくりと頷いた。


「ふんっ」


エレストラの腕の筋肉が盛り上がり、きしむ音を立てながら、わずかずつ扉が持ち上がっていく。

ある程度持ち上がったところで、扉にストッパーを噛ませて、数人で押し上げた。


ぽっかりと口を開けた入り口に細かな埃が舞い、中から流れ出す冷たい空気に、古いカタコンベ特有の枯れた死の匂いが混じっていた。


「確かにリッチクラスが出てきそうな雰囲気はあるな」


カリュアッドがその穴をのぞき込みながら楽しそうに言い、ティベリウスの方を振り返って尋ねた。


「栄光の第1歩はあんたが?」

「そうしたいのはヤマヤマですが、私では自分の身一つ守れそうにない。ここは手慣れた方にお譲りしますよ。ただし、余計なものに触ったり、足下に何かが書かれているようならそこは踏まないようにお願いします」


カリュアッドは頷きながら、自分のパーティの斥候に声を掛けた。


「ダイノス!」


その男は黙って頷き、静かにその穴を降りていった。


  ◇ ---------------- ◇


「なるほど」


ファンディと名乗ったリヨン公は、代官の屋敷にダイバが用意した部屋で、サヴィールの説明を聞いていた。


「ではすでに3組がその地図の情報を元に出立したわけですか」

「はい。なにしろコートロゼ発でしたので、サンサに集合した後、旧バウンドと、サンサの南と、赤の峰の3カ所を目指したようです」


サヴィールは地図の写しを広げながらそう説明した。

リヨン公はウーダの手記の写しをぱらぱらと眺め、時折本物をそっと開きながらじっと地図を見つめていたが、ふと手を止めると、


「司祭代理。率直に言ってこの遺跡はいったい何だとお考えに?」

「わかりません。でも古い時代に、なにか重要な役割を果たしていた――今も果たし続けているのかもしれませんが――ことだけは間違いないと思います。いくらなんでも規模が異常ですから」

「そうですね。……しかし、ウーダか」


リヨン公が本の表紙にあるサインを指でなでながらそうつぶやいた。


「これがもし4聖人のひとりだとしたら、遺跡の数は全部で5つ。あと一つは誰だと思われますか?」

「パウリア、ロエロ、フィリパルエ、ウーダ、ときたら、思いつくのはサイオン様でしょうか。もっともサイオン様を入れるなら、残りの4人は、バーディン、サイマール、バウワール、ディンが適当な気もしますが……」


ドワーフ族のバーディン、エルフ族のサイマール=エルランディア、獣人族のバウワール、竜人族のディン=ディン=ダインは、原典主義の研究者によると、実際に魔王を討伐したパーティのメンバーで、4つの種族から選ばれた4人の勇者の名前だとされている。


「ほう、司祭代理は原典主義でしたか」

「……いいえ。私はただ、真実が知りたいだけです」


真実。真実ね。

それはそれに関わる人の数だけあるってことを、この若き司祭代理が知る日は来るだろうか。願わくは、そんなことを知る前に、自らの真実にたどり着いて欲しいものだな。


それにしても、これほど大がかりな設備の情報が王家に伝わっていないというのはどういうことだ?

さらに教会の4聖人が関わっているかもしれないというのに、教会でも関連した情報がみつからない。よほど極秘のうちに進められ、証拠となるような文書も作られなかったか破棄されたかしたのだろうか。

しかし、国家規模のプロジェクトで、本当にそんなことが可能だろうか。もし可能だとしたら、国家のトップが全員関わっていた場合くらいだが……そんな規模で何をなしたことを隠したのだろう?


クリスティーンが持って帰ったあの指示書も大スキャンダルだが、発令者が明示的に記載されていなかった分、弱い。

この件を掘り起こせれば、教会に対しての大きなアドバンテージになって、彼女の居場所くらいは……


「ファンディ様?」

「え? ああ、どうも。ちょっと考え事をしていたようです」


司祭代理が心配そうにしているところを見ると、結構な時間思索にふけっていたのかもしれん。ともかく、聞きたいことは聞けた。あとはこの件についての情報をどこから得るかだな。


「突然お邪魔したにもかかわらず、今日はどうもありがとうございました。大変助かりました」

「いいえ、貴重な資料も研究者の目に触れなければ、意味をなしませんし。何かありましたら、また遠慮無くお訪ね下さい」

「感謝します。それでは」


リヨン公は、洗練された振る舞いで立ち上がると、ダイバへの挨拶もそこそこに、足早に領主館を後にした。


  ◇ ---------------- ◇


「はぁあああ~」


代官代理のダイバは、リヨン公が辞去の挨拶をすませて立ち去った後、緊張がとけた安堵感から大きなため息をついて椅子に深く体を預けた。


「しかし、リヨン公が偽名まで使ってこんな辺境を訪れるとは……」


いったい何の用だったのだろう。そう考えたとき、部屋にノックの音が響いた。


「入れ」


ダルハーンが開けたドアから、恐縮したサヴィールが入ってきた。


「失礼します。あの、お部屋を貸していただきありがとうございました」

「いや、それで一体何の話だったのかね?」

「はい。実は――」


サヴィール司祭代理の話によると、リヨン公は、カール様がインバークから持ち帰った歴史的な遺物を見に来たそうだ。

歴史的な遺物? カール様が持ち帰った? 聞いてないですよ……


「遺物とは?」

「はい、こちらです。古い手記のようなものですが……あ。あまり乱暴に扱わないで下さい、とても壊れやすくなっていますので」


開かずとも非常に古いものであることは一目瞭然だ。しかも表紙のサインには「ウーダ」とあるではないか。


「それで、内容は?」

「大部分は著者の告解のようなものです」

「告解?」

「はい。内容がお知りになりたければ写しが作ってありますが」


ウーダの告解ね……4聖人の1人かどうかはわからないが、もし本当にそうだとしたら、好奇心に殺される前に身を引くのが賢いのだろうな。


「カール様はその内容を?」

「はい。ご存じです」


それで何も仰らなかったのだから、私はそれを知る必要がないと言うことだろう。


「いや。やめておこう」


手記を司祭代理に差し出すと、彼女はそれを大切そうに受け取った。


「そうですか。本日はお部屋をお貸しいただきありがとうございました。それでは失礼します」


そう言って、静かに部屋を出て行った。

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