第117話 領民は大切です

「――と、いうわけなんです」


領主館の玄関ホールで、少し落ち着いたヴァルスが現状を説明していた。

彼らが受けた護衛って、例の塔から出た地図の×印探索だったのか。じゃあ、またエルダーなリッチ様とかがいたのかな。


「いや、そんな話を領主ここに持ち込んでどうするつもりなんだよ?」


あきれたようにハロルドさんが答えた。

まあそうだよな。つまるところ、冒険者が依頼を受けて冒険に出たところ、予期せぬ大物に出会ってピンチに陥っているってことだもんな。


「え? あ、いや……エレストラのあねさんが、ギルドに報告した後、代官の坊や……すみません。のところに行けって」

「ははぁ、なるほど」


ニヤニヤしながら、それに続ける。


「エレストラはカール様のファンだもんな!」


それはもういいから。


「ま、それはともかく、強力な魔物が出たと言っても所詮は他領の話だ。ギルドに持ち込んだところで、助けを出したら出したで他領のギルドの管轄を侵犯することになりかねないし、それだけですぐに動けるはずないだろ?」

「……ギルド長にもそういわれました」


「第一これから人数を集めて出発できたとしても、すでに手遅れくさいしな。それ以前に誰の依頼かもはっきりしないんじゃな。エレストラはなんて?」

「ただ、報告しろと」


なるほど。ギルドへの報告はただの手続きなわけか。


「まあまあハロルドさん。細かいことはいいんですよ、論点はひとつだけ――ヴァルスさん、エレストラさんはコートロゼの住民ですか?」

「は?」


突然の質問にヴァルスが変な声を出す。


「つまりコートロゼに住んでいて、コートロゼに税金を払っていますか?」

「え? あ、はい。ここ数年は」


それだけ聞ければ充分だ。


「よし、ハロルドさん。代官として領民は保護しなければなりません! 行きましょう! 領民を助けに!」

「……領民ね。で、どうやって?」


どうやって、か。

普通の馬でサンサまわりだと、飛ばしたところで丸1日以上かかることは確実だ。トンネルバーロウ経由だと向こう岸の出口から長塁までが問題だろう。


トンネルバーロウを抜けて馬を運ぶのは無理です」


ヴァルスがそういって、こちらへ来たときのことを話した。

まあ、メガラプトルの群れにでも襲われたら、馬などひとたまりもないだろうな。そもそもジャングルを馬で抜けられるのかという問題もあるし。


「しかし、サンサまわりだと1日どころか2日かかるかも知れませんよ?」


下を向いたヴァルスが、クソっと小さくつぶやくのが聞こえた。

これはしょうがないな。


「じゃあ、ハロルドさんクロの用意を」

「いいのか?」


下を向いているヴァルスの方を目で示す。


「緊急事態ですし」

「ふむ」


そういって、腰を上げ、クロの準備をしに行く間際に、ま、箱馬車内に綴じ込めときゃ、わかりゃしないって、とこっそり耳打ちされた。それもそうか。


  ◇ ---------------- ◇


あれから結構な時間が経った。俺たちが逃げ出したのが昼頃だったから、そろそろ夜のとばりが降りる頃だろう。

カリュアッドは、座り込んだまま、後頭部をごつんと壁にあてて目を閉じた。


斥候のダイノスによると、ひとつ下のフロアは生活空間っぽい場所で、ベッドを始めとするいくつかの家具がおかれているだけだったそうだ。特に危険もなさそうだとのこと。

そうしてその下のフロアは――


「なんというか……静謐、だった」

「静謐?」

「そうだな、霊廟って感じだ」

「誰の?」

「だから、雰囲気だ」


――霊廟ねぇ……上の野郎が事前の情報通りエルダーリッチだとしたら、元になったやつの墓なのかね?

それがなんで2Fなんかをうろついてやがったんだ?


「こ、これはー!」

「げぇ!」


しかし、学者先生ってのは元気だね。まるで遊び場に連れて行って貰った子供みたいに歓声をあげてやがる。

上のやつが聞きつけて降りてきたら大変だからやめて欲しいんだが……注意する度に、ああ、すまないとか言いながら、すぐに元にもどっちまう。

まあ、こんだけ騒ぎ続けてやってこないってことは、大丈夫なんじゃないかとは思うが。

それにしたって、触れた何かが、ボロボロに崩れるたびに怪しげな悲鳴を上げるのだけは、魔物にでも襲われたんじゃないかと気を遣わなければならないのでやめて欲しいんだけどな。


いままた、ぶつぶついいながら壁に掛けられた崩れかけた羊皮紙を見ていた男が、左から移動してきて、カリュアッドの足に引っかかり転んだ。


「うわっ!」

「おいおい、大丈夫か?」

「ててっ……あ、はい。すみません」


と誤りながらも、目は壁に向かっていて、こちらを見ていない。


「そんなに面白いものかね?」


とつぶやくと、その男――確かメルキーノとか言ったっけ。上の階で魔法陣の上をはいずり回ってたやつだ――が、始めてこちらを見て話し始めた。


「それはもう! 見て下さい。この壁沿いにずらっと貼ってある羊皮紙は、上の魔法陣、というよりこの塔の設計図のようなものなんですよ!」

「あ、ああ」

「この塔の外壁の一部には、稀少な白魔導石が使われていて、さらに魔法陣のフロアの床にもそれが敷き詰められているようです。そしてそれらは直接繋がれているようなのです」


それから興奮したメルキーノが滔々と話した内容は、あまりに専門的すぎてほとんど理解できなかったが、要はこの塔がまわりの魔力を集めて何処かに供給しているのではないかということらしかった。


「これほどの魔素を、これほどの効率で集めるとは凄いですよね。しかも2000年もの間動作し続けているとなると耐久性も完璧です。これを利用すれば魔石のいらない魔道具が作れるはずです。ランニングコストなしで魔道具を利用できるとすれば、飛躍的に普及が進む可能性もあるんです!」

「そいつは凄い。が、2000年前にその技術が確立されていたのに、現在それが普及していないってことは、なにかの欠陥なり問題なりがあったんじゃないか?」


はっと気がついたように真顔に戻ったメルキオールが深く思考に沈んでいく。


「……なるほど」


ちょっとした思いつきを言っただけなのに、こいつは参ったな。


「まわりの魔素を全て集めると言うことは……魔素が薄くなって……奪い合い? 魔素ゼロで魔法は発動……するのか?」


なんだかぶつぶつ言ってやがる。あーあ、もうあっちの世界へ行っちゃってるな。

まあ、パニックになって騒がれるよりはずっとましか。


ふうとため息をついて深く腰を沈める。しかし助けは――


「来るのかねぇ……」


  ◇ ---------------- ◇


「え、馬車?」


ヴァルスは、驚きながらそう言った。

あれからすぐ、防具を身につけて出てきた代官様ご一行は、準備された馬車に乗り込んでいった。

馬車を利用するってことは、サンサまわりだ。それだと丸1日以上かかるわけだし、それならもっと多くの軍勢を連れていくべきなんじゃないだろうか。

小回りのきく少人数で移動するなら、もっと移動の早い手段で行くべきだし、そもそもあんな状況で助けが4人――剛勇のハロルドはともかく、子供と華奢な女2人ならなおさら――増えたからと言って、いったい何の役に立つと言うんだ? ヘタすると被害者が増えるだけなんじゃ……


「まあまあ、いいから黙って乗りな」


剛勇のハロルドが、馬車のドアを開けて催促する。仕方ない、腹をくくるか。どうせギルドの助けは来ないんだ。

馬車のドアが締められると、中には、代官と2人の女が座っていた。


「よし、じゃあ、飛ばすぜ」

「うわっ!」


一声掛けてスタートした馬車は、いきなり凄い加速度で駆けだしたようだ、が……


「ちょっ、なんですか、この馬車! 全然揺れないんですが、一体どこを走ってるんです?!」


中腰で馬車の窓を開けようとする俺を、代官が押しとどめてくる。


「まあまあ、落ち着いて座っていて下さい。すぐつきますから」


え? すぐ? なんだそれ。

そう思った瞬間、馬車が傾いて、転けそうになった。


「ええ? サンサ方面に上り坂なんて……」

「まあまあ、ちょっと落ち着いて……軽食でもいかがです?」


代官に言われて、そちらをみれば、美しい女が何かバスケットのようなものを用意して、こちらに渡してきた。

非常に白い柔らかなパンに、なにかが挟んであるもののようだ。


「結構長い間、何も食べてらっしゃらないでしょう?」


そういわれれば、前に食べたのは、コートロゼに向かって馬を走らせる前だ。

認識したとたん、お腹がぐぅと鳴った。


「す、すみません」


少し顔を赤くしながら、ヴァルスはそれをつまみ始めた。

馬車はいつの間にか水平になっていた。

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