第50話 パンとカリフと流通拠点構想
「それで、南地区の土地の所有権ってどうなってるんです?」
だんだん恒例化してきた朝食ミーティングの最中に、俺が聞くと、ダルハーンが
「コートロゼの土地は、基本的に全てベンローズ家のもので、民に貸与されております」
と言った。
「え、じゃあ、住民は全員土地を借りてるわけ? 賃料とかどうなってるんです?」
「税に含まれていると解釈されております」
なるほど。地方領主に治める税はそのまま土地の賃料にあたるわけか。
「じゃあ、南の壊れた家屋とか、全部取り潰して慣らしちゃっても問題ない?」
「法的には問題ありませんが、住民感情となるとまた別の話でして……」
家財などは個人の所有物なので、もし残っていたりすると、搾取された気分になるかもとのこと。
なお、南のテント族の人数はおおまかに300人くらいではないかと報告された。
「じゃあ、炊き出し場所を決めて、皆をその周辺に集めて、食事を配る際に再開発の許可を貰い、大体総意を得たら一気に均しちゃおうと思います」
「しかし、均すにしても費用が……」
「基本的なところは私とリーナが、家屋の建設等は住民にやって貰いましょう。まあ、なんとかなりますって。とりあえず、住民が集まれる場所の確保と、通知の徹底だけお願いできますか。明日の朝から始めたいと思います」
「か、かしこまりました」
それから俺はハイムに引っ込んで、腕輪クッキングでひたすらパンを焼いた。リーナとノエリアがパン生地の作成を受け持ってくれなかったら、あっという間に挫折していた自信がある。
大体一人当たり1日1kgと考えても、毎日300Kgのパンが消費されるのかー。気が遠くなるな……
「うう、腕がー、腕がー、なのです」
リーナが涙目でダイニングテーブルの上で万歳して倒れている。一所懸命コネコネしてた結果だ。
普通に丸いパンでも良かったんだが、覚えたばかりの土魔法の練習がてら、lv.2のモールドで、食パンのケースを沢山作ってもらった。
モールドは面白い魔法で、本来は土を使って何かを作るために使われる。サイズはMP依存、形状や硬度はコントロール依存だが、どうも土の中の成分を抽出したり組み合わせたりしたりして、イメージ通りのものを作り出しているようだ。つまり抽出が同時に行われているのだ。
その工程は謎だが、地球の科学だと、面倒な手順が必要なアルミニウムの精錬などもイメージひとつで簡単にできる。
もっとも、イメージすることがものすごく大変で、金属の詳細を四苦八苦しながらリーナとノエリアに教えてみたけれど、アルミやチタンは難しかった。金や銀や鉄のように普段触っているものは比較的簡単だったけれど。
それで作った金属のパンケースをハロルドさんに見せたら、絶句した後、絶対に人前で遣うなとセッキョウされた。
なんで? と思ったけれど、よく考えたらこれは錬金術なのでは……
閑話休題。
というわけで、大量の食パンケースを作成したら、後は焼いて焼いて焼きまくったわけですよ。焼けたら型からはずしてノエリアのアイテムボックスの中へ、リーナがその型にパン生地を入れて俺の腕輪の中で瞬間調理。
夕方前には、なんだか凄い数の食パンがお互いのボックスの中に詰まってました。
パンの大量生産のせいで、ハイム内の居間で死にかけていると、
「おーい、客が来てるってよ」
と、ハロルドさんが呼びに来た。
「お客? 誰です?」
「商会がどうとか言ってたから、カリフじゃないか?」
◇ ---------------- ◇
「お久しぶりです。ずいぶん早かったですね」
「おお、お久しぶりですな、カール様」
客間でエンポロス商会ご一行と再会を喜んだ。
今回も初めてあったときと同じメンバーで、3人の使用人|(タリ・マリム・トーリア)と秘書(シャリーアと言うらしい)が随行していた。
なんでも我々が通った後は、魔物も盗賊もきっと一掃されているだろうから、なるべく急いで準備して追いかけたんだそうだ。
「そんな無茶苦茶な」
「いえ、実際魔物はほとんどゼロでしたね。それで、こちらでは肉以外の食料が大変不足しているようでしたので、肉以外をたっぷり仕入れてきましたから」
そうか、前回タリフさん達は、コートロゼからバウンドに移動していたんだっけ。それで詳しいのか。
カリフさんには、こちらへ出発するとき、指輪作成のHP消費のテストで作った袋を預けておいたのだ。
大きさこそ、9x9x9メトルだが、時間遅延は 1/300 になっていた。1時間で12秒。1日で5分も経過しない、カリフさんに言わせればレリックには及ばずともアーティファクト級で、時間遅延は気づかれないように使わせていただきますとのこと。
料金は――と聞くと、この袋を今後も使わせていただけるのでしたら、今回はサービスさせていただきますよとのこと。うん、ここはご厚意に甘えよう。お金ないし。
ダルハーンに、部屋の用意ができ次第、随行の方を案内するように伝えて、カリフさんと俺はダイバに挨拶に行った。
ダイバとカリフさんをお互いに紹介した後、しばらく館に逗留して、いろいろ手伝って貰う予定だから、と伝えたら、できるだけ常識の範囲内でお願いしますと苦笑された。解せぬ。
現在は、執務室でノエリアが入れたお茶を飲みながら、近況を報告しあっていた。
「コートロゼの状況は、思った以上に悪いようですね」
「わかりますか」
「ええ、先日私が訪れて以来、商人の来訪が途絶えているというだけでも、この土地としては最悪でしょうね」
「今までは、辺境伯家の備蓄を放出してまかなっていたようですが、それも限界のようです」
食料が絶対的にたらない。肉はあるが穀物や野菜は高騰している。
南の街区は破壊されていて、住むところがない。今はテントや野宿で凌いでいる。
公衆衛生が悪化して、病気の人が増えたり怪我の治りが遅くて動けない人が増えている。
さらには、スタンピード孤児問題に、治安の悪化。
数え上げればきりがない。
「それで、どうされるおつもりで? 何かお考えがおありなのでしょう?」
そんな嬉しそうに言わないで下さいよ。まあ、ネタはあるんですけどね。
「それはまあ。つきましてはカリフさんのお力をお借りしたいと思いまして」
「ほう、それはどのように?」
「流通拠点を作ろうと思っています」
「は?」
俺はカリフさんに今後の施策を話してみた。
まず、テント生活を余儀なくされている人たちに、公共事業を立ち上げて賃金を支払うこと。
軌道に乗るまで、巡回病院と炊き出しをやって生活を下支えすること。
それだけだと、高額な食料を販売している教会や一部の人に食料の代金としてお金を吸い上げられるだけなので、流通拠点と店舗を立ち上げて食料を流通させること。
これでお金のサイクルができれば、あとは公共事業で街が復興していくはずであること。
治安の悪化は、昨日警備会社を立ち上げたので、そこに対応して貰うこと。
などだ。
「現在困っている人たちを労働者と見なして利用する。確かに素晴らしいアイデアだと思いますが、いかんせん流通拠点などと一言で言われましても、どこから売り物を?」
カリフさんの疑問はもっともだ。お金を払っても買う物がないのでは仕方がない。
「そこではこちらをご覧下さーい。じゃじゃーん」
「なんですか、いきなり」
「どこでも、じゃない、ドアー」
おれはふたつの素朴な枠付きのドアパーツを腕輪から取り出して、2mくらい放して設置した。
「それが?」
カリフさんは不思議そうにそのドアを見ている。
「いいですか、カリフさん。これは流通革命ですよ。決して他言なさらないように」
「はぁ」
俺の大仰な説明に、頭の上に?マークを浮かべているカリフさんに向かって、人差し指を立ててウィンクしてから、その片方のドアを開けて中に足を踏み入れた。
その瞬間、
「ぶーーーー!!」
と、カリフさんはお茶を吹き出して、立ち上がった。
「そ、それ、それ、それはああああああ」
「空間魔法 lv.2 のリンクが付与されたドアなのでしたー」
と反対のドアから出てきた俺がそういった。謎のマスクマンは優秀なんすよ。
◇ ---------------- ◇
「しかし、これは……」
なんてぶつぶつ言いながら、カリフさんは何度も何度もドアに入ったり出たりしている。
「そういえば、バウンドのエンポロス商会の倉庫はなかなか大きかったですけど、商会全体でどのくらいの倉庫数があるんです?」
と、そんな彼に向かって尋ねると、エンポロス商会は、もともとバウンドが中心の商会で、あそこが最初の店なので大きいのだと教えてくれた。
倉庫自体も、食料の
仕入れは、仕入れる場所まで売り物を持って行き、その帰りに売り物を仕入れて、そのまま各街の店を回って配ったり、卸業者から買い付けて店舗に並べたりしているそうだ。
「なるほど。だとすると本プロジェクトの最終目標は、各店舗のある街と、仕入れで重要な街に、流通用の倉庫または店舗件倉庫を建設してコートロゼと結び、卸としての一大流通網を築くことですね」
「おお……」
そうして俺は、概要を説明し始めた。
「それには、まず、コートロゼに流通拠点を作ります」
「ふむふむ」
「コートロゼの流通拠点には、新しく建設する倉庫と同じくらいの――別に完全に同じでなくても良いんですけど――部屋を作ります」
「ふむ」
「あ、窓はなしですね。天気が違ったりすると困りますから。そして、新しく建設した倉庫の入り口をすべて『どこでもじゃないドア』にしてしまうのです」
「カール様、その『どこでもじゃないドア』って、意味が良くわかりませんし、なんだか危ない気配がするのです」
む、商人の感は侮れないな。
「そうですか? ではとりあえずリンクドアと呼びましょう」
「お願いします」
つまり、各倉庫で働いている人たちは、自分の街の倉庫で働き、そこに物資を保管しているつもりなのだが、実際はコートロゼの拠点で働き、そこに保管しているというわけだ。
「なぜ、倉庫毎入れ替えるのです? 倉庫にドアだけつけてそこから出入りするだけでもよさそうですが」
「商品が1カ所にあると、単純に管理が楽になるのですよ。ここなら設備も簡単に増強できますし。今なら土地も使いたい放題で、拡張も簡単ですしね」
それと、こんな大規模にデタラメ(自覚はあるのだ)をやるなら、大きな嘘をついた方が良い。
毎日働いている倉庫が、丸ごとコートロゼに建ってるなんて、お釈迦様でも気がつくめぇってもんだ。夏までには空調をなんとかして、気温差もごまかそう。
コートロゼに集められた物資は、そのまま各街に設置されたリンクドアから持ち出せばいいわけで、大量に必要ならアイテムボックスを使ってもいい。
これで、内陸にあるらしい首都で、新鮮な海の魚を売り出すことだって簡単だ。
遠距離間輸送でもアイテムボックスいらずで大量に運べる上、各地の貴族に嫌われて通行税を上げられてもまったく平気だし、盗賊も怖くないという、まさに夢の流通システムですよ、奥さん。
郵便にも使えるしね。
「す、素晴らしい!」
「しかしばれたら大変な騒動になりますし、絶対軍が利用しようとするはずですから、大きさはこれ以上大きなものは作れないし、通過できる量にも制限があるってことにしておきましょう。もちろん基本はばれない方向で。ダミーで馬車を使った移動も多少は必要ですよ?」
「それはそうです。アイテムボックスがある以上、小規模の輸送隊でもおかしくはないですから、疑われることはないでしょう」
「いずれにしても、いきなり大規模に展開すると人目に付きすぎますので、まずは最初の一歩として、バウンドの倉庫の一部とコートロゼを結び、コートロゼの食糧事情を改善しましょう」
「ですな」
「その後は、カリフさんが繋ぎたい場所――仕入れ地でも、店舗でも――を順に繋いでいくというのはどうでしょう。私にはどの流通経路が重要かなんてのはわかりませんから」
「願ってもないことです」
バウンド以降は、ドア越しにドアを運んで、該当の街まで馬車で持って行くことを繰り返し、徐々に国の拠点に広げていけばいいだろう。
◇ ---------------- ◇
昨日買った空間魔法の内容は以下のものだった。
--------
lv.1 アイテムボックス
時間流はコントロールで付与。容量はつぎ込む魔力によるが 1m3~。
lv.2 リンク
空間の接続。見えている範囲で空間を接続できる。
リンクを維持できる時間は使用したMP依存。
lv.3 ショートジャンプ
見えている範囲へ瞬間移動できる
中級
lv.4 ディメンションソード
空間の断裂。規模の最大値はレベル依存。
lv.5 リープ
行ったことのある場所に瞬間移動する。
場所の記憶個数はレベル依存。
lv.6 クリエイトスペース
別の次元に空間を作成する。
大きさの最大値はレベル依存。
--------
バウンドやサンサなら、実はリープで移動できるのだが、使い手がバレるのでそれは避けたい。
それにバウンドなら、あの馬車とクロの全力をもってすれば1日でたどり着けるのではないかと思う。
そろそろ飛翔もどうにかしたいしなぁ。マリウスさんにも会いたいから、一緒に行こうかな、バウンド。
「明日の朝から炊き出しをやって、テント民の位置を破壊された街から移動させます。その後再開発をやる予定なので、流通拠点の位置を決めるのに参加されますか?」
「もちろんご一緒させていただきます」
ちょっと鼻息の荒いカリフさんなのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます