第13話 リンドブルム

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 リンドブルム lv.19

 HP:133,355/133,355

 MP: 21,876/ 21,876

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HP じゅうさんまん?! って、なんですかそれは?

さっき確認したノエリアのHPって、1,644ですよ? 一応規格外っぽいはずなんですが。


呆然としてそれを見ている俺を尻目に、ハロルドさんが動かなくなったアーチャグの横を高速ですり抜け、リンドブルムの足に剣を全力でたたきつけた。

ガキィイイインと、生物を切ったとは思えない音が響いて、ハロルドさんの体は、壁際まではじき飛ばされた。……HP3しか減ってません。


リンドブルムはハロルドさんをまったく無視して、次々とアーチャグを襲っている。


「あいつの鼻は、魔力を感知するんだ。魔力のあるところから襲ってくるぞ!」


熱量じゃなくて魔力を感知するピット器官を持った蛇かよ。魔物が多い間は紛れそうだから、アーチャグが残っている今が、逃げる最大のチャンスだろう。


「リーナ! ノエリア! 今のうちに出口に向かって全力で走れ!」


固まっていたふたりに、大きく声を掛けた。どうやら、我に返ったようだ。が、その行為がリンドブルムの興味を引いた。

こいつはどうやら、本当にヘビだ。今の振動を感知したんだな。上半身をなめらかに動かして、素早くこちらへ移動してきた。


まぶたのない無機質な目がこちらを向いて、巨大な牙のある口を大きく開く。醜悪な蛇の顔が近づいてくる。

リーナが全力で飛び込んできて、凄い音を立ててリンドブルムに突撃するが、振り回された尻尾にはじかれ、地面にたたきつけられた。ばかやろう逃げろって言ったろうが。

リーナの短剣を持つ腕が変な方向に曲がっている。それでも血を吐きながら立ち上がろうとしている。


下あごの気道が大きく膨らみ、目と鼻孔の間にある、一対のあなが得物|(俺だ)の魔力に喜びうちふるえている。


くそっ、だめだ。このままだと食われる! なにか、なにかないかっ!!


大きく開かれた口が嬲るようにゆっくりと近づき、生臭い臭いがすぐそこに感じられた時、目の前が柔らかで良い匂いに包まれた。


「ば、ノエリア。なんで……」

「ご主人様と一緒なら、きっと大丈夫だって言いました」

「ば、ばか、放せ。俺が引きつけてるうちに、逃げろっての」


今まさにリンドブルムの口がノエリアを飲み込もうとした瞬間、突然世界から音が消え、足元に半径5mくらいの輝くサークルが描かれた。


「なんだ?!」


(生存確率が0.2%を下回ったため、交換魔法が自動発動します。対象を選択して下さい。選択されない場合は、エリア内にある、敵対する全てのものが対象になります)


交換魔法? 対象? エリア? 何が何だかわからない。

円の内側に触れている、全てのアーチャグの足元に、青く輝く複雑な魔法陣が描かれていく。もちろん顔を突っ込んでいるリンドブルムの足元にも。

サークル内のリンドブルムの顔は、時間が停止したみたいに凍り付いている。


頭の中に起動ワードが構築され、俺は直感に従ってそれを叫んだ。


「ペルムート!」


俺の中から何かが大量に吸い出されていく感覚と共に、魔物の足元に描かれた魔法陣と対になる赤く輝く魔法陣がそれぞれの頭の上に描き出され、下の魔法陣から青い光の粒が大量に放たれるのに呼応するように、魔物の体から、血のように赤い光の粒が涌きだして、上の魔法陣に吸い込まれていく。


そうして、一劫のようでもあり刹那のようでもあった時間の後、全ての魔法陣は光の粒となって空間に溶けていった。


目の前にあるリンドブルムの顔がゆっくりと動き始める。その口は俺に触れることなく、重厚な音を立てて地面へと落ちていった。


サークルにかかっていたアーチャグも、その全てが動きを止めていた。仮に残っていたアーチャグがいたとしても、リンドブルムの出てきた穴へと逃げ出したのか、部屋の中には山のような死体があるだけで、あれほどあった赤い点は1つも残っていなかった。


「……ご主人様?」

「ノエリア」

「は、はいっ!」

「体が大丈夫なら、リーナを診てやってくれ」

「あ、はいっ!」


ノエリアはリーナの側に駆け寄って、回復魔法を使い始めた。


「……いまのは」


なんだ? と言いかけたハロルドさんに向かって、首を左右に振ってみせる。自分でもよく分からないことを、他人に説明できるはずがない。


こうして黒の峡谷ダンジョンからの脱出行は終わりを告げた。

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