第119話 野生の金魚

「それで、一体何があったんです?」


まわりの魔物はきれいに片付けられ、ひんやりとした空気が肌に気持ちいい。どこかから微かに聞こえてくる虫の声が、夜の静けさを強調していた。

エレストラのパーティ全員にノエリアが清掃ネトワヤージュを掛けた後、温かい食事を腕輪から出して配り、現在はそれを食べながら詳しい話を聞いているところだ。


あっという間に食事を終え、目を閉じて腕を組んだまま動かないエレストラの代わりに、シルヴァという名前の回復役が答えた。


「わかりません。事実だけを言うなら、へたな竜種よりも強力な魔力がふくれあがって、調査隊が戻ってこないってだけですね」

「辺りの魔物がこぞって押し寄せてきた件は?」

「それが今回の件と関わりがあるのかどうかも、正直なところわかりません」

「ふむ」


関わりがないほうがおかしいとは思うけどな。しかし、調査隊は何故戻ってこない? 全員がそれに殺されたとか?


塔の作りがインバークのものと似ているとするなら、そんなに複雑な部屋はない。大体が1フロア1部屋だ。そんなフロアで強大な魔物と出会ったら普通は逃げる。

階段は壁に沿って螺旋を描いてるし、一流の冒険者チームが護衛に付いているんだ。1人も逃げられないまま、全員が殺されるなんてことはないと思うけどな。

だとすると……


「調査隊はおそらく途中のフロアで、何かと出会って、どういう理由かはわかりませんが、上じゃなくて下に逃げたんじゃないでしょうか」

「下へ?」

「ええ。それにその何かは上のフロアにも上がってこなかったんですよね?」


「ああ、今はドアを閉じているからわからないが、開いていたしばらくの間は上がってこなかった」


エレストラが目を開いて、話に割り込んだ。

俺はそちらを見て頷きながら、インバークの経験を持ち出した。


「インバークのエルダーリッチも、上に逃げた我々を追いかけてきませんでした。もしかしたら、フロアに縛られているのかもしれません」

「その代わりに全フロアまとめてヘルフレイムで焼き尽くされたけどな」


ハロルドさん、そこ、チャチャ入れない。


「ヘ、ヘルフレイム? レベル7火魔法ですよ?」


シルヴァが目を丸くして固まっている。


「さすがエルダーなリッチ様だろ? 魔法の発動に気がついて、部屋の隅に逃げ出さなかったら今頃俺等も消し炭だったな」


確かにあれはヤバかった。中央だけでラッキーだったな。

いずれにしても状況はわかった。ともかく下に何かがいて、調査隊が戻ってこられないと……あれ? なにも情報が増えてないぞ?


「まあ、これは……」

「降りてみるしかなさそうだな」


にやりと笑いながらハロルドさんが言う。冒険者魂ってのは自殺願望とは違うとか言ってませんでした?

とはいえ、現時点では他に方法はないか。救出だけならリンクドアでどうとでもなりそうだけれど、いかんせん人の目がありすぎる。


覚悟を決めたら後は行動だ。


「じゃ、ちょっと様子を見てきましょう」


俺がそういうと、エレストラさんが立ち上がる。

いや、さっきまでずっと闘ってて疲れてるだろうし、そうでなくても、できればうちのパーティだけで行きたいんだけど。休んでて下さい、なんて言うと絶対付いてきそうなタイプだよな。


「ずっと戦いずくめで申し訳ないんだけど、入り口の守りをよろしくお願いします」

「……おい」


一瞬不満そうな顔をしたが、すぐに自分のパーティメンバの状態を見て、小さくため息をついた。


「わかったよ。任せときな」


さすがコートロゼのトップパーティの一角。状況判断は確かだな。


「一応、これ渡しておきますから、飲んでおいて下さいね」

「なんだいこれは?」

「えーっと、疲れがとれるポーションみたいな?」


と、ギンギン24を4本渡して、ハロルドさんに続いて階段を下りていった。


「な、なんですか、これ!?」


どうやらそれを飲んだらしいシルヴァさんの驚く声が聞こえてきたのと同時に、全員が魔法陣のフロアに降り立った。


1Fはインバークと同じかどうかは分からないが、似たような大きさの魔法陣が描かれたフロアだった。

そして、その魔法陣は、薄く輝いていた。


「なんだか激しく活動してるように見えるんですが」

「奇遇だな、俺にもそう見える」

「綺麗なの、です」


確かに暗闇に青白くぼーっと光っている様は、なかなか幻想的だけどね。

とりあえずマップを確認する。んー、白っぽい点が6、7、8……11?


上の入り口から覗いていたエレストラさんに確認する。


「調査隊って全部で11人でしたっけ?」

「あ? ティベリウスとか言うヤツに率いられた調査隊が6名と、カリュアッドのパーティが4名だ」


ええ? 数え間違えたっけ? そんなはずは。あれ? そう言えば赤点がないぞ? 一番赤っぽいのは、少しオレンジがかってるこの点か……


 -------

 ノーライフキング lv.52

 

 HP: 120,522 / 120,522

 MP: 860,752 / 860,752

 

 パウリア

 --------


…………ブー!? なんじゃこりゃああああ?!


「カール様?」


リーナが不思議そうに顔をのぞき込んでくる。


違うじゃん! エルダーリッチじゃないじゃん! 体力はリンドブルム級だし、魔力は……はちじゅうろくまん? エルダーリッチの何倍だよ、これ?!

これはヤバいとハロルドさんの袖を引っ張って、部屋の隅に移動した。


「おい、どうしたんだよ?」

「下のやつですが、エルダーリッチじゃありません」

「なに?」

「……ノーライフキングって、ご存じです?」

「またかよ……」


がっくりと肩を落として、やっぱ農業かな、なんて遠い目でつぶやいているけれど、それどころじゃない。


「いや、ちょっと待って下さい。それが変なんです。敵対していないっぽいんですよ。調査隊も全員生きてますし」

「調査隊のことはともかく、敵対していないってなんでわかる?」

「ええっと、それは……調査隊が生き残ってるし……なんとなく?」

「ああ、はいはい、なんとなくね。それで、どうしようってんだよ?」

「とりあえずですね……」


自分でもバカみたいだって思ってるからあきれないで下さいよ。


「……話し合ってみる、とか?」

「はぁ?!」


うん、そうなるよね。


「あのな。相手は魔物だぞ?」

「ですね」

「しかも話によるとアンデッドの王様なんだろ?」

「ですね」

「アンデッドってのは生者を襲うようにできてる魔物だぞ?」

「ですね」

「それでなんで話し合いができると思うんだ?」

「あのクラスの魔物なら知性があるでしょうし」

「人間には大抵知性があるとされているけどな、滅茶苦茶攻撃的なやつは沢山いるぜ?」

「で、ですね」


「なんか問題でもあったのかい?」


上からエレストラさんの声がする。


「いえいえ、なんでもありません。では、入り口の確保、よろしくお願いしまーす!」


慌ててごまかしながら、俺たちは、おそるおそる下りの階段を下りていった。




「いるか?」

「いますね。部屋の中央あたり」

「やっつけ、ます?」


いやいやまてまて。リーナはムラマサ以来ちょっと過激だな。妖刀のせいか?


「まずは話し合いだ」

「調略なの、です」


納得しました風にこくこくと頷くリーナ。どこで覚えたんだ、その言葉。しかも使い方が変だぞ。


「話し合いねぇ……」


ハロルドさんはいまだに懐疑的なご様子。

ノエリアはにこにこ笑ってるだけだし、クロは……おい、あくびしてる場合かよ。ここは一応緊迫する場面なんだよ。

一気に緊張感が薄れたけれど、ここは気を取り直して。


「じゃ! 行きます」


俺は入り口からこそっと頭だけ出して、声を掛けてみた。


「ノラキンさん、こ、こんばんは~」

「カール様、なんだかそれ野生の金魚みたいなの、です」

「え、可愛いかな、と思ったんだけど」


こちらを振り返ったノラキンが、急激にその存在感を増していく。

うぉっ!? こ、こええええええ。これが死の圧力か?! 派手に放たれる魔力の圧力に、思わず後ずさりそうだ。


「いや、あの、お騒がせして申し訳ありません! 決して敵対するとか、そういうんじゃ……」


「ガ……ゴグ……ガッアアアア」


何か話そうとしているのかも知れないが、単なる威嚇の声のようにしか聞こえないよ……マップの点の色はまだ変化がないようだが、え?

マップをチラ見した瞬間、放たれる強大な魔力と威嚇のような声に反応したノエリアが、間をおかずシャドウランスを放っていた。


げぇ!? いきなり戦闘になるわけ?!

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