第120話 vs 野生の金魚

うなりを上げてノラキンに襲いかかる無数の黒い針。

マップの光点が一気に赤くなったそのとき、空中に白く輝く小さな魔法陣が無数に現れて、針と相殺されていった。自動魔法防御の結界か?


リーナとハロルドさんが左右に分かれて飛び出していく。

ハロルドさんの剣が胴体を薙ごうとしたとき、突然空中に現れた大きめの魔法陣がガンという音を立ててその斬撃を受け止めた。


「ちっ、自動魔法防御だけかと思ったら、自動物理防御の結界もあるのかよ!」


まるで重力がないように壁を走り抜けたリーナが左側から空中に舞い上段の一撃をたたきつける。

バターに熱したナイフを入れるように抵抗なく物理防御の魔法陣に刃が入った瞬間、右手をあげて6つの防御結界を展開した。

リーナの剣閃はそのまま高い音を立てて結界を破壊しつくしたがノラキンまでは届かず、結界を破壊した反動を利用して少し離れた位置に着地した。


「固いの、です」


ノラキンが両手を振りかざすと、瞬時に三つの魔法陣が展開して、直径80cmくらいの漆黒のボールのようなものが現れた。

ゆらゆらと空中で揺らいでいたボールが、単眼の大きな目を開くと、俺とリーナとハロルドさんに向かって近づいていく。


 -------

 イヴィルアイ lv.28

 

 HP: 3,719 / 3,719

 MP: 19,694 / 19,694

 

 エナジードレイン

 

 --------


うえ。これは触っちゃだめなやつだ。


「イヴィルアイです! 触るとドレインされますよ!」

「なんだと!?」


すでに振りかぶっている二人に向かって叫んだ瞬間、ハロルドさんは身をよじり、剣の腹をたたきつけて躱しながら、たたらを踏んだ。

リーナはそのままムラマサブレードを振り切って、そのままイヴィルアイに突っ込んでいった。


「リーナ!?」


おい! 自分から突っ込んでいってどうするんだよ!

と思ったら、突っ込んでいくと同時にイヴィルアイが2つに割れて、黒い煙となって消えていった。

しゅたっとポーズを決めて、目をつぶってドヤ顔で


「吸われるより早く切ればいいの、です。てけてん」


なんて言っている。


「そんなこと、嬢ちゃんにしかできねぇよ!」


両手剣を振り回し、イヴィルアイを牽制しながらハロルドさんが突っ込みを入れる。なんだ、こっちも意外と余裕がありそうだな。


最後の1体が正面から突っ込んで来ようとしているところで、ノエリアが1歩前に踏み出した。


「ピューリファイ」


レベル6の聖魔法を唱えると、イヴィルアイは光に包まれ、叫ぶように目を見開くと、光の粒になって浄化される。


「いや、あの、これもついでに浄化してくれると助かるんだけどよ!」


そう言われて、ノエリアがそちらに右手を振り上げた瞬間、突然ノラキンの動きが止まり、真っ赤だった光点が白に変化して、イヴィルアイがかき消えた。


え?


「ガ…ゴガ」


ノラキンが何かをつぶやくようなそぶりを見せた瞬間、それは起こった。


『聞こえるかね?』


うぉっ。これは……念話?

どうやら全員に届いているらしく、いきなり話しかけられた俺たちは攻撃の手を止め、頷いていた。


ノラキンはこちらをしばらく眺めた――とはいえ、眼球がないので顔がこちらに向いているというだけなのだが――後、


『……そうか、無駄であったか』


と一人でかってに完結していた。無駄って、この施設? それとも抵抗すること?


「無駄って……何が?」


ノラキンはそれに答えず、聞いてきた。


『それで、どうしてここへ?』


どうしてって言われてもなぁ……


「下に逃げた連中を助けに来ただけですよ。見逃してくれるなら特にあなたと戦う気はありません」


ノラキンはしばらくこちらを見ながら考えていた。なんだかいちいち間が長くて、不安を煽るやつだな。


『では、上の魔法陣を壊してくれ』


は? なんだそれ?


「壊す?」

『そうだ。そうすれば私はここから去ろう』


いや、去ろうって言われても。

ノーライフキングを世界に解き放つのは拙いから、エレストラ達はせめて封じようとしていたわけだしなぁ。


その逡巡を感じ取ったのか、


『心配するな。我は人の世との関わりを避け、長塁を越え、遥か南の地で静かに暮らすとしよう』


「自分で壊して出て行きゃいいんじゃねぇの?」


とハロルドさんが割り込む。


『我はあれには近づけぬ』


え? でもインバークのエルダーリッチは、魔法陣ごと吹き飛ばしてたけど……あれは最初からリヨン公の結界と影響し合って壊れてたのかもしれないけどさ。


『して、返答はいかに』


いかにと言われても……


「ちょっと一人では即答しかねるので、相談してもいいですか?」


ノラキンは軽く頷くと、部屋の中央付近から少し下がって行った。


  ◇ ---------------- ◇


その後下層のカリュアッドさん達とコンタクトをとって、学者先生達を上に脱出させた。

学者先生達は出るのを渋っていたが、カリュアッドさんたちのパーティが、無理矢理引きはがして地上まで連れて行った。


「怖いもん知らずは怖いねぇ」


とハロルドさんがあきれている。


結局ノラキンの要求は、領主の代理たる俺に一任されることになった。ここはうちの領じゃないんですけど。


「俺等じゃ、あれを相手にするのはちょっとな」


少し疲れた様子でカリュアッドさんがそう言った。


「まあ、あんたの好きすりゃいいよ」


考えるのがイヤなんですね、エレストラさん。わかります。


「仕方ない。彼の要求をのみましょう」

「要求?」


それを聞きつけたティベリウス隊長がもの問いたげな眼差しを向けて、階段を下りてくる。

仕方なく簡単に説明を行った。


「こ、壊すですって?!」


一緒に降りてきたメルキーノ隊員が、それを聞いて仰天したように叫んだ。


「そうですか。しかしそれでは、ここから供給されている魔力も断たれることに……いや、仕方ないことなのでしょうな」


ティベリウス隊長は、なにか思案深げにしていたが、割り切ったようだ。


「ええ、それが約束ですので」

「そ、そんな馬鹿な。無傷で残っていて、しかも今でも稼働している魔法陣を、ろくに研究もせずに壊すだなんて……」

「そうは言っても、皆殺しにされて、もしかしたら王国のひとつくらい滅ぼされちゃうのと、古代の魔法陣がひとつ失われるのと、どっちがいいと思います?」

「ど、どっちって、そんな」


「まあ、なるべく復元できるような形で壊しますよ。うーん、あの辺かな?」


いかにも重要部分っぽい場所を指で差しながら、リーナにそこをカットするように伝える。


「おまかせなの、です!」


そう言ったリーナの剣が閃き、魔法陣の一部が床ごと切り取られた。

薄く輝いていた魔法陣が、その輝きを失っていく。


「あああ……」


今にも泣きそうな様子で、メルキーノ隊員が膝から崩れ落ちた。


「神は死んだ」


いや、いくらなんでもそれは大げさじゃ……

そのとき足下から強大な魔力が漏れ出し、ノーライフキングの頭が魔法陣の中央に現れた。


その強大さに、探検隊を除く全員が思わず身構える。

そんなまわりを気にした様子も見せず、2Fの天井をすり抜けて1Fに現れたそれは、ふわりと浮かんだ後、じっとこちらを見て、カカカと笑うようにドクロの歯を鳴らしたかと思うと、強大な魔力を放出しながら1Fの天井をすり抜けて、星の瞬く空を南に向かって飛び去っていった。


「……おい、本当にあれを野放しにしてよかったのか?」


心配そうにカリュアッドさんが聞いてくる。

うーん。何しろアンデッドの王様だもんな。南の果てでアンデッドの王国でも作られた日には、そのうち生者の国を滅ぼしにやってくるかもしれないな……とはいえ、


「大丈夫じゃないですかね?」

「……軽いな、おい」


なにしろ話は通じるんだし、いっそのこと南の地を統一して貰って、国交を開いたりすれば、労せずして大魔の樹海を開発できる……かもしれないし。


「大丈夫じゃなくても、手遅れだけどな」


それを聞いてまわりの学者さんたちがザワッとざわめく。

ハーロールードーさーん。一言多いよ。


そんななか、隊長であるティベリウスさんが前に進み出て、慇懃に頭を下げてきた。


「遅くなりましたが、助けていただきありがとうございました」

「ああ、お礼はエレストラさんに。私たちは彼女の依頼で領民を助けに来ただけですから」

「そうですか……しかし」


ん? なんだかマジだぞ。なんかヤバいことをしたっけ? 魔法陣破壊の件は仕方なかったし、できるだけ復元が容易になるようにリーナに削って貰ったから許して欲しいんだけど……


「なぜ質問タイムを作ってくれなかったんですかー!!」

「は?」


突然崩れたティベリウスさんが、まさに涙滂沱ぼうだとして禁ぜずと言ったありさまで、滝のように涙を流し始めた。


「せっかく……いいですか? せっかく2000年前の重要人物がいたのですよ?! しかも、話まで通じたそうじゃないですか!!」

「はあ」

「100年の研究が10分で片付いたかもしれないチャンスを……ああ、なんという不覚!!」


各隊員も各々悔しそうに地面を叩いたりしていた。


「まあ、なんというか……平和でいいんじゃねぇか?」

「これにて一件落着なの、です!」


  ◇ ---------------- ◇


その頃、闇に包まれた王都の側にある『失われた時の都』と呼ばれている廃墟の一部が淡い緑色の強い光に包まれていた。

周囲に生息してた、数少ない小さな魔物達が、その光に見せられるように呼び寄せられ、それに触れると同時に干からびるように光に還元されていった。



-------- -------- note -------- --------

今回の更新はここまでです。

今後はある程度まとまってから連日投稿するスタイルにする予定です。



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