第121話 休暇の終わりと移民問題と代官のお仕事

ぺしぺし。


「……んー」


ぺしぺし。


「あー?」


頭の上でちいサイズのクロが俺の頭を叩いている。あー、なんというかやっと日常が戻ってきた感じだな。


昨日は夜が明けるちょっと前に戻ってくると、起きていたスコヴィルに状況を説明して、そのままシャワーを浴びて皆でベッドにダイブしたんだっけ。

ティベリウス隊の学者連中は、せっかく障害も居なくなったのだからと、調査を続行するそうだ。何というバイタリティ。

これにはさすがのカリュアッドも苦笑いしていたが、契約期間は残っているからと、エレストラと共に護衛を継続するらしい。

何か必要なものはないかと聞いたら、新鮮な食料を少し融通して欲しいとのことだったので、腕輪に常備しているものからいくつか渡しておいた。


「おなか、へった」

「はいはい」


すでにノエリアは起きているらしく、隣にはだらしなくお腹を出して寝ているリーナしかいなかった。

しかしあれだな。誇り高い銀狼族のはずなんだが、野生のかけらも感じられない無防備さだな。

丸出しのお腹をつんつんつついてやると、「むにゅー」とか言いながら尻尾をぱたぱたさせている。

うん。平和だねぇ。


  ◇ ---------------- ◇


「お。お目覚めか?」


ハイムの居間では、すでにハロルドさんがノエリアの入れたお茶を飲んでソファでくつろいでいた。


「おはようございます。もう日は高いんですか?」

「後少しは午前中だな」


ソファ座った俺の前にノエリアがお茶を差し出してくる。

クロとリーナは仲良くダイニングでパンをかじっているようだ。


「しかし、あれだな。休暇の方が忙しいとは思わなかったぜ」


うっ。確かに怒濤の7日間だったっけ。ガルドの迷宮で遊ぶだけの予定が、どうしてこうなった……


頭を抱えていたら、ノエリアが午後の来客を告げた。


「カール様。朝食をお召し上がりになって下さい。午後からお客様がいらっしゃるようですよ」

「客?」

「はい。最初はシセロさんがいらっしゃるようです」


シセロ? 役所で何か問題でもあったかな。


「しばらく留守にしていたから、ダイバ様では決められない案件が溜まってるんだろ。1日事務仕事じゃ、おれはお役御免だな」

「いや、事務屋に紛れて刺客が襲ってきたらどうするんですか」

「返り討ちにするんじゃないの?」


ハロルドさんはのんきに体を伸ばしながらそういうと、すっくと立ち上がった。いや、あなたボクの護衛ですよね……


「それに、いい加減ダグに防具を発注して来なきゃな。コートロゼに来たのは、元はと言えばそれが目的だしな」

「あ! そうだ。リーナとノエリアも初心者セットから卒業させようと思ってたんでした!」


結局ガルドではなんにも買う暇が無かったしな。


「じゃあリーナも一緒に連れていって、注文しておいて下さい」

「了解。しかしダグが引き受け……」


そういいかけてまわりを見回したハロルドさんは、


「るかもな。こいつらのなら」


思い直したようにそう言った。


「後は魔物の換金ですかね」

「あー、それはコートロゼでするのは止めといた方がいいな」

「え?」

「サンサの南側の魔物だから、オルトロスなんかはともかく、全体的にコートロゼに持ち込まれる魔物より1ランク下がるんだ」

「はい」

「それに、素材はコートロゼで消費するわけではないから、輸送代が余計にかかって……まあ、有り体に言うと、買い取り価格が下がるんだよ」

「なるほど。しかし、サンサでは、こないだの一件で素材がだぶついているんじゃ?」

「あれは半期も前のことだろ」


半期、と言うと、この世界は1年が4期:春夏秋冬、1期が4月、1月が21日だから……そうか、もう40日以上前の話になるのか。


「そうなんですか。あ、なら王都とか、ハイランディアとか、最終消費地っぽいところに持ち込めば、一層高くなるんじゃないですかね?」

「どこでどうやって狩って、どうやって持ってきたのかを説明できるんならな」


あきれたようにハロルドさんが言う。ぐぬぬ……そういう問題があったか。

冒険者ギルドの長ともなると、ナルドールさんみたいな人も一杯いるのかも知れないし、あえてやばい橋を渡ることもないか。


「サンサにしておきます」

「それが無難だな。冒険者ギルドは、討伐した獲物は討伐した場所のギルドへ、が基本だ」


討伐依頼が出てりゃ、依頼もこなせて更に美味しいしな。とハロルドさんが笑う。

そういや、Dランクは最低3ヶ月に1度依頼を受けないといけないんだっけ? こっちの3ヶ月は63日だから、意外とあっという間なんだよな。気をつけよう。


  ◇ ---------------- ◇


「お久しぶりです!」


午後になってすぐ、羊皮紙の束を抱えたシセロが飛び込んできた。

俺たちは、簡単な挨拶をすませると、すぐ本題に入った。


「それで、どうしました?」

「いや、各種施設のご報告と、後はカール様に直接聞かなければいけない案件がいくつかありまして」


やはりダイバでは済まない問題ってことか。自治の問題でそんな面倒そうなのが、まだあったのか?


「まずですね。住民の戸籍簿が完成して、全員に住民カードが行き渡りました」

「それはすごい。よくやってくれました」


配給時や一時的に会員制っぽくしたスーパーカリフのおかげで、大人の間には迅速にカードが行き渡っていたが、完全とは言えなかった。

そこで、家を作り、そこの住居に住まわせる度に、戸籍を作成して、子供のカードも発行したのだ。成人までは親が管理することになるだろう。


ギルドカードのシステムを利用して、本人確認や銀行的な要素も統合したかったが、ギルドのシステムは門外不出らしく協力してもらえなかった。

単に住民全員をギルドに加入させてくれるだけで良かったんだが、例の依頼を引き受けないと除名ルールが問題になったのだ。


ギルドもバカだよね。全住民の銀行になれば、手数料で大もうけだったのに。

仕方がない。追々そういったシステム作りもしていこう。


役所に住民課の窓口も作ったし、ともかくこれで、住民動向はある程度つかめるようになったのだ。

一般住民の税金は人頭税だったが、これを元に所得税か消費税を導入したい。4期の税金は免除なので、その間に体勢を整えたいところだ。


「次に学校ですが、建物は順調に作られているのですが……」

「何か問題が?」

「人がいません」

「人?」


シセロの話によると、そもそも生徒がいないそうだ。


地方にとって子供は立派な労働力だ、当然親も不要と思えるような場所に通わせるのはいい顔をしないだろう。

分かっちゃいたが、配給をやってたときに給食で釣って習慣化させるべきだったなぁ……いまさらだけど。


「子供が労働力扱いってことは、例えば午前中だけ学校に通うことで、子供の分の税金を免除するとか、働くことで得られる程度の給金を出すとかにすれば集まりますかね?」

「ああ、それは大丈夫でしょう。労働力とはいえ、それがないと仕事そのものが立ちゆかなくなるような状況は、今のカール様が整備されたコートロゼにはないと思います。しかし先生は……」


なにしろアル・デラミス中で辺境の名をほしいままにしているコートロゼだ。

そんな場所が教員の募集なんか出したところで、うさんくさいだけでまともに取り合ってすら貰えず、鼻で笑われるのが関の山だそうだ。


「手っ取り早いのは教会のツテですが……」


うん。寺子屋的なものはこの世界にもあるみたいだしね。しかし宗教は当面関わらせたくないな。


「サヴィールならそれもありですが……他も当たってみますよ。当面は少人数でいいでしょうし」

「よろしくお願いします。それでですね、最大の問題なのですが……」


な、なんだよ。まだあるのかよ。しかも変に溜めるなよ。


「土地がたりません」

「は?」


辺境とはいえ、コートロゼには冒険者や、復興後は商人なども細々とやってきている。

そういう人たちから漏れ聞いた、バウンド南街道沿いの人たちが、今の窮状よりもマシになるのならとコートロゼに続々と移住してきているということだそうだ。

連日役所の住民課は移住希望者が長蛇の列を作っているという。マジかよ。


「例えば農民ですと、リスクなしで家も畑も貸与されてすぐに作物を育てられるわけですから。しかも4期は税金が0?……そんな待遇、普通あり得ませんからね」

「それは復興のための措置でしたから。移民は想定外ですね……」


しかし、住民って、そんな簡単に移動しちゃって良いわけ? 領主に裁かれたりしないの?


シセロを待たせて、ダイバにその辺の所を聞いてきたところ、


『村がまとめてどこかに移住したりしたら大問題になって処罰されるでしょうが、細かな住民の動きについては制限のしようがないので黙認されています』


とのことだった。

農家の三男坊が冒険者になろうとして村を出て行ったとしても、領主はそれを知りようがないってことか。戸籍もなかった世界なんだから、あたりまえか。


ただ、目に余るほど大規模にそれが行われると、黙認できない場合があるかもしれないとのこと。

それはそうだが、来る側がそれを拒むのは難しいよな。仮に街に入るのを拒否したとしても、コートロゼなら長塁の向こうに難民村ができかねないし、治安の悪化や住民とのトラブルも予想される。


「仕方ありませんね。暫定的に移民課を作って、窓口を住民課と別にして下さい。このままだと住民サービスに支障がでますから」

「わかりました」

「それで、土地の件ですが……」

「ファルコのところが居住区に次々と建てた家を、やってきた人たちに順番に割り振っていたのですが、それが一杯になりそうです」

「ファルコはなんて?」

「こうなったら、三階建て以上にして、家を増やすかなどと言っていましたが」


まあ、土地がないんだから上か下に伸びるしかないよな。他の区域に住居を造ろうとしないところは都市設計ってものが分かってるな、ファルコ。しかし土台をそのままで上に増築は危ないし、想定以上の高さにすると水道も届かないぞ。


「それは止めさせて下さい。最初から高層階で設計した建物は構いませんが。集合住宅というやつですね」

「集合住宅ですか?」

「そう、出入り口が別になった部屋の集まりだと思えばいいです。それで、現在何人くらい受け入れたんです?」

「600人ほどです」

「600人?!」


コートロゼの人口って1000人くらいだったはずだから、すぐに倍近くになるわけ?! そりゃ家も足りなくなるだろう。

シセロと最後に細かな打ち合わせをしたのって、農地開発のときだから……あれから30日くらいしか経ってないよな?


「毎日20人以上増えてるんですか!」

「今はもっとかと思いますが……さすがに受け入れきれないかと」

「住民間の軋轢などは?」

「住まい始めて日も浅いですし、幸い仕事の奪い合いなども、今のところはありませんので」


新しく作った農園と、ファルコのところの作業員が、手に明確な職のない人たちを、なんとか吸収してきたらしい。あとはザンジバラードのところも多少は雇用に役立っているようだ。

はー、民間企業を作っておいて良かったよ。こんなのが押し寄せてきたら、俺たちの所では裁ききれない所だった。


「しかし土地と言ってもなぁ……学校が建てられていると言うことは、グラウンドはすでにあるんですか?」

「建材がいくつか残っていますが、屋根のある運動施設――体育館でしたか? は、完成しています」


ここは仕方ないか。


「では、新しく移住してきた人は、暫定的に体育館に収容しましょう。体調が悪くなった人のケアは診療所で行って下さい」

「食事についてはどうしますか?」

「難民というわけではないので、配給はしなくてもいいでしょう。グラウンドに軽食の屋台の斡旋くらいは行っておいて下さい」

「生活資金が全くないものについては?」

「そんな状態で移民するな、と言いたいところですが、日雇いの仕事でも斡旋して下さい」

「それが幼い子供や、老人だった場合は……」

「面倒を見る者がいない場合は、同様ですね」


そう言った人たちの生活を保護すると、コートロゼが姥捨山になっちゃうからな。無限の受け入れは不可能だ。

その点はシセロも充分わかっているだろうが、人情としては割り切れないところだろう。


「土地はその間になんとかしますよ」


その言葉を聞いたシセロが、ふうと、深い息を吐いて話題を変えた。代官様の『なんとか』は危険なのだ。


「そうそう、肥料?の第1弾が出荷されましたよ」

「え? もう?」


1000頭分の糞が必要だ、なんて言ってたのが一月ほど前だったはずだ。そんなに早く堆肥化するか?


「どうも前から作っていたものをサンプル扱いで、エンポロス商会に卸したようですね」

「へー。まあ、カイのことだから、肥料に関してだけは心配していないよ」

「私も、肥料に関してだけは、心配していません」


俺たちは、顔を見合わせて苦笑した。

その後も大量の羊皮紙を見ながら、様々なことを相談していったシセロは、帰り際にこちらを振り返って、


「そういえば、そろそろこの羊皮紙をなんとかして下さるとか。是非お願いしますね」


と言って帰っていった。いや、確かにあれはかさばるよな。紙ねぇ……


  ◇ ---------------- ◇


シセロが帰ってすぐ、ノエリアをお供にザンジバラード警備保障へと向かって歩いていた。

その扉の前で、今まさに入らんとしたとき、突然背中がゾゾゾとして、震え上がった。


「おおう!」

「カール様?」


どうしました? と心配する顔で本日のお供のノエリアがのぞき込んでくる。


「いや、なんでもない。なんだか突然悪寒がしたんだが、もうなんともないし、誰かに噂でもされたんじゃないかな」


噂ですか? と言いながら辺りを見回した後、目の前の扉を開けてくれた。




「こちらに直接おいでになるとは、珍しいですな」


ザンジバラード警備保障の執務室に入ると、執務机の椅子から立ち上がったサイラスが、応接セットの方へ案内してくれた。

ノエリアが、さりげなくお茶を入れてくれる。


どこからとも無く現れたワゴンに乗せられた茶器や菓子を見て、サイラスがほんの一瞬目を丸くした。さすがのポーカーフェイスも驚きで一瞬崩れたようだ。


「まあ、領主館でするような話でもないしな――それで、ザルバルのところは、相変わらず裏の世界も押さえているのか?」

「……まあそれなりには」


気を取り直したサイラスが答える。


「それなり?」

「今のコートロゼには、裏の世界自体が以前ほどありませんからね」


肩をすくめて、あなたのせいでしょ的な目つきでこちらを見ながらそう言った。


「それでご用件は、その筋のお話で?」

「まあな」

「……純真だった、カール様も大きくなられて」

「お前は俺の乳母か何かか」


そしておれは移民の話を告げた。


「ははぁ、最近どうも人の数が多いと思ったらそういうことでしたか」

「つまり……わかるな?」

「自領に不要な人間だけをあつめて押しつけたり、移民を騙して法外な料金で連れてきたり、他領のスパイを紛れ込ましたりする連中の取り締まり……って、ところですか」

「話が早くて助かるよ。心当たりは?」

「まあ、いくつか」


すでにあるのかよ。犯罪組織、ぱねぇな。


「どうするのかは任せるが、余計な敵を増やすなよ」

「おまかせ下さい。料金の方は……これくらいで」


サイラスがメモ板に書いた金額を提示する。ちっ、相変わらずこいつは足下を見るのがうまいな。

ギリギリの線で適切っぽい数字が並んでいやがる。まあ、適切な投資で良好な結果が得られるなら、良しとするか。


「おいおい、あんまりなよ?」


と苦笑いしながら了承する。サイラスは嬉しそうに目を細めて、いつもの台詞を決めた。


「まいどあり」

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