第35話 窓に! 窓に!
「酷いな」
3台の馬車はことごとくこわされ、護衛だったのだろうか、十人くらいの教会騎士のバラバラ死体があちこちに転がっている。
岩陰には、司祭服を着た禿げた男が、背中を切られ倒れていた。
「生存者は……」
マップを確認すると、少し離れた開けた場所に、ぽつんと白い点がひとつあることに気がついた。
ハロルドさんは、死体を確認して、身元を示すようなものを集めている。可能な限り遺品を持ち帰るのは冒険者の義務だそうだ。
ノエリアは、生活魔法の
「リーナ、ちょっと一緒に来てくれ」
「はい、なのです」
まわりの惨状に眉をしかめながら、リーナが駆け寄ってくる。
「ハロルドさん。生存者がいないか、ちょっとリーナと見てきます」
ハロルドさんは、了解というように手を振って、遺品集めを続けていた。
「リーナ、あっちの方なんだけど……」
「誰か、いますです」
耳をぴくぴくさせながらリーナが警戒するようにそう言った。
低い丘に登ると、その向こう側の荒れ地に、助祭服を着た男が、ゆらゆらと体を揺らしながら立っているのが見えた。
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ダンフォース=ピックマン (23) lv.12 (人族)
HP:102/144
MP:116/210
神星教儀式 ■■□□□ □□□□□
神星教助祭
罪人
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「大丈夫ですか?」
と声をかけてみたが、男は何も聞こえてないかのように全く反応しなかった。
注意深く近づいていくと、男のつぶやきが辺りの空間を塗りつぶし、呪いの言葉のように漂っていた。
「神よ、私は私の役割を果たしました。ですから、神よ、お許しを……」
◇ ---------------- ◇
死体を片付けた俺たちは、そのまま馬車でサンサを目指していた。助けた助祭を馬車に乗せるために、ハイムは片付けてある。
助祭は相変わらず焦点の定まらぬ眼差しで、ぶつぶつと同じ言葉を繰り返している。
リーナがそれを気味悪そうに、俺の影に隠れるようにして見ていた。
「その先生、大丈夫なのか?」
ハロルドさんが手綱を取りながらそう言った。
クロと明確な意思の疎通ができるようになってから手綱なんかいらなくなったのだが、ないとあまりにうさんくさいので、カモフラージュにつけてある。
実際、御者がいなくても大丈夫なくらいだ。
「さあ。盗賊に襲われたのがよっぽど恐ろしかったのか、ASDの症状を呈しているようです」
「ASD?」
「急性ストレス障害です。生死に関わるようなトラウマを経験したとき、ショックでかかる心の病ですね」
「はーん」
「……心の病ですって?」
突然、助祭が会話に反応した。
「あ、気がつかれましたか。私はカールと言います。ええっと……」
「ダンフォース。ダンフォース=ピックマン。神星教の助祭をつとめています」
「ダンフォースさん、大丈夫ですか? なにか温かいものでも?」
「なんと仰いました? 盗賊に襲われたのが恐ろしかった? ははっ、はははは。そんなものがいったい、いったい何だというのですか」
また視線がさまよい始めた。
「盗賊など、闇の奧にわだかまる、あの、あの……罪の恐ろしさに比べれば」
「ダンフォースさん?」
目の焦点が急速にぼやけていき、狂気めいたものに覆われ始める。
「私は、私は許されないことをしてしまったのではないか。一生、人のうかがい知れぬ深い闇の奧から吹きすさぶ冷たい風にさらされ、見知らぬ荒廃した土地に一人でたたずまなければならないのではないか。神はもはや私と一緒に歩んではくれず、常に孤独だけを友として歩み続けなければならないのではないか」
内側に溜まっていくどす黒い恐怖のエネルギーが臨界に達したのか、はじけるように立ち上がると、叫ぶように言った。
「私だけではない! 国中はこれからとんでもない罰を受けるのです。王太子のせいで。くっくっくっくっ。そうだ、終わりは近い。深夜、何かが地の底からはい上がってくる音を皆が聞くだろう。ぬめぬめとした体を引きずるような音が。神よ、あの手が! 窓に! 窓に!」
そうしてくずおれるように、どさりと腰掛けると、また呪文のようなつぶやきを繰り返し始めた。
「神よ、私は私の役割を果たしました。ですから、神よ、お許しを……」
俺たちは悪夢の残滓に引きつけられたかのように、ぶつぶつとつぶやきを繰り返すダンフォースから目を離せなかった。
◇ ---------------- ◇
サンサの街に入った俺たちは、コーンズたちを街の衛兵に、ダンフォースと遺品類は冒険者ギルドに引き渡し、後のことを委ねた。
「ご主人様、怖かったの、ですー」
リーナはあれからずっと俺にくっついている。
まあなぁ、『窓に!窓に!』の恐ろしさはコズミックだからなー。魔物がどうとか盗賊がどうとかいうのとは、ちょっと質が違うもんな。
「こずみっくなのですー」
頭をポンポンしてやると|(と言っても見上げる形になるのが情けないんだけどな!)ちょっと落ち着いたみたいだ。
「しかし、あの先生、なんだかヤバそうなことを言ってなかったか? 王太子がどうとか。それに、最初は盗賊に宝物を奪われたことが罪なのかと思ったが、あれはそんな感じじゃないぜ」
「ハロルドさん。それ以上首を突っ込むと引き返してこられなくなりますよ。コーンズが言った大主教の件とも何か関わりがあったりなかったりして」
「うっ」
「ボクたちの仕事は、コートロゼまで無事に行き着いて、そこの状況を調べたり、場合によっては治めたりすることですからね。国家レベルの陰謀とかスルーですよ、スルー」
「国家レベルの陰謀だって、思ってるんじゃねーか」
「スルー」
「はっ。教会と王太子が絡むような話から遠ざかっていられるもんですかね? お貴族様が」
「うっ。ま、まあ火の粉は降りかかってきてから払えばいいでしょう。積極的に関わるとフラグ立ちそうだし」
「火事にしないって発想はないのかよ。ま、なんだか良くわかんねーけど、やっぱお前といると面白れーことに事欠かんな」
そんな話をしながら、俺たちは宿に入った。
マップで確認すると、ウィスカーズの連中は街の南に少し行った森の中に集まっているようだ。しかし後はこの街の衛兵や教会の仕事だろとばかりに目をつぶってスルーした。
もちろん時はすでに遅く、その夜起こるちっとも面白くない大事件のフラグはとっくの昔に立っていたのであった。もうビンビンに。
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