第80話 クリス再び
財務長官がお帰りになった後、肥料工場の話を通しておこうと、ファルコのところに向かっていた。
財務長官が怖かった話をすると、ハロルドさんが、
「あの人はなぁ、税務調査官時代にセントハウンドと呼ばれるくらい活躍し、財務長官まで出世した人だからな」
ははー、いわゆるたたき上げってやつですか。そりゃ怖いわけですね。
「どんなに巧妙に隠された財産も、その鼻で探り当てて掘り起こし、きっちり徴税していくってんで、貴族連中にも随分恐れられたものらしいぜ?」
「へー。でもうちには隠された財産なんてないから平気ですけどね」
「財産以外に、色々見せられないものがいっぱいありそうだけどな」
「あう」
などとくだらないことを言い合っている間に、ファルコの家に到着した。ここもそろそろザンジバラードみたいに名前をつけないと不便だな。
「あ、カール様。いらっしゃいませ」
とファルコが出迎えてくれる。そこで、カイ=タークが中心となって肥料を作る工場を建てたいという話を切り出した。
「カイですか、良いヤツなんだけど、あの家の臭いがどうもね」
どうやら、カイは有名人らしい。そりゃあの家を建てたのもファルコ達だから知ってるよな。
「肥料を作るためには発酵などが必要だから、臭いはある程度仕方がないんだよ」
「では、少し離れた場所で隔離した感じにしますか」
というわけで、場所は、
「街の外ですか?!」
とファルコが驚いて聞いてきたので、
「大丈夫、シールス様が、なんとかしてくれるよ」
と軽口を叩いておいた。
ファルコは「はぁ」なんて曖昧な返事をしていたが、では土地がはっきりしたら、カイと相談して動きますと請け負ってくれた。
◇ ---------------- ◇
「なにがシールス様がなんとかしてくれる、だ」
とハロルドさんが苦笑いしながら、そう言った。
「また、徹夜で奇跡ですかね、カール様?」
「うーん、ちょっと自重したい時期ではあるんですけど……」
なにしろヒョードル様がいるからね。なんて話をしていると、後ろから声をかけられた。
「お久しぶりですね、リフトハウス様」
「え?」
と振り返った俺は、そこに立っていたプラチナブロンドに戦慄した。――クリスティーン=ハイアルト、あの真偽官だ。いったい何の用だ?
「これは、これは、ハイアルトさん。お久しぶりですね。どうか、私のことはカールとおよび下さい」
「それでは私のこともクリスと」
「それで今日はどうされたのですか? まさか、こんな辺境でお会いするとは思いませんでしたが」
「プライベートならいつでもどうぞと仰ったのはカール様ではありませんか」
う、確かに言った。
「そ、それでは、今日はプライベートで?」
「ええ、半分は」
半分?
「先日サンサで、シャイア盗賊団が壊滅したと聞きまして、なにかご存じなのではないかと」
その話か……しかし、リーナとノエリアが一緒なのはかなりマズいな。こいつら腹芸ができないからな。俺も下手だが。
「分かりました。長くなりそうですし、どうぞこちらへ」
そう言って領主館へ向かいながら、ノエリアに、先に帰って
ハロルドさんは――まあ、大丈夫か、大人だしな。口をへの字に曲げて、俺にも用事を言いつけやがれ、って顔をしてたのでスルーした。
春もたけなわ、2の月に入ったってのに、妙に冷たい風が頬を刺した。
◇ ---------------- ◇
領主の館の執務室で、スコヴィルが入れたお茶を一口飲んだクリスティーンは、
「私が何を調べているのか、もうご存じではないかと思うのですが」
と切り出してきた。
「……私の母の一件ではないかと想像しています」
「そうです。そして、その実行犯がシャイア盗賊団だったのです。私は彼らのテリトリーを調べていましたが、彼らを見つけることができませんでした。まさかこんな辺境に出没しているとは」
そう言って、俺の目をじっと見つめてくる。ナルドールと言いクリスティーンと言い、どいつもこいつも怖いったらないぜ。あ、最近ヒョードル様も追加されたので、目が怖い3人衆だな。
「その理由をご存じですか?」
「いえ、詳しくは」
俺たちの考えは全て推測に過ぎないしな。嘘じゃないぞ。
「彼らに襲われていた助祭を助け、一味の何人かを捕らえてサンサに連れてきたのは、カール様でしょう?」
「ええ」
「そのとき、助祭から、何か話を聞きましたか?」
「ええ、彼は大きなショックを受けていたらしく、とりとめもない話でしたが」
「なんと?」
「詳しくは覚えていませんが、闇の奧にわだかまる罪の恐ろしさがどうとか、国中がとんでもない罰を受けるとか、そんなような話でしたね」
リーナがいたら、窓に、窓に、なのです。と言っていたに違いない。
「罪とは……罰とは、なんだと思われますか?」
「さあ、想像もできませんね」
「サンサの防衛戦の後、真っ先に盗賊団のキャンプに向かったのもカール様ですね?」
「え、何故です?」
「南に向かって爆走する馬車に、剛勇のハロルドが乗っていたのを覚えていた人がいたのです」
う。これだから有名人は。しかし、これは困ったな。
「まあそうです。しかし盗賊団のキャンプに向かったわけではなく、南の様子を見に行っただけですよ」
「なるほど。そこで偶然キャンプを見つけて……何か見つけましたか?」
おうふ。吸魔の像はこんなところで渡せないし、その話はできないよなぁ……
そうするとあの書簡か。
「率直に聞きますが」
「はい」
「真偽官が単独でこんな調査をされているのは異例だと聞きます。依頼者は教会関係者ですか?」
「いいえ」
「では、バウアルト侯爵?」
「……」
彼女は答えなかった。
真偽官は嘘がつけない。だから答えないことを巧みに使うそうだ。ここで、答えられないんだからバウアルト侯爵だよね、と考えてはいけない。真偽官とはそう言う存在だと念を押されていた。
しかし、まあ、教会関係者じゃないことだけはわかったし、これ以上抵抗しても意味はないか。
俺は、ウィスカーズの野営地で見つけた、教会からの指令書らしきものを取り出して、彼女に差し出した。
「残念ながら相手の名前は書かれていませんが」
彼女はそれを受け取って、ざっと眺めてから、
「他には?」
と聞いてきた。他と言われても、ここであの像を出すわけにはいかないっつーの。
「
と答えておいた。
「ただ、サンサの街でいなくなった、助祭は何かを知っていそうでしたよ」
「ダンフォース=ピックマン助祭ですね。わかりました」
そういって、彼女は立ち上がった。
「今日はどうもありがとうございました」
と手を差し出してくる。
「いえ、こちらこそ」
と、握りかえした。クールな容貌や態度と違って、その手はとても温かかった。
◇ ---------------- ◇
夕方が近づいた頃、カリフさんが意気揚々と訪ねてきた。
「カール様!」
今日は来客が多いな。
「ついに王都に到着しましたよ。ほら早く行きましょう」
「え、今からですか?」
「ええ、王都到着記念に、良いお店を予約しておきましたから」
「王都の良い店? そりゃ、聞き捨てならねぇな」
「ははは、皆さんもご一緒にどうぞ」
食いしん坊のクロやリーナも、目をきらきらさせてるし、そうだな、じゃあみんなで行こうか。
ダイバ達の夕飯はスコヴィルに任せ、みんなちょっと良い服を着て、
もう面倒だから、
「なにしろ王都ですから、中心部に、大きな家の出物はなかったのです」
なるほど。小さな家の倉庫に入って、中が滅茶苦茶広かったら、そりゃ違和感あるもんな。
鍵を開けて、その部屋に入り、鍵をかけ直す。そうして、反対側の入り口をくぐれば――
そこは王都だった。
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