第79話 実験と恩寵と今年は無税
「俺は、護衛だったはずなんだが……」
とハロルドさんが腰を伸ばしながらそう言った。
「こりゃ、きついわ。農家のヤツってスゲェんだな」
俺たちは今、100m x 100mくらいの領域を2つ使って、春小麦の種をまいていた。
片方は土壌の弱アルカリ化や、
何でもできそうな魔法や腕輪だけれど、種まきだけは即興ではうまくいかなかった。まんべんなくまくことはできるのだが、畝をたてて、そこに一定間隔でまくなどという高等技術は無理でした。
というわけで、ノエリアに畝を立ててもらって、リーナとハロルドさんに種をまいてもらっていた。
この実験のキモは、所持の腕輪だ。
この腕輪は、普通のアイテムボックスと違って、対象ごとの温度調節とか時間設定とかそういう機能が盛りだくさんなのだが、ある時、それらの機能が使えたり使えなかったりすることに気がついた。
それは、天界ポーションの効果を確認する実験をしたときのことだった。
スコヴィルが趣味で育てている鉢植えの中に、芽が出たばかりで二葉も開いていない鉢があったので、それを借りて、腕輪の中で1日経過させポーションをかけてみる実験をしようとしたら、時間を設定することができなかったのだ。
腕輪が壊れたのかとおもって焦ったけれど、その日のパンの発酵は問題なく行えた。
生物がよくないのだろうか、とか、特別な花なのだろうかとか、本当にいろいろと悩んだのだが、ある日、スコヴィルに長いこと借りていてごめんよと謝ったら、笑いながら、それはカール様に差し上げますよと言われた。
そうしたら、突然時間の設定ができるようになったのだ。
つまりこの腕輪は、その名の通り自分が所持しているものや、所持していると見なせるものにのみ特殊な操作が可能になるようなのだ。
ちなみに天界ポーションの効果は、想像通り48時間チャージで、おおよそ24時間の巻き戻りだった。
24時間巻き戻されて、なぜ記憶はなくならないのだろうかと不思議に思ったが、この世界の生物は、
転生とかあるんだもんな、
シールス様がちゃんと考えていたかどうかはわからないが、この効果は、大きな問題をはらんでいた。
なにしろ1本だけ所有している場合でも、寿命が2倍に延びるかもしれないのだ。体は2日に1度しか鍛えられないが。もし2本所有していれば不老が実現できる可能性があり、さらに3本所有していれば、若返りが可能かもしれないのだ。
もちろん、一度にたくさん飲んだり、継続して飲み続けたりしたときの副作用については、何も情報がないのでなんとも言えないのだが、『可能性がある』、それだけで世の権力者が色めき立つことは間違いない。
俺一人で墓まで持って行くしかない、非常にヤバい事実だった。使用されたら、自動的に腕輪に戻ってくる理由がやっと分かったよ。
ま、それはともかく、所持の腕輪で自由に対象を操作しようと思ったら、対象を俺が所有している必要があったのだ。
そうして所有さえしていれば、こんなことができる。
「おい、ここにあった畑は?!」
足元には、深さ10メトルくらいの大きな穴が空いていた。一見ノエリアが使う生活魔法の
そうして時間を経過させると、4日目くらいで発芽して、10日目くらいで芽になった。
1ヶ月後くらいから、麦踏みだが、これも魔法だと加減がわからなかったので、腕輪から取り出して足で踏む。軽くですよ、軽く。リーナ達が本気で踏んだら畝が消し飛ぶっての。
最初は面白かったが、1ヶ月経過する毎に4回くらいやらなきゃいけないと思うと根性がつきそうだった。ああ、もっと狭くしておけばよかった。
時間経過は一瞬なので、かかった時間の大部分は麦踏みだ。しかしこれ、腕輪の中で降雨とか日照とかどうなってるんだろう? まあ育ってるんだからいいか。
しかしあれだね。この農法は、害虫も害鳥も病気も関係なくてラクだね。しばらくして茎立ちしたら、後は一気に時間を進めて収穫だ。
麦踏み4回で3時間。大体スタートから4時間ってところか。
「で、これからどうするんだ?」
目の前の
収穫して収量を比べたら、連作してみて収量がどうなっていくか調べるんですと言ったら、いや、もっと狭い範囲でやろうぜと力一杯、力説された。うん、俺もそう思う。
その後 10m x 10mで4回繰り返してみたところ、収量はわずかずつ下がっていったが、夏の間に野菜を作って、その合間、合間に土地を手入れしてやれば、ある程度維持できるようだ。4年に一度クローバーでもまいて休ませておけばいけるんじゃないか?
土地の改良は魔法の方が時間の点で優れていたが、収量自体は肥料も悪くなかった。さすがスペシャルだ。あのマニアはもしかしたらこの世界の農業を根本から変革しちゃうかもな。
翌日、畑の一角に実っている小麦が話題になって、また都市伝説がひとつ生まれていた。
あれ? 最後の1回分、収穫しわすれてたっけ?
なにやら、神さまの贈り物とかで、その種を少量持っておくとお守りになるという噂が立っていたと言うので、ご自由にお持ち下さいの立て札を立てたら、翌日にはすっかりなくなっていたけれど、さすがに転売する人はいなかった。何しろシールス様の恩寵だからね。
教会の前を通ったら、サヴィールがちゃっかり入り口に麦を飾っていたのは少しおかしかった。
◇ ---------------- ◇
「というわけで、カイのスペシャルは、とても効果的でした」
俺は資料を抱えて、カイ=タークの家を訪れていた。リーナは臭い家は無理なのですーと言って、近くまでは来たが街区の外れでちょこんと座って待っていた。
連作してもそれほど収量は落ちなかったし、最初の1haの収穫率は12倍。約1.2tの収量だ。おそらくこの世界だと破格だろう。それでも、一人が1日500g食べるとすると、年間で168kgだから、1000人で168t。1ライン(100m x 1000m)で12tだから、12ラインで……ちょっと足りないな。
結局農地を広げるか、品種改良を行うかの必要があるのか。しばらくはちまちまと、収量成績の良い小麦を腕輪で交配させてみますかね。
「でしょう! あれは自信作なのです」
「それでですね、その自信作は量産できるものですか? なにしろ、100メトルx1000メトルが12本あるのですが」
「今すぐは無理ですね。せいぜいが2本分でしょう」
「じゃ、臭いのこともありますし、ちょっと離れた場所に肥料工場を作りますか。そこでどーんと大量に生産するって事で」
「いいんですか?!」
「思う存分力をふるってください。どうせ余ったらエンポロス商会が王国中で売りさばくでしょうから。おおまかな設備の概要とか大きさとかをまとめて貰えれば、ファルコさん達と打ち合わせをして、さっそく作り始めましょう」
「おおお、なんかやる気がみなぎってきました! そうか、ついに肥料愛が実る日が来るのか!!」
肥料愛ってなんだよ……相変わらず変な人だが、能力が突出している人ってこういうものかもな。
「じゃ、カイさんはそこの所長として、頑張ってください。必要な人員もリストしておいてくださいね」
「え。俺は研究員が良いんですが……経営とかいやですよ。所長は別の人でお願いしますよ」
「分かりました。では主席研究員で」
と苦笑しながらそう言った。いや、すごくよくわかるよ、それ。
「ありがとうございます!」
と言ったかと思うと、すぐに、実験農場も必要だしな……なんて、ぶつぶつ言い始めた。すでに別の世界に旅立っているようだ。
俺たちは邪魔をしないように、静かにカイの家を後にした。
◇ ---------------- ◇
「相変わらず濃いキャラだな」
ハロルドさんが苦笑する。
「能力が特化しちゃった人というのは、ああいうものですよ。ダグさんなんかもそうでしょう?」
「そういわれりゃそうか。ゾンガルも頭がおかしいところがあるしな」
「ヒドっ」
◇ ---------------- ◇
館に帰ると、ダルハーンが慌てて俺のところに駆け寄ってきた。仕事中に慌てるダルハーンなんて珍しいな。
「カ、カール様。王都の財務長官がいらしております」
「財務長官?」
あのヒョードルとか言う人か!
てか、まだいたの?! あれから4日もたってるのに? 長官って暇なのかよ! ヤッベー、畑、見られたかな。……見られたよね。
「……当然でございます」
まさか、まさかの上層部に目撃される事態。さて、どうやってごまかそう。
「こんにちは。先日公衆浴場の建設現場でお会いして以来ですね。まさか財務長官だとは思いもしませんで、その節は失礼しました」
「ふむ。記憶がないというのは本当のようじゃな」
「は?」
聞いてみると、このヒョードルという人は、サリナ様の同級生で、俺とも何度も会っているらしい。
俺が記憶がない話をしたのは、サリナ様だけだから、その辺から事情を聞いてきたに違いない。やりづれーな。
「それで、本日はどういったご用件でしょう?」
「なに、コートロゼから出された税の減免の嘆願書を読んで、実情を確認に来たまでじゃ」
たかが、一辺境の嘆願書の確認に、財務のトップが?
「それはご苦労様です」
「しかし、街を見た限りでは、さほど困窮しておるようでもないではないか」
俺は、現在は 大分復旧してきたところで、少し前までは酷い状態であったこと。いまここで、収穫できなかった分の税を持って行かれてしまったら、復興が頓挫しかねないことを訴えた。
「確かに。半月より少し前までは酷い状態じゃったと、誰に聞いてもそう言っておった」
「では……」
「うむ。復興予算は出せんが、その代わりコートロゼの税は4期免除じゃ」
「ありがとうございます」
免除の書類にサインをすると、なんとか一段落ってところだ。来期には農場も稼働するだろうし。
「ただの」
「へ?」
「儂には王国に奉仕する義務がある」
「はぁ」
「だから、王国に影響を及ぼすかもしれん事柄については、王に報告する義務があるのじゃ」
いったい何を言い出すんだ、この爺ちゃん。
「例えば、わずか一月前には覚えていなかった土魔法を、信じがたい規模で使用する者達の件とか」
ぎくっ。
「例えば、1夜のうちに、大魔の樹海に奇跡のように現れた広大な農地の件とか」
ぎくぎくっ。
「そういえば、突然出現した麦畑、なんてのもあったの」
なにこれ、脅し? 意図がわからないので、余計怖いよ。
「ひとえに、シールス様の恩寵のたまものですね」
「ほう」
じっとこっちを見ている。うわー、ナルドール、クリスティーンに続いてチョー怖い人3人目だよ。
「ふむ。よくわかった。それでは王国のために、辺境の開拓をよろしく頼んだぞ」
と言って立ち上がった。
思わず、
「おつとめご苦労様でした」
とか、言っちゃって、変な顔をされてしまった。
◇ ---------------- ◇
ヒョードルは、宿への道を歩きながら、さっきまで会っていた子供のことを考えていた。
「サリナのやつもこういう気分じゃったのかの」
あれは異質じゃ。だが、悪いものではないようじゃった。
あれは、野に放置しておくのが一番じゃ。自由にさせておけば勝手に王国の発展に力をそそぐであろう。
「王国など歯牙にもかけておらん。下手に追い込んだりすれば、さっさと他の国に行きかねん。貴族とは思えんわ」
シールス様の恩寵か……まるで言った本人が、本当にそうであるかのような気すらしてくる。
そんなことをぼんやり考えながら、午後の陽射しの中で、輝くプラチナブロンドとすれ違ったとき、ふとその顔に見覚えがあったような気がして振り返った。
「今のは……」
誰だったかのと思い出そうとする前に、その輝きは、人混みに紛れてしまった。
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