第4話 良いヤツと嫌なヤツと初めての祝福

しっかし、あれだな。ついてねーよな。


俺は、左足の様子を確かめながら、そんなことを考えていた。

これはどうも、ポッキリいってるみたいだな。はぁー、本当についてねぇ。討伐依頼を片付けようと、バウンドを出たところで転落たぁ。

しっかし、あの揺れは一体なんだったんだ? 街道沿いにあんな大穴が開くようじゃ、危なっかしくて通れやしないぜ。


こりゃやっぱ夕べの占者の呪いかね。

喪服みたいなフェイスヴェールの向こうから、妙に挑戦的な視線を送ってくるのが気になって声をかけてみたんだが、開口一番、あなたはこれから大きな運命に巻き込まれるなんていいやがった。

酒も入ってたし、じゃあお前も巻き込まれてみるか?と誘ったら、少し思案した後ついてきやがった。


バウンド辺りじゃ滅多に見ない、すこぶるつきのいい女だったが、夜明け前に起き出すのには参ったっけ。


別れ際に、運命の流れに無理に逆らわなければ、あなたに寄り添う強い運があなたを破滅から救い出してくれる。

夕べの私みたいにね、と笑って部屋から出て行った。


強い運ね。


考えてみりゃ、見えないほど高いところから落下して、足の一本で済んでるんだから、むしろ、付いてんのかね。


それよりこれからのことだよな。

もうしばらくすりゃ、馬や助からなかった奴らの血の臭いが、魔物の注意を引くだろう。早くここから脱出しないと……


と目をすがめて沼の方を透かし見ていると、なんだかもぞもぞと動いて近寄ってくる影が2つ見えた。

人か? 魔物か? 随分小さい感じだが……


念のために剣を引き寄せた俺の前に現れたのは、ふたりの子供だった。


  ◇ ---------------- ◇


「よう、あそこから落ちて、よく無事だったな」


その男は、少し影になる場所で自分の足に添え木をあてながら、そう言った。

痛みに少しやつれてはいたが、精悍な感じで人好きのする笑顔を浮かべてる。年齢は30くらい?


 --------

 ハロルド (26) lv.32 冒険者(人族)

 HP:164/784

 MP:126/354

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と思ったが、意外と若いな。しかしHPが俺30人分以上! なかなかの強者つわものだ。


「運が良かったんですよ。私はカール。この娘はヴォルリーナです」

「……泣き叫べとは言わないが、なんとも大人びたガキだな。俺はハロルドだ、よろしくな」


「よろしくお願いします。ところで、ハロルドさんはここが何処かご存じですか?」

「バウンドの街の入り口から少し離れた場所だから、黒の峡谷のダンジョンの中に落ちたんじゃないかと思うんだが、こんな沼のある場所は知られていないな」

「助けは来ると思いますか?」


「もちろんくるとも」


小太りの男が自信満々で割り込んできた。


「私が、ギョーム=ネルヴィルだからな」

「は? えーっと、すみません。何か有名な方なのでしょうか」


ぶっとハロルドさんが吹き出すと、ギョーム氏は顔を真っ赤にして……やべ、怒ってる?


「あ、いえ、まだこの街に来たばかりで、無知なものでして」

「まったく私を知らんとは、どこの田舎ものだ」


どうやら、バウンドのVIPらしい。


彼が巻き込まれたことは、みんなが知っているから、すぐに救助隊がくるだろうとのことだった。

それにしても、この体型でよく無事だったな、このオッサン。


「どうかな。確かに街はすぐそこだが、落ちてきた場所が見えないこの状況では……来るにしても、かなりの時間がかかりそうだ」


ハロルドさんがそう付け加えると、ギョームは嫌なものを見るような目で彼を一別して言った。


「足手まといを置きざりにして、奴隷どもを盾にすればすぐにでも脱出できるのではないかな? 黒の峡谷とはいえ、街にこれだけ近ければ、それほど強力な魔物もおるまい?」


粘り着くような視線で、リーナをなめ回したギョームは、最後に彼女の首輪に目を留めて、口元をゆがめながらそう言った。


「彼女は私の大切な奴隷ですから。ご希望には添えそうにありませんね」


リーナとギョームの間に割り込んで、視線を遮りながらきっぱりとそう言うと、彼は、ふんっ、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

ガキが、なんにもわかっとらんとかなんとか、ぶつぶつ言っていた。


リーナはうつむきながら、俺の服の裾を掴んでくる。尻尾がパタパタと嬉しそうに動いている。も、もふもふしてぇ。



しかし、この状況。まずは最低限の安全の確保が必要だな。

このハロルドという男は信用できそうだし、脱出までは是非ご一緒したいが、彼にしてみれば、俺たちは足手まといに過ぎないだろう。

ポーションは後3本。ここで1本を対価に、安全な場所までの同行をお願いしてみるか。


「ハロルドさん」

「ん?」


ギョームの台詞で、リーナが不安そうな顔をしていたのだろうか、彼はこちらが切り出す前に、こういった。


「心配するな、子供を置いていけるわけないだろ。ちゃんと送ってってやるよ」


うぉ、なんという男前。いや、足折れてますよね、アナタ。

ポーションを交渉の材料に使おうなんて考えてた俺、汚れてるぜ。


「でも、足は大丈夫ですか?」

「まあこれでも鍛えてるからな、添え木さえあてときゃ、少しくらいならなんとかなるだろ」

「……これ、どうぞ」


俺はポーションを取り出して、彼に渡そうとした。

本数的にも最初の死亡イベントを生き残るために用意されたアイテムだろうし、ここをケチって死にでもしたら目も当てられないからな。死んだらどうせ見えないんですけどね。



「なんだ、それは?」


ギョームが大声で近づいてくると、俺が差し出しているポーションを、横からひったくった。


「何をするんですか」

「なんだ? 脱出のためのアイテムとして、このコミュニティに提供するのだろう? それなら管理者たるこの私が預かるのは当然ではないか。ただでさえ、なけなしの回復ポーションはそのクズのために使ってしまったしな」


ギョームが指さす先の岩陰に、白い何かがうずくまっていた。

そうだ、5人目!


「……あんたが、金貨800枚で購入したばかりの奴隷がどうとかって、みんなから集めた回復ポーションを使ったんじゃなかったっけ?」


「人道的見地というやつだよ。奴隷とはいえ見殺しには出来まい? もっともああなってしまったのでは、800万セルスは失われたも同然。価値はゼロだ。もはや、脱出の際の盾にでもするしかあるまい」


なんだコイツ。人道的見地はどうしたんだよ。


聞くと、今朝方ギョームが金貨800枚で購入した奴隷は、天上の美女である上に、低レベルながら重力魔法が使える、だったらしい。

この穴に落ちたとき、それを無理矢理使わせることでギョームや護衛は無傷だったが、自身は魔力を使い切ったために無防備で落下して、顔と胸に大きな傷を負ったそうだ。

まだ楽しんでいない女の美貌と、支払った金を惜しんだギョームが、ありったけのポーションを使ったが、命こそ取り留めたものの怪我の回復はならず、酷い状態で放置されているとのこと。


あまりの話に、このクソじじい、と突っかかろうとした瞬間、沼の向こう側から、酷く耳障りで不気味な叫び声が聞こえてきた。


「……あれは」


ハロルドの目が細まる。


「スワンプリザードか」


ハロルドさんによると、スワンプリザードは、成長すると3m程になる沼に住む蜥蜴だ。蜥蜴と言っても、アリゲーターのような頭をした、肉食の爬虫類だ。

単体では、駆け出しの冒険者でも狩れないことはないレベルで、それほど凶暴でもないが、血の臭いを嗅ぐと豹変するらしい。しかも、対象にかみついて回転することで相手の肉を食いちぎり血をばらまくことで、さらなく狂乱を呼び起こし、最終的には群れの全体に襲われて命を落とすことになるのだとか。


倒したスワンプリザードの血の臭いが、周りのスワンプリザードを引き寄せる誘因効果を持つため、普通の冒険者はこれに手を出さない。


今回は、落ちてきて亡くなった人の死体に誘われて出てきたのであろうとのこと。最初から狂乱状態なのかよ。


声を聴いたリーナが、悲壮な顔つきで駆け寄ってくる。


「ご主人様! 私が食い止めますから早くお逃げ下さい、です」


襲われたときに、奴隷を盾にして逃げ出すことは、どうやら普通のことらしいが、数mもあるワニがワサワサとやってきたら、短剣なんかで何とかなるわけないだろ……


「おお、そうかそうか、あの女もくれてやるから早く行け。私たちは先に逃げるからな。行くぞ!」


とギョームがふたりの護衛と一緒に、声のする方角とは反対の方角へ走り出した。


「おい、ちょっと待て、ポーション置いてけ!」


と叫んだ俺を尻目に、あっという間に見えなくなった。

あの体型で、中々素早く動けるものなんだな。なんて、変なところに感心した。


「ご、ご主人様も早くお逃げ下さい。短い間でしたが、高価なお薬をお使いいただいたり、ありがとうでした。この恩はこの身でお返しします、です……ぐすっ」


リーナは涙ぐみながら震えていた。


「ヴォルリーナ」

「はい」

「いいか、よく聞け。ボクは奴隷を犠牲にするつもりはない」


俺は彼女を見上げながら力強くそう言った。


「え。でも……」

「大丈夫。ちゃんとみんなで上に戻れる」

「ご主人様……」


そのとき、電子音めいた通知音がポーンと鳴り、ついでメッセージがこう流れた。


(カールの祝福をヴォルリーナが受け入れました)

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