第14話 生き延びた人たち
「ああ、疲れたね……」
「はい。このまますぐ宿に向かわれますか?」
あの後、ダンジョンから脱出すると、救助隊の本部に連れて行かれて質問攻めにあった。
幸運にも、ハロルドさんが結構有名な冒険者だったので、どうにも説明が難しい事柄は、みんな彼の手柄にしておいた。
ハロルドさんは、苦笑いしながらこっちを見ていたけど、報奨金なんかも出るらしいし、いいでしょ。
リンドブルムの討伐は、どう考えても説明のしようがなかったので、死体を腕輪に収納して、なかったことにした。
バリバリランクAの魔物を4人で討伐したりしたら、目立つなんてものじゃない、一気に自由が無くなることは間違いないって、ハロルドさんに脅されたのだ。
リーナは、助けた時点で、すでに持ち主の奴隷商が死亡していたため、そのまま俺のものになるようだが、ノエリアに関しては、前の主人が生前に譲渡したことになっているので、金貨800枚で購入したばかりの奴隷をいかなる理由で手放したのか、結構厳しい追及があった。
ギョーム氏の服はアーチャグの部屋で発見されていて、死亡が確実だったため、ノエリアを手に入れるためにギョーム氏を陥れたことにされてもおかしくない状況で、正直まいった。
譲渡された現場にハロルドさんがいて証言してくれなかったら、今頃犯罪者にされていたかもしれなかったのだ。
状況を信じて貰った後も、今度は、いかにしてそんなに酷い傷を治したのかが問題にされそうになったから、ありったけのポーションを使ったら治ったとか、テキトーなことを言っておいた。
そういえば、所有者移転の手続きをするさいのステータス確認で、ふたりともレベルが20になっていて驚かれた。リンドブルムの経験値のせいだよな、これ。
調べられなかったとはいえ、俺もレベル23になってたし。
なお、
アーチャグ大発生の討伐で、バウンドを治めるハイランディア辺境伯から金貨12枚を頂いたので、当面の生活費もなんとかなりそうだ。
これほどいろいろなことが起こったのが、たった二日間の出来事だったなんて信じられないくらいだ。
あんまり疲れていたから、どこかで宿をとって休みたいと言ったら、ハロルドさんが春宵の月陰亭を紹介してくれた。彼の常宿らしい。
ともかく俺は、死すべき運命をなんとか生き延びた。
シールス様にも面目がたつってものだな。
「いや、その前に当面必要な物を買いに行こう」
彼女たちが着ているのは、奴隷用の簡素なものだが、この脱出口で結構ぼろぼろになっている。魔法で汚れは落とせても、破れは修繕できないのだ。
それに、普通の服や下着をある程度買っておかないとこの先不便だろう。
◇ ---------------- ◇
「うちには獣人に着せる服なんか無いよ、帰っとくれ」
失敗した。
後からノエリアに聞いたところによると、ここ、アル・デラミス王国は、人族至上主義の神星教が国教となっていて、比較的獣人に忌避感のないバウンドでも、表通りの店などでは獣人を嫌う店があるそうだ。
神星教って、シールス様が主神じゃないのか? そんな人――いや、神か――には見えなかったけどな……。今度説教してやるか。
「ちっ。そんな店こっちからお断りだ。ばーかばーか、二度と来ねぇよ!」
子供みたいな捨て台詞を吐いて、店を出る。
リーナは耳をたたんで、しゅんとしてる。
「私のせいでごめんなさい、です」
とぼとぼと歩きながら、そんなことを言ってる。
「リーナのせいじゃないさ。あのバカ店員が悪いんだ」
「でも……」
まだ何か言いたそうなリーナの頭を、ちょっと背伸びしながら、がしがしもふもふなでてやる。俺の方が小さいので、何ともサマにならない。
「リーナは悪くない。それにあんなやつばかりじゃないさ」
「……はい、なのです」
◇ ---------------- ◇
裏通りに入って、お店を物色していると、店の前で、楽しそうに鼻歌を歌いながら猫耳が掃除をしている。
へぇ、この店は獣人を雇ってるんだ。しかも嫌々じゃなくて楽しそうだし。
「ねえ、キミ」
と声をかけると、ビクンと反応した猫耳ちゃんが、ギギギギギと音が聞こえるようなそぶりでこちらを振り返る。
俺とノエリアを見た瞬間、ゼンマイ仕掛けの人形のように、ピコンと腰を折ってこう言った。
「し、失礼しました。ご不快をお感じになられましたら、深く陳謝いたしますのでお許し下さい」
「は?」
「わ、わたくしなどが、視界に入りまして、お目汚しを……」
「まってまって。ここお店なんですよね?」
みあげた入り口の上には、ロンドンでよく見かけるような軒先の看板が掛かっていて「エンポロス商会」って書かれている。
「は、はい」
あまりにおどおどしているので、詳しく話を聞いてみたら、主人のエンポリオ=エンポロス氏は、獣人でも能力のあるものは重用する方で、差別などしない立派な人だそうだが、客のなかには獣人が表で働いているのを見て酷いことを言う人もいるそうで、先日も罵声を浴びせられたんだそうだ。
自分が悪く言われるのはかまわないが、そのせいで大恩ある旦那様が悪く言われるのは絶えられないと、なるべく表に出ないようにはしているのだけれど、ちょうど暇な時間帯だし、いまなら大丈夫かなと掃除をしていたところ声をかけられたので焦ったそうだ。
「ボクたちも気にしないから大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます」
目をウルウルさせてお礼を言う猫耳ちゃんに案内して貰って、リーナやノエリアの服や雑貨を購入していく。
リーナもノエリアも、放っておくとなんでも最低限しか購入しようとしないので、最低着替えを2着と下着を5着は購入するように命じておいた。
討伐報酬で金貨を12枚も貰ったから懐は温かいしね。
アル・デラミス王国の、一般に流通している貨幣は、賤貨・銅貨・銀貨・小金貨・金貨の5種類で、大まかに
賤貨= 10円
銅貨= 100円
銀貨= 1,000円
小金貨= 10,000円
金貨=100,000円
って感じだ。基本10枚で上の価値を持つ貨幣になる。単位は賤貨1枚が1セルス。
金貨12枚は120万円くらいの価値で、120,000セルスですよ、奥さん。うはうはです。
この世界は、生活必需品の価格がかなり安いようで、金貨が1枚もあれば、平均的な平民の4人家族が2ヶ月弱は暮らせるみたいだ。
「ありがとうございました~」
一通り購入して店を出ると、猫耳店員、ナーフさんがにこやかにお礼を言いながらお見送りしてくれた。名前を聞いたとき、ついニャーフさん?って聞き返しちゃったよ。
◇ ---------------- ◇
しばらく歩くと、春宵の月陰亭についた。
冒険者御用達のお店だけあって、奴隷も獣人も問題ないようだ。
適当に4人部屋を確保して、部屋に入った。
「やっと一段落……」
ばふん、と宿のベッドに倒れ込む。
「大きめの荷物は、いまのところハイムの部屋に片付けておくと良いよ。日常的な荷物は、後でデイパックを買ってあげるから、それに入れて」
と言いながらハイムを取り出す。
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ハイム(天界) lv.2
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所有者:カール=リフトハウス
利用者:仲間 《選択》
出口記憶:lv個数(2)
結界:アンチモンスター(D)
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あれ? レベルが2になってる?
何をしたらレベルが上がるのかは分からないけれど、祝福の恩恵があったことは、確実だろうな。
てか出口記憶?
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出口記憶
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ハイムへの入り口を複数個記憶させることが出来る機能。
ハイムから出る際、記憶させた入り口へ出ることが出来る。
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……転移キターーーー!
しかし今のところ2カ所か。それでも凄く便利だし、遠くと結んで貿易とか夢が拡がりんぐ。問題はどうやって設置に行くか、なんだけどさ。
とりあえず、ハイムをベッドの脇に設置して、ふたりと一緒に中に入った。
「なんだかここがお家みたい、です」
とリーナが玄関を見回しながらそう言った。
「みたいじゃなくて、今はリーナのお家だろ」
と言ってやると、こちらを振り返って、嬉しそうに尻尾をぶんぶん振っている。分かり易いやつ。早速「リーナの場所」に腰掛けて、足をぶらぶらさせていた。
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