第15話 顛末

お風呂に入って着替えをして、ノエリアの入れてくれたお茶を飲みながらリビングでくつろいでると、「宿の部屋のドア」がノックされた。

へー、ちゃんと周りの環境をモニタしてくれるんだな。


「おい、カール。いるかー?」

「ハロルドさんだ。ノエリア、ちょっと迎えに行ってきてくれる?」

「はい」


ノエリアが席を立って出て行く。

そういえば、ハロルドさんって、まだ「仲間」区分だっけ?

マップを見ると緑の点のままだったけど、いちいち確認するのが大変だから、ハイムの利用者を個人指定に変更して、俺とノエリアとリーナとハロルドさんをマップ上から利用者リストに追加しておいた。


「なんだよ、宿の中でもハイムってんのか?」


ハロルドさんが笑いながら家に入ってくる。

なんですかその謎の動詞は。


「なんだか、こっちの家に慣れちゃって。まだ1泊しかしてないのに変ですね」

「宿の設備より、この家の方が便利だしなぁ。もう部屋を取る必要もないんじゃないか?」


リビングの椅子にどかっと腰を下ろし、ノエリアが差し出すお茶を受け取りながら、辺りを見回してそう言った。


「連絡とか不便ですし。それに、ハイムのことは余り知られたくないんですよね」

「まあ、大騒ぎになって、なんとかこいつを奪おうとするやつが出てくるだろうな」

「でしょ?」


やれやれといった感じでお茶をすする。


「それはともかく、あの後どうなったんです?」


「……一応亀裂の原因は、アーチャグの大繁殖やダンジョンの急激なルート拡大によるものと断定された。犠牲者はギョームと護衛のふたりを含む16人。生還者は俺たち4人だけだ」


「ダンジョンのルート拡大って、リンドブルムが掘った穴ですか?」

「まあな」

「でもリンドブルムはいなかったことになってるんですよね」

「それなんだがな、物証が出てきたのさ」

「物証?」


「最後に、リーナ嬢ちゃんがスゲー攻撃をカマしてたろ?」

「ああ、腕も短剣も折れちゃったあれ……」

「そうだ。そもそもあんな安っちい短剣じゃ、リンドブルムのような強力な竜種の体に傷なんかつけられっこない」

「まあそうでしょうね」


「ところが、嬢ちゃんの技量が凄かったのか、ヤツの鱗が何枚か剥げ落ちてたのさ」

「鱗?」

「そうだ。それを冒険者ギルドの調査部が鑑定して、鱗輪や大きさ、硬度なんかから、大体レベル20前後の竜種のものだって結論を出した。それで、ギルドは大騒ぎだ」


「大騒ぎ?」

「そりゃそうだろう。いくら国境付近の境界の街だからって、街のすぐ側にあるダンジョンの、しかも入り口付近にレベル20前後の竜種が歩き回ってるんだぞ? レベル20ったら、そこらのワイバーンでもバリバリのAクラス。真性のドラゴンなら国家災厄級だ」


「ふわー、凄い、です」


リーナが目をキラキラさせながらつぶやいた。そこ、キラキラさせる所じゃないから。


「それじゃ、討伐隊とかが結成されるんでしょうか」

「当然だな。だが、どこにいるのかも分からないんじゃ、討伐もクソもないだろうから、まずは探索部隊が派遣されるだろう」

「なら問題ないでしょう。どうせ見つからない」

「探索に予算を使わされる辺境伯やギルドは、たまったもんじゃないだろうがな」


ハロルドさんは苦笑しながらそう言った。


「まあ、その関係で、より詳細な聞き取りがあるみたいだぞ」

「またですか?」


また延々色々聞かれるのかと思うと、ちょっとうんざりだ。


「まあそういうな。みんな仕事だから仕方ないんだよ。と、いうわけで明日の午後に対策本部に出頭してくれとさ」

「対策本部?」

「衛兵詰め所の前にある広場のところに設営されているから。行けば分かるよ」

「はー……了解です」



「それで、お前ら、この後どうするんだ?」

「どうって、明日の朝になったら、必要な買い物を済ませて、午後になったら出頭しますよ」

「そうじゃねぇよ。このままバウンドで冒険者でもやるのか?」


この後、この後かー。実はまだ何にも考えてないんだよなー。

だって、転生してからまだ2日だよ?

そもそも、この体の持ち主のことを何にも知らないんだけど、勝手に行動して大丈夫なんだろうか。


「ハロルドさん、リフトハウスってご存じですか?」

「あ? おまえ、やっぱり、リフトハウス伯爵の関係者なの?」

「リフトハウス伯爵?」

「えっ?」

「えっ?」


ハロルドさんによると、リフトハウスはバウンドの東南を治める伯爵家で、ハイランディア辺境伯の寄子の一人であり、広い穀倉地帯を背景に、その派閥の中でも中々有力な一族らしい。


実は穴に落ちる以前の記憶がないんです、とあらかじめ用意しておいた設定をハロルドさんに告げたら、なんだかうさんくさそうな顔をしていたが、珍しい家名だし何らかの関係があるかもしれないから、図書館で貴族名鑑でも見てみたらどうか、と言われた。


うーん、その辺がはっきりするまで、あまり出歩きたくないんだよな。今この体の知り合いに出会ったりしたら、面倒しか思い浮かばない。

しかし聴取をすっぽかすわけにもいかないし……困ったな。


とりあえず、明日の午前中の予定に、図書館訪問を追加しておこう。


「さて、そろそろ腹も減ったし、飯でも食いにいこうや。余計な手柄をいろいろ押しつけてもらったせいで報奨金が膨らんでなぁ……仕方がないからおごってやる。ぱーっと行こうぜ、ぱーっと」


そう言って、ハロルドさんがにやりと笑いながら立ち上がる。


それを聞いたリーナが小さな歓声を上げたことを、俺は聞き逃さなかった。大分慣れてきたな、こいつ。

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