第16話 出自と買い食いと口裏合わせ

「それでしたら、バークス名鑑をご覧下さい」


翌朝、リフトハウス家をはじめとする王国西部の貴族について知りたいと司書の人に告げると、書架から巨大なバークス名鑑とやらを持ち出してこられた。改訂されたばかりですよと笑顔で渡してくれたが、なんだこの厚さ、肩が抜けそうだ。

バークスという紋章研究の第一人者が、そのついでに編纂した貴族名鑑なんだそうだが、こんなに書くことがあるのかよ。と思ったが、印刷技術のないこの時代、毎年改訂部分だけが追加されていったあげくにこうなったようだ。修正前の情報も残っていた。


いつもなら、すぐにリーナが持ってくれようとするはずだが、奴隷は図書館に入れないそうだ。なんでも以前奴隷を使った本の盗難が相次いだとかなんとか。奴隷を使って盗ませたあげく、その奴隷が殺されてうやむやになったとか。酷いやつもいたもんだ。

というわけで、ふたりにはお小遣いを渡して、広場で自由行動(買い食いとも言う)にしてある。広場の屋台なら露骨な獣人排斥も無いだろうし、大丈夫だろう。


バークス名鑑によると、俺はどうやらリフトハウス伯爵家の三男であるらしい。

現当主は、ミモレ=リフトハウス、御年33歳なので、まだまだ壮健であるはずだ。長男はオーヴィラールだが、最新の改訂では、半年前に事故で母親と一緒に鬼籍に入っている。

俺とオーヴィラールの母親は、第1夫人だったバウアルト侯爵家の3女のマレーナ=バウアルトだ。

次男のヤイラードは、第2夫人のパメラ=ソーロンディの子供だ。パメラはソーロンディ子爵家の長女だと。

まとめると、


当主:ミモレ=リフトハウス (33)

死亡:オーヴィラール=リフトハウス (16) 第1夫人マレーナ=バウアルト(バウアルト侯爵家3女・死亡)

嫡子:ヤイラード=リフトハウス(12) 第2夫人パメラ=ソーロンディ(ソーロンディ子爵家長女)

嫡子:カール=リフトハウス(10) 第1夫人マレーナ=バウアルト(バウアルト侯爵家3女・死亡)


な感じだな。


リフトハウス家の本拠地は、バウンドの東にあるドルムの街だ。

あれ? 俺が落ちたのは、バウンドの南側だよな。どこかへ行こうとしてたのか? それともどこからか戻ってきたんだろうか?


……うーん。やはり一度今回の報告がてらドルムに帰って、様子を見た方がよさそうだな。


バークス名鑑は便利そうなので、誰にも見られていないことをマップで確認して腕輪に取り込んでみた。

コピーするのにどのくらいの時間がかかるのか分からないので、その間書架をぶらぶらと歩いていると、『解體新書』なる本を発見。

気になったので開いてみたら、人体の解剖図などではなく、魔物の有用部分と解体方法をまとめた実用書だった。

これはコピーせねばなるまい。


どうやらその棚は、素材の取り扱いに対する研究書が配置されている一角らしく『モーミュス解体書』『プランカール解体書』『カスバル解体書』『コイテノレ解体書』『アンプル外科書解体篇』『ヘスリソキース解体書』『バルヘイン解体書』『パルシトス解体書』等々、どっかで聞いたようなちょっと違うような書物がずらっと並んでいた。これもコピーしておこう。


やってみると、コピーは一瞬で終わるようだが、情報としてコピーされるだけで、本が複製されるわけでもなかった。で、俺は一体どうやってそれを利用すればいいわけ?


よくわからないが、せっかく手に入れた情報だ、以前保留しておいた解体を有効にして、司書の人にお礼を言ってから、図書館を後にした。


  ◇ ---------------- ◇


「あ、ごひゅひんはまー」


リーナ。おまえ何をくわえてんの。


「くひはひおいひー、へふ」

「リーナ、ものを食べながら話をしちゃダメだよ」

「はひ、へふ」


串焼きを2本も加えながら返事をする。あーあ、口の周りがベタベタだよ。布きれを出して拭いてやると、まんざらでもないのか、へへーっとニコニコしながら尻尾を振っていた。キミの方がお姉さんなんだけどなぁ……


「それで、ノエリアは?」

「あっち、です」


広場の反対側に、なんだか人だかりが出来てる。

近づいてみると、ノエリアが魚の塩串を売っている店の前で、何かを真剣に考え込んでいた。


なに、この人だかりって、ノエリアの見物人かなにか?

確かにノエリアは、ただ立っているだけでも、人の目を引きつけてやまないくらいには綺麗だけどさ。


しかしどんなに綺麗でも、たかが奴隷女と侮って軟派する奴がいそうなものだが、と心配になったが、案の定ごっついスキンヘッドの男がしつこく絡んでいたらしい。

しかし、あまりのしつこさに怒ったノエリアが何かしたようなそぶりを見せただけで、スキンヘッドは気を失ってしまい、以降誰も声を掛けていないそうだ。


「なにしてるんだ?」

「きゃ?! ご主人様! ビックリしました」


突然後ろから話しかけると、ノエリアは電気に触れたように飛び上がってそう言った。いや、そんなに驚かなくても。


「先ほど、あまりにしつこく声を掛けてきた方がいらっしゃったものですから」


ははあ、件のスキンヘッドの話だな。


「大丈夫だったか?」

「はい。ご主人様のおかげで強くなれましたから」


うんまあ。確かにね。


「ご主人様だってよ」

「ガキじゃねぇか……」

「くっそ、あいつがあの子を好き勝手してんのか」


なんか外野から怨嗟の声が聞こえてくるけれど、まあいいか。


「それで、何を考え込んでたんだ?」


話を聞いてみると、どの魚にしようか考えていたそうだ。

バウンドは南西に2日も行けば海なので、意外といろんな種類の魚が流通しているけれど……なに、それ、悩むところ?


「ご主人様、これはとても難しい問題なのです。こちらのシロカワはとても繊細で味わい深いお魚。対して、こちらのサンーマは、今の時期、脂がのっていてとても濃厚な味わいなのです。繊細か濃厚か、それが問題なのです」


甘鯛っぽいのと、秋刀魚っぽいのか。

しかし、ノエリアは奴隷のはずなのに、そんなことにも詳しいのか。魔道具の時も思ったけれど、この器量で奴隷をやって17まで処女なんて奇跡だし、最近何かあって奴隷落ちした貴人か何かだったのかな。所作も綺麗だし。あ、ラップランドって貴族がいるかどうか、バークス名鑑で調べればいいのか。


(アル・デラミス王国には該当する家がありません)


さいで。


「いや、両方買ったら?」

「り、両方!? で、でも、そんな贅沢は……」

「リーナは串焼き何本も食べてたぞ」

「ええ?!」


ノエリアって意外と面白いな。外見は大人美女だけれど、中身は案外天然なのかもな。考えてみれば高2の歳だし。


「ご主人様」

「なんだよ、改まって」

「ににに、二本とも食べちゃっても、よろしいのでしょうか」


「まあ、無理にとは言わないけれど」

「決して無理ではありません!」


ていうから、その場で両方買って彼女に渡してあげた。


「あ、ありがとうございますっ」


ノエリアは、ほわほわに上気した顔で、シロカワとサンーマの塩串を、満足そうに食べている。そんなに好きならと、こっそり10本ずつ買って収納しておいた。


さて、午後からは聴取があるんだっけ。リーナやノエリアとも念のため口裏を合わせておかないとな。


  ◇ ---------------- ◇


「竜種なんて?」

「みたこともありません」

「いませんでした、です!」


「大体本当にいたとしても?」

「「我々の装備では傷もつけられません(です!)」」


「アーチャグは?」

「ハロルドさんが身を挺して道を切り開いてくれました」

「守ってくれた、です!」


「難しいことを聞かれたら?」

「「奴隷なのでよくわかりません(です!)」」


「よし、覚えたな。これで押し通すぞ」

「「いえっさー(です!)」」


「いや、おまえら、こんなんで本当に大丈夫か?」


打ち合わせを見ていたハロルドさんが、心配そうに尋ねてくる。


「まあ、奴隷や子供に、そんな複雑なこと聞かないでしょ?」

「ことがことだからなぁ……根掘り葉掘り聞かれるんじゃねーの?」

「竜種の件については、何を聞かれても、気がつかなかったで押し通しちゃえば、大丈夫ですよ」


「真偽官が同席してないといいけどな……」

「審議官? 何を審議するんです?」

「いや、真か偽かを判定する、真偽官、だ」

「は?」


「平たく言えば、質問に対して、その答えが嘘かホントかを判定する奴らだよ」

「そんなことが出来るんですか?!」

「まあ、そういうスキルを持っている奴らが真偽官になるんだよ。稀少な才能で人数も限られているし、犯罪捜査ってわけでもないから同席してないとは思うんだけどよ。丁度今、辺境伯の所にひとり滞在してるって話だったから、ちょっと気になったんだよ」


「どんな人です?」

「クリスティーン=ハイアルトって言って、今年史上最年少で真偽官になった才媛だ。何かの事件を調べてるとかなんとか。詳しいことは聞いてないけどな」


「真偽官って、捜査権まであるんですか?!」

「逮捕だってできるぞ。内部査察のプロフェッショナルだ」


そんな、警察と検察が一緒くたになった上に、裁判官まで兼ねてたら、なんでもかんでもやりたい放題でよろしくないのでは?


「真偽官は嘘がつけないんだよ。嘘をつくと力が失われて、額には犯罪者の文様が刻まれるって話だぞ。それに、強力な権限が与えられている代わりに、職務外でその力を悪用できないよう、それに見合う制限が課せられてるって話だ」


へー、嘘がつけないんじゃ腐敗しようがないか。


「しかし、怖いですね」

「まじめに、正直に生きてれば、怖くないだろ」

「ハシゴ外さないで下さいよ。正直に生きたら人生から自由がなくなりそうだと言って脅したのは、ハロルドさんじゃないですか」

「まあなぁ。おまえらちょっとおかしいからなぁ」


ひどっ。


「それで、ハロルドさんの時はどうだったんですか?」

「いや、おれの聴取は午前中だったから、まだ辺境伯がバウンドに着いてなかったんだよ」

「で、今は?」

「来てるぞ」

「ぐぬぬぬ……」


「ご主人様……」


リーナとノエリアが不安そうにこちらを見る。


「……いいかふたりとも。キミたちはリンドブルムがどうなったか知っているか?」

「「ご主人様に倒されて回収されました(です)」」

「その後は?」


リーナとノエリアは、お互いに顔を見合わせてからこちらを見て、ふるふると首を横に振る。


「「知りません(です)」」


「だろ? 最終的にどうなったか知らないんだよ。つまり、知らないってのは嘘じゃないんだよ?」

「「そうか!!」」

「な、しらないで大丈夫だろ?」

「「はい(です!)」」


「……単純な奴らでよかったな」

「これでもうこっちのものですよ! じゃ、行ってきます!」


揚々と対策本部に向かって行く3人を見送りながら、ハロルドがつぶやいた。


「自分自身の証言はどうするつもりなんだよ……」


10とおのガキのくせに、まるで老成しているように見えるヤツだけれど、意外と年相応の部分もあるのかもな、なんて、ちょっと安心したハロルドであった。

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