第58話 ダグとお礼とムラマサブレード
翌日、ハロルドさんが昨日の顛末を話しに来ていた。
「サヴィールの件、ゾンガルは受け入れても良いってよ。教会のスパイだったら足腰叩き折って追い出すから大丈夫だ、とか言ってたぜ」
「……それぞれの無事を祈りましょう。じゃ、早速サヴィールには……」
そこまで話したとき、ノックの音が響き、ダルハーンが来客をつげにきた。
「
「リーナ嬢ちゃんに助けられたとか言ってたから、その礼じゃないか? しかし、随分時間がかかりやがったな」
「どうせ、一度会っておかなきゃと思っていたので、丁度良い機会です」
「じゃ、俺はさっきの件をサヴィールに伝えて……」
「時間があるようでしたら、ゾンガルさんとの顔合わせもやっておいていただければ」
「はいはい、了解、了解。お代官様は人使いが荒いねぇ。だけどサヴィールはカール様に会えなくて寂しがるんじゃないの?」
と笑いながら部屋を出て行った。
◇ ---------------- ◇
「おまたせしました」
リーナと一緒に客間に入って、そこで待っていたダグに向かってそう言った。
「俺は、ダグ=バグナグ=ドワーリン。そちらの銀狼族の嬢ちゃんに借りがあってな」
「ようこそいらっしゃいました、私は、カール=リフトハウス。ヴォルリーナ、その銀狼族の主人です」
「おお、そうか。俺のことは聞いているか?」
「以前、街でリーナがお世話になったとか……」
「世話になったのはこっちだ。詳しいことは?」
「困ってたおじさんを助けたら、ハロルドさんのお知り合いだったとしか」
「まあ、あってると言えばあってるが……」
と、事の顛末を教えてくれた。
うんうん、優しい子に育ってるね。と父親みたいな気分でそれを聞いていた。
「それで、まあ礼に来たわけだ……銀狼族の嬢ちゃんが、片刃で少し反った奇妙な剣を使っていたと聞いたんだが、そりゃ、ドラデの作だろ? カタナとか言ったか」
「作者はわかりませんが、バウンドの武器屋で購入したものです」
「そいつが、ドラデ=ハイラスといって、俺の昔の弟子だ。そんな奇妙な剣を作るやつは、この辺にはあいつくらいしかいねえからな。ちょっと、見せてみろ」
とリーナに向かって言った。
リーナは俺に向かって許可を求めるような顔を向けてきたので、うなずいておいた。
「はい。なのです」
ダグさんはその剣を受け取って、返す返す眺めた後で、
「……ドラデらしい堅実なデキのいい剣だが、やはり、結構なガタがきてやがるぜ」
と言った。
「そうなの、です?」
「嬢ちゃんみたいに大した技量で振られた剣は、相手を切るとき結構な熱を持つんだ。相手が硬ければ硬いほどな」
高速で振られたときの摩擦熱ってやつかな。
「連続で切ったりすると、普通の鉄を鍛練する際の熱さ近づいたりするくらいだ。そうすると剣自体が熱で緩んで、場合によっちゃ、ゆがんだりするのさ」
「続けて切ったらダメなの、です?」
「いいや。ほれ」
ダグさんは、自分の袋の中から、一振りの刀を取りだしてリーナに渡した。
「それは?」
と俺が聞くと、ダグさんは肩をすくめて、
「こないだの礼だ。来るのが遅れちまったのは、そいつを打ってたせいでな。カタナなんて初めて打ったぜ」
と首をゴキゴキさせながら言った。
「こっちの剣は、もうだめだ。良かったらそれを使ってくれ」
「でもそれは、ご主人様が初めて買ってくれた……」
リーナが泣きそうな顔をしてそういうと、
「心配するな、ちゃんと直しておいてやる。だが素材がな。もう嬢ちゃんの技量にはかなり役不足なんだよ。日頃は使わずに大事にしまっておけ」
ダグさんがそう答えた。
「はい、なのです」
ちゃんと直して返してくれるということで安心したのか、今度は、興味深げに貰った剣を眺めている。
束と刃が一体化したカタナ形状の剣で、束の部分には、なにかの革が巻かれ、装飾のないさやに入っていた。
「抜いてみな」
そういわれてリーナが鯉口を切る。
現れた刀身は、光の加減か、まるで濡れたように薄紫に輝いていた。
こいつは業物だ。素人の俺が見てもはっきりそう分かる。しかもなにかこう、惹きつけられるような魅力が……って、妖刀じゃあるまいし。
「……ムラマサブレード、なのです」
リーナが刀身を見つめながら、小さくそうつぶやいた。
「ほう。よくわからねぇが、なんだかこの剣にぴったりな銘じゃねぇか。よし、お前はムラマサブレードだ」
ダグさんがそういって剣に何かの力を込めると、刀身の付け根に『銘・ムラマサブレード』と刻まれた。うおお、ファンタジーだ。ファンタジーだよ!
「こいつは硬ぇぜ? 俺の自信作だ。なにか壊してもいい剣はあるか?」
そうダグさんが言うので、以前買った短刀を取り出して渡した。
「いいか、嬢ちゃん。刃を上に向けてしっかり握ってろ」
「はい、です」
リーナがそうすると、ダグさんは渡された短刀で軽くムラマサブレードに斬りつけ……あれ?
斬りつけたと思ったのだが、短剣は刃に触れなかったかのように何の抵抗もなくムラマサブレードをすり抜けた。そして……短剣の先半分がずれたかと思うと、重力に導かれ床に落ちて硬い音を立てた。
「なっ、何ですか、今のは?!」
「こいつは凄ぇ! まるで抵抗を感じなかったぜ!」
いや、あんたが作ったんでしょうが!
詳しく話を聞いてみると、この剣は、持った者の力の込め具合に応じて、魔力を吸い上げ、自動的に硬度や切れ味を増しているのだそうだ。
「いやな。試し切りの際、思いっきり力を入れたら魔力を全部持って行かれたらしくって、気絶しちまってよ。やり過ぎたかなと思ってたんだが、ちゃんと使えてんじゃねーか。嬢ちゃんは凄ぇな!」
まごう方なき妖刀だよ……やはりダグさんも趣味の人だったのか……
もちろん意図的につぎ込む魔力量をコントロールすることもできるはずだから心配すんな、一遍何の制限もなしに作ってみたかったんだよって、カラカラ笑っていた。
できる「はず」って……
当のリーナは至極ご満悦そうに、軽く振ったり刀身を眺めていたりしたが、静かにさやに収めるとダグさんに向かって
「ありがとうございます、です」
と頭を下げていた。
「よせやい。それは嬢ちゃんに助けて貰った礼だぜ? ああ、そうだ、多少の傷なら、そのさやに入れておけば勝手に修復されるようにしてあるから、さやも大切にしてくれ」
「はい、なのです」
自動修復さや付きかよ。買ったら一体いくらになるんだよ……
「ダグさん、お礼とはいえ、いくらなんでもこれは少し高価すぎると思うのですが……」
「心配すんな。奴隷の立場で出す金貨1枚のほうが、価値は遥かに
「はい、です」
「メンテナンスもあるから、たまには俺のところにも遊びに来てくれよな」
「はい、なのです」
「ま、嬢ちゃんが使ってる限りそいつが欠けることがあるとは思えんがな」
と笑いながら言って、ダグさんは帰って行った。
◇ ---------------- ◇
「ダグの剣を貰ったぁ? しかもカタナだぁ?!」
夕食の席で、ハロルドさんが驚いたように、そう言った。
ダグがカタナを打ったなんて聞いたことがねぇから、たぶんそれは世界に1本しかないダグ製のカタナだな、とかぶつぶつ言ってる。そういや初めて打ったとか言ってたような。
「それは凄い、ダグ=バグナグ=ドワーリンといえば、大陸で並ぶ者のない名工として知られている男ですよ」
ダイバが、興奮気味にそう言う。
ドルトマリン帝国で一番の工房を開いていたようだが、次から次へと押し寄せる装飾的な注文や弟子志願者に辟易して、アル・デラミスでも一番武器を必要とする場所に移住してきたそうだ。
「いやあ、うらやましいですな。
短剣1本1千万円かよ! でもあのオッサン、そういうのが嫌で移住してきたんじゃないのかな。
「ただ、まあ、大陸で並ぶ者のない偏屈としても知られていまして……」
ダイバの声が尻すぼみになる。
まあなぁ、もう自分の好きなことしかしないぜオーラが全開だったもんな。
「なあなあ、嬢ちゃん。俺にも眼福に
「にへへ。どうぞ、です」
ムラマサブレードをリーナから受け取ったハロルドさんが、渡されたカタナをさやから引き抜いた。
「うぉ……」
と刀身を見つめながら声を漏らした。
気を取り直すようにして、何回か軽く振った後、カタナを青眼に構えて、気合いを……
「ぐっ……」
とよろけるハロルドさん。
んんー?
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ハロルド (26) lv.35 冒険者(人族)
HP:859/859
MP: 72/388
SP:156
両手剣術 ■■■■■ ■■■□□
剣術 ■■■■■ ■□□□□
盾術 ■■■■■ □□□□□
剛勇のハロルド
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お、サンサの時パーティに入っていたからか。一気にレベルが上がってるな。
てか、MPが300以上減ってるんですけど?! そんな喰われるの?
「……これは、嬢ちゃん以外には、ちょっと使えんかもな。最低でも刀剣スキル持ちでなければ……いきなり意識を持って行かれそうになったぞ」
「ダグさんも、試し切りの時、全力でふろうとしたら気絶したそうですよ」
「そんな剣を礼に持ってきたのかよ」
しかし性能は折り紙付きだ。なにしろ鉄剣が豆腐のように切れるんだからな。魔力だっていざとなったらMP共有で……って、リーナの動きについていって、5m以内をキープするとかどんな無理ゲーだよ!
リーナはハロルドさんから返して貰ったカタナを、大切そうに鞘に収め、にへにへしていた。
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