第108話 行方不明とクロの復活と人目を忍ぶ再び

「ああん? 貴族がプリマヴェーラで行方不明になってるだと?」

「は。3日前の昼頃入ったきり、出てきた記録がないとの報告を先ほどギルドから受けました」


迷宮騎士団本部で、副団長のラルフ=アンダーカイトは頭を抱えていた。


なんと面倒な。しかしあんなニュービー向けのお祭りダンジョンで、行方不明になるなどと何処のバカだ。


「それで、そいつの名前は?」

「カール=リフトハウス様ご一行となっております」


リフトハウス家か。あそこは先年長男を亡くしたばかりだろう。またやっかいな。しかし、ご一行だ? バカにしてんのか。


「馬鹿野郎。ちゃんと全員の名前を調べて来い!」

「はっ!」


しかし、まいったな。

ラルフは奧にあったバークス名鑑の最新版を引っ張り出して、リフトハウス家のページを開いた。


カール、カール……お、これか。はぁ?10歳だと? そんなやつをダンジョンに潜らせるんじゃねぇ!


思わず机を拳で叩いてしまう。くそっ。


今年のプリマヴェーラは、確か2Fに2カ所の下り階段が発見されて、深さ優先の探索が行われていたはずだ。

なら、3Fへ下りた場所にはテント村ができているだろうから、そこで聞き込みをさせれば3Fへ下りたかどうかくらいはわかるだろう。

貴族様ご一行ならそれなりに派手なはずだしな。


しかしまあ、浅い階層で行方不明になっているのが不幸中の幸いだな。

これが攻略後半17Fあたりで行方不明になっていた日には、探しに行くだけで大事おおごとだ。

仕方がない、まずは団長に連絡して、4名のユニットx3のチームを2つくらい作って探索するか。


後は冒険者ギルドにも探索の依頼を出して……くそっ、この時期はただでさえ人が増えて忙しいってのに、本当に参ったぜ。


ラルフは大きなため息をつきながら、細かい指示書を書き始めた。


  ◇ ---------------- ◇


「お? クロ、もういいのか?」

「んっ。絶好調」


ぽてぽて歩いてハイムのリビングに出てきたクロが、そう言った。

3日も寝込んでいたわりに元気そうなのは、サヴィールの言ったとおり寝てれば治るってことだったんだろう。


「元気になったはいいけどよ、これからどうするんだよ、カール様」

「どうって?」

「いや、あれからよく考えてみたんだけどな。カール様って一応貴族様じゃないか」

「一応って……」


いや、あんまりそんな感じしないからと言って苦笑された。まあ、俺もそう思うけどね。


「貴族だと何かあるんですか?」

「いや、もしかして俺たちダンジョン内で失踪してないか?」

「……ああ!」


そうだ。入り口で誰が入ったのかチェックしているんだから、出てこないやつはまだダンジョンの中にいることになるんだ。

普通の冒険者ならいざ知らず、貴族の身で、ええと、今日で……3日目?!


「や、やばいですかね?」

「そろそろ捜索隊が組織されるんじゃねーの?」

「げっ」


それはまずい。しかも調査がコートロゼに及んだら、俺たちがここでうろうろしていたことがばれる?!


「幸いカール様はずっとクロについていたからな。うろうろしたのは俺とリーナの嬢ちゃんだけだし、しらを切り通せばなんとかなるかもしれんが――」


真偽官が出てきたらアウトだな、と他人事のように言われた。


まずい。

ずっとここにいて、ガルドにいたのは偽物だという話をつくったところで、真偽官が出てきたらアウトなことに変わりはない。

つまりそんな大事になる前になんとかしないといけないって事だ。


「え、えーっと、知らん顔をしてギルドに行って、え?当日出ましたよとか言ってみるとか」

「当日の出口勤務のギルド職員と騎士団員の首が飛ぶな。下手すると文字通り」


くっ。それは非道か。俺の良識が邪魔をするぜ。


「ご主人様、こっそりダンジョンの中に戻られて、出てこられたらいかがですか?」


確かにまだハイムは片付けてないから、ダンジョンに戻ろうと思えば戻れるけれど、巨人の部屋から戻れないとなると、遺跡の方へ行くことになって、結局プリマヴェーラに戻ることはできないんだ。


「こっそりプリマヴェーラに入ることってできませんかね?」

「普通は無理だな」

「普通は?」


ハロルドさんの言うところによると、いつものプリマヴェーラなら、入り口はひとつだから、出入り口勤務の責任を問わずに出入りすることは絶対不可能だけど、今年のものなら、階段が複数あってもおかしくない。


「つまり?」

「見つかってない入り口がもう一つくらいあっても、おかしくないんじゃねーの?」

「それだ!」


あれ、まてよ?


「ダンジョンの壁って、壊せないって聞いたことがありますけど……」

「お? カール様、詳しいじゃないか」


まあ、異世界のフィクション情報ですけどね。


「しかし、少し違う」

「?」

「ダンジョンの壁は壊せないんじゃなくて、壊れにくいし、壊しても元に戻る、が正しいんだ」

「へー」


狭いダンジョン内の通路とかで大規模な上級魔法を使ったりすると、ダンジョンの壁も壊れたりすることがあるんだそうだ。


「大抵は使った方も大事おおごとになるけどな」


まあそうでしょうね。


「つまり、ダンジョンの入り口をどこかに開けることは……」

「普通は無理だ」


おいっ!


「だが、普通じゃなければ一時的な穴は掘れる、かもな」


幸い、プリマヴェーラは階段を中心にした円柱ダンジョンだ。直径もまあ、おおまかなところは分かってる。


「なるべく下に降りる階段から離れた方向の端の方でなら、穴を開けて飛び込んでも、目立たない……かも」

「なんですか、その『かも』ばかりなのって」

「いや、だって、そんなことやったやつがいないからなぁ」


まあ、やってみるしかないか。やはり夜中、だろうなぁ。


「ふふん。すっかり、人目を忍ぶのが板に付いちゃって」


なんかドヤ顔してますけど、今回の提案はハロルドさんからですからね!


  ◇ ---------------- ◇


「カール=リフトハウス一行の探索だと?」


王都から使い魔便で昨日指示が届いてから、有力そうな宿を調べて見たがそんな奴らはどこにもいなかった。

宿をとってないってことは、知り合いの貴族の館に逗留しているってことか? と、教会経由で探りを入れてみたが、そこも空振りだった。


隠れもせずに街に入ってきた貴族の一行の行方が、1日捜してまるで分からないなんて、そんなことがあるのか?

そんなことを考えながらギルドを探りに来たら、いきなり掲示板の一番目立つところでその名前を見るとは。


「渡りに船って奴だな」


死んでいれば良し、死んでいなくても探索に加われば、不幸にもダンジョンの中で死体になっている対象を見つけることができるだろう。

その男は、その依頼を引き受けるためにギルドの窓口へと向かっていった。

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