第39話 吸魔の像
「魔物が集まり続けている場所?」
「そうなんですよ。丁度、ウィスカーズの連中が溜まってた場所なんですが」
「……あー、俺はちょっと嫌な予感が原因で、急な頭痛に悩まされている所なんだが」
「奇遇ですね、ボクもです」
本来、いるはずのない盗賊団。
襲われることが既定路線になっていた輸送隊。
助祭が背負った罪。
そして、突発的な魔物の
つまり盗賊に奪わせた教会の荷物の中に、今回の騒動の原因となるようなものがあって、しかも助祭はそれを知っていた。ってところか。
もしそうだとしても、何故わざわざ盗ませたりするんだろう?
「そりゃ口封じだろ。シャイアと繋がっていたどこぞの大主教が、もう十分利用したし、これ以上は邪魔になりそうだから、ついでに始末しようと考えたとしても驚かないね」
「しかし、何故教会は魔物を暴走させるようなまねを? しかもわざわざ輸送までしてこんな辺境で」
「……想像で良いか?」
「もちろん」
「サンサもそうだが、コートロゼを中心にした地域は、未開地に近いこともあって、獣人を初めとする、いわゆる亜人が多い地域だ。人族至上主義な者もいることはいるが、どちらかというと実利優先で相手が獣人でも気にしないヤツが多い」
「そうですね」
バウンドでも、リーナに辛くあたった店員もいたが、エンポロス商会のカリフさんや、屋台のバーナムさんみたいに、気にしない人達も多かった。
「さっきの助祭が、王太子がどうとか言ってただろう?」
「ええ」
「現王太子のウルグ=アル=デラミス様は、人種融和政策を主張しているんだ」
なんと。でも国教の神星教って人族至上主義だったのでは。
「その通り。それにしばらく前から、盗賊に襲われるのは不信心ものの証。信心深いものは神が守ってくれる、なんて馬鹿げた噂も出回ってたしな」
「特定の商会をシャイア盗賊団に襲わせていた?」
「ことここに至っては、そう考えても間違いじゃない気がするぜ?」
「つまり、教会をないがしろにするから不幸が訪れる的な主張を正当化するために?」
「天の誅伐の代行、とでも主張しそうだな」
証拠は何もない。
教会に組織的な関与があるのか、それとも件の大主教の独断か、それも分からない。
しかし状況的には真っ黒だ。
「ハイランディア辺境伯のところに、真偽官が来てたろう?」
ああ、クリスティーン、とか言ってたっけ。あの強烈なプレッシャーの女。
「あれが調べてるのが、たぶんその辺のはずだ」
「その辺って、不信心者が襲われる話ですか?」
「そうだ。実際に被害も出ていたし、それに……」
「? それに?」
「あー、うん。それに、マレーナ様が襲われた一件が、真偽官まで出張ってくる原因になったと、俺は見ている」
俺に気遣うように、ちょっと言葉につまりながら、ハロルドさんがそう言った。
俺にはあまり母親っていう意識はないけれど、そういやこの体の実母に当たるんだもんな。そりゃ気にするか。
「偶然とはいえ、商隊襲撃に巻き込むには相手が悪すぎたんだ。侯爵家の娘で伯爵家の正室。しかも嫡男付きだ。大主教様は焦ったろうよ」
つまり、それもあって、シャイア達が邪魔になったんじゃないかという話か。
今回、この件を証言できるのは、あの狐目のコーンズと、助祭の――ダンフォースだっけ? の二人だけだ。他の関係者は全員死んでいる。
もしハロルドさんの考え通りなら、その二人を保護しないと、教会に暗殺されかねないんじゃ……
「考えていることは分かるが、まずは今回の騒動の原因をなんとかしなきゃならんだろう」
そうだ。第1群ほどの規模はないが、今でも少しずつ魔物が集まっている、そこにある何かを、どうにかしないといつまでも魔物に襲われ続けることになる。
「本当なら大軍隊で進軍したいところですけど」
「コートロゼからでも明日――もう今日か――の夜。バウンドからなら何日かあとだろう。そんなに長い間大人しく……」
「していては、くれなさそうですね」
「じゃ、冒険者達をもう一度再編して」
「そんな時間はなさそうです」
マップの点を見つめながら、俺はそう断言した。
◇ ---------------- ◇
「……終わったのか?」
見渡す限りの地面を埋め尽くしている魔物の死体を見ながら、誰かがそうつぶやいた。
街壁を壊され、魔物の大軍に押し込まれ、誰もがもうだめだと考えたその瞬間に奇跡は街壁に舞い降りた。
その美しいシルエットから放たれた、信じがたい魔法の一撃が、俺たちを、サンサの街を、絶望から救ってくれた。あれは一体誰だったのだろう。
「まるで、闇の嵐のようだったな」
「女なのは間違いなかったが、そんな強力な魔法使いがサンサにいたか?」
「あれが本当にパーディションだとしたら、サンサどころか、アル・デラミス全体でも、そんな使い手はいやしねぇよ」
「じゃあ、神の遣いだとでも言うのか?」
「……
ダーク・テンペストだのアンジュ・ノワールだの言う声が、あちこちから聞こえてくる。
これで美女だったりしたら、もはや伝説の一場面だな。
そこかしこで魔物の素材剥ぎが始まっている。おいおい、そいつは、倒した女のものじゃないのか?
しかし、実際そんな女はどこにも見あたらないし、これは頑張った俺たちへのささやかな贈り物だと考えて良いのかな。なにしろ相手は天使だからな。
へへ、じゃあ、俺もご相伴に……
そう考えたとき、ものすごい勢いで、でかい馬が引く馬車が南門から出て行った。
なんだ、ありゃ。今のうちに逃げだそうって腹か? それにしちゃ南へ行くのは変だが……
まあいい、俺も少しくらい美味しい目にあってもいいだろう。
俺は素材剥ぎを再開した。
◇ ---------------- ◇
「はぁ……なんてこった。これじゃデルフォードのやつをバカに出来ないぜ」
密集していないとはいえ、かなりの数の魔物の中へと、クロの引く馬車は、闇の中を爆走していた。
いかに魔法アクティブサスペンションとはいっても、ストロークよりも大きな凸凹は衝撃を吸収しきれない。
結構跳ねる馬車の御者席で、大砲役のノエリアを挟む形で陣取ったリーナとハロルドさんが、ミラーシールドもどきの板を使って、アーチャー系や放出魔法系の魔物の攻撃を防いでいた。
ノエリアは主に正面の魔物を、無詠唱のシャドウランスでなぎ倒している。
俺? 俺は馬車の中でMPタンク&マップを利用した司令官ですよ?
てか、子供は邪魔だからすっこんでろって、たたき込まれたんだけどね。
「あと500メトルほど先です。この辺から魔物が結構集中してくるから、頼んだよ、ノエリア」
「はい。お任せ……あ、下さい」
ちょっと色っぽいため息をつきながらノエリアが答える。MP共有でかなりの量のMPが流れてるからな。
「だけどよ、なんだか分からないものをどうやって探す?」
「魔物が最も集中しているところにある何かでしょう。輸送隊に運べる程度の大きさの」
「対象が小さな指輪とかだったら、見つけるのは大変だぜ?」
「ま、そのときは、辺り一帯丸ごとアイテムボックスに入れて封印しようと思います」
「アイテムボックスだぁ? 入れても呪い?の効果が漏れ出したりしたら……」
「そのときはそのときで何か考えますよ」
所持の腕輪なら、時間経過を0にできるから、どんなに強力な呪いでも封じられると思うんだが……まあ、やってみるしかないよな。
「あと50メトル」
「大きいのいきます。シャドウランス!」
いつもの4倍くらいのMPが使用されたシャドウランスが、正面に向かって放たれ、魔物が一掃……されずに残ってるのがいるぞ。
巨大な黒い狼だが、頭が2つある。ケルベロスって3つだっけ?
「オルトロスだ。バリバリランクAの大物だぞ!」
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オルトロス lv.12
HP: 1,280/39,601
MP: 5,432/17,601
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低く構えて、なにか特殊な攻撃をしようとしているのか? あと、10メトル!
オルトロスの後ろ足にぐっと力がこめられ、今まさに跳躍しようとしたとき、金色の光が閃き、ふたつの首が静かにずれて、地面に落ちた。
「またつまらぬものを切ってしまった、です」
オルトロスの背中の上で、変なポーズを取っているリーナが、どこかで聞いたような台詞を吐いている。
……最近思うんだが、どうも祝福を与えた相手には、俺の知識が漏れてるような気がするんだよな。気をつけよう。
ともかくここが中心だ、一体何を探せば……うぉっ?!
「な、なんだこりゃ? 嫌な汗がとまらねぇ……」
ハロルドさんも気がついたみたいだ。つぶれたテントの残骸に、何かものすごい魔力が集まっている。
リーナとノエリアに、まわりに集まってくる魔物の討伐を頼むと、俺はそっとテントの残骸を持ち上げてみた。
――これだ。間違いない。
そこには夜の闇の中ですら、黒光りしているように見える木彫りの像があった。
遥かなる過去に原初の混沌から生まれた、光の中では存在できない何かを映しとったような、そのおぞましい姿。
それがなんであれ、混沌の暗き深淵に属するものなのは想像に難くない。
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吸魔の像(召喚の鍵 #4)
魔王誕生以前にあった、古代国家の遺物。
本来は、次元の壁を越えて*qあ*せdrfを呼び出す鍵。
鍵としての動作に膨大な魔素が必要で、それを集める過程で魔物を引きつける。
現在では鍵としての意味は忘れられ、魔物を引きつける像として知られているため、
吸魔の像という名前がつけられている。
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「これは、これは存在してちゃいけねぇもんだ……」
ハロルドさんが真っ青になりながら、剣を強く握りしめている。
いや、同感なんだが、これ壊しちゃって大丈夫なのか? 壊れた余波で次元の壁が破れたりしたらシャレになら…うわっちょっとハロルドさん待って!
ものすごい勢いでハロルドさんの剣が像に振り下ろされ、ガキーンという音がして……剣の先が砕けた。折れたんじゃない砕けたのだ。うそだろう。木像だよ、これ。
「そんな、バカな……?」
ハロルドさんが呆然としている。
「ご主人様、魔物の数が!」
ノエリアが注意を促してくる。また魔物の数が増えてきたようだ。もう、考えるのは後だ。
俺は、吸魔の像を腕輪の中に取り込んだ。もちろん時間経過は0だ。
すると、深い闇で覆われていた夜が急激に薄れ、普通の夜が訪れた。
奇妙な圧力も、強烈な魔力の固まりも、もうどこにも存在していなかった。
「あ、魔物達が散っていくの、です」
リーナの言うとおり、無理矢理集められていた魔物は、自発的に拡散していった。
大物はより深い、自分のテリトリーへと戻っていく。近くにいて襲ってくるものは、リーナの刀の錆びになっていた。
ノエリアはそのあたりに散らばっている魔物のうち、大物や高価なものをアイテムボックスにしまっている。
俺はハロルドさんと、ウィスカーズの野営地を一通り調べてまわった。まだヤバイものがあるとまずいからね。
だが見つかったのは、結構な数の宝石類と神殿騎士の武具の類、それに金貨が500枚程入った皮の袋だけだった。もちろんハロルドさんと山分けだ。これくらいの役得は許されるよね。
そして最後に、教会からの指令書らしきものが見つかった。残念ながら相手の名前は書かれていなかったが、輸送隊を襲って荷物の強奪を指示する内容だ。
書面はうまくごまかして書かれていて、これからはっきり分かることは、単に黒幕がいたということだけだろう。
「ま、それでも筆跡は、結構な手がかりになるかも知れねーな」
なるほど。印刷とか無いわけだし、見る人が見ればわかるのかもな。
「さて、そろそろ帰るか。今日は疲れたぜ」
「疲れたのですー」
「ご主人様も、お疲れではありませんか?」
「うん、大丈夫。ありがとうノエリア」
「ぶひひひーん」
みんなで馬車に乗り込み、サンサの街を目指す。
山の稜線が白く輝き、今まさに新しい朝が訪れようとしていた。
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