第40話 エピローグ(転生の章)

§040 エピローグ(転生の章)


サンサの街に近づくと、幾本もの煙が上がっているのが見えた。


「あれ、魔物がなだれ込んだ影響で、火事も起こったんでしょうか?」

「いや、なだれ込んでないしな。魔物の死体を始末してるんじゃないか? 何千もいたろうし、後始末が大変だな」


他人事みたいにそんな話をしながら宿に戻った。徹夜だし、ほんと疲れたな。

クロを馬車から外して、馬車を腕輪に仕舞いながら、


「風呂にでも入ってから寝る?」


と聞くと、リーナとクロが二人でコクコクうなずいている。


クロは人化をしても服を着て登場できるようになった。装備させた小さなペンダントがアイテムボックスになっていて、それに必要な服が仕舞ってあるのだ。

このペンダントの作成時、ノエリアは以前よりもずっと上手く力をコントロールしていて、あれなら安心かなと思えた。

性能についてはよくわからないので、そのうちカリフさんにでもアイテム鑑定してもらおう。


みんなで俺の部屋に入ったら、ハロルドさんがついてきた。あなたの部屋は隣でしょ。


「仲間はずれにするなよー。俺にも入らせろー」


とごねたので、みんなでハイムった。




翌朝目が覚めると、ベッドの上だった。

10歳で徹夜はきつかったのか、風呂に入ったとたんに睡魔に襲われ、倒れたところまでしか覚えていない。マッパーすっぱだかな俺を誰が運んだのか考えると、ちょっとドキドキだ。


「おはようございます」

「おはようなの、です」

「おは」


最後のはクロの小さいバージョンだ。頭の上が定位置になってるな。


ノックの音がして、ハロルドさんがにやついた顔をのぞかせた。


「よう、起きたか、ハーレム代官殿」

「誰がハーレム代官ですか。おはようございます」

「おう。て言っても、もうとっくに正午を過ぎてるけどな」


宿の親父おやじさんは、街を守って徹夜した冒険者のために、今日だけはチェックアウトの時間制限をなしにしていた。

俺たちはお礼を言って宿を出ると、とりあえず依頼料を貰うためにギルドを目指した。


クロは小さいままだったので、ハロルドさんに抱かれている。うん、親子に見えるよ。


「そういえば、今回の討伐依頼の素材は、倒したものに権利があるんじゃありませんでしたっけ?」

「ああ、何かそんなこと言ってたな。その分依頼料が格安だったような」

「それなら、あのほとんどはノエリアに権利があるんじゃ……」

「そういや、そうだな」


それを聞いたハロルドさんが、すれ違う冒険者達にそれとなく尋ねたところ、アンジュ・ノワールの思し召しだとか、訳の分からない話でなし崩しになっていたようだ。


「なんですか、そのアンジュ・ノワールって」

「どうも、嬢ちゃんが神格化されて、神の遣いってことになってるらしいぞ」

「は?」


ハロルドさんは、心底楽しそうだ。


「いやー、あのスゲー魔法で助かった奴とかの記憶が、やたらと盛る方向に美化されてて、今や嬢ちゃんはレベル9の闇魔法を使いこなす、神様の遣いで黒の天使アンジュ・ノワールってことになってるぞ」

「おうふ」

「あと、黄金の尻尾が突然現れて、金色の閃光が走ったかと思うと、一瞬で魔物の首が落ちたとか。なにかと伝説の多い夜だったみたいだな」

「おうふ」


  ◇ ---------------- ◇


「でよ、星影を遮って顕わになったあの素晴らしい体のライン!」

「ああ、まーたゼブラの話が始まったよ」


銀月の誓いうちのリーダー、ゼブラは、昨夜の闇魔法が使われたとき、丁度すぐ近くで見ていた上に、命を助けられたような状況だったこともあって、すっかりどこの誰かもわからない彼女のファンになっていた。


「やかましい。ああ、あの星影に輝くダークブロンドの髪。ほら丁度こんな」

「あっ」


そこで熱心に話をしていた、ごつい男が、急に隣にいたノエリアの髪を軽くすくって見せていた。


「あ、こら、リーダー! すみません。うちのバカリーダーが……」


そう声を継ごうとした細マッチョの剣士らしい男がノエリアを見て息を呑んだ。

わかるよ、うん。優しく微笑んで立っているノエリアはまさに美の化身というにふさわしい。完璧なプロポーションに完璧な美貌。最近はそれに愛想までプラスされてるんだから、見とれてしまうのは仕方がない。


「いいえ、大丈夫です。それでは失礼いたします」


ぺこりとお辞儀をして、窓口に並んでいる俺の方に近づいてくるノエリアに、4人組の男達の視線が一斉に張り付いていた。


「お、おい、今の」

「ま、まさかとは思うが」

「あ、ああ。俺もそんな気が」

「て、天使って本当にいたんだ」


なんか不穏な台詞が聞こえるけれど、大丈夫だよな? なんかヤな予感が……


「おまたせしました」


あ、順番が回ってきた。


「昨日の緊急討伐以来の報酬を受け取りにきたのですが」

「はい。ギルドカードをお借りできますか?」

「どうぞ」


といって、俺とリーナとノエリアのカードを差し出した。


てきぱきとそれの確認を始めたお姉さんが、突然固まった。


「あ、あの。し、少々お待ち下さい!」


引きつった笑いを浮かべたお姉さんが、急いで奧へと消えていく。


「なんだよ? また面倒事か?」


とハロルドさんがのぞき込んでくる。いや、そんなはずは……


  ◇ ---------------- ◇


「討伐数 3,547だと?」


ギルド長の部屋で、俺たち5人は並んで座っていた。


「これは、ギルドカードの故障と言うことは……」

「正常です」


ギルド長の問いに、受付のお姉さんが冷静に答える。


「それに伴う討伐報酬は、通常であれば、8,989,150セルスとなります」


ざっと9,000万円かー。うん凄いな、ノエリア。


「ですが、緊急討伐依頼中ですので、一律金貨1枚。10,000セルスですね。残念ながら」


おう。アンラッキー。まあ、これは仕方ないな。


「ただし、今回は倒した魔物の素材は、倒したものに権利がある契約ですので……その分を標準的な価値で算定すると、8,773,120セルスとなります」

「むぅ」


あのー、ギルド長さん、なんでそんな難しい顔をしてるんですか?

ちらっと横のハロルドさんを見ると、黙ってろって目で言われた。


「つまり……」

「多数の冒険者が換金していった魔物の大部分が、盗品ということになります」


あー、そこか。


「本来、緊急討伐依頼の場合、倒した魔物の権利はすべてギルドが保有し、その代わり、基本報酬+討伐数に応じたボーナスが支払われるのが常でしたが……」

「今回は突然で、予算も時間もなかったからのぅ」


「今までは適当に、討伐数と換金数との差は曖昧なままで処理されていましたが、なにしろこうして実際の討伐者が現れてしまいましたので」

「これをうやむやにしては、ギルドのシステムそのものが揺らぐというわけか」

「はい。しかし、もしそれを処罰すると言うことになりますと」

「今回の作戦に参加した大部分のものを処罰しなければならんということか」

「はい」

「むう。事情はわかった。ちょっと待っていてくれ」


そういって、ギルド長はお姉さんと一緒に出て行った。


「ねえ、ハロルドさん。俺たちは別に……」

「冒険者ってのは、天秤の片方に自分の命を乗せる職業だ」

「え?」

「だからこそ、厳しいルールがあるんだよ。今回みたいなケースだと、現場じゃふたつのパーティが獲物の所有権を巡って殺し合ったりするかもしれないんだぜ?」

「そんな……」

「そこで引くのがお前の優しさなのかもしれないが、そう簡単に引かれちゃうと乱れるんだよ。秩序ってやつが」


秩序か。ハロルドさんの言うことも分かるけれど、全員を処罰するなんてのもなぁ。


「いいか? よく考えてみろ、今回のことをお前がスルーして、誰も罰を受けなかったとするだろ? お前はそう望んでいるのかもしれん」

「はい」

「しかしな、それは冒険者の奴らに間違った印象を与えるんだ」

「間違った印象?」

「不正も規模が大きければ罰せられないって印象だ」


赤信号、みんなで渡ればってやつか。


「それに、ギルドは冒険者を守ってくれないという印象も与える」


奪われた側が、命をかけて街を守ったのに、利益は全部他の冒険者に奪われ、ギルドはそれを認識していながらも、なにもせず放置――うん、まあ印象は最悪だな。

これじゃ、そう考えるほうが自然だよな。それでギルド長も悩んでるわけか。


「わかりました。でも……」

「言いたいことは分かるぜ? だが、ここは黙ってろ。ギルドに裁定させるべき問題だ。嬢ちゃんたちも」

「「ご主人様に従います(うのです)」」

「ん」

「いい子だ」


  ◇ ---------------- ◇


結局俺たちには、ギルドと領主から、本来の素材価格の50%――4,386,560セルス――の代金が支払われることになった。

一度に大量に持ち込まれると値崩れするってことと、物理的に回収不可能な状態もあり得るということで、全体の50%と算定されたのだ。


今回は依頼側の不備ということで、負債は依頼側がかぶり、冒険者に処罰は行われないことになった。

なにしろ全員に不正をしたつもりがないのだから、不正が罰せられないという印象は与えないだろうってことだ。


「いや、今回は参りましたね」

「そうだな。結局は儲かったからいいが」

「あ、そうだ、はいこれ。2,193,280セルスです」

「なんだよ、それ。ほとんどノエリアの嬢ちゃんが倒したんだろ?」

「いや、パーティだから山分けでしょ」

「それなら、クロを除いても1/4だろうが」

「え、奴隷は主人と同じと見なすのがスタンダードじゃないんですか?」

「馬鹿野郎。それは、奴隷も一人と見なして、主人が総取りするって意味だろうが」


ああ、そうなんだ。


「しょうがないな、じゃ、これ。金貨109枚と、小金貨7枚です」

「うん。確かに」

「どうですかね、今日中にコートロゼにいけますかね」

「そうだな……あきらめろ、絶対無理だ」


ううう。今日中にコートロゼに行きたかったんだけどなぁ……


  ◇ ---------------- ◇


「あれ? おい、ミルホフ。ここにいた、助祭さんは?」

「え? 知りませんよ。帰ったんじゃないですか?」


帰った? どこへ? 教会か? ギルドが保護してたんじゃなかったけ?

まあ犯罪者でもないし、元気になったならいいのかな……


「サンラータさんも、そんなところでさぼってないで、手伝って下さいよ。緊急依頼の後始末が滅茶苦茶たまってるんですって」

「あ、ああ。わかった」


目の前に置かれた書類の量にため息をつく。こりゃ、今日も帰れそうにないな。家庭が危機に陥ったら、ギルドに責任を取って貰うからな。はぁ……


  ◇ ---------------- ◇


「なんだこりゃ?!」


俺はサノーヴァ、予備役の衛兵だ。

サンサ騎士団が全員出払ってしまったため、現在街の衛兵職には、俺たちのような予備役が就いている。

今日の俺の仕事は、牢の見張りだったのだが……


「なんで全員倒れてる? し、死んでるのか?」


牢の中にいたのは、どこだかの盗賊団の生き残りで、この騒ぎが終わったら取り調べ後に犯罪奴隷に落とされると聞いていたが……どうやら誰も息をしていない。

おいおい、勘弁してくれよ。


「ダリル隊長!」


俺は上司に報告するべく牢からかけだした。

あまりに焦っていたので、入り口付近にいた、誰かを避け損なってぶつかってしまった。なんだよ! まったく。

相手をよく見ると、うつろな目つきの男が、なんだかぶつぶつ言いながら立ち上がろうとしていた。


一瞬背筋がぞっとするような寒気に襲われたが、報告のことを思い出し、男を無視して走り出した。


----------------------------------------


これで、転生の章は終了です。

これから、色々な伏線を引きずりながら、コートロゼの章に突入します。

引き続きご愛読いただければ幸いです。


最後に今回の討伐内訳。ちゃんと設定や計算式があるんですよ。

この手の読み物って、ゲーム作ってるときとあんまり変わらない感じですね。

ううう、プロポーショナルだとずれる orz


名称       数  討伐報酬 討伐単価 素材合計

-------------- ----- --------- --------  -------

ブラックウルフ  487  97,400  200  389,600

ベアカーマイン  352  211,200  600 1,041,920

タイダルボア   129  38,700  300  288,960

DHサーペント    18 4,500,000 250,000 3,412,800

ゴブリンシャーマン 2  24,000  12,000  16,000

ゴブリンメイジ  143  858,000  6,000  114,400

ゴブリンナイト  180  540,000  3,000  115,200

ゴブリントルーパー120  240,000  2,000  76,800

バトルボア    120  60,000  500  249,600

ゴブリン     521  104,200  200  41,680

コボルド     454  136,200  300  36,320

メガラプトル    75  600,000  8,000 1,386,000

オーク      327  163,500  500  366,240

森狼       617  215,950  350  691,040

オルトロス     2 1,200,000 600,000  546,560

        ----- --------- -------  ---------

合計       3547 8,989,150      8,773,120


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