第63話 スーパーカリフと空飛ぶ馬車と雄鹿人

「おはようございます」


食堂に向かっていたら、杖をついて歩いていたダイバに出会ったので挨拶した。

もうスコヴィルの介助が無くても歩けるんだな。


「え、は? お、おはようございます、カール様。いつお帰りに?」

「ああ、ついさっきかな」


もちろんバウンドのリンクドア経由で戻ってきたんだけどね。


「そうだ。食糧の問題は大体解決してきたから」

「は?」

「あの南側に建設した建物に、必要なものは保存しておいたし、あと、スーパーカリフに頼めば、大体すぐ取り寄せられるようにしておいたから」

「それは、あの、どのようにして?」

「エンポロス商会ががんばってくれるんじゃないかな?」

「はぁ。まあ、よろしゅうございました」


カリフさんには、今日から会員制限なしで、バウンド並みの価格で売るように言っておいたから、教会が大量に食料を抱えていたら大損害だろうな。


「それはそうと、カール様」

「ん?」

カーテナ川底カーテナベッドトンネルバーロウをお作りになったというのは本当ですか?」

「うん。……なにか不味かった?」


ダイバの話によると、川を渡れる施設を周辺の領主を無視して作ると、いろいろ問題が起こるのだそうだ。

中には、橋を渡るための橋税や、浅瀬を渡るための浅瀬税を導入している領主もいるからだとか。


なんだそれは。橋はまあ分からないでもないが、浅瀬税って……


道だって、通行税だけでなく、徒歩税だの馬車税だの、領主によってはやりたい放題なのだそうだ。

ううう、うちなんかスッカラカンなのにそんな税はかけてないぞ?


「そんな税をかけたら、誰もこんなところには来てくれませんからなぁ」


って、そりゃそうだけどさ。


「まあ、渡れるようにしたとは言っても、大魔の樹海の中の話ですし、この話が拡がったところで、おそらく問題は無いでしょう」


直接的な利害関係者は、サンサの領主アルトゥーロ=カンザス子爵だが、この人はなかなかの傑物で善政を敷いているらしい。

そういや、サンサへはいるのに、橋税なんて払わなかったな。

もっとも、あそこで高額な橋税を取ったりしたら、バウンド南街道を通る商人がサンサへ寄らなくなる可能性が高いからってのもあるだろうな。


こんな辺境で悪政を行ったら、だれも居着かないってのが実情ってわけだ。うちも他人事じゃないんだけどね。


次からはご相談下さいと、ダイバは念を押して、去っていった。


イーデジェスナーが長塁を越えないことが分かってるのに、どうしてそこで、渡し船でもやらないのか不思議に思っていたけれど、これが原因だったか。

長塁の北側は、すぐカンザス領だし、そこでわざわざサンサを通過するはずの冒険者をショートカットさせるってのは、さすがに不味かったわけだ。

もちろん流されて長塁を越えてしまい、誤って喰われる危険があったというのも、事実の一面ではあるだろうけれど。


うーん、領地経営って奥が深いな……


  ◇ ---------------- ◇


「では、今日から誰でも普通に食料が買えるというわけですかい」


大きな体を揺らしながらデングがそう聞き返した。


「そうなの、です」


リーナ教官が、朝っぱらからザンジバラード警備保障を尋ねてくるなんて何事かとおもったけれど、今日からあのスーパーカリフとかいう店で、誰でも食料が買えるようになるらしい。

なんでも小売りだけでなく、卸もやるし、必要なものは注文も受け付けると、各店の店主にも伝えておいてくれとのこと。価格はバウンド並みらしいが、そんなんで元が取れるのかよ?


「ご主人様が大丈夫と仰ったので、必ず何とかなるのです。今までもそうだったのです。ご主人様はすごいの、です」


ああ、いきなり俺をザルバルさんじゃねぇって見抜いたあの坊ちゃんか。まあなぁ、リーナ教官のご主人様ってだけで、なんだか凄そうだもんな。


「わかりました。皆にも伝えておきます」

「よろしく、です」


  ◇ ---------------- ◇


「おお、盛況ですね」


スーパーカリフには、結構な人が溢れていた。

今日から購入制限をなくして、だれでも買えるようにしたからというのもあるだろうが、小売りだけじゃなくて、卸の販売も好調のようだった。

いままで、まともに店を開けられなかった亜人の人たちや、高額な食料を教会から買っていたお店なども先を争って購入している。


「ええ、おかげさまで。なにやら宣伝までしていただいたとか」

「早くコートロゼの流通を正常化させたかっただけですから」


「そうだ、丁度良かった。これをお渡ししておきます」


と言ってカリフさんが渡してきたのは、最初にアイテムボックスを付与する予定の腕輪30個だった。


「ああ、わかりました。旅のマスクマンに頼んでおきますよ」

「ははは、よろしくお願いいたします」


「ケースとかどうしますかね。何かハッタリでつけますか」

「最初は非常に高額な商品になると思いますから、そこは職人に一つ一つ作らせようと思っています」

「わかりました。そのあたりはお任せします」

「それで、卸値なのですが……」


ああ、そうか。そういう話、全然してなかったな。

多分高額になるから、仕入れとしてエンポロス商会が買い取るのは、いくらなんでも無理すぎるだろうし、売れたときに利益率に応じて分配する方式が妥当かな。


「そうしていただければ、大変助かります」


後は、利益率かー。しかし、こっちの利益率の相場とか全然わからないしな。税金とか一体どうなってるんだ?


「とる側の方からそんな質問をされるとは」


と笑いながらカリフさんが教えてくれた。


「商人が払う税金は、主に都市に入る際に払う税や、商会の営業や規模にかかる税ですね」

「え? 利益の何パーセントとか、そういう税じゃないんですか?」


「売り上げは、ごまかせてしまいますし、不正がないか調べるのが大変ですから。商会の店舗がある場所の領主様に一定の金額を支払うのが普通ですね」

「営業税みたいなものですか。それだと赤字の場合は困るのでは?」

「まあ、そうなのですが、大黒字の場合は有利ですし、盗賊などに襲われた場合は、被害に応じて減税していただける場合もありますから」


なるほどな。商品そのものに税がかからないなら、単純にカリフさんの利益率を決めればいいか。


「価格はお任せしますので、そちらで適当につけていただくとして、利益は折半くらいですか?」

「とんでもない! そんなにいただくわけには……」

「え、でも、仕入れも販売も全部カリフさんがやるわけですし」


「価値の大部分――というよりほぼ全部ですが――は、カール様がおつけになるのですよ。それに5%頂くだけでも凄い金額になると思いますよ」

「いや、いくらなんでも5%は。では経費を除いて利益の3割ではいかがでしょう」

「……それだけでうちの商会の売り上げの大部分になってしまいそうなのですが」


「まあまあ、これからもいろいろお願いすることもあるでしょうし、それに今後の経費もそれなりにかかるでしょう、そのくらいにしておきましょうよ」


なにしろ拠点を整備していく必要があるからな。


「わかりました。ありがたくお受けさせていただきます」


  ◇ ---------------- ◇


「一体、あれは何事ですか?!」


街の南側から結構な食料を持った人たちが、どんどん歩いてきています。


「おや、司祭様はまだ知らなかったのか? なんでも例の代官が連れてきた商人が、南街区で開いた店舗で食料を売ってるらしいぜ」


なんと、どこにそんな食料が。サンサにそんな余裕があるとは思えませんから、バウンドから持ってきたのでしょうか。

しかし、このままでは、大量に購入してある食糧が捌けなくなってしまうのでは。それはまずいですね。


そう頻繁にバウンドから食料を運んでこれるとは思えませんが、一応サイデシア子爵様にも念を押しておかなければなりませんな。

そうして、今売られている食料も買い占めてしまえば……


「それで、どうするんだ? あれも買い占めりゃいいのか?」

「そうですね。なるべくそれとわからないように、お願いしますよ」


ハーゲンが手を出してきたので、金貨が50枚入った袋をそっと渡しておいた。


  ◇ ---------------- ◇


「おはようございます!」


店の扉が勢いよく開いたと思ったら、先日ハロルドに紹介された助祭の嬢ちゃんが、カゴを抱えて入ってきた。どうやら食い物を調達してきたらしい。

さすが人族ってところか? 俺なんか最近肉しか食ってなかったような……


しかし、変わった嬢ちゃんだ。

教会の助祭様が、ドワーフの店なんかで働いて良いのかと聞いたら、是非お願いしますと頭を下げられたっけな。まあ、俺としても、客が来て作業が中断されなくなるなら、願ったり適ったりってもんだったんだが、なんと、掃除や飯の準備までやってくれるとは思わなかったぜ。


「ゾンガルさん。今日からカール様が開かれたお店が食料品を売り出してて、まるで以前に戻ったみたいでしたよ」


そういうことかい。あの坊主もちゃんと自分の仕事をしていると見える。


「ほう。あの坊主もなかなかやるな」

「坊主だなんて、失礼ですよ」

「いいんだよ。代官だろうとなんだろうと、坊主は坊主なんだからよ」

「もう。不敬罪になっても知りませんからね」


なんて笑いながら、遅い朝飯を作りに行ったようだ。まだ二日目だが、ドワーフの俺にすっかりなじんでやがる。やっぱり変わった助祭様だぜ。


  ◇ ---------------- ◇


カリフさんと別れた俺は、馬車でコートロゼの北門を出て、門が見えなくなるまでしばらくの間、北上していた。

リーナは、ザンジバラードの教官があるとかで、お供はノエリアと御者のハロルドさんの3人だ。


さて。ハロルドさんに気づかれないうちに。念願の飛翔をとっておこう。


 --------

 クロ (4) lv.31 (バトルホース)

 

 HP:7,201/7,201

 MP:1,922/1,922

 

 SP:48+76 (used)

 言語理解 ■■■■■ □□□□□

 人化   ■■■■■ ■■■■■

 精霊術  ■■■■■ ■■■■■

 弓術   ■■■■■ ■■■■■

 飛翔   ■■■■■ ■■■■■ New -> max

 

 カール=リフトハウスの加護

 --------


準備は万端、俺はハロルドさんに声をかけた。


「人通りがなければ、そろそろ実験したいんですが」

「あ? ああ。しかし本当に飛ぶのか?」

「それはやってみないと。クロ、行けるか?」

「ひひーん」

「じゃ、よろし……おわっ!」


急に馬車が斜めになって、転けそうになる。


「ま、まて、ちょっとまて! 止まれクロ!」


どうも、練習もなしで、いきなり飛ぼうとしたらバランスを崩したようなので、一旦馬車からはずして、単独で飛ぶ練習をさせることにした。


「ほら、ちょっとひとりで飛ぶ練習をしてこい」


クロはコックリとうなずくと、走り去っていった。


「おー、ホントに飛んでるよ。馬って飛べるんだな」

「いや、普通の馬は無理じゃないですか?」

「しかし、本当に馬車毎飛ぶ気か? あの高さから落ちたりしたら、洒落じゃすまん気がするが?」


すでにクロは上空で点になっている。うーん、確かに馬車は壊れそうだよな。いい馬車なので、それは痛い。

ま、しばらく飛んで慣れれば墜落することもないだろうけど、念のために緊急用のパラシュートくらいは用意しておくかな。


  ◇ ---------------- ◇


「アッテンション!」


「は?」


「黙れ! 話しかけられたとき以外は口を開くな。口からクソをたれる前と後にサーと言え。分かったか、スライムども!」


おいおい、リーナ教官、今日はいったい何を言ってるんだ? すげー気合いなのは分かるが……


「貴様らがリーナの訓練に生き残れたら――貴様等はミスリルの剣となり、ミスリルの盾となる」

「だが、その日まではスライムだ! この世界で最下等の生命体だ。貴様らはヒトではない。クソだ、クソをかき集めた程度の値打ちしかない!」


なんだ、このノリ。マジなのか?

しかしイーデジェスナーを一人で狩っちゃう人だぞ? ここで逆らったら、俺等の命がヤバいんじゃ?


「貴様らは厳しいリーナを嫌うだろう。だが憎んだ分だけ学んでいるはずだ」


いえ、BBQもご馳走して貰ったりするし、別に憎んでませんけど……


「リーナは厳しいが公平だ、人種差別は許さん。人間、獣人、竜人、エルフにドワーフをリーナは見下さん。すべて―――平等に価値が“ない”!」


おうふ。


「我々の使命は役立たずを刈り取ることだ、愛するコートロゼの害虫を! 分かったか、スライムども! 」


ええ?


「「「「は、はい」」」」


「サーをつけんか、ついでにイエスと言え!」


「「「「サー・イエス・サー」」」」


「ふざけるな! 聞こえんぞ!」


「「「「サー・イエス・サー」」」」


その日の訓練は、なんだか滅茶苦茶ハードだった。というか何度も死にかけた。が、そのたびリーナ教官が回復魔法で直してくれる。あの人、回復魔法も使えちゃうのか。どんな奴隷だよ……

しかし、訓練→死にかけ→回復の無限コンボはキツイとか言う次元じゃなかった。ただ全員、ものすごい勢いでレベルが上がっていくように感じていた。


  ◇ ---------------- ◇


「おい、飛んでるよ! マジか?! こ、これ落ちないだろうな?!」


ハロルドさんが御者席でビビってる。箱馬車の中だと、上昇時に斜めになることを除けば、特に地面を走ってるのと大差ないな。


「ノエリアは平気なの?」

「私は、落ちてもご主人様をお守りできますから」


ああ、そうか、重力魔法があるもんな。


「おい、ノエリアの嬢ちゃんよ。ついでに俺のことも頼んだぜ?」

「お任せ下さい」

「よし、そうとわかりゃ楽しめるぜ。うぉー、カーテナが綺麗に輝いてるし、森は遥か向こうまで続いてるなー。コートロゼはあんなちっちぇーのか」


さすがハロルドさん、いきなりリラックスしてるよ。俺もちょっくら御者席へ……うわー、これはすごい。絶景ってやつだな。


「そういや、カール様は、農地を東へ広げるって行ってたよな」

「ええ」

「西の方がいいんじゃねぇの? あの海縁かいえん山脈の麓まで。敵も東より少ないしよ」


「西だと、水がないんですよ。地下水も山脈の下では結構塩分が含まれているそうですし。山から吹き下ろしてくる風にも塩が含まれていて、塩害もありそうですし」

「そういや、麓の方は植物が少ないもんな。なんだか良くわかんねぇが、一応調べてたのか。領主っぽいじゃねーか」

「一応代官ですからね。というより、サリナ様がくれた資料にかいてありました」

「ああ、あの分厚い羊皮紙の山な……」


「あと、あの山脈は……」

「ああ、巨人の話な。しかし、遭遇したやつはいても、未だに討伐したやつはいねーしなぁ。眉唾なんじゃないの?」


まあ、ブロッケン現象か何かと考える方が妥当な気はするな。


それにしても、結構な速度で飛んでいるのに、強い風に晒されないな。これもシルフの力かね? 精霊術万歳だな。


「おーいクロ。魔力が切れて落っこちそうになる前に、地面に戻れよ」

「ひひーん」


その後も結構な時間、空を飛んでいられたから、精霊術は魔力の消費がかなり少なくて済むようだ。



-------- -------- note -------- --------

ノエリアの回復魔法は癒してくれる感じだが、リーナの回復魔法は直してくれる感じ。

リーナがいきなりGunnery Sergeantになった謎は65話で!

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