王都

第82話 王都と差別とカールくんの逆鱗

店はほぼおろし用の倉庫といった様相で、入り口付近が小売りもできる小さな店舗になっていて、その奥に応接セットのようなものがおかれていた。

2Fで一応泊まることもできますよ、とカリフさんが言う。単なる拠点なので、今は誰も置いていないのだとか。


店の入り口を出ると、きれいな石畳の道がどこまでも続いている。

このあたりは商業区の中心のはずれで、なかなか手頃で良い場所なんですよと説明してくれた。


街灯が少しずつ灯り始めている。灯籠ロンテーヌが付与された街灯に、点灯師ランプライターが一晩分の魔力を注いでまわっているのだそうだ。


道の両側は、主に石造りの2F~3F建ての建物が並んでいる。人通りはこの時間でもまだまだ多い。さすが王都だな。


「その先のデルピエーラの個室を押さえてありますから、そろそろ行きましょうか」


ほう、とハロルドさんが言う。どうやらなかなか有名な店のようだ。どんな料理が出てくるのか、楽しみだな。


  ◇ ---------------- ◇


デルピエーラは立派な外観のレストランで、いわゆるグランメゾンといったたたずまいだ。


入り口でカリフさんを恭しく出迎えた男は、終始洗練された所作だったが、リーナを見た瞬間、酷く気分を害した様子で、


「獣人は入れないよ」


とそう言った。


「ん? 個室でしょ? 別にボクたちは気にしないから」


というと、男は、


「バカな。獣人なんかに使わせたら、臭いが付いて部屋が使えなくなっちまうだろ!」


と吐き捨てた。なんだと?!


「あ、あの、ご主人様。リーナは外でお待ちしていますから」


リーナが尻尾も耳もシュンと寝かせて、申し訳なさそうにそう言った。くそ、あんなに楽しみそうにしてたのに、なんだよこれ。


「そんな必要はない。こんな店は、こちらからお断りだ」


と言って彼女の腰を抱きながら、店から出て行った。


「か、カール様!」


といいながらカリフさんが追いかけてくる。

店の男は、ふんと鼻を鳴らしながら、扉の向こうに引っ込んでいった。



しばらく声もなく歩いた後、おれはカリフさんに振り返って謝った。


「すみません、カリフさん。ついかっとなっちゃって」


「いや、まあ、あれは仕方ありませんよ。私もリーナさんなんかとあまりに普通にお付き合いしていただいていたので、すっかりこういう事があることを忘れていて、申し訳ありませんでした」


と、頭を下げた。

もっとも、ことのほか亜人を嫌っているのは、上流階級に属する人たちが多くて、平民にはあれほど露骨に気にする人は少ないのだとか。

王太子様の政策もありますし、とカリフさん。


しかし、あれはないだろ。何が臭いがつくだ。毎日お風呂に入ってるリーナはもふもふでそこらの人間よりずっと良い匂いだぞ。くんかくんかできるぞ。


むむむむむむ。なんだか思い出すだけで、ムカムカしてきた。

よーし、そっちがその気なら、こっちもやってやる!


「カリフさん」

「はい」

「王都にレストランを開きます」

「……はい?」


亜人を差別しませんよ、っていうケモナーマークを作って流行らせてやる!


「ふむ。レストランですか、まあそれも面白いかも知れませんな」


とカリフさんが考えていると、くるくるくると可愛らしい音が聞こえてきて、リーナが真っ赤になっていた。


「そういえば、腹減ったな。レストラン話はいいから、なにか食べようぜ」


とハロルドさんがフォローすると、


「ご主人様。なんだか良い匂い、する」


と、ちいサイズのクロが言う。


んー? 良い匂い? 人の身の俺にはよくわからないが。

この先にたくさん屋台は並んでいるみたいだけど……リーナもあっちですと指さしているから、ちょっと行ってみるか。


5人そろって屋台の合間を縫って歩いていく。とうとう道の外れまできて、だんだん薄暗く、人通りが少ない感じになってきたんだが、まだこの先になにかあるのか?


「ん?」


確かになんだか良い匂いがしてきた。

するとその先に、ぽつんと屋台が姿を現した。あれか!


「こんにちは」

「いらっしゃいませ!」


その屋台は20過ぎくらいの、長い髪をフィッシュボーンにまとめた女性がやっていた。


人数分注文したその料理は、なんというか、言ってみればブッフブルギニヨンみたいな煮込み料理だ。ごろんと柔らかそうなお肉が入っている。

なんだろう。屋台で売る感じの料理には見えないけど。


「な、なんじゃこりゃ?! ウメーぞ?」


と、ハロルドさんが驚いた声を上げた。そんなに?


「ご主人様」


とクロが袖を引っ張ってくる。あ、お変わりね。どぞ。


リーナは黙って幸せそうにハグハグ食べている。

カリフさんは、いや、これは、デルピエーラよりも美味いですよ、なんて言っている。


「すね肉がとても柔らかくなっていて、とても手間が掛かっていますが……これを屋台で出されるというのはどういうことでしょう」


とノエリアが頭をひねっている。

店主の女性は、あははと笑いながら、実は、と話をしてくれた。


彼女の名前はマリー。

これでも12の頃から、10年近く料理修行をして、つい先日まで、某有名店につとめていたんだけれど、亜人に料理を出したら、クビにされてたたき出されたとか。

いや、お腹が空いている人がいたら、出しますよね、料理。とか言ってる。ああ、この人にもちょっとカイと同じニオイがする……


で、仕方なく屋台を始めて見たんだけれど、どんなものが好まれるのかも分からないし、とりあえず安い材料でも手間だけかければ美味しく食べられるこういった料理を用意したんだそうだ。

ただし、屋台は屋台で、みなテリトリーが決まってるので、新参者は、こんな人通りのない場所に追いやられるのだとか。人が来なくて、明日にもつぶれそうですーと笑っていた。


「カリフさん」

「なんです?」

「美味しいですか」

「大変美味です。良い腕だと思います」


「よし、マリー。うちの店で料理を作ってみない?」

「「ええ?」」


同時に反応したのはマリーとカリフさんだ。


「そ、それはありがたいんですけど、なんで突然?」

「今食べた料理が美味しかったのと、クビになるのに亜人に料理を出したところが気に入った、かな」

「いえ、クビになるとは思ってなかったんですが」


と苦笑いしながらそういった。


「しかし、カール様、まだ店も決まってないのにいいんですか?」

「ええ?」


と今度はマリー。


「いいのいいの。どうせすぐ作るし、こんな料理人にこのタイミングで会えたのも、シールス様のお導きだよ」

「まあ、カール様のお店ですから、ご自由になさってくださって結構なんですが」


「じゃあ、マリー?」

「は、はい」

「給料等は応相談で、どうだろう。平民でも背伸びすれば入れる価格帯の店で、獣人も人間も区別しない。ただし素材と味は最高のものを出すつもりなんだけど」

「それは料理人の夢ですが、そんなことが?」


「できますよ、この方に任せておけば」

とカリフさんが割り込んだ。


マリーは少し考えて、俺とカリフさんを交互に見ていたが、何か吹っ切れたように笑うと、


「わかりました」


と言った。よし、料理人ゲット。


「カリフさん、速攻で王国中の食材の仕入れ拠点を作りますよ!」


「いいですな。まずはジローネ川の河口にある、アイスサイトの魚ですか。暖かい流れと冷たい流れがぶつかっていて、とても魚が豊富なのです。しかもぎりぎり魔の海の外なので、漁が盛んです」

「ええ? 王都ではものすごく高額になりますよ?!」


とマリーが驚く。

この方に任せておけば、それが出せちゃうのですよとカリフさんが笑っている。


「それから、肉なら北連峰ですな。リヨン領北側のジビエ、特に鳥類は最高です。牛もいいものが作られていますが、これは、ソリュース河口付近で潮風にさらされた牧草で育ったものと甲乙がつけがたいと言われています」

「そしてパンなら――」

「デュランダル上流ってやつですね」


ええ、買い占めましたよ。ミートパイも置きましょう、とにやりと笑うカリフさん。


そのあたりの食材を使いますから、メニューを考えておいて貰えますかとマリーさんに伝え、明日から雇用しますから、エンポロス商会まで来てくださいと、場所を教えておいた。


  ◇ ---------------- ◇


マリーさんと別れて、エンポロス商会へ向かいながら、俺はカリフさんと話をしていた。


「すみませんね。本当はおろしをやるつもりだったんでしょう?」

「ははは、まあ飲食も面白そうじゃないですか。おろしは、ある程度人気が定着して、ほとぼりが冷めてからでも問題ありませんよ」


なにしろ他で儲けさせて貰っていますからなぁと笑っていた。


「じゃあ、カリフさんは、明日からマリーと一緒に、店舗を探しておいてくださいよ。最初はマリー一人ですから、最大で30席くらいのキャパでカウンター中心の店がいいでしょう」

「カウンター?」


ああ、そうか、この世界にはまだオープンキッチンという概念がないのか。

料理人がカウンターで調理を見せながら食べさせるシステムで、調理人から食べる人の状態が見えるので、少人数に向いているんですと答えておいた。

あとは、予備でテーブル席がひとつくらいと、お忍び用に最大10人くらいで使える個室があればいいでしょう。


「カール様は?」

「ちょっと、アイスサイトとリヨン領に行って、仮の拠点を作ってきますから」


「国の東と北の果てに?」

「クロがいるからすぐですよ」

「ははあ、そう言えば飛ぶんでしたか」


「仮拠点を配置したら、カリフさんが行って、エンポロスの拠点を作ってくださいね」

「わかりました。では王都の店舗はおまかせ下さい」


「よろしくお願いします」


俺たちはマリーさんに、もう今日は店をたたみますからと、おみやげに貰ったブッフブルギニヨンっぽい料理をもって、コートロゼに戻りダイバ達に手渡した。

もう夕食は終わっていたが、なんとも美味な料理ですな、何て言いながら、幸せそうに食べていた。

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