第86話 タレイラン?
「あー、これはつまり、噂は真実臭いってことか?」
さっきライルさんが言ってた、16年前リヨン公が建てたものだってやつか。
「じゃあ、なんで教会が管理してたんですかね?」
「さあなぁ。接点ったら、聖女様ネタくらいしかないだろうが……もっともこっちも噂にすぎないけどな」
「ああ、聖女様に入れ込んでいたとか言う」
16年前というと、サヴィールが生まれた頃だ。
リヨン公と聖女様の間にサヴィールが生まれていたとしたら、ここでその事実を隠していたという可能性はある。ノエリアが言った結界の名残もそれで一応説明は付くし、スキャンダルを恐れた教会が、その後を管理していたというのも分からないでもないが……じゃあ、なぜ売りに出されてたんだ?
ノエリアのお願いと言い、怪しげな噂と言い、教会の関与と言い、考えても分からないことが積み上がっていく。
そうして、さらに大きな謎がもうひとつ。
村からの視線から隠されるように、家の裏手に作られた小さなテラスのような石畳で舗装された場所。
そこはどう見てもきれいな石畳の床で、どこにも取っ手のようなものはおろか、わずかな隙間すらもなかったが、マップが、そこには階段?があると告げていた。
◇ ---------------- ◇
エンポロス商会があるのは、商業区の中心部のやや外れだが、こんな場所に新規に店を構えられるってことは結構景気が良いんだろうな。
それにしても、本当に平民が入れるレベルのお店で、アイスサイトの魚やリヨンのジビエを提供する気なのかな? そもそもそんなことが本当にできるのかな?
アイスサイトの魚1匹の原価が下手をすると金貨1枚以上する。6枚にカットしたとしても、原価だけで小金貨2枚弱だ。
平民で1度の食事に出せるお金は、奮発しても小金貨1枚~2枚までだろう。絶対無理だと思うんだけどな……
マリーはそんなことを考えながら、整備された石畳を歩いていた。
「おはようございまーす」
「ようこそマリーさん。時間通りですね」
大体時間通りに到着すると、すでにエンポロスさんが待っていた。さすが商売人だ。
「早速ですが、まずは雇用条件ですね。一応カール様から伺っていますので、こちらを見て何かご希望があれば仰って下さい」
と言って、契約書を差し出された。呼んでみると――
「利益の20%?」
「そうです。それがマリーさんへの報酬となります」
「それって、売り上げが0だったら0ってことですか?」
「ははは、まあそうなのですが、一応最低賃金保証とか言うものもあるそうです。ほらその下に」
「月金貨2枚?」
え? こんなにもらっても良いの? 私、10年やったお店でも1枚が精一杯だったんだけど??
「ただ、おそらく2枚どころではないと思いますよ」
「え?」
最初は、約20席程度のお店で、客単価は平民の場合小金貨1枚を考えているそうだ。
最初は
なんて、簡単に言っている。
平民が小金貨1枚も払って毎日満席になるかしら? と不安に思ったりもしたが、大丈夫ですよと妙に自信たっぷりだ。
「それに、個室を使われるであろう貴族様からは、がっぽりもらえと申しつかっております」
何しろ貴族という連中は、値段が安いというだけで見下しかねないので、力一杯むしって構わないと。ただし、通常よりは良い食材を使うとのこと。なるほどね。
「その条件でよろしければ、どうぞサインを」
待遇は全く申し分ない。亜人を差別しない項目も入っているが、私には問題ない。
さらさらとサインして、契約魔法が発動するとそれをエンポロスさんに手渡した。
「ありがとうございます。ではこれから、お店の選定とメニューの開発が、マリーさんの当面のお仕事になります。食材は、今カール様がルートを開きにいっていますから、こちらはまずお店を決めて什器や厨房の設備を整えましょう」
「はぁ」
あまりにテンポ良く話が進んでしまうので、つい間抜けな声を出しちゃった。
「それと、従業員に推薦や希望がありましたら仰って下さい」
「え? 従業員も希望が出せるのですか?」
「はい。厨房とホールはチームだから、マリーさんのやりやすい人のほうがいいでしょうと、カール様が」
カール様って成人前だよね? なんでそんなに気が回るの。
「分かりました。何人か心当たりがありますから、声をかけてみます」
「結構です。待遇は前職を考慮に入れてさせていただいて考えますが、マリーさんの選ばれる方でしたら前職よりは出せるのではないかと思いますよ」
とエンポロスさんがウィンクした。あんまり似合ってなくて、ちょっとおかしかった。
◇ ---------------- ◇
「ここに階段があるだ?」
そうなんですよ。
「どう見ても、ただの床にしかみえんがなぁ……」
短剣の束で、コンコンと地面を叩きながらハロルドさんがそう言った。
「こりゃ、硬化の魔法もかかってるな。たたき壊すにしても、でかいハンマーみたいなものがないとどうにもならん」
「そうですね。魔法で壊すと向こう側にどんな影響が出るか分からないですし。今日の所はノエリアに掃除をして貰って、家を使えるようにしておくだけにしましょう」
「隠された地下室で、毎夜サバトが繰り広げられて、多数の生け贄にされた男女の怨嗟の声が夜な夜な鳴り響いてたりしたらどうする?」
「え、ええー? 鳴り響くの、です?」
ハロルドさんの軽口に、リーナが涙目になってビビっている。あんなに強いのになぁ。
どうして?ってきいたら、幽霊は切ってもしななそうな気がするのですとか言ってた。
確かにゴーストは物理攻撃に強いレジストを持っているらしいが、魔法を付与した武器ならダメージを与えられるそうだから、ムラマサブレードで切れると思うよ、と言ったら、幽霊もですか?と念を押してきた。そのへんどうなんです?ハロルドさん。
「しらんよ。幽霊なんか切ったことがねぇし。でもゴーストと幽霊って違うのか?」
「違うのです! ゴーストは『ガー』ですけど、幽霊は、『ひゅーどろどろどろ』なのです!」
なんて、分かるんだか分からないんだかよく分からない話をしていた。
家はノエリアが
クロは、居間のソファでクッションを確かめるようにぽふぽふしてたと思ったら、いつの間にかスピースピーと寝息を立てていた。
寝室にリンクドアを設定すると、コートロゼから布団や消耗品を持ってきて、部屋を整えよう。
ところで、あの机って、そのまま使って良いんですかね? 王家の紋章を使った罪とかで、クビチョンパは避けたいんですけど。
◇ ---------------- ◇
「次がここですね」
今度のお店は結構広い路面店だ。
何でこんなところが空いているのか不思議だったが、そういえばここは某貴族の肝いりで、なんだかごてごてした変わった料理を出す店だった。閉店しちゃったんだ。王都の民の良識に乾杯。
しかし内装が金ぴかで酷い。これを居抜きで使うのは絶対無理だな。
「凄い内装ですねぇ」
とエンポロスさんがあきれている。ほんとうですね。
「オーナーの希望としては、個室へのお忍び用ドア類が設置できればいいそうですから、あとは水回りを始めとしてプロの目で選んでいただければ結構ですよ。内装は全部やり直してもいいですしね」
なんて平気な顔をして言っている。
カール様といいエンポロスさんといい、もう少し金銭感覚というものを身につけた方が良いと思うな。
「しかし、カール様はリーナさんが馬鹿にされたからお店を出すんですよ? 人気店にする気はあっても、それで儲ける気なんか全然無いと思いますけど」
なんだそれ。ある意味理想的なオーナーなのかな? でもそんな人のところでキャリアを積んだら、独立してあっという間に店をつぶしかねないし。ここは私がしっかりしなくっちゃ。
「そうそう、その意気でお願いしますよ」
うう、どうなってんだこの人たちは……
店を出て、正面から店舗を見据える。まあ、内装は酷いけど、場所と設備は確かにいいよね、ここ。
左右をきょろきょろしてたら、隣の店から、見習いだろうか男の子が出てきて、
「お、なんだい、あんたらそこを使うのかい?」
と聞いてきた。
「ええまあ。検討しているところなんです」
「そこもなあ、最初は凄く景気が良かったんだが、何しろあの料理じゃなぁ……」
「やっぱり?」
と私たちは顔を見合わせて笑った。
「俺はヴィヨンヌで見習いをしている、アシュトンだ」
「私は、ここに作るかも知れないレストランでシェフをやる予定のマリーよ」
シェフだって?! とアシュトンは目を白黒させていた。
うん、まあ、この規模のお店のシェフとしては異例の若さだよね、私。ああ、なんだかいきなり現実がはっきりと認識できるようになってきたみたい。
「ま、まあ、頑張れよ。同じ料理をやるものとして応援してるぜ」
「う、うん、ありがとう」
とだけ答えるのが精一杯だった。
◇ ---------------- ◇
夕方、インバークから帰られたカール様が王都の店を訪れて、顛末を報告してくれました。
アイスサイトにはすでにエンポロスの拠点として使える店舗を購入したこと。アイスサイトでも最高の魚を毎日卸して貰えるように契約してきたこと。
「今は毎朝7時にノエリアが仕入れに行っていますが、最終的にはカリフさんのところの誰かにお願いしたいですね」
「分かりました。ドアのことを知っているのは、今のところ私とシャリーアだけですが、いずれはコートロゼにいるタリとマリムとトーリアの3人には話すつもりですので、彼らの誰かに任せましょう」
「ああ、トルーパーに襲われても逃げなかった、彼らなら大丈夫でしょう」
信用していただけて何より。
また、インバークでも腕の良い猟師が捕った最上のものを中心に卸して貰えるようにしてきたとか。
「インバークはIRCCの管理下にあって、そんなことはできないように思えましたが……」
「そこはまあ、いろいろな方法があるようでしたね。もちろん違法ではありませんよ」
「はぁ」
アイスサイトといいインバークといい、どうして始めていった場所で、そんなに簡単にツテができあがるのか。相変わらず常識外れな人だ。
インバークでの拠点については、商人ギルドでの購入になるため、私が行く必要があるらしい。
現在は湖の上の小さな家を買ってそこにドアをつないであるので、早めに拠点を購入しておいて欲しいとのこと。
「あとで、担当者を向こうの猟師に紹介しますので、拠点が整備されたら教えて下さい」
「承知いたしました」
「それで、料理人用と仕入れ用に、no.一桁台の腕輪を2つ使いたいのですが」
no.一桁台といえば、時間遅延が1/300のものだ。現在の世界最高の軍用のものより高性能なこの遅延をどうしたものかなとは思っていたのだが……
「いいですな。no.10-19はともかく、1-9は性能が飛びぬけすぎてて、どうせおおっぴらに売る先はないですから。では、no.9とno.8を仕入れとシェフ用に利用しましょう」
「お願いします」
私は、マリーの契約書をカール様に渡しながら、
「料理人も確保できましたし、店舗の場所も決めてきました。後は店の名前ですかな。『リフトハウス』とかは望まれないのですよね」
「絶対やめて下さい!」
「GIFTでは少し違いますかな」
「GIFTでもいいですけど……」
といいながら、カール様はマリーの契約書に目を落とされると一瞬固まられた。そして、
「カリフさん。店の名前が決まりました」
と仰った。
「ヴァランセにしましょう」
ヴァランセ……うん、悪くない音ですが、でも何故突然?
カール様が机の上に置いた契約書のサインには、マリー=カレームと書かれていた。
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