第89話 懸案と幽霊の正体と調子の良い男

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イベントの順番を間違えて、王都編では無くなりかけたので、イベントの構成順を変更しました。変更が大きかったので、以前の89話は削除して、構成を変更した89話を投稿しなおしました。


最新話ですのでご容赦下さい m(__)m

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翌日からも、ヴァランセの経営は順調なようだ。

貴族の方も、ケモナーマークに眉をひそめる人はいても、実際には個室で完全に別の空間だから、評判の料理を食べてみたいという欲求のほうが勝るようで、予約はとぎれなかった。

どうやら、ヒョードル様が散々自慢して歩いたらしく、我先にと予約が殺到したが、なにしろ1日1組しか対応できないのだ。何ヶ月も先まであっというまに埋まってしまっていた。

最低ラインで、一人金貨10枚の料理なんだよ? なんというか、お金はあるところにはあるんだなぁと、しみじみ感じた。


仕入れは、結局エンポロスの三人組(タリ・マリム・トーリア)が引き受けてくれていた。

口外を禁じる項目が含まれた新しい契約でエンポロス商会に幹部候補として雇用され直した三人は、その内容よりも、給料が上がったことを喜んでいた。

ただし、初めてリンクドアを体験したときは声も出せずに、驚いていたけどね。


コートロゼでは肥料工場の建設と、パン工房の建設が同時に始まっていた。

畑も肥料を利用することを前提とした計画を新たに立て直して貰ったし、よはなべてこともなしってね。


――ここを除けばだけどさ。


その日は、テラスの謎の階段を調べようと朝からインバークの館を訪れていた。

寝室の鎧戸を開けて窓から湖を眺めると、早朝の光に湖が輝いていた。綺麗だねぇ。


「それで、カール様よう。本当にここをたたき壊して良いんだな?」

「あ、今、行きます」


俺は窓だけ閉めて、裏のテラスへと向かった。

そこには、大きなハンマーを肩に担いだハロルドさんが、自分の足元を指さしながら待っていた。


「じゃ、お願いします」

「よっしゃ。――ふん!」


巨大なハンマーが勢いよく振り下ろされ、ガキィイイイイインという凄い音が響いて……ハロルドさんがびりびりしびれた状態になっていた。


「あああああ、なんだこりゃ? 滅茶苦茶硬いぞ」


テラスの石畳には傷ひとつ付いていない。

その後も数回、同じ事が繰り返されたが、ひびも入らなかった。


「いや、カール様、これはハンマーだけじゃ、ちょっと無理だな。リーナの嬢ちゃんにさいの目に切って貰うか?」

「地面って切れるものなんですか?」

「うーん。普通は切れんな。ただこの石畳だけなら……」

「リーナ」


ん、返事がない? リーナ? 何やって……

と振り返ると、リーナがおびえた顔で窓を指さして、窓に、窓に!と言った。


「人影か?」


とハロルドさんが剣を抜いて、館に飛び込んでいく。

寝室の窓の卵の薄皮には、女性っぽい影が動いていた。誰かがリンクドアをくぐってこっちへ出てきたのか?


「あ、あれが幽霊なの、です?」


とリーナはびびりまくっている。なぜ?と聞くと、まるで気配がないそうだ。

そう聞いてマップを確認してみると……点がない? マップはそこに誰もいないと言っている。ええー?! マジ幽霊っすか?!


そのとき、寝室の窓が開いて、ハロルドさんが顔を出した。



「幽霊の正体見たり、ってやつだな」


俺たちは、インバークの館の寝室に立って、そのを見ていた。

乳児を抱いた美しい女性が、裏庭のバラ園の前で、こちらに向かって笑いかけるシーンがいつまでも繰り返されている。


「これが幽霊なの、です?」


リーナ俺の陰に隠れながら、そう言った。


この世界には転写の魔法というものがある。術者が見ているものをそのまま何かに付与する魔法だ。それを透明で薄い小さな水晶板に対して行うと、一種のポジフィルムのようなものができあがる。

それを連続して行い、できたいくつかの水晶板を輪に繋げば、目の前で表示されているような動画ができあがるわけだ。


ただし、この技能持ちは稀少な上に、そんなに短い時間で連続して力を使うことはできない。

動画を作ろうと思ったら、複数人の術者を集めて、順番に転写させなければならないわけで、そんなことはただ金があるだけでは不可能だ。


サイドテーブルだと思っていたものが、なんとプロジェクターの役割を果たしていた。

どうやら、スイッチが入ったまま魔力切れで止まっていたため、ある程度魔力が溜まれば少しだけ動いてまた止まる、を繰り返していたようだ。


「綺麗な人ですね」

「カール様よ。俺はこのご婦人に見覚えがあるんだが」

「それは聞かないほうがよさそうですね」

「……そうかもな」


そう言えば、少しサヴィールに似てるな。リヨン公と聖女様か――やはりこれは持ち主に返すべきだろうな。


「噂は噂のままでそっとしておくのが一番ですよ」


俺は、その繊細な水晶の輪をそっと取り出し、腕輪の中にしまっておいた。


「さて、幽霊の正体も分かったことですし、さっきの続きをやりますか」


  ◇ ---------------- ◇


「ここかぁ。うん、すばらC、すばらCね!」


平民デザインだが、妙に高価そうな生地の服を着た成人……してるのかな?ギリギリくらいの男が、店内に座るドワーフや上級冒険者のような獣人を見て、諸手を広げてそんなことを口走っている。


「ねえ、マリー。あの人ちょっと変じゃない?」


給仕長のクラドックが、いぶかしげな顔をしてそうささやいてきた。

うん。ちょっとハイな感じだけど、そう悪い感じはしないし、ちょっと残念なイケメンさんってところかな。


変と言えば、その両側の人のほうが変かな。あんなに騒がれているのにまるで気にしてないし、あまり料理に集中していなくって、妙に周りに気を配ってる感じ。


「うん。料理もすばらCね!」


その男は終始周りにゴキゲンを振りまいていた。


  ◇ ---------------- ◇


「では、いくです」


軽く振られたムラマサブレードを石畳が受け止め、きしぃいいいいん!といった甲高い音を立てた。


「むっ。硬いの、です」


リーナが驚いたように言った。いくら軽く振っただけとはいえ、あの業物を受け止めるとは、さすがハンマーで傷も付かないだけのことはある。


「では、ちょっと本気を出します、です」


ふんっと力を込めて振った瞬間、薄紫の塗れたような刀身が輝きを増し、今度はさっくりと石畳を格子状に切り裂いた。


「おおー、相変わらずすげーな」


今度はハンマーじゃなくて、ツルハシを持ち出したハロルドさんが、細かく格子状にされた石畳をそれで引っかけて掘り出しながら穴を開けていく。

しばらくすると、土に埋もれた金属製の扉が顔を出した。


「こいつは古いぜ」


扉に刻まれた紋章は、デルミカント家のものっぽいが、カントンが含まれていないものは初代のライアル=マナスのものなのだとか。

現在のデルミカント家の紋章は、向かって左上の部分にカントンと呼ばれる小さな四角い領域が追加されている。


引き手の部分が錆びて脆くなっているかとも思ったが、こちらにも保存の魔法がかけられているのか、力一杯引くとわずかに持ち上がる。しかし、すぐ何かに引っかかってそれ以上開かなかった。


「おいおい、ますますヤバい匂いがしないか?」

「どうしてです」

「だって、どう見てもかかってるぜ、この鍵」


遥か以前に使われていた紋章の付いた地下室?への扉に、内側から掛けられた鍵。でもデルミカントなら――


「しかし、デルミカント家と言えば空間魔法の大家たいかでしょう?」

「そうか、転移魔法とか使えたかもなぁ。しかしな、わざわざ入り口に内側から鍵をかけて、転移魔法を使う理由ってなんだ?」


うん、よくわからないけれど、ダメな感じがする。


「あー、ハロルドさん?」

「なんだよ」

「やっぱりこのまま埋めもどして、無かったことにしませんか?」

「まあ、そうしたいのはヤマヤマなんだけどな」

「?」

「目の前にある未知から目をそらせるようなやつは、冒険者にならねぇっての!」


うう、冒険者魂めんどくさい……まあ、わかるけどさ。


  ◇ ---------------- ◇


「うん、よかった。君たちいいよ」

「ありがとうございます」


ちょっと残念なイケメンのお見送りに出てきたマリーに男が話しかけていた。


「君がこの店のオーナーなの?」

「いえ、オーナーはコートロゼのカール=リフトハウス様です」

「ほう。そうか」


一瞬別の顔を覗かせた男は、すぐにお調子者に戻って、


「じゃあ、君、ボクのところに来ない?」

「は?」

「ボクのところで料理を作ってくれないかな? 報酬は今の倍だそう」

「あ、いえ、お誘いはありがたいのですが……」


男はマリーを確かめるように見た後、


「ふーん、カール君って、なかなか部下の忠誠も厚いんだね」


いや、知らない男に突然雇うなんていわれたって、そんなほいほいついていくわけないじゃない。

あれ? でもカール様のときもあんまり変わらない状況だっけ。私、あのとき、なんでOKしたんだろう?


「残念だが仕方がない、今度招待するから一度挨拶に来てよと伝えておいてくれる?」

「は? はい。失礼ですがお名前は、ウグラデル様でよろしいでしょうか?」


予約のカードにはそう書いてあった。


「そうだな、アルミス=ウグラデルと伝えてくれ」

「かしこまりました」


アルミス=ウグラデル? 聞いたことがないけれど、どこかで?

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