第34話 幼女と盗賊と教会の関与

ぺしぺし。


「……んー」


ぺしぺし。


「あー?」


何かに叩かれているような気がして、眠りの海から顔を出す。

目の前にノエリアの柔らかな胸が。後ろにはリーナの尻尾が……あれ?クロはどこいった?


ぺしぺし。


と思ったら、頭の上で5歳くらいのダークエルフの幼児が、大人サイズの服をダボダボにはおって、ぺしぺしと俺の額を叩いている。なんだこの状況?


「おなか、へった」

「……おまえ、クロか?」

「ん」


夕べみんなのマネをしてベッドに入ろうとしたら、でかい女がいると狭いと文句を言われたので、小さくなってみたらしい。なにそれ。そんなこともできるのか、人化。


「おはようございます」

「お、おはよう」


ノエリアが目を開いて挨拶してきた。

ベッドの中で、美人ににっこり微笑まれながら、きゅってされたら照れるよね。


「朝食をお作りしてきますので、そのままお休みになっていて下さいね」


そう言って、ノエリアは静かにベッドから起き上がり、台所へと消えていった。


  ◇ ---------------- ◇


「はー、これだから幼女趣味のお代官様は。俺なら絶対最初のねーちゃんなのにな」

「誰が、幼女趣味ですか、誰が。大体ボクは10歳なんだから、相手はそのくらいで丁度じゃないですか」

「なるほど。それもそうか。なんだかお前と話してると、どうも10歳って認識が薄れてきていかんな」


クロは食卓の椅子をクッションでかさ上げした場所に、ちょこんと座ってもりもり朝食を食べている。

てか、自分の体の大きさと同じくらい食べてるけど、何処に入るんだ、あれ。


「なあ、クロ」

「ん」

「おまえ、おっきい方とちっさい方と、日頃どっちになるつもりなんだ?」

「んー」


クロは可愛く頭をかしげながら


「ちっさいほう。ベッド気持ちよかった。だから」


つまりベッドで寝るためにちいさい方になるってことか。

まあもともと美味しいものが食べたくて人化したんだもんなぁ。三大欲求に忠実な種族なんだ。

それってもしおっきい方になったら、三大欲求の残りのひとつが……でゅふふふふ。はっ、いかんいかん。ボク10歳。


今日は、なんとかって街に泊まるらしいから、そこで子供用の服を買って、馬形態の時にそれを入れておくアイテムボックスをノエリアに作ってもらうか。

大きい方でも問題だが、ちいさい方だと完全に事案だからな。


あれ、そういや、なんて街だっけな。


「サンサだよ、サンサ。この先でデュランダルからカーテナ川が分かれる場所があるんだが、その分岐したところに作られた街だ」

「……川が二股に分岐しているから三叉って言うんですかね?」

「知るか」


  ◇ ---------------- ◇


朝食を食べたら出発だ。

しばらくは昨日と同様のんびりしたものだったが、もう少しでサンサってところで、嫌な気配が漂ってくる。


「ハロルドさん」

「ああ、なにかやばそうだな」


馬車を道の左脇に止めて先を伺うと、ずっと遠くから金属が打ち合わされるような音が微かに聞こえる。

リーナとノエリアが心配そうに窓から顔を出して、先を伺っている。


「盗賊ですか?」

「さてな。盗賊か、軍か、冒険者同士の諍いか。なんにしても誰かが争ってることだけは確かだ。で、どうするよ?」


認識のマップで見た感じでは、1Kmちょっとくらい先でオレンジと白の輝点がごちゃごちゃになってる。

敵、ではないけれど、敵意ある集団と普通の集団が争っているのか。

オレンジの点は、現場から外れた道路脇にも何人かが潜んでいる。斥候かな。


「ちょっと様子を見てくる、です?」


うーん。藪はつつきたくないんだけど……


「ハロルドさん。こういう時って、助けるものなんですか?」

「そりゃ相手によるだろ。助けて旨味があるときは助けるが、そうでなかったり、敵の数が多すぎたり強すぎたりする場合はスルーだな」

「現実的ですね」

「そりゃ、現実リアルだからな」


そうこうしているうちに、一番近くにあったオレンジの点がこちらに気がついたのか、10人くらいでまとまって左右の道路脇を近づいてくる。


「でも、巻き込まれた場合は、仕方ないですよね?」

「そりゃ、巻き込まれた場合は、仕方ないな」


ハロルドさんは、ニヤっと笑って御者席から飛び降りた。

振り返るとふたりとも、すでに皮鎧を身につけて、武器を装備していた。


オレンジの点は、こちらの護衛が一人だけなのを確認したのか、50mくらい先で道に姿を現して、堂々と近づいてきた。

それでも藪の中に四人が隠れていて、道路の左側から見えないように回り込んでくる。弓か魔法か、遠距離攻撃を含んだ隊で挟み撃ちにするつもりかな? ま、バレバレなんですけどね。


「リーナ、左の藪の中に四人。見つからないようにいける?」

「おまかせなの、です」


音もなく馬車の中から消えうせる。うん、ますますニャンジャに磨きがかかってるな。



「あー、おまえら、何か用か?」


ハロルドさんがぶっきらぼうに問いかけると、先頭にいる、足音を立てない狐目の男が、いつも笑っているような顔で答えた。


「いえ、特にあなたに用があるわけではありませんが、この道は今通行止めでして」


道に出てきたやつらは全部で六人。隠れている四人はリーナに任せて、こちらも視線を引きつけに出ますか。


「それは困りましたね。少し急いでいるのですが」


と話しながら俺は馬車を降りた。ノエリアはすぐ後ろに黙って控えている。


「これはなんとも……」


美味しい獲物だとばかりに、ノエリアをなめまわすように見つめる狐男。くっそ、見るな、汚れる。

ざっと鑑定すると全員レベルは13前後、最高が狐男の17か。


 --------

 コーンズ (28) lv.17 (人族)

 

 HP:264/264

 MP:251/251

 

 シャイア盗賊団|(ウィスカーズ)第8分隊長

 --------


ぷぷっ。狐目でコーンズだって。


「良いでしょう。多少の通行料を頂ければ、すぐにお通ししますよ。ただし、行き先は少し違うかもしれませんがね」


狐目の男はさっと手を挙げた。


……が、何も起こらない。リーナが向かった4つのオレンジの輝点は、すでに灰色の縁が付いていた。

気絶したり、行動不能になると灰色の縁が付き、死んだりすると黒い点になることは確認済みだ。


「どうしました? 突然腕など上げられて。肩でも凝りましたか?」

「な、なに?」


「いや、もう茶番はその辺で、いいだろ!」


ハロルドさんがいきなり左端にいた手近の一人を切り倒した。ああ、脳筋ハロルド。正当防衛が望ましかったのに。そんな概念ここにはないかもしれないが。


「な、なにしやがる! くそっ、そのガキを人質にしろ!!」


狐目の男の向かって右にいた三人が、こちらに向かって走ってくる。


「ハロルドさん護衛の仕事ー」

「嬢ちゃんがいるから、いらんだ、ろっ!」


っと二人目の男を切り倒している。こらこら、それは職務怠慢ってやつじゃないの? 仕方ないな。


「ノエリア。できるだけ殺すな」

「はい」


ノエリアが右手の人差し指を、美しい所作で目の高さまで振り上げる。


「シャドウランス」


そうつぶやいた瞬間に、突っ込んできた三人の足は細い影の矢によって地面に縫いつけられ、悲鳴を響かせていた。


  ◇ ---------------- ◇


「な、なんだ、なんだよお前ら!」


狐目の男改めコーンズが縛り上げられ涙目でそうわめいて、静かにしろとハロルドさんに小突かれている。


「越後のちりめん問屋の隠居です」

「は? なんだそれ?」


ハロルドさんがあきれた顔で、こちらを見返す。


「いや、一度言ってみたかっただけです。出来心ってやつ」

「相変わらず良く分かんないやつだな。しかしこいつらが戻ってこなかったら、後続がやってくるんじゃねーの?」


マップのオレンジの輝点はだいぶばらけていて、大部分は南に移動している。


「それは大丈夫そうですけど、あっちの襲われていた人たちは無事ですかね?」

「普通なら、女は強奪、そのほかは皆殺し、だろうなぁ」

「そんなあっさり……とりあえず、様子を見に行きましょう。賊は南に移動したみたいですし」

「なんでわかるんだよと言いたいところだが、まあいいか。それでこいつらどうする? 懸賞金がかかっているなら、サンサまで運んでいけば貰えるぜ」


足が穴だらけになった三人は、ノエリアのヒールで簡単に止血だけはしておいた。


「しかしハロルドさんが切り倒した二人を除いても、八人もいますからね」

「八人?」

「ああ、あっちでリーナが四人を行動不能に……」

「おーもーいーのーでーすー」


ずるずると気絶した四人を引きずりながらリーナが道路脇から顔を出した。


とりあえず、馬車後方のアタッチメントをはずして、荷車に変形させ、そこに八人を縛って積み上げた。不要だと思っていたものがいきなり大活躍ですよ。


「くそっ、放せ! 今なら許してやるから、俺たちを解放しろ! ウィスカーズなめんなよ!」


コーンズは、もうちょっと痛めつけといた方が良かったかな、うるさいったら。


「ウィスカーズだと?」


え、どうしたんすか、ハロルドさん?


「けっ、今頃ビビったって遅いぜ。さっさとほどきな。命だけは助けてやるからよ」


いや、そんな縛られて転がされている人に、そんな凄まれても。


ハロルドさんによると、ウィスカーズってのは通り名で、正式にはシャイア盗賊団というそうだ。お頭のほおひげが特徴的なので、いつかウィスカーズと呼ばれるようになったとか。

アル・デラミスでも最大規模の盗賊団で、通常はもっと北東、王都の南側にある難所、マディアス峠辺りをテリトリーに活動しているらしい。


「お前が本物なら、なんでこんな辺鄙なところで仕事をしてるんだ? ここじゃ、団員を養えるほど、商人が通るとは思えないが。やっぱ語りじゃないのか?」

「ちげーよ! たれ込みがあったんだよ! 教会がコートロゼにスゲー宝物を持ち込むってよ!」

「そんな不確かなたれ込み一本で、シャイアがわざわざこんな所まで来るか? 馬鹿なこと言ってないで「ちげー!」」

「たれ込みは、大主教……おっと。信頼できる筋からの話だって、お頭は言ってたぜ!」


大主教?って、教会の偉い人?


 --------

 大主教

 

 神星教の役職。

 階級は、司教>司祭>助祭だが、司祭の中から管区のトップとして大主教が選ばれる。

 大主教のトップが、聖都シールサで、総主教になる。

 --------


こないだ図書館で片っ端から本をコピーしてから、かなり使えるようになったよな、認識君。これからもよろしくお願いします。


教会の偉い人が盗賊団と繋がってたところで、単なる汚職で別に不思議でもなんでもないけれど、教会が現在の荒れているコートロゼに、わざわざ宝物を持ち込む意味がわからない。コートロゼ支援なら食料だろう。金があっても食料がなけりゃ買いようがないわけだし。

大体、コートロゼの主筋であるうちリフトハウスに何の話も来てないのもおかしい。そんな話があるなら、サリナ様が教えてくれたはずだ。


「なんだかうさんくさい話になってきましたね」

「おっと、いち護衛は面倒ごとには首を突っ込まないぜ」

「いち子供だってお断りですよ。とりあえずそのうるさいのの口をふさいで、先の現場に行ってみましょう」

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