第37話 サンサ防衛戦(前編)

頭の中でけたたましい通知音が鳴り響く。


「な、なんだ?」


浅い眠りから飛び起きた俺は、目の前に展開されたマップを食い入るように見つめた。

街の南側の森の中にオレンジの点が固まっている。ウィスカーズの連中だ。

それを取り囲むように、ものすごい数の赤い点が集まっている。しかも現在進行形で森の中から多数の赤が集まり続けている。その数、数百どころか千に届くかも知れない。


俺は急いでハロルドさんの部屋をノックした。


「で、なんだって?」


寝入りっぱなを起こされて眠そうなハロルドさんに、現状を詳しく説明した。


「ウィスカーズの連中が魔物を召喚したってことか?」

「いえ、これはそんな感じじゃ……どちらかと言えば、ウィスカーズは集まった魔物の餌食になったんじゃないですかね」

「……それで、そいつらはこっちに向かってんのか」

「まだ一カ所に集まってるだけで、移動はしていないようですが、魔物の性質から考えると」

「いずれ、近くの街に押し寄せるだろうな。つまりは、ここか」

「どうします?」

「どうって、とりあえず衛兵詰め所と冒険者ギルドに連絡するしかないだろう。ただなぁ……」

「なんです? 急がないと」

「どうやって説明するんだよ」


そう言われりゃそうだ。マップで見ましたなんて説明はできないよな。

何か眠れなくて街壁の上を散歩してたら、銀狼族のリーナが察知したとか。


「夜、許可無く街壁の上に登るのは無理だ。場所は考える必要があるが、その方向で行くしかないか。先に冒険者ギルドへ行って『銀狼族がスタンピードの兆候を察知した』と伝え、斥候を出して貰おう。間に合うといいがな」


  ◇ ---------------- ◇


「ほ、本当にいた! 400くらいまでは確認したが、それを遥かに上回るものすごい数が集まっていた!」

「中心になっているのは、ウルフ系やベア系それにオークやゴブリンだが、メガラプトルもかなり含まれていたし、オルトロスっぽい影もみた」


何人かの斥候が戻ってきて次々と報告が積み上がっていく。

事ここに至っては、スタンピードの報に間違いはなく、サンサギルド長およびサンサ領主の連名で緊急討伐依頼が出されることになった。


「いや、まいったな」

「強制徴用ですか?」

「ああ。お前等はどうするよ?」


ハロルドさんはBランクだ。だからCランク以上の強制徴集が適用されるが、俺たちはDランクパーティだから、参加しない自由がある。しかし……


「ご主人様。御心のままに」


ノエリアが後ろから抱きしめてきてささやく。


「守るの、です」


リーナがなんだか恰好よさげなポーズを取ってる。

そうだな。


「しかたない。どうせ逃げられないんなら、ちょっとだけ足掻いてみますか」

「はは、嬢ちゃんたちがいるのは助かるぜ。数の前には剣士など、ものの役にも立ちゃしねぇからな」

「え、ボクは?」

「なんだ、役に立てそうか?」

「うーん……」


考えてみたら俺には攻撃力がない。リンドブルムを倒したときの交換魔法ペルムートだって、どうやって発動したものかよく分からないしな。

ここは潔く攻撃を捨てて、ノエリア達のMPタンクに徹するべきか。


「ま、いざって時の保険ですかね」

「言うねぇ。さすがはリンドブルムからの生還者。頼りにしてるぜ」


「じゃ、パーティ組んどきますか」

「パーティ?」


今回の状況じゃ、おそらくノエリアを砲台にして、俺がMPタンク。リーナが露払い役になるはずだ。多分結構な数の魔物を討伐することになるだろう。

パーティを組んでおけばレベルアップに必要な経験はほぼ均等割で入ることになるし、少しでもゴマかせ……るかなぁ。


「テスタメントね。なんだか教会の奴らより、お前等の方が神様の使いみてーだな」


お、ハロルドさん、鋭い。しかーし、ここは日本人の必殺技。秘技曖昧笑いでごまかすのだ。


そうだ、クロも大人バージョンにして冒険者登録したら、と思ったんだけどダメでした。魔物は従魔登録になるんだってさ。パーティには入れられました。


「わたし、人だと、戦うの、無理」

「武器も防具もないしね。とりあえずパーティ組むのに登録しただけだから、大丈夫だよ」

「ん」


  ◇ ---------------- ◇


冒険者は基本的にバラバラなので、まとまった作戦に向かない。そのため、パーティ単位で街の防衛&遊軍を受け持つようだ。

攻撃部隊の中心はサンサの騎士団が担うそうで、南門の前に整然と並んでいた。


300人くらいだろうか。流石辺境。この規模の街を守るにはやや多めの人数かも知れないが、敵は数千。皆緊張した面持ちで、指示を待っている。

壮年を過ぎようとしている屈強な男が、騎馬で前に進み出た。


「あれは?」

「デルフォードだな。サンサ騎士団の団長だ」

「貫禄ありますね」

「たたき上げだからな。団長は伊達じゃないだろ」


後ろの方で、ハロルドさんとひそひそ話をしていると、良く通るバリトンが聞こえてきた。


「サンサの街の息子達、我が同胞よ。闇の中、魔が溢れ、我々の街にあだなそうとしている」

「夜明け前の闇は暗く恐ろしい。勇気がくじけ、いずれは盾が砕かれる日が来るかも知れぬ」

「だが今ではない! 引くな、踏みとどまれ! かけがえのない全てのものを手にするため、戦って魔を滅ぼすのだ!」


300人の怒声が空気をふるわせ、騎士団の行軍が始まる。


「剣を振るえ! 盾を砕け! 夜明けの光りとなりて闇を切り裂き、魔物どもを赤く染めろ!」

「進め、暗闇をおそれるな! サンサの騎士達よ! 振るえ! 砕け! 闘いの日だ!」


ドドドドと地響きを残しながら、進軍していく様子はなかなか頼もしい。


「おお、なんだか士気も上がってる見たいですね」

「士気だけで勝てりゃ苦労はないけどな」

「低いより高い方がいいでしょう」

「そりゃあな。しかし命は失われたらそれっきりだからなぁ……士気を高めて死地に飛び込むなんてのは冒険者の流儀じゃないぜ」


  ◇ ---------------- ◇


居残り組の冒険者は、皆南門周辺に集まっていた。


俺は、南門の近くの街壁に上がれる場所の近くで、建物の壁を背にして丁度良い岩の上に座っていた。

ハロルドさんは3mくらい離れた場所で、腕組みをして壁にもたれかかりながら目をつぶっている。

クロは馬車の番もかねて宿の厩舎にいる。彼女には装備を調える時間が無かったし、まだ低レベルだから危険すぎる。かなりゴネたが、パーティ効果で居場所はなんとなくわかるからと説得した。


『おう、こんな所、ガキの来る場所じゃねぇぜ!』だとか、『女子供はギルドか教会にでも引っ込んでな!』だとか言いながら、屈強そうな冒険者達が次々と通り過ぎていく。


マップの上では赤い点――いやもう点じゃなくて面だな――が、白い点の固まりと今にも接触しようとしていた。

数に差がありすぎる……ぶるっと震えた俺の体を、暖かく柔らかい何かがそっと包み込んできた。


「ご主人様、覚えてらっしゃいますか?」


ノエリアが後ろから俺を抱きしめて、肩口に顔を覗かせ、頬をくっつけてきた。


「ん?」

「私たち、つい、8日前には絶望の淵にいたんですよ?」


「リーナは奴隷商に捕まって、酷く殴られたあと、穴に落ちて死にかけていました」


リーナはトテトテと俺の正面に歩いてくると、ポフッと俺の胸に両手を添えてくっついてきた。サンドイッチ、暖かい。


「私はギョームに買われ、一生慰みものにされる覚悟をしたものの、穴に落ちる際首輪の力で強制的に魔力を使わされた後、大けがを負って捨てられました」


そうか。あれはたった一週間ちょっと前のことなんだな。なんだか怒濤のごとくいろいろあったから、もうずっと一緒にいるような気分になってたよ。


「そんな私たちが、もう笑えるようになったのは、ご主人様のお力なんですよ?」


胸元でリーナがコクコクとうなずいている。


「だから今度もきっと大丈夫。なんだかそう感じられるんです」


ノエリアにそう言われると、なんだか俺もそんな気になってくるから不思議だな。まあ、やれることをやれるだけやればいいか。


「そうだね。じゃMP共有繋いでおこうか」

「え? はい……」


赤くなってうつむくノエリア。

なにかこれ、口に出せない感覚があるらしくって、繋ぐときと一気に大量に移動するときに、なんだかイケナイコトをしている気分になるのがアレだね。


「あっ……」


と繋いだ瞬間ノエリアの口から吐息が漏れる。うわっ、いまちょっと下の方が反応した。

リーナが、いいなーという目つきでこちらを見て尻尾をパタパタ振ってるけど……キミにはまだ早い(魔法スキル的な意味で)


ノエリアの吐息に、ハロルドさんが薄目を開けてニヤニヤしながらこっちを伺っている。


「あ、そうだ、ハロルドさん、これ渡しておきます」


とあまり丈夫そうに見えない木のタワーシールドを取り出す。


「なんだ?タワーシールド? 俺は盾は余り使わないし、使ってもバックラーとかだぜ?」

「まあまあ。これには使い方があるんですよ」

「使い方ねぇ……角度も付いてないし、ただの平たい板を張り付けただけの安っぽい木のオモチャみたいだが、わざわざこんな時に持ち出すってことは、ただのオモチャってわけじゃないんだろ?」

「まあ、そうですね。この平たいところに意味があるんですよ。ほら」


俺は盾の右側に手を突っ込んだ。


「はあ?!」


すると、盾の左側から突っ込んだ手が出てきた。


「ほら、昨日空間の繋がった皿を作ったじゃないですか」

「ああ」

「これは盾の右側の板と、左側の板を繋いであるんですよ」

「そ、それってつまり……」

「こう、広域魔法とかブレスとかを避けきれないとき、この盾の影に隠れると……」

「右から入ってきたやつは左へ、左から入ってきたやつは右へ抜けて、そのまま相手に向かうってことか」

「ご名答!」

「空間が繋がってるって……そりゃつまり究極のミラーシールドじゃねぇか。それがただの板張りって……」


お前らのセンスはおかしいって、散々言われたけど、しょうがないじゃんね。軽く振り回せて安くてすぐ手に入る素材がこれしかなかったんだし。


「それで、ハロルドさん、アイテムボックス使ってますよね?」

「ああ、お前に貰ったやつな」

「あれは、少しくらい離れていても、見えてる場所になら、自分の思ったところに取り出せるんですよ」

「なんだと?」

「いや、もちろん離れるほど制御が難しくなるんですが、手の届く範囲くらいなら誰にでもできます。それでその盾ですが、通常はアイテムボックスに入れておいて」

「危ないときだけその方向に取り出して防ぐってことか」

「はい。ちょっと練習しておいて下さいね。武器とかでも同じことができますから」


俺がそう言うと、リーナが自慢げに自分の手に短剣を出したり消したりして、ハロルドさんに向かってムフーってしてた。

4枚作った板張りタワーシールドは、リーナとノエリアにも渡しておいた。


 --------

 カール=リフトハウス (10) lv.12 [30] (人族)

 HP:140/140 [ 7,068/ 7,068]

 MP:312/312 [325,654/325,654]

 SP:0

 

 [一般常識(日本)]

 [めっちゃ幸運]

 [交換]

 

 [認識 ■■□□□ □□□□□]

 [祝福 ■■■■■ □□□□□] 4x50名分

 

 腕輪操作 ■□□□□ □□□□□

 

 [使徒(シールス神)]

 [カール=リフトハウスの加護 経験 x 50 取得 x 2]

 --------

 ヴォルリーナ (13) lv.27 (銀狼族)

 HP:27,309/27,309

 MP: 2,634/2,634

 

 所有者:カール=リフトハウス

 

 SP:35 + 73(used)

 体術   ■■■■■ ■■■■■

 短剣術  ■■■■■ ■■■■■

 刀剣術  ■■■■■ ■■■■■

 魔力検知 ■■■■■ ■■■■■

 気配検知 ■■■■■ ■■■■■

 無詠唱  ■■■■■ ■□□□□ lv.1 -> 6

 聖魔法  ■■■■■ □□□□□

 

 カール=リフトハウスの加護

 --------

 ノエリア (17) lv.28 (人族)

 HP: 5,584/ 5,584

 MP:13,964/13,964

 

 所有者:カール=リフトハウス

 

 SP:7 + 105(used)

 料理   ■■■■■ ■■■■■

 無詠唱  ■■■■■ ■□□□□ 隠蔽 lv.1 -> 6

 生活魔法 ■■■■■ ■■■■■

 重力魔法 ■■■■■ ■■■■■

 聖魔法  ■■■■■ ■■■■■

 闇魔法  ■■■■■ ■■■■■

 空間魔法 ■■■■■ ■■■■■ 隠蔽

 魔法付与 ■■■■■ ■■■■■ 隠蔽

 

 ノエリア=シエラ=ラップランド

 

 カール=リフトハウスの加護

 --------

 クロ (4) lv.8 (バトルホース)

 

 HP:1,681/1,681

 MP: 484/ 484

 

 SP:13+19(used)

 言語理解 ■■□□□ □□□□□

 人化   ■■■■■ ■■■■■

 

 カール=リフトハウスの加護

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