第111話 合流と脱出と春の終わり(前編)
「ほらな。きっとこうなると思ったぜ」
転移というより墜落の出口で大きな衝撃を受けたハロルドは、アイテムボックスからポーションを取り出してそれを飲むと静かに辺りの気配を探っていた。
通路幅はそれほどでもないが、天井は結構高いな。巨大な種が射てもおかしくない。地面や壁は岩肌のようだが、ところどころ植物のようなものも生えている。
「さて、あのバカどもを捜さなきゃいけないが……」
同じフロアに転移したのかどうかもわからないしなぁ……さて、どっちへ行ったものか。
立ち上がった瞬間、後ろに気配が現れて、何か大きなものが、急に飛びついてきた。
「うぉ!」
振り返った時にはすでに遅く、飛びついてきたものを、
こ、こいつは……
「おまっ、クロか?」
「ん」
器用に頭のまわりで回転したクロは、肩車の形に落ち着いてペシペシと俺の額を叩いている。
いや、大サイズの時にそれはやめて欲しいんだが……重いし、その、太ももがね。
「ん?」
ん、じゃねーよ。
「それで、カール様はどっちなのか、分かるのか? お前」
「……んー」
人の頭の上で考えているような顔をして、きょろきょろした後、「ん」と指さした。ほんとなのかね?
まあ、他に選択肢はないわけで、俺はその方向に歩き出した。てか、下りろよ。
◇ ---------------- ◇
「がっ!」
足元に黒い空間が生まれて、突然そこに落ちたと思ったら、強い衝撃を受けて……くそっ、一体ここはどこなんだよ?
迷宮騎士団シンドール隊のテンプは腰をさすりながら毒づいた。
ランタンも
ダンジョンの中には、発光する鉱石や植物のおかげで明るい場所もあることはあるが、ここは天井付近から壁の上部あたりまで柔らかな光が
先導していたフォイナーレのやつが、小柄な男に襲われたと思ったら、突然この状況だ。シンドール隊長や同じ隊のヨシュアは無事だろうか。
「うっ、痛てぇ……」
自分の体を調べると騎士団の鎧がへこんでいる。あちこち打ち身で大変なことになっていそうだが、とにかく骨折は免れたようだ。
こういうときはとりあえず持ち物の確認をして落ち着けとラルフ副団長が訓練の時に言ってたっけ。
とりあえず、軽食程度の携帯食と、小さな水筒に入れられた水はある。鎧はへこんだが、剣は無事だ。浅い階層での巡回捜索だったので、長時間ダンジョン内にいられるような装備ではないが。
「助けを待つか、自分から動いて出口を捜すかだが……」
あの状況では、助けが来るにしてもフォイナーレのやつが発見されてからだろうし、そもそもどこに転移したかわからないような状態じゃ助けなんか来るかどうかも怪しいな。
「仕方ない」
そうつぶやいて立ち上がったとき、背後から
振り向くと馬のようなものに乗った人が見える。ダンジョン内で馬? まあ、助かったことに変わりはないか。
「おおーい!」
と呼びかけると、その男はこちらに気がついたのか、徐々に近づいて、近づいて……あれはなんだ?
馬上の人だと思っていたのは、大きなイカを逆さまにひっつけたようなもので、それが馬のような体から直接生えている。腕だと思っていたものは触腕……なのか? 頭だと思っていた部分にまとまっていた触手が大きく開き、うねうねと動くそれらを見た瞬間、俺は反対側に向かって駆けだしていた。
その魔物が、ずっと怪しげな叫び声を上げ続けている。その声が聞こえなくなるまで走り続けなければ……
その声が自分の喉から出されていることに気がつくまえに、俺は大きな闇に囚われた。
◇ ---------------- ◇
「んん?」
今のは何だろう?
リーナは首をかしげながら声がした方を眺めた。
飛び込んだ穴から出たところにご主人様はいなかった。
ちょっと慌てたけれど、こっちから微かにご主人様の匂いがしているような気がする。早く側にいかないと。
急いで移動しようとしたとき、同じ方向から悲鳴のような音が聞こえてきた。ご主人様じゃないみたいだけど……
「はやく行かなくちゃなの、です」
急いでそちらに駆けだした瞬間、『かちっ』という音が……
「かちっ?」
その瞬間目の前に魔力の固まりが突然現れる。
「はぅあ!」
それをニャンジャの業で
「ふー、危なかったの、です」
毛がぴりぴり逆立ってます。そう言えば罠があるんでした。まあ、他に人もいないし、ちょっとくらいなら踏んでも大丈夫、ですよね?
◇ ---------------- ◇
「なんだ?」
気味の悪い悲鳴が聞こえてくる。落ちてから最初に聞いた人?の声が悲鳴ってのはなぁ。
マップを確認すると、白い点が赤い点に近づかれて……あ、消えた。一緒に落ちてきた騎士だろうか。助けられなくてごめんよ。
緑の点はあちこちに散らばっている。転移した場所は結構バラバラだが、みんな同じフロアに転移したみたいだな。
しかしこれじゃ、一人でリンクドアを使って帰るわけにもいかないし、とにかく合流を目指して移動しよう。一番近いのは……この2つの緑が合流しているところだな。こちらに向かって来ているようだし。
赤い点にはなるべく遭遇したくないから、うまく回避できるといいが……
そのとき、遠くで、ゴガーン! バリバリバリといった音が響く。一体なにが起こってるんだ。
◇ ---------------- ◇
「ありゃ、プラズマの罠が発動した音だな」
一体誰が踏みやがったのか……まあ、あんなに派手に罠を踏んで歩くのはリーナ嬢ちゃんくらいだろうが。つまりあの音の方向に彼女がいるってことか。
「ご主人様、近い」
クロのやつは降りろと言ったら小サイズになって、頭の後ろに張り付いたままだ。俺のことを乗り物か何かだと思ってるんじゃないだろうな。
しかし、そんな危険な罠まであるのか、このフロア。まあ、あの
クロが早くしろと言わんばかりに、額をぺしぺしと叩いてくる。いや、罠とかあるからな。そんな急いでは移動できないっつーの。
◇ ---------------- ◇
ここまで、なんとか赤い点を回避してきたが、目の前の少し広い部屋にいるやつだけは回避のしようがない。
丁度この部屋に左から入ってくるルートに緑の点が2つ。ポップアップによると、ハロルドさんとクロのようだ。
幸い赤い点は、右の奧にいるから、気がつかれないように部屋の壁を伝って……
そのとき、始めて魔物の姿を見た俺は思わず固まった。
それは遠目に見ればケンタウロスだ。が、人間の上半身の代わりに磯巾着というか、ひっくり返したイカというか、そんな感じのものが乗っている。
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ネソタウロス(1) lv.16
HP:6,001/6,001
MP:4,825/6,674
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ネソタウロスね。これはあれか。ネッソス(*1)の子孫ってことか? それともゲソタウロスがなまったのか?
単純な強さはメガラプトルと大差ない感じだが……SAN値(*2)が下がりそうなデザインといい、なんだかやな感じがするぜ。願わくば最後まで気づかれませんように。
こっそり壁沿いを緑の点に向かって進んでいくと、俺を見つけたクロがダッシュでこちらに走ってくる。
ば、ばか! 気付かれるだろうが!
焦って、ネソタウロスを振り返ると、バッチリ目?があった。げ、見つかった?!
ネソタウロスは素早く矢をつがえると、そのまま俺に向かってそれを射てきた。身を伏せた瞬間、俺の頭の上を何かが通過したかと思うと、壁がごっそり削られる。うっひょー。これは当たったら死ねる!
続く第2射を警戒してゴロゴロと転がり、岩の影に隠れながらマップを……あり? 赤点がないよ?
そろそろと顔を出すと、ネソタウロスは3本の矢を額?にうけて倒れていた。いつの間に。やるな、クロ。ネッソスの系列だけに弓で射られて死ぬとかね。まさか血が媚薬になったりしないだろうな。
上半身を起こしたところに、クロが抱きついてきた。大サイズのクロは、なんというかそのバインバインなので、ちょっと照れる。
「よう。なかなかハードな人生を送ってるな」
「まったくですよ。あの罠にみんなが巻き込まれたとは思えませんでしたが、一体何がどうなってるんです?」
「どいつもこいつもカール様を追いかけて、罠に飛び込みやがって。おりゃ寿命が縮んだね」
それはまた……嬉しいような、腹立たしいような、微妙な気分だけど、ちょっと嬉しい方が勝ってるかな。
「それより、ここは一体どこなんですかね?」
照れ隠しに話題を変えてみた。
「さあな。どっかのダンジョンの結構奥の方だとは思うけどよ」
「ふーむ。……そうだ、サラディン救世執行官って知ってますか?」
「なんだ突然。そりゃ、聖都の救世軍の幹部のことだ」
「救世軍? 教会独自の暴力装置ってことですか?」
「まあそうだな。とはいえ、教会がその勢力を広げていく過程の時代ならいざ知らず、今や有名無実の集団だとも言われてはいるが……」
そこで俺が考え込んでいると、ハロルドさんが聞いてきた。
「それが襲ってきた奴らってわけか?」
「まあ、そうですね」
「なら、ここはプリマヴェーラの最下層の可能性が高いな」
「え?」
サラディン救世軍に名前を残しているサラディン=ガリバルディは、300年ほど前の研究者らしいが、ガリバルディの種というアイテムの開発者で有名らしい。
「ガリバルディの種は、ダンジョンの早期解放を目的に作られたらしいアイテムで、そのダンジョンの最下層への道を開くと言われてるんだ」
「へー」
しかし見たとおり、全員バラバラの場所に飛ばされるわ、最下層へ出る際にダメージは受けるわ、最大の問題点は上に戻る手段がないというまさに特攻アイテムだったために、使用が禁じられたらしい。
禁じなくても誰も使わないだろ、そんなの。
「ともかく、リーナ達と合流しましょう」
「そうだな。リーナ嬢ちゃんは、また罠を無視して突っ切ってるようだぞ?」
「もしかして、さっきの爆発っぽい音とか……」
「ああ、ありゃ、引っかかったら最後、黒こげになるしかない……はずの罠なんだがなぁ……」
俺たちは顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。
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