第110話 奈落への旅路、再び


リンクドアをくぐると、そこはダンジョンだった。

よかった。リンクは有効なのか。一応入り口は開いているわけだから、厳密には閉じてるわけじゃないもんな。


「みっしょんこんぷりーとなの、です!」


リンクドアをしまって、さて、これからどうすればいいんだ?


「捜索隊に発見されるか、自力で帰るか、だろうな」

「なんだ、じゃあ、外に出ればいいだけですか」


階段あがれば終了だ。


「そうなんだが、捜索規模がどうもおかしい」

「へ?」

「貴族がダンジョン内で行方不明になったとはいえ、まだ3日目だし、浅い階層だし、せいぜいが迷宮騎士団の数ユニットでの探索だろうと思ってたんだけどな」


20を越える冒険者チームが、依頼を引き受けて探索に加わっているそうだ。


「え? なにかすごく割が良いとかですか?」


「さあな。詳しいことは分からないが、リフトハウス本家が出張ってくるには早すぎるし、それ以前に、お前の実家の事情とかよく分からないけどよ」


ハロルドさんが口を濁す。

ああ、パメラ夫人だと、真剣に捜さないかもなぁ……サリナ様はともかく。


「とにかく爆発的に探索チームが増えたのは、教会所属の冒険者達がこぞって参加したかららしいぞ」

「ええ? あの臨時パーティメンバとかの?」

「そうだ。つまり、教会がカール様の行方をすごく心配しているか――」


うん、それはない。


「そうでなきゃ、死んでるかも知れないカール様を、誰よりも先に発見したいんだろうな。理由は、まあ……わからないが」


ハロルドさんが肩をすくめる。


「サンサから王都まで、どっかの大主教の邪魔をしまくってるのが原因って気もするな」


あう。

仮にそうだとしても、そんな直接的な手段に……そういや、ベイルマンとかいたっけ。


「ご主人様、誰か来るのです」


リーナが地上への入り口を指さしながら話に割り込んだ。

マップには、赤点ふたつに白点ふたつ。普通に歩いてきてるから、冒険者のパーティだろう。しかしいきなり赤点ふたつかよ。


「逃げましょう」

「おいおい、ほんとかよ?」

「4人のパーティですが、二人はヤる気っぽいですよ?」

「逃げよう」


全員が敵対しているパーティはつぶせばいいが、半分だけが敵対しているというのがよくない。敵対しているキャラと対立すれば、善意の第三者っぽい二人に不利な証言をされかねない。

俺たちは素早くその場を離脱した。てか、なんだこれ。夜だってのに、結構な数の冒険者がうろついてるぞ?


右も赤2、左も赤1。ぐぬぬ。直進して……おお!白のみパーティ発見。あれに見つけて貰って、連れ出して貰おう。

1Fには罠がない。急いでそのパーティに向かって移動した。



「止まれ!」


どうやら迷宮騎士団のパーティのようだ。おそろいの騎士っぽい鎧に身を包んでいる、4人パーティだ。

カンテラを掲げて、俺たちの顔を確認してきた。


「カール=リフトハウス様のパーティでしょうか?」

「はい」

「ご無事でしたか。捜索依頼が出ていますので、我々と共に騎士団本部までご足労頂けますか」


部隊の隊長っぽい人が、ほっとした感じでそう言った。

まあ、迷宮内で貴族が死んでたりしたら面倒だろうしな。


「捜索依頼? それはご迷惑をおかけしました。よろしくお願いします」


4人の騎士は俺を囲むような位置を確保すると、そのまま入り口に向かって歩き始めた。騎士の人たちよりもノエリアやリーナが近くにいた方が安全な気もするが、まあ、職務だしな。入り口はすぐそこだし、このまま迷宮の外へ……


「がふっ」

「え?」


先頭の騎士団員の鎧の上の首元から、細長い剣のようなものが突き出ていた。

な、なんだ?!


「あーあ、可哀想に」

「貴様! 何者だ!」


先頭の騎士団員が崩れ落ちるのと同時に左右の騎士団員が、俺の前に出る。

一瞬で距離をとった小柄な男が、ふざけた口調でこういった。


「ただ者です」


 --------

 シュルク (29) lv.35 (人族)

 HP:340/348

 MP:218/431

 

 交渉術  ■■■■■ □□□□□

 体術   ■■■■■ ■■□□□

 隠遁   ■■■■■ ■■□□□

 気配検知 ■■■■■ □□□□□

 暗殺術  ■■■■■ □□□□□

 

 斥候

 サラディン救世執行官

 --------


HPやMPやレベルは確かにただ者と言ってもいいかもしれないが……サラディン救世執行官?

シュルクという男は、騎士団員を牽制しつつ軽口をたたき合っている。

突然現れて騎士団に攻撃を仕掛けた直後に、口先三寸で攻撃を行わせないってのも才能か。


うしろから、ハロルドさんが業を煮やして、ささやいてくる。


「なあ、カール様」

「え?」

「もう、めんどくさいからやっちゃっていいか?」


シュルクはそれを聞き逃さずに、ふざけながらこう言った。


「あれ? やるの? ほんとに? うわー、こえー! おっと、やっと時間だ」

「はっ?」


足元に突然広がる黒い空間。


「な、なんだこれは!」


騎士のひとりがそう叫んだ。俺は、俺を囲んでいた騎士と共に、底のない沼地のような穴に急速に沈んでいく。


「転移の罠か!」


ハロルドさんが叫びながら、沈んでいく俺の襟首を掴もうとするが、囲んでいた騎士が邪魔でわずかに届かない。


「ははっ、いいでしょそれ。ダンジョン内でしか使えないけれど、自分の手を汚さずにすむところが最高さ! 早く助けてやらないと、その口はすぐに閉じるから! それじゃあな!」


  ◇ ---------------- ◇


カールが沈みきるのを確認して、襲ってきた男が高速で離脱していく。

瞬間俺はどっちを追うべきか逡巡した。


そのとき、リーナ嬢ちゃんが逃げる男と、沈んだ罠を見比べたかと思うと、いきなり自分で罠に飛び込みやがった!


「ご主人様! とうっ!なのです!」

「こら! ワナに引っかからなかったやつが自分から飛び込んでどうする!」


俺は慌ててリーナ嬢ちゃんをつかもうとしたが、今度も間に合わず、嬢ちゃんは見通しのきかない空間に消えていった。

すぐ側にいたクロが、俺の顔を見て「んっ」とうなずくと、迷わず続けて飛び込んだ。


「おわっ!!」


絶句してそれを見ていると、ノエリアの嬢ちゃんがこちらにむかって、綺麗なお辞儀をした。


「それでは失礼します。えいっ!」


くー、なんつーバカどもだ。ランダムに飛ばされるワナだったりしたらどうするつもりなんだよ!


……くそ、しょうがねぇ。


後で、なにかの目印になるかと、自分の魔力をたっぷりと流し込んだ魔石を壁の隙間に隠すと、俺は、目をつぶって、今にも閉じそうな暗い空間に向かって飛び込んだ。

どうか、死にませんように……神に祈るなんていつぶりだよ、まったく。


  ◇ ---------------- ◇


長いトンネルをどこまでも落ちていくような感覚。


マップには細い1本の線だけが表示されていて、すぐ後を緑色の輝点が追いかけてくる。この考えなしはリーナだな。

俺の少し前に2つと、右方向に白の点があるのは一緒に落ちた騎士だろう。


しかし、あの斥候、救世ってことは教会所属なのかな。ここまでするとは思わなかったな。一体あいつらの罪の量ってどうなってるんだろう。神のための殺人は罪じゃないとでも言うのかもしれないが。


俺たちなら落ちただけじゃ体力的に考えても死ぬことはないと思うけど、騎士の人たちはどうかなぁ。

なんてのんきに構えていたら、どうやら出口らしい部分がマップ上に見えてきた。


  ◇ ---------------- ◇


「ふぅ。追いかけては来ないようだな」


後ろを確認してから、シュルクはガルドの街の門をくぐった。

顛末を報告したら、ガリバルディの種を使ったことに文句を言われるかも知れないが、ベイルマンが返り討ちにあうような奴ら相手に正面から戦うのは馬鹿げているからな。


ガリバルディの種は、300年ほど前の救世軍団長であり研究者であった、サラディン=ガリバルディが、ダンジョンの転移魔法から作り出した使い捨てのアイテムで、転移の罠と同じ効果を持っているが、繋がる先は必ずそのダンジョンの最下層になるというものだ。

つまり、そのダンジョンの最下層に繋がる落とし穴だと思えばいいだろう。


当初はダンジョンの早期解放に用いられたが、転移で戻ってくる手段がなかったため、送り込んだパーティはほぼ戻ってこられなかった。

できたばかりのダンジョンでテストした組だけが、わずかに戻ってきたらしいが、その時の記録によると最下層到着時にHPもMPも1/10になっていたそうだ。


それらの結果、最終的には使用が封印され、以来ずっと教会が保管し続けていたという。今回は念のためにと配給されたわけだ。


「おっそろしげな仲間とも切り離せたし、妥当な使用ってもんだろ」


直接始末できたワケじゃないが、ま、いいか。所詮カール=リフトハウスはDランク冒険者だ。騎士が2~3名加わったところで、最下層から生還できるはずがない。


シュルクは、あの後カールのパーティメンバが罠に飛び込んだところを確認していなかった。まさかそんなことをする者がいるなどということは、想像のらち外だったのだ。


「しかし、すぐに残ったパーティが追いかけてくるだろうしな。夜明けを待たずに、さっさとガルドをあとにして、王都北あたりに逃げ込むとするか」


夜目が利くのか、アジトに向かって駆けだした小柄な男は、すぐに漆黒の夜に溶けていった。

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