第6話 vs スワンプリザード防衛戦(後編)
まずいな……
幾度となく剣を振りながら、俺はそう感じていた。
最初の1匹を倒した後は、もう作業だ。
仲間の血の臭いに誘われたスワンプリザードがやってきては、入り口から顔を出し、あの嬢ちゃんと俺がそれを撃退ってのをひたすら繰り返しているだけだ。
しかし、倒しても倒してもスワンプリザードは減ったような気がしない。それどころかどんどん圧力が増しているようにすら思える。一体何匹いやがるんだ?
そのとき、同時に二匹が顔を突っ込んできて、上の一匹は跳ね上げ対処したが、下の一匹の鼻面を避け損ねた。
「ぐわっ」
痛ってぇ。このままじゃヤバい。嬢ちゃんのほうも、上のヤツの対応で手一杯だ。
そのとき、後ろのカールがいきなり声をかけてきた。
「ハロルドさん! 一旦入り口をふさぎますから、少し下がって!」
ふさぐ? 何を言ってる? 下がれだと?
「ふさぐって、どうやって?!」
足元に近づいてきていたヤツの顔を思いっきりけっ飛ばしながら、そう聞いてみた。
「見ていればわかりますよ! リーナも下がるんだ」
「はい、です!」
その言葉にしたがって、入り口から少し下がってみたものの、スワンプリザードは次々と入り口に頭を突っ込んできている。どうするんだ? 一体。
カールのやつが、入り口に向かって左手をかざしている。おい、そんなんで本当になんとかなるのかよ!
そう思った瞬間、カールがなにかをつぶやいた。
それと同時に入り口付近で、いきなり発生した、ズゴワーーーンという凄い音に驚いて振り返ると……巨岩で入り口がふさがれていた。
「?! なんだそりゃ!!」
◇ ---------------- ◇
倒しても倒しても、襲ってくる敵の数が減るどころか増えてるようにすら感じられるな。
……さりげなくマップを確認してみると、小部屋の入り口回りに無数の赤い点。あちこちで勝手に死体をあさっていた沼中の個体がこっちに集まってきてるのか?!
「ぐわっ」
うわっやっべ、ハロルドさんが攻撃された! こりゃ入り口をさっきの巨岩で蓋をして、一度立て直しを計るしかないな。
問題は所持の腕輪の中のものを、任意の位置に取り出すことができるのかってことだ。手の中に出現したりしたら、みんなでつぶれてあの世行きだ……
「ハロルドさん! 一旦入り口をふさぎますから、少し下がって!」
ふたりが下がったところで、俺は入り口に向かって左腕をかざす。そして巨岩を意識すると、淡い光で巨岩サイズのワイヤーフレームが現れて、頭の中に文字がひらめく。
「サブスタ」
とつぶやいた瞬間、入り口の向こう側には、さっき収納した巨大な岩石が実体化……って、ええー?! こんなに大きかったの?!
ズゴワーーーンと凄い音を立てて入り口をふさぐ形で出現した巨岩。
周辺の赤い点が、あっという間に消えていく。
「?! なんだそりゃ!!」
「さすが、ご主人様なのです!」
力一杯尻尾を振りながら賞賛の声を上げるリーナ。
ハロルドさんは、あごが外れるくらい口を開いているけれど、無理もない、俺だってビックリしたよ。
「ハロルドさん、足は大丈夫ですか?」
「ああ、まあ……少し削られただけだ。しかし、治療する手段もないし、このままじゃジリ貧だな」
少し焦ったような顔をしながら、ハロルドさんが答えるのと同時に、奇妙な音が聞こえてきた。
くきゅるきゅるきゅる~
「ん?」
リーナが顔を真っ赤にして、両手を突き出し、手のひらをこちらに向けて、なんでもないとバイバイポーズで手を振っている。
「な、なんでもないのです」
「……おなかの音?」
「こ、こんな時に、申し訳ないのでありますですー!!」
今度は頭を地面にこすりつけて、平身低頭謝っている。
耳がヘタってなってて、ちょっと可愛いじゃないか。
「いや、謝られても。そういえばお腹、へったな」
「減った、です」
あ、復活した。
「日帰りの予定で街を出たから、そんなに携帯してないな。今あるのは、これだけだ」
そういいながら、ハロルドさんがせいぜいが1人前程度の干し肉を取り出した。
いやリーナ、よだれ出てるから。よだれ。
「ほら、食べるか?」
「ご、ご主人様、どうぞなのです!」
リーナは、小さな干し肉を俺に差し出してくる。
いや、お腹空いてるのはキミでしょ。しかし、食料か……
「ハロルドさん。あれ、食べられませんかね?」
「スワンプリザードか? 毒はないし食えないことはないだろうが、生はちょっとな……」
そういえばこの部屋には薪になるようなものがなにもない。火の魔法でも使えればいいんだろうけど、そんなもの使えないしな。
悩んでいても始まらないので、とりあえず腕輪からギンギン24を取り出してふたりに渡した。
「まあ、これでも飲んで一休みしましょう」
ギンギン24は、いわゆる栄養ドリンクとかエナジードリンクとか言われるもので、スクリューキャップの瓶に入っている。効果はともかく、中々クセになる味のため、向こうの世界では、つい飲んじゃっていたものだ。
「お、すまねーな。ってこれはどうやって開けるんだ?」
「フタを持ってこう、ひねって下さい。反対にひねると閉じることも出来ますよ」
「ふーん」
ごくりとそれを飲んだハロルドさんの瞳が大きく開かれる。
「なんだこの飲み物、なんだか後を引くな! しかも冷えてるぞ」
「おいしい、です。こんな飲み物は初めてなのです」
未だに冷えてるってことは、腕輪の中の時間は止まっているか、長期間状態を維持できるか、温度が調整できる機能がついているんだろう。
さてと。一息ついているうちに、彼女をどうにかしないとな。
と、俺は、ぐったりと部屋の奥に横たえられている女性に近づいていった。
--------
ロクサーヌ (17) lv.3 (人族)
HP:11/48
MP:3/41
所有者:ギョーム=ネルヴィル
SP:12
生活魔法 ■■■□□ □□□□□
重力魔法 ■■□□□ □□□□□
ノエリア=シエラ=ラップランド
--------
あれだけ酷く言われて棄てられたのに、いまだにギョームが所有者なんだな。
今は傷だらけになってしまっているけれど、長い手足と小さな頭、少しだけ覗く顔の造作だけ見ても、凄い美人だったことは間違いない。
横たわっていても崩れることなく服を押し上げている胸が、規則正しく上下しているから、一応怪我の痛みなどは癒えているのかな。
「大丈夫?」
「……」
「生きてる?」
「……ご主人様に棄てられるほど価値のなくなった奴隷など、放っておいて下さってもよろしかったのに」
傷ついた顔を隠しているのか、彼女は向こうを向いたままそう答えた。
「ボクはカール。目の前の困っている人を放っておくなんて出来ないよ」
「……」
「自己満足とか子供の戯言とか言われちゃうかも知れないけれど」
「ノエリアです」
「え?」
ロクサーヌじゃないのか? そう言えば、なんだか妙な称号が……
「私の名前です。ギョーム様には、ロクサーヌという名前を頂きましたが、私は……」
「ノエリアか。良い名前だね」
「……カール様はお人がよろしいのですね」
「そう?」
「奴隷が主人の与えた名前を名乗らないなど、不敬にも程があります。許されないことです」
「大丈夫。ギョームは立ち去る前に『あの女もくれてやるから』って言ってたから。キミはもうボクのものだから」
10歳のガキが17歳の女性に向かって、ボクのものって。元の世界でこんなガキを見たら絶対殴ってる自信があるな、俺。
汚れた手を、彼女の肩にかけながら、
「だから、ノエリアって呼ぶよ」
とそう言った瞬間。
(血の交換と共に、名付けの儀が為されたため、隷属契約が上書きされました)
はえ?
--------
ノエリア (17) lv.3 (人族)
HP:11/48
MP:3/41
所有者:カール=リフトハウス
SP:12
生活魔法 ■■■□□ □□□□□
重力魔法 ■■□□□ □□□□□
ノエリア=シエラ=ラップランド
--------
淡く輝いた隷属の首輪に触れたノエリアは、自分の所有者の変更に気がついたようだった。
突然こちらを振り返ると、まだ見えている片方の目でじっと俺を見つめて、抉れた左胸が大きな傷になっている体を見せつけながら、自嘲気味にこう言った。
「私の価値など、この顔と体だけでしたのに。それすら、もう無価値になり果てました。それでもよろしいのですか?」
いや、生チチとかちょっと刺激が強いんですけど。
俺は、顔を赤くしながらうつむくと、
「ボクは今のままでも、とても綺麗だと思うよ」
と言いながら、残っていた最後のポーションを差し出すのが精一杯だった。
(カールの祝福をノエリアが受け入れました)
ありゃ。
「おい!」
ノエリアにポーションを受け取らせたところで、突然ハロルドさんが声を上げた。敵か?!
「なんだこの飲み物は?!」
は?
「エナジードリンクですけど。お口に合いませんでしたか?」
「いや、なかなか旨かったけど……そうじゃない。これを見ろ」
そこに突き出された左足。……左足? そういえばスワンプリザードにかじられて結構な怪我をして……傷が、ふさがってる?
「この『エナジードリンク』とやらを飲み終わったら、いきなり体力や魔力が回復して怪我が癒えたぞ? こんなデタラメな効果がある飲み物って、一体何だ、どうなってる?!」
「どうなってると言われても……ラッキー?」
「らっきーってなんだ? 何かのマジックワードか?」
確かに死にたくないって言ったけどさ、シールス様やり過ぎなんじゃ……のりが良いからなぁ、あの神様。
「きゃっ!」
今度は何?
「ご主人様! 私の目が、体が……!!」
どうやらノエリアは、ポーションを飲んだようだ。つぶれた目が元の形を取り戻し、体中の傷が消えて無くなる。もちろん抉れた胸も、何事もなかったように美しいシルエットを取り戻していた。
いや、もう、子供には目の毒ですから。
「ほほう。これはこれは……」
「きゃっ」
眼福、眼福といった様子で眺めるハロルドさんに気がついたノエリアは、両腕で胸を隠した。
まったく、遠慮しろよこのオッサン。
「はは。ほら、これでも巻いておきな」
と、自分の持ち物から少し大きめのシーツのような布を取り出し、ノエリアに渡した。
真っ赤になりながら、それを受け取って胸に巻くと、トテトテと俺の方に歩いてきて、そうして俺を包み込むように抱きしめた。
「ありがとうございました。私の全ては、もうご主人様のものです。誠心誠意お仕えさせていただきます」
きゅって抱きしめられると、丁度胸が顔にあたって、何これ、どこの天国?
「え、あ、いや、その……よろしくね」
「はい」
「おーおーおー、やるなガキんちょのくせに」
うっせーよ、黙ってろおっさん。
ま、色々あったけど、ちょっとは運が向いてきたんじゃないの?
巨岩をもう一度収納して入り口を開け、再度少数を退治しながら、入り口に殺到してくるのを待つ。そこで巨岩を出して大量に討伐&怪我したらギンギン24で回復……を延々繰り返してれば、そのうちなんとかなるんじゃないかな。
おお、なんか助かるかもーな展望が、見えてきましたよ?
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