第55話 セントハウンド・ヒョードル
「つまり、スタンピードによってコートロゼが壊滅に近い被害を被ったから、今年の税を減免して欲しいと言うことかね?」
宰相レアンドロス=バウアルトがそう聞いた。
ここは王国の執務会議室で、国王サマルカンド様を筆頭に、私および、各部局の長官達が、執務官の報告を聞いているところだ。
現在は今期の税の補正分についての話し合いが行われている。
「は、確かにそのような書状が送られてきております。できれば援助をともありますが……」
執務官がそう答える。
「あの辺りは、どうも最近騒がしいと聞くが」
眉間にしわを寄せながら、サマルカンド王が尋ねると、内務長官が起立して、
「先日も、サンサの街におけるスタンピードが報告されております」
と報告した。それに便乗する形で軍務長官が、
「ハイランディア辺境伯からもバウンドにおける竜種の痕跡の報告や、支配種発生の報告も届いております」
と続ける。
ふむ。あの周辺は一体どうなっているのだ? どのみち調査は必要か、と国王様を見ると、うなずき返された。
「まあ、考慮せぬわけにはいかんが、現状の確認は必要だな。事前情報が与えられぬ分、過酷な調査になるかもしれんが……誰か適当な税務調査官はいるか?」
「この時期ですからな。みな出払っておるでしょう」
財務長官のヒョードルがそう言った。
いかん、あの男があの顔をしている時はろくでもないことを考えているときだ。
悪ガキだった学院の頃からずっと変わらん。
「しかたがないので、儂が行ってこようと思います」
なんだと?
「国王様もお気にされているご様子。あのあたりは王国の胃袋を担う大穀倉地帯ですし、このまま捨て置くわけにも行きませぬ。なに、集計作業などに儂がいても何の役にもたたんから、たまには昔を思い出して、現場に出向くのも良かろうというものです」
「わかった、ヒョードル。時間も限られていることだし、調査および税率の決定と通知はそちに一任する。頼んだぞ」
「はっ」
税務調査官時代は、どんなに巧妙に隠された財産も掘り起こし、セントハウンドと恐れられた男だが、いったい何の目的で自ら出向いたりする気になったのか。
これは出発前に、学院時代の貸しを返して貰わねばならんかもしれんな。
◇ ---------------- ◇
「おい、ヒョードル」
「ん? これはこれは、バウアルト侯爵様ではありませんか。で、どうした?」
「どうしたじゃないだろ、なんだよさっきのあれは。一体どういうつもりだ」
「どうもこうも、人手が足りないから、暇そうな儂が調査に行くんだよ。それに儂なら、その場で税率を決定して徴税できるしの」
そろそろ冬小麦は刈り入れ時だ。情報を上げてから税率を決定して、また徴税に向かうようなことをしていては時間が掛かりすぎるのは確かだが……
「それで、本当のところはなんだ?」
「相変わらず疑り深いヤツじゃのう」
「お前がその顔をしているときは、絶対何か良からぬことを考えている時なんだよ」
「心外じゃのう。まあ、サンサの街に天使が舞い降りただのいう戯れ言にも興味がないわけじゃないがの。儂はただ、お前の孫がコートロゼの代官になったというから、様子を見に行こうと思っただけ……」
「なんだと?」
「ははぁ、アル・デラミス王国の大宰相様のところへは、一地方都市の代官人事の情報などあがってこんか。内務局内で完結する案件じゃしな」
「しかしカールはまだ10歳くらいのはずだろう……いくらなんでも」
「それがちゃんと着任証書が出されておったよ。署名者は、サリナ=ベンローズ=リフトハウス。よっぽどの天才か、単なるやっかい払いか、はたまた何かの陰謀か。どうじゃ気になるじゃろ」
たしかに、可愛いマレーナの忘れ形見で、私にも可愛い孫だが……10歳の代官? しかも場所がコートロゼだと? いくらなんでも……
「まあ、まかせておけ。きちんと様子を見てきてやるよ、レアン」
ヒョードルが昔のように気楽な感じで呼びかけてくる。「儂」とか「じゃ」とかみんなポーズだからな、こいつの場合。まあここは仕方ない……
「よろしく頼む」
と頭を下げておいた。
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