第54話 リッチとファッションショーと趣味の世界
「カール様。なにやら、黒髪のリッチのような方がお訪ねになられているのですが」
ダルハーンが、額に汗をにじませながら、そう伝えてきた。
リッチ?って魔物の? そんな人に知り合いはいないはずだけど……黒髪? ってまさか……
「お待たせいたしました、カール様。ご注文頂いた作品が完成いたしましたので、早速お持ちした次第でございます」
と、そこに立っていたのは、布で覆ったトルソを肩に担いだ、人相の変わり果てたエールメースだった。
頬がげっそりこけていて、眼窩も大きく落ちくぼんで凄いクマができているが、目はギラギラ輝いていた。確かにリッチっぽい。イケメンが台無しだぜ。
こいつ絶対3日間、食事も睡眠もとってないな。しかしリッチなエールメース。ちょっとくすっとなったが、どうせ誰にも通じないしなぁ……
ダルハーンに、クロを呼んでくるように申しつけてから、エールメースに椅子を勧めた。
「キミ、大丈夫かい?」
「はっはっは、もちろん絶好調ですとも。ああ、早くこれをクロ様に着ていただきたいものでございますな」
うわー、もう露骨に徹夜ハイだよ。
「失礼いたします」
ノックと共に、ダルハーンが、クロとノエリアを連れて入ってきた。
「おお、クロ様。お召し物はこちらでございます」
と勢い込んで立ち上がったエールメースが、トルソを抱え、さっそくお着替えをとか言って、クロを寝室へ誘おうとしたが、ノエリアに遮られた。
「殿方のお手を煩わせることもありません。補助は私が」
と言って、トルソを受け取り、寝室へ消えていった。何で泣きそうな顔をしているのエールメース君。
「そういや、ザンジバラード警備保障の制服も、君のところに持ち込まれたんだって?」
「さようでございます。シャツの内側の急所を守る部分に革の補強材を入れたいとかで、革も扱えるうちに持ち込まれたようですな。結構な数だったようで……若い者達の良い修練になることでしょう。ありがたいことでございます」
「目が覚めるようなブルーのシャツで、なんだか格好良かったと聞いているよ」
「そういえば、あの『警備服』とか申しましたか、あのデザインもカール様の発案であったとか」
「基本シルエットだけね」
もちろん、日本の警備会社の制服をパクってきたわけなんだが。
警備って、格好良くて、威圧がそこそこで、人に頼られそうな服装じゃないとダメだもんな。
「あれもなかなか素晴らしいデザインでしたな。近衛兵のような豪華絢爛な鎧姿より、ずっと街の中にとけ込み易く、清潔で、それでいて頼りがいがありそうな……まさに民衆のための衛兵と言ったところでしょうか」
まあね、なんて話をしているうちにクロの準備ができたようだ。
早速エールメースが立ち上がって、クロの様子を見に駆け寄っていく。次にクロを連れて寝室から出てきたときは、トルソにかぶせてきた布をクロに巻き付けていた。
「それでは、皆様、こちらをご覧下さいませ!」
ジャジャーンという効果音が聞こえそうな勢いで、クロから布を取り払うエールメース。
おおお、これ、これはー!
そのコスチュームは、クロの肉体の
「さ、クロ様、少しお歩き下さい」
室内には、コツコツというクロが歩く音だけがこだまする。
それは実に正当?なダークエルフのコスチューム。ボンデージなスリーインワンを更に上と下にのばし、ノースリーブなハイネックに仕立て上げているが、胸元はぐっと菱形に開いていて、カップ部分が突き出される形状になっている。
下は、ガーター一体型のデザインで、ニーソの長さで革のブーツへと一体化していて、関節部分の裏側には、柔らかなリンドブルムの喉の革が使われているらしい。
つまり、まず革のビキニ状態になって、その上からこのスリーインワン風のブーツ付きのワンピース?を身につけるわけだ。
「こちらをご覧下さい」
クロをくるっと振り返らせて、その凶悪にな胸の上に革で絞ってできた菱形部分を指さす。遠目には裸だが、近くによると、そこにはほぼ透明ななにか膜のようなもので覆われていた。
「防具ということですので、胸元のように開いた部分には、これを利用しているのでございます」
と彼が取り出した透明な……なにこれ、布?
「これは、お預かりしたリンドブルムののどの皮を、ほぼ透明になるように処理、加工した素材なのです」
なんと。皮職人って、そんなことも出来るのか。
何で普及してないの? と聞いたら、そもそも素材が普及させるほどないらしい。そこらのちょっと強いモンスターくらいの皮では加工に絶えられないそうだ。なるほど。
ダークエルフの肌の色を考慮した透明化で、ほとんどなにも身につけていないように見えるのだとか。さすがはマニアのエールメース。凄い拘りようだ。普通そこまでするなら前を開かせたりしないだろ。
「もちろんおわかりだと思いますが、絶対に必要なのです。胸部のスリットは!」
というエールメースと俺は、そのばでがっちりと握手した。くっくっく、その通りだよ、エールメース君。
ダルハーンがあきれた顔をしているように見えるが、まあいい、彼にはまだ早いのだ。たぶん。
「さらに、人体の急所にあたる――首や内臓を覆っている部分――には、革の立体加工に添わせる形で鱗を裏地との間に挟み込ませました。竜鱗を加工する秘技によって完璧に曲線を一致させてありますので、着心地に影響はないはずです」
胸を張って、目をきらきらさせながらそう説明するエールメース。
というか、竜の鱗って加工できるんだと聞くと、鍛冶の世界、ドワーフの秘技に、竜鱗を加工する技術があるのだとか。そんなものが使える職人がコートロゼにいるんだ。是非紹介していただきたいな。
「いえ、それはやぶさかではないのですが、ダグのやつはちょっと変わったところがございまして……その、失礼を働きかねませんので」
と煮え切らない。ん? ダグ? それって、ハロルドさんが言っていた、コートロゼナンバーワンの? 偏屈で仕事しねーしねーの?
「それって、コートロゼでナンバーワンだという、偏屈なお爺さんのダグ?」
「ご存じで?」
「ええ、まあ。直接あったことは無いんですけどね」
そっかー、じゃ後でハロルドさんから紹介してもらえばいいか。
「お尻の部分は特に力を入れました」
とお尻を指さす。俺はとことこと歩いていって、そこにしゃがみ込んだ。
むう、素晴らしい立体裁断だ。まるで革がクロのお尻の延長のように張り付いている。まさに職人芸。この縁の部分など――
と思わず手をのばしたら、ピシっとノエリアに叩かれた。
「最初は私のお約束です」
とこっそりささやいたあと、ちょっと顔を赤くして引き下がった。そういや、契約がどうとか言ってたっけな……
その顛末を、となりで微笑みながら見ていたエールメースに、その生暖かい視線をやめろと目力で訴えてやると、あわててゴホンと咳をして、
「あ、あー、そして、最後はこれでございます」
と、うやうやしく木の箱を取り出すと、その中には、薄く柔らかな革の手袋が入っていた。
プリンセスグローブとかウエディンググローブとか言われるあれだ、肘上まであるロンググローブだ。それでノースリーブデザインだったわけか。あとはマントを着せれば完璧だ。分かってるなエールメース。
俺たちは再度がっちり握手した。
「弓をお使いと伺いましたので。左手用は中指の付け根の一点止めで甲のみを覆い指は出しておりますが、右手用は同じデザインで、三指を覆い、三ツカケにいたしました」
そのグローブはクロの腕に吸い付くようにはめ込まれた。おいおい、皮素材だから伸縮性は化学繊維に遠く及ばないだろうに、これも立体裁断なのか。
「素材はリンドブルムの腹側の皮を柔らかくしたものなのですが、使用者に竜種のクセを感じさせないよう、正確に腕の形に裁断してございます」
す、すげー、あんたすげーよ。変態、あ、いや、マニアだけのことはあるよ!
「カール様でしたら、必ずご理解いただけると信じておりました。類は友をなんとやらなので……ございます」
クスクスと笑いながらそういったエールメースは、いきなりばったりと倒れ込んだ。
「おい、大丈夫か?!」
驚いて近寄ろうとしたが、ノエリアに遮られた。
彼女はしばらく彼の首に指を当てた後立ち上がって、
「お休みになっておられます」
とあきれたように言った。
やりきって満足したのだろうか、すごくいい笑顔でいびきをかいているエールメースをみて、職人って凄いなぁと再認識した。
「どうだ、クロ」
「すごくぴったりしていて気持ちいい」
クロはなかなかご満悦のようで、ニコニコしながら部屋の中で歩いたり腰をひねったりしていた。
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