第92話 学校の必要性と次の休暇の計画と王家のお誘い
「まあ、あまりに席数が多くてフロアの従業員が足りないようなら、セルフサービスのお店にしちゃえばいいですから」
「セルフサービスですか?」
「客はカウンターで自分で注文したものや、大皿の料理を勝手にとって、最後にお金を払ってから席に持って行って食べる形式ですよ」
「ほう。つまり好きなものだけを自分で勝手にとれるというわけですか」
「そうです、それでとった分だけ支払うのです」
「あ、いや、それは……」
「?」
話を聞いてみると、この方式には問題があった。
例えば唐揚げ1個で銅貨1枚みたいな設定にすると、計算できない人が大勢いるのだそうだ。
キミたち、日頃どうやって買い物をしてるんだよ? と思ったが、言われた金額に対して高いだとかで値切ることはあっても、基本その金額を払っているのだそうだ。
ぐぬぬ。これは早く学校を作らねば……
「では店舗だけ探しておいて貰えますか。人がたくさん集まる場所の側で、なるべく広い路面店がいいですね」
「それはまた難しい条件ですが……わかりました、捜してみましょう。……王都以外でも必要ですか?」
王都以外か。もともとこれで事業をしようなんて考えていた訳じゃないしなぁ。
亜人がなんとなく嫌いっていう空気感は、別に亜人になにか被害を受けてというより、最近の教会がそうだから、みたいなふんわりしたところがあるんだよな。
聞くところによると、別にそういった法があるわけでもないし(冒険者は亜人も多いし、そんな法作れっこない)、単に亜人でも気持ちよく食事をできるところを作って、触れ合ってもらうことで、なんとなくそういう空気を吹き飛ばしたいだけなんだ。
「そうですね。ただ、同業者の邪魔をしたいわけではないので、亜人がいるけれども暮らしにくそうな場所を優先することと、周りの排斥しないお店が不利益にならないように卸の営業とかもお願いします」
「かしこまりました」
◇ ---------------- ◇
館に戻りながら、これからやるべきことをいろいろと考えていた。
ベイルマンにも襲われたことだし、もはや教会のとある一派との対立は避けられないにしても、こうなってくると、やってること自体は教会の人族至上主義者と変わらない気がしてくるよな。アプリコートはどうしてるんだろう。
ふうとため息をついて空を見上げる。
社会インフラとしては、学校が必要だろ? せめて簡単な計算くらいは全員できるようにならないと。
しかしどうやって住民にそれを納得させるかな。少し前までなら給食で釣る方法が使えたけど、今となっては、ちょっと弱いか。もっと早く習慣化させとけば良かったな。
あとは、エルダーな人の本?もチェックしないとな。歴史的書物だし、サヴィールに丸投げして研究者に渡してもいいんだけど、いまいち教会を経由させたくない気持ちもある。仕方がないから読んでから決めよう。読みたくないけど。
あ、リヨン公に水晶の輪も届けなきゃいけないか。しかし何て言ったものかなぁ。下手をすると公爵を脅迫に来た男になりそうだし。
今はメモ板で凌いでるけど、安価な紙も早くなんとかしないと、羊皮紙代が馬鹿にならないしなぁ……はあ、やることが一杯だ。
「ご主人様?」
とリーナが俺の顔を覗いてくる。
「大丈夫、です?」
「うん。大丈夫。ここのところちょっと忙しかったな、と思ってさ」
「リーナは、楽しかった、です」
と元気に言った。ああ、昨日のあれね。
「そうだな、ヴァランセ関係が一段落したら、どっか旅行にでも行こうか。今年の徴税も決まったことだし」
「旅行、です?」
「うん。リーナとノエリアは、どっか行きたいところ、ある?」
「おいおい、カール様。こないだの休暇からまだ1月しか経ってないぞ。そんなにほいほい代官がうろうろしてて大丈夫なのか?」
「ハロルドさん、あれは絶対休暇じゃないですから!」
「まあ、一応、
あのトンネルのおかげで、カーテナ川の向こう側の探索が結構進んでいるらしい。
魔物素材の入手依頼を始めとして、未知の領域だけに探索依頼も多数出ているのだとか。
「探索って、依頼主は誰なんです?」
「主にどんな素材がとれるのかを気にする商人やギルドだな。未知の素材の発見は、利益以上に名誉も得られるからな」
「そういうものですか」
「そういうものなんだよ。カール様は名誉にはとんと興味がなさそうだけどな」
いや、目立ちたくないだけで、少しくらいはありますけど。
「目立ちたくないのは、もう手遅れだと思うけどな」
「ご主人様は、どこか行きたいところがあるんですか?」
とノエリアが聞いてくる。
うーん、行きたいところね。それ以前に他の場所のことをよく知らないし。観光地ってあるのかな?
「観光地? まああることはあるが」
「へー、どの辺りです?」
「有名所だと、王都や聖都だろ。あとは、ディアスを中心にした赤と白の峰と、それから、ガルドだな」
「ガルド?」
「別名、迷宮都市。複数のダンジョンを持った都市で、コートロゼとは違った意味で魔物で食ってる街だな」
「ダンジョン、です!?」
いきなりリーナの目が輝く。刺激に飢えてるの、キミ?
「ダンジョンって、大魔の樹海と何か違うんですか?」
「大魔の樹海は危険なだけだが、ダンジョンには分かりやすい一攫千金の夢があるってところか」
「なんですそれ?」
「出るのさ、お宝が」
ダンジョン内には、なぜか宝箱が登場し、中には非常に有用な魔道具が入っていることがあるらしい。
「ほら、アイテムボックスだって、レリックがどうとか言ってたろ?」
「ああ、確かに」
「最も有用な魔道具は、レリックと呼ばれて、それひとつで一生どころか十生くらい遊んで暮らせる金になるんだよ」
へー。じゃ、冒険者はみんなそこを目指すのかな。
「ハロルドさんは行かないんですか?」
「ん? 行ったぞ。忘れたのかよ、隠蔽の腕輪」
あ、ああ。あれか。そういやガルドがどうとか言ってたような気も。
そういや、カリフさんも救命のフィタを頼んだとき、ガルド産が多いとかなんとか。あれから2本仕入れてくれたけど、やはりガルド産だったっけ。
「ま、あれはレリック級には全然届かない魔道具だけどな」
それでも、あれは助かったっけ。というか、今でも助かってるな、とノエリアの左手首をちらっと見た。
しかしそんな場所なら、コートロゼで活躍できるような一流所は、ガルドに行けばもっと儲かるんじゃ?
「それはどうかな。ダンジョンの罠とか、ちまちましたものが嫌いな冒険者も多いし、それに――」
それに、いつも宝が出るわけじゃないから、平均的な素材価格や討伐価格としては、大魔の樹海の方が圧倒的に上だし、未知の世界の探索的な喜びも大きいのでそちらを好む冒険者も多いのだとか。
「考えてみろよ。探索の喜びってことだけで言えば、カール様が作っちゃったトンネルのおかげで、街から1時間もかからずにダンジョンの探索が終わっている最下層に行けるようなものなんだぜ?」
ああ、そうか。それで最近、あまりに見かけたことのない冒険者が増えたのか。
「まあ、そういうことだ。ダンジョンにはダンジョンの良さというか緊張感というか、そういうものがあるから、それを好む冒険者も多いけどな」
それにダンジョンと階層で出現する敵が決まってるので、レベリングもしやすく、中堅の冒険者には向いているのだとか。
まあなぁ、コートロゼに中途半端なレベルできたら、そもそも街の外に出られないもんな。
「いくです? いくです?」
リーナが目をきらきらさせながら、くるくる俺の周りを回っている。
「そうだな。遠いんですか?」
「
「じゃあ、時間ができたら一度行ってみましょうか」
「了解」
「やったー、です!」
「でも、ご主人様。それって休暇なんですか?」
それを言わないでよ、ノエリア……
◇ ---------------- ◇
「かかか、カール様!」
領主の館に帰ると、ダルハーンが慌てて駆け寄ってきた。こいつ、最初に比べて落ち着きが無くなってきたな。
「そ、それどころではありません! これを」
と銀の盆に載せて差し出されたのは、やたら豪華な封書だ。取り上げて封蝋を確認したら――
「おいおい、そりゃ王家の紋章だぜ?」
おうふ。確かに。インバークの机にあったのによく似ている。
「先ほどギルドから使い魔便で届けられました」
使い魔便は、空を飛ぶ使い魔を利用した、王国最速の手紙を届けるシステムで、民間では冒険者ギルドや教会が運用しているが人員が少ないため、基本、王都/聖都発の往復便しかなく、ものすごく高価なのだとか。
そんな便で、何を送ってきたんだよ。嫌な予感しかしねぇ……
俺は黙って封蝋を剥がした。
「これは――」
それは、招待状だった――王太子の14歳を祝う晩餐会への。
「なぜ?」
一応貴族だとはいえ、当主でもなんでもない俺宛の招待状。これで、ヤイラード宛の招待状が届いてなかったりしたら、またぞろ後継問題が再燃するだろ!
「これ、断ることは」
「「「できるわけない」でしょ!」だろ!」
いや、そんな、スコヴィルとハロルドさんまで一緒に言わなくても。
そのとき、封書からもう一枚の小さめな羊皮紙が滑り落ちた。なんだ?
それを拾い上げて読んだ俺は愕然とした。
どうやら王太子の直筆(最後にサインが入っていた)っぽいそれには、貴族的な回りくどい文章がながながと綴られていたが、つまりは要約すると、
『マリーを貸せ』
という意味だった。
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