第71話 司祭代理と腕輪販売と統治予算

「結局、アプリコート司祭は、シールサの教会裁判所送りになりそうです」


領主の館でお茶を飲みながら、教会側の先日の顛末をわざわざ話しに来てくれたサヴィールがそう言った。


あの後はまず食料の始末が大変だった。俺の腕輪にしまってしまえば良かったのだが、4人のゴロツキや埋まっている司祭や、騒ぎを聞いて駆けつけてきたザンジバラードの連中がいて、その場で腕輪を露骨に使えなかったのだ。

一旦、人力でエンポロス商会の流通拠点センターに積み上げた後、腕輪にしまっておいた。そうだ、流通拠点は、単にセンターと呼ぶことになったようだ。


「それにしても、食料を買い取っていただき有り難うございました」


とサヴィールが頭を下げる。


教会の今年の予算は全て食料購入に回されていて、金貨どころか、小金貨すら残っていなかったそうだ。

このままでは数日で破綻するのは目に見えていたので、教会に恩を売る形でエンポロス商会が全てを買い取ったのだ。お借りしている袋は1/300ですからね、と笑っていた。


「それで、次の司祭様がいらっしゃらないそうで、私が司祭代理に任命されてしまいました……」

「へー、それじゃ忙しくなるんだ。ゾンガルさんが寂しがるな」

「いえ、ゾンガル様の所へは今まで通り、とはまいりませんが、できるだけ通わせていただければと」


どうやら、ドワーフのところで働いている気さくな助祭は結構有名らしく、亜人ともだんだん仲良くなれていて、教会のイメージ回復にも役立っているのだそうだ。まあゾンガルさんがいいんなら、なんでもいいんだけどね。

そうだ、サヴィールの助祭称号は司祭代理に変わっていて、聖魔法のレベルが3になっていた。秘跡サクラメントゥムが許されたってことだろう。やはり称号にもそういう効果のあるものがあるんだな。


  ◇ ---------------- ◇


サヴィールが帰った後、カリフさんが、ふらふらしながらやってきた。


「カ、カール様」


心なしか顔色がよろしくない。なにかあったのかな?


「どうしたんです、なんだか体調が悪そうですが。回復魔法でもかけますか?」

「い、いえ。ちょっと、非日常的な状況に遭遇して、めまいがしているだけですので」


なんのことやら。


「それで、今日は?」

「はい。実は、例の腕輪なんですが、とりあえず、No.20台の標準シリーズだけ売りに出してみたのです」


ああ、そういえば。でもあれから数日しか経ってないけどな。


「最初ですので、オークションや直接販売は行わず、ランドニール様の製品を参考に最低価格を算出して、商業ギルドの高額商品販売のシステムを利用させて貰ったのです」


へー、そんなものがあるのか。と感心すると、手数料はしっかり取られますけどね、とカリフさんが笑った。


「バウンドまで来なくても、通信の魔道具を備えた大きな商業ギルドの窓口で、設定した期間または設定した件数になるまで入札して貰い、高値をつけた人から売却するといったシステムなのですが――」

「売れなかったんですか?」


「高額商品だけに、期間を一月ひとつきに設定して、念のために件数も200件に設定したのですが……瞬殺でした」

「は?」

「あらかじめ予告していたとはいえ、最初の1日どころか、一瞬で200件が埋まったのです」


最低落札価格未満の入札はカウントされないので、つまりは、最低落札価格以上の注文が227件あったということだ。

27件は通信が行われるタイミングによってはみ出した注文だが、これは件数内としてカウントされるそうだ。


「ちょっと予想外の注文状況ですが、まあよかったじゃないですか」

「ええ。それで、その売り上げというか、手数料諸々を差し引いた手取りがですね……」


「22億6000万セルス?」


多いんだろうけど、なんだか数字だけだとピンとこないな。


「何を言ってるんですか。で、この3割というと、6億7800万セルスということになるのですが……」

「ああ、それがエンポロス商会の取り分ですね」


「カール様、いいですか? 6億7800万セルスというと、去年のエンポロス商会全体の『年商』の5倍ですよ。年商ですよ?」

「えーっと、儲かったってことですよね?」

「儲かりすぎです。これほぼ全部利益ですよ? もうかなりヤバイです」

「なにが?」

「ハゲタカに目をつけられるということですよ」

「あー」

「あーじゃないですよ。いいですか、カール様の取り分は更に多くて、15億8200万セルスあるんですよ?」


そういって、カリフさんはアイテムボックスから皮の袋を取り出して、机の上に置いた。

その中を覗いてみると、なにかの魔法が掛かっているような、見たこともないデザインの輝く金貨が15枚と白金貨が82枚入っていた。


「これは?」

「カール様の取り分です。こんな大量の星金貨、初めてみましたよ」


輝く金貨が星金貨で1枚1億セルスだそうだ。リアル10億円札だよ……白金貨が100万セルス。しかしこんな金貨、どこで使えって言うんだ。お釣りがないだろ。


「そうは言われましても、まさか商業ギルドにカール様の口座をお作りして振り込むわけには参りますまい」


なるほど。何しろ付与したのは旅のマスクマンだもんな。俺の口座にお金が振り込まれたりしたら、一発で正体がばれちゃうってことだ。


「あと、金貨にするのは無理です。白金貨分だけでも金貨8200枚ですよ。普通の人には持ち上げることすらできません」


そりゃそうか。


「こうなりますと、そこらの中堅商会どころか、大手の一角に食い込める金額です。しかもほぼどころか、全部が利益ですからね」


うん。確かに大金だけど、これは言ってみれば、ノエリアの命の値段だからな。


「いずれにしましても、私が大量の星金貨をおろしたことは、ギルド関係者の知るところになりました。そして今頃は購入者の全員が、アイテムボックスがランドニール様製ではないことに気がついているでしょう」

「つまり?」

「覚悟はしていましたが、誰が付与したのかについての大量の問い合わせが届いていると思います。もちろんうさんくさい話ですが、旅のマスクマンで通すように言ってありますが」


すぐに大騒ぎになるでしょうと、カリフさんが言った。


「しばらくは、バウンドでマスクをつけて歩くだけで歓待されることになるかも知れません」


と笑いながら冗談めかして言ったカリフさんの言葉が、わずか数日で本当になり、国内どころか周辺国の商人までがバウンドに集まって、大賑わいになるとは、このときは想像もできなかった。


とりあえずこれで、標準タイプの腕輪の価格は2億セルスと決まった。そんなので買う人が……とも思ったが、入札した人の内217人は買えてないのだから需要はあるのか。


カリフさんは、こうなったら開き直って、拠点と大都市店舗をガンガン建て、ついでに駅馬車構想も一気に進めて行きたいと思いますよー、なんてまくし立てた後、やっぱりふらふらしながら帰って行った。大丈夫かな。


  ◇ ---------------- ◇


その日の夕食の席で、俺はダイバに話を切り出した。


「なあ、ダイバ」

「なんでしょう」

「うちって、相変わらず貧乏なのか?」

「は。先日頂いた100万セルスでやりくりをしておりますが、なかなか……」


まあ、ほかに収入のあてはないもんなぁ……


「コートロゼの通常の年の予算って、どのくらいなんだ?」

「例年ですと、1億セルスほどでございましょうか」


と、ダルハーンが答えた。


思ったより少ないな。腕輪1個で2年分とか。

いや、しかし、人口が2000人だとすると、一人当たり5万セルス、金貨5枚になるわけで、思ったよりあると言うべきか。大部分は冒険者が払ってるんだろうが。


「じゃあ、とりあえず4億セルスほど渡しておこうと思うんだけど、星金貨でいい?」

「は?」

「いや、だから今年の領地を治める予算だよ」


といいながらテーブルの上に星金貨を4枚並べた。


「カ、カール様、失礼ながらそのお金はどちらから?」

「あー、例のエンポロス商会と組んで、ちょっとなってやつ。ただし他言は無用だよ」

「……やはり他言は無用系でございますか」


がっくりとうなだれてダルハーンが言う。

いやいや、別にヤバイカネじゃ……いや別の意味でヤバイかもだけど。


「いや、法を犯してるわけじゃないから。ま、誰かに聞かれることもないと思うけど、もし聞かれたら、ベンローズの自腹とでも言っておいてよ。それで何とかなるだろ?」

「それはもちろんでございますが……」


よし、これで開発資金もできたし、公務員の素案についてダイバに説明して、後の組織作りはシセロとダイバに丸投げしよう。

後は、風呂と畑と……ああ、やることは尽きないなぁ。ていうか、これって、スローライフといえるのか?

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