第61話 そしてバウンドの夜は更けて
「イーデジェスナーが狩られたって、本当なのか?」
「ああ、昨日きれいに解体された素材が持ち込まれたってよ」
「そいつはすげぇ、で、どこのAランクパーティが狩ったんだ?」
「いや、それが……どうもDランクパーティが狩ったとか言う噂がな」
「なんだと? そんなことができるわけないだろ」
「それどころか、Dランク冒険者が一人で狩ったとか……」
「はあ? いくら噂でも、そりゃ酷い」
まあ、普通は信じられませんよね。
ザンジバラード警備保障で請け負えそうな依頼を確認しながら、社長のサイラスが一人うなずいていた。
昨日の夕方、リーナ教官が突然訪れてきて、美味しいお肉が手に入ったから、みんなでバーベキューにするのです!とか言って出された肉が……
イーデジェスナーがあれほど美味しいとは思いませんでしたが、食べた後に何気なくそれがイーデジェスナーだと聞いたときはめまいがしましたからね。
しかも「リーナがやっつけたので、ご褒美にお肉を沢山貰ったのです」って、あなた。
もう絶対逆らうのはやめようと思いましたね。ホント。
「そういや、
「なんだそれ?」
「カーテナ川の向こう岸へ行ける穴だとよ」
「は? 向こうへ渡るには、どうしたってサンサ周りだろ?」
「いや、北門の所から、トンネル街道とかいう道ができていてな。こんどの代官が作ったって話だが……」
「うそつけ、いくら代官とはいえ、いきなりそんなもの作れるわけ無いだろ。しかも、ガキなんだろ?」
「いや、だって、嘘もクソも、実際にあるんだもんよ」
「まあ、そりゃそうか」
「その道のどん詰まりに、結界石が張られた広場があってな。そこから川向こうに渡れるようになってるんだよ」
「トンネルで?」
「トンネルで」
「……まあ、言いたいことは沢山あるが、便利になるのならいいよな」
「ああ、そうだな」
◇ ---------------- ◇
んー、今日も良い天気だねぇ。
「それではちょっと行ってきます」
「お待ち下さい、カール様。昨日ダイバ様が仰ったとおり、今年はまだ査察官も徴税官もみえておられません。この時期、代官様が長期間街を空けられるのは、やはり、少々どころでなく不味いのでは……」
「大丈夫ですよ。
「は? バウンドに行かれるのでは?」
「まあ、そうですが……行けるよな?クロ」
「ひひーん」
実際、クロなら1日で行けるんじゃないかとは思うが、だめだとしても、ハイムの出口記憶のひとつを、執務室の寝室に設定しておいたから、いつでも戻ってこれるから。
今回のバウンド行きは、いつもの4人+カリフさんの5人での移動だ。秘書のシャリーアさんが一緒について来たがったが、今回は遠慮して貰った。人目を忍ぶ事が多いからね。
その代わりカリフさんのアイテムボックスに、今日の分のパンを入れて渡し、食事の配布を代わって貰うようお願いしておいた。
「よし、行け、クロ」
「ぶひひひひーん」
全力で走り出したクロは、空を飛ぶような速度で道を駆けていった。
◇ ---------------- ◇
「それで、カール様は、もう出かけられたのか?」
「はい。まったく嵐のような方ですなぁ」
ダルハーンが苦笑いをしながらそういった。
あの方がいらして以来、コートロゼはものすごい勢いで復興している。住民どころかザルバル達まで巻き込んで、それまで手のつけようすらなかった南街区の、公衆衛生も食糧事情もさらには治安まで、あっという間に回復させられていった。
一体どのような魔法を使われたのか、まるでわからないが、天才などというひとことでは片付けられない方なのは間違いない。
「マレーナ様のお子か……」
あの方が領主になられ、誰にも邪魔されず政務を執られたら、リフトハウス領どころか下手をするとアル・デラミス王国そのものが飛躍的に発展するだろうが、あの方の自由闊達さを許せない者達が必ず出てくるだろう。
「片手片足でも、カール様の露払いくらいは努めて見せるかな」
◇ ---------------- ◇
馬車に乗り込むと、俺は早速夕べ作成したアイテムボックスの鑑定をお願いした。
その結果、MP消費量とサイズの間には大まかに
no. MP 1辺の大きさ(メトル)
---- ---- ----------------------
No.0 6000 42
No.1 5000 37
No.2 4000 32
No.3 3000 26
No.4 2000 20
No.5 1000 17
No.6 900 12
No.7 800 11
No.8 700 10
No.9 600 9
といった関係があるようだった。時間遅延はすべて1/30。
ノエリアが遅延0で作成しようとすると、ほぼ1/30になるようだった。
「これはペンダントにされるのですか?」
「え? いえ、No.8くらいで、などと注文頂けるように作成した見本ですので、特に何に使うとかは考えていないのですが。石も大した物ではありませんし」
「うーむ、残念ですなぁ。No.5以前はすべて現行品の記録を軽く更新するアーティファクト級ですのに」
「ははは、じゃあ、エンポロス商会で使われますか?」
「え、しかしそれは……」
「まあ、考えておいてください」
馬車の窓から見える景色は、ものすごい勢いで流れているが、馬車はほとんど揺れていない。
「しかし、マリウスは本当に凄い男だったんですね」
カリフさんがこの馬車の全力走行を見て、製作者の友人を見直していた。
「これならうちの商会も何台か発注して、利用したいですね。超高速のダミー流通馬車として使用するのもいいかもしれません」
「それはいいですけど、クロとノエリアがいないと、これほどの速度は無理じゃないかと思いますが」
「そこのところは、替え馬などで対応するしかないでしょうな」
替え馬か。
「街道の拠点ごとに替え馬を用意できるなら、いわゆる駅馬車としての利用も考えられますね」
「駅馬車とはなんですか?」
「ある街とある街を結んで定期的に走る乗り合いの馬車で、拠点――駅というのですが――につく毎に替え馬を使って次の拠点まで移動するため、非常に高速な移動ができることが特徴の旅客用馬車ですよ。この馬車なら揺れないので疲れもそれほど感じず、おそらく人気が出るでしょう」
「いいですな。しかし、マリウスの馬車は耐荷重の点で問題があったのではありませんでしたか」
「そこはそれ」
と俺は床を指さした。
「この馬車には、重力軽減の魔法が付与されていて、実際の重さの数分の1しかないのです」
「なんと?!」
「ですから、最初からそれを前提にした車体にすれば……」
「大きな馬車でも4輪で済むと」
「というわけです」
「いいですな!」
「さしずめ、カリフエクスプレスですね」
俺は笑いながらそういったが、カリフさんは真剣に考えているようだった。
そして、4ヶ月後には、カリフエクスプレス社のカリフライナーが、ハイランディアーバウンドードルムーガルドーディアスーリラトロップを結んで走るようになり、さらに、8ヶ月後には、ハイランディアから聖都廻りでリラトロップに赴くラインが整備され、最終的にカリフループラインとして環状営業が行われるとは、まったく想像もできなかった。
カリフエクスプレス社は、この馬車を利用することで、真似しようとした競合商会を遥か後方に置き去りにして、アル・デラミスの民間輸送会社としてトップの地位を築くことになるのだった。
◇ ---------------- ◇
そうして、夕日が空を赤く染める頃……
「本当に1日で着いてしまうとは……こうして体験していても信じられません」
カリフさんはエンポロス商会の倉庫に入りながらそういった。
倉庫の1/3は、あらかじめ新しく作成した壁で区切られていて、区切られた倉庫の入り口に、持参してきたリンクドアを貼り付けた。
「じゃ、倉庫に入ってみましょうか」
エンポロス商会の倉庫の中に今しがた設置したリンクドアに入ってみる。もちろん空間が繋がっているだけなので、何の問題もなく通過して、コートロゼの流通拠点内にある空間に立っていた。
「ここはもうコートロゼなんですよね?」
「そうですね」
「信じられませんな」
倉庫の中には、天気や時差をごまかすために窓がない。だから余計に信じがたいだろう。
「じゃ、ちょっと覗いてみましょう」
といって、奧の鉄柵のゲートの鍵を開けて、裏口から外へ出た。
もちろんそこには、コートロゼの南街区の再開発地域が拡がっていた。
「実際この目で見てもなお、信じがたいですな」
カリフさんがぽつりとつぶやいた。
◇ ---------------- ◇
その後は、タルワースさんに頼んでいたという腕輪を受け取りに言った。
アイテムボックスを付与するためのアイテムで、フィットの魔法付きの腕輪に統一することにしたらしい。
「これはこれは、カール様もご一緒でしたか」
以前、リーナとノエリアの指輪を買ったとき以来だけれど覚えていてくれたらしい。
「タルワースさんが魔法付与のスキルをお持ちだとは知りませんでした」
「いえ、腕輪などの装飾品にフィットを使う場合、常時発動可能な魔法付与ではなく、必要なときだけフィットとして働く魔法陣を刻むのですよ」
ほとんど最初に身につけるときだけしか使わないため、魔法陣の方が経済的で向いているのだとか。なるほどー。
「それに魔法付与なんてスキルを持っていたら、道具屋なんてやってませんって」
なんて言って笑っている。やっぱり付与もレアだったのか……
なんでも、付与スキルを持っている場合は、どんな魔法でもいいから懸命に覚えようとするそうだ。何しろ自分が使える魔法しか付与できないので、レアスキルを活かそうと、皆、家ぐるみで必至になるんだそうだ。
まあなぁ、ただでさえレアな魔法付与の上に、さらに有用な魔法が使えることなどほとんどあり得ない確率なんだろうなぁ。
素材は銀で、タルワースさんらしい繊細な装飾が施されている。側面にはフィットの魔法陣が刻まれ、そして腕輪の裏側には――
「カリフさん、これは?」
「ああ、世界へのプレゼントと言うことでしたからな、ブランド名?でしたか、は、ギフトとしてみました」
そこには、もみの木のマークとGIFTの文字、そしてシリアル番号が彫られていた。
「お気に召しませんでしたか?」
「いえ、素晴らしい名前です」
それは良かったとニコニコしていた。
仕入れは一律金貨5枚。フィットは比較的ポピュラーな魔法陣だが、やはり金貨2~3枚くらいの価値にはなるらしい。
それを全部で30個。シリアル 0000-0029 までが納品された。しめて金貨150枚。1500万円の取引だ。気合い入ってるなぁ……
リーナとノエリアは先日買った指輪を、とても気に入っていますとタルワースさんと談笑している。
ハロルドさんは、ハムサードさんにベルト周りのアイテムの新調を頼んでいた。件のアイテムボックスバッグが持ち物に追加されたせいで、身の回りの小物類をもう少しシンプルにしたかったのだそうだ。
まあ、あれ、自由に手の中に取り出せるようになると凄い便利だしね。
みんなで買い物を済ませた後、今は店を出て、マリウスさんの家に馬車で向かっているところだ。
「いいデザインでしたね」
「はい、品の良いデザインに、高級過ぎるほどではない素材の組み合わせが、大変今回のコンセプトにぴったりで気に入っております」
「たしかに」
あとは、懸案のアレだな。
「そうだ、カリフさん」
「はい?」
「救命のフィタは手に入りませんか?」
「救命のフィタですか。珍しいものではありますが、ガルドあたりではそれなりに産出しているようですから、手に入らなくはないでしょうが……」
「よかった。それほど急ぎはしませんので、適価で手に入れられれば、何本かお願いします」
「承りました。価格も、アイテムボックスの利益に比べれば微々たるものだと思いますよ」
◇ ---------------- ◇
そろそろかな。
さっき先触れがやってきて、カリフのやつが今日帰ってくるが、ちょっと用事があるので、晩飯の頃寄るという。
晩飯の頃って……まあいいか。とりあえず近所の店を予約しておいた。格納庫はともかく、うちは狭いしな。
お、来たかな?
「おい、マリウス。いるか?」
「おう、カリフか。待ってたぜ」
カリフが見たことのある馬車から降りてきた。お、あの馬車は。
「お久しぶりです」
「カール様じゃないか。馬車の調子はどうだい?」
「なかなか快適ですよ。あとで少しチェックしてみて下さい。それと後ほどご相談が」
相談? なんだろう。俺が言うのも何だけれど、この坊ちゃんはマニアだからな。ちょっと楽しみだな。
が、まずはメシだ。
「おう、わかった。それより、とりあえずは飯にしようぜ」
「ああ、そういや腹減ったな」
「お腹減ったの、です」
「近くの店を予約してあるから、歩いていこう。馬車は、格納庫に入れておいてくれ」
「ああ、それには及びません」
なんだ? 近場でも馬車で行くってか? しかし停めるところが……と考えていると、馬に近づいて、馬車からはずしている。
は? どうするんだ? と思った瞬間馬車が消えた。……消えた?!
「まあ、この程度で驚いてちゃ、この人達とはつきあえませんよ」
なんてニヤニヤしながらカリフが言う。アイテムボックスか何かなのか? 馬車を丸ごと格納するとか、信じられん。あれ? それに馬が……いったい何処へ?
「さあ、行きましょう。案内して下さい」
「お、おお」
狐につままれたような気分になったが、気を取り直して、店に向かって歩き始める。
あれ? あのハロルドとかいう冒険者の男、子持ちだったのか。
クロは、
「かんぱーい」
店じゃ、貴族様も奴隷も、人間も獣人も、みんな同じテーブルに座って、同じものをくってやがる。何てでたらめな貴族様だ。まあ、あの馬車を喜んで買っていくような方だからな。
「あれからもう10日以上もたったんですね。お変わりはありませんでしたか?」
とか聞いてくるが、あんまり代わり映えはしないな。注文もないしな。
でもカール様が払ってくれた金で1年くらいは全然平気だけどな。
「金貨300枚も儲けたのに1年ですか?」
とカリフのやつがあきれてやがる。次の開発の資金とかあるだろうが。
そういや、サンサの方でも何かあったらしいが、大丈夫だったのか?
「ええまあ、ちょっとスタンピードに巻き込まれたのですが、サンサの冒険者が力を合わせて解決していましたよ」
と、カール様。
やっぱり噂は本当だったのか。良く無事だったなぁ。
「あの馬車で魔物の中を全速力の強行軍で突っ走りましたが、特に大きな破壊や故障はありませんでしたね。大したものです」
そりゃ、カール様が置いてった出所の怪しい革のせいだろ。
「それで、今回はちょっとご相談があって」
あー、何かそんなことをいってたな。それで?
「実はですね……」
◇ ---------------- ◇
「空?!」
マリウスさんが興奮してそう叫んだ。
「じゃ、前回言ってた、ペガサスやロック鳥をテイムしたのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですが……」
「いや、しかし、あのバトルホースじゃ……そういやあのバトルホース何処へ行ったんだ?」
やっぱりこの人、バトルホースだって認識してたのか。
「えっと、さっきからそこにいますけど」
とハロルドさんの膝の上にちょこんと座ってご飯を食べているクロを指さした。
「え、それってハロルドさんのお子さんなんじゃ」
「ちげぇよ!」
「まあまあ。それでですね、まあ仮に、仮にですよ? 馬が空を飛んだとしましょう」
「あ、ああ、仮にな」
「問題はですね、通常のハーネスだと、馬車の重さで馬車が垂直に立っちゃうわけで、物語の中で語られるような空中に道路があるような挙動にならないわけですよ」
「それはそうだろう。馬車は浮かばないしな」
「単純に馬車の重さをゼロに近くすると――」
「は? どうやって?」
「え? あー、まあ、仮に、仮にですよ。単純にゼロに近くすると、慣性で似たような動作にはなるのですが、問題は風が吹いたら飛ばされるのですよ」
「そりゃ、軽くするだけじゃ、横風には弱いだろうよ」
「それである程度重くしてですね、翼をつければ揚力で浮くわけですけど――」
「揚力って何だ?」
「つまり翼で空気を切り裂くとですね、翼の上を流れる空気と下を流れる空気の速度差で上に浮かぶ力が発生するのですが、それを揚力というのです」
「全然わからん」
「まあ、その方法だと大きな翼がいって、どうせうまくないので、分からなくてもいいです」
「で、結局どうして欲しいんだ?」
「空を飛んだときだけ、馬車が上からつるされた気球のゴンドラみたいな……」
「気球って何だ?」
「あー、ないのか気球……えーっとつまり、飛んだときだけ、空飛ぶ馬の真下に馬車がくるようなポジションになるようなハーネスを作れませんかね?」
「うーん、重心付近に接続ポイントをうつせば……できなくはないような気もするが、強度が不安だな」
「シルフに頼めば、大丈夫」
とお腹が一杯になったのか、クロが口を挟んできた。
「え?」
「空を飛ぶときだけ、馬車をシルフに支えて貰う」
「シルフって風の精霊の? そんなことが?」
「あまり重いと、ダメ」
さすが剣と魔法の世界、物理でどうにもしようが……と悩んでいると、ファンタジーな解決方法が飛び出してくるとは。
「じゃ、早速実験を……」
「いやいや、待ってくださいよカール様」
とカリフさんが割り込んできた。
「私の話もさせてくれないと。実はなマリウス。うちの商会も、あの馬車が欲しいんだ」
「は? なんだいきなり?」
「いや、コートロゼからここまで同乗させて貰ったんだがね、もう他の馬車には乗れないよ。お前って天才だったんだな」
「よせよ、気持ち悪い。しかしあの馬車は商用には……」
「いやいや、ひとつは小さい高速移動用の馬車で良いんだ」
「ひとつは?」
「そう。もう一つは、旅客用の大型のものが欲しい」
「いや、だからな、あの馬車は出力の関係で大型化がな」
「そこは、ボクたちに任せて貰えれば。それより一般の方が使う場合は、魔力消費を削減しなければ――」
なんて、俺たちは夜が更けるまで、カリフさんの駅馬車構想や、あの馬車をより一般化するためのアイデアについて話し込んだ。
クロは大きくあくびをして、ハロルドさんの膝の上でクークー寝てた。
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