1・別れを切り出した

第1話

「荷物はこれだけかしら?」


自分の手荷物が少ない事に違和感を覚える。

大きい荷物は後で運んで貰う事になってる。

今日、私は大好きな人と離婚・・しようとしている。

私は好きな人と結婚したと思ったのに、私の好きな人は私を好きだった訳じゃなかった。


はな…」

「んっ…佳彦よしひこ…」


昨日の夜もお互いの肌を合わせて忘れない様に

何回も抱いてくれた。

これも同情で、私を可哀想だと思ったから抱いてくれたのだと思う。


「…私、昨日の内に記入しといたから後は佳彦が記入するだけ」

「…記入?」


キッチンテーブルに座ってる佳彦の前に離婚届・・・を差し出す。


「何これ?」


佳彦が私じゃない女性と結婚したら私は笑って

祝福出来るだろうか…。

そんな事を考えていたら気分が悪くなってきた。


「何って離婚届よ。私と離婚して下さい」

「何故?」


何故って…?

気付いてないと思ってるの?

佳彦は私の他に“好きな人”が居るって事。


「…そろそろ、行くから。離婚届・・・、私が提出しておく?それとも…」

「どうして?」


どうして?

貴方が一番分かってると思うのだけど違うの?


「貴方が理由を一番分かってると思ったから離婚しようと思うの」

「俺が理由?」

「そうよ」


佳彦の目をまっすぐ逸らさずに伝えると佳彦からは違う言葉が出て来た。


「…明日からの仕事はどうすんだ?」

「…いつも通りでお願いします」


二人ともCANS商事の営業課で働いていて佳彦は、営業部長・・・・で言わば私の直属・・上司・・だ。


「佳彦、記入して提出しておいて下さい」

「俺は納得してないし、昨日の夜は嘘だったのか?」

「…そうよ」


嘘な訳ないじゃない。

大好きな人に抱かれて嬉しかったのを表に出しちゃダメ。


「理由はなんだ!」

「教えてあげるわよ!私は佳彦が本当に好きな人と結婚すると思ってるから離婚するの」

「俺の本当に好きな人?」

「…そうよ!!」


何度も思わせて言わせて胸が痛む。


「俺の好きな人って何?」

「そのままの意味よ!記入して提出しておいてね!」


荷物を持って玄関に向かったら佳彦も着いて来た。


「何よ!」

「俺の好きな人は…ぐっ…」

「……さよなら」

「華!!」


私の名前がドアの閉じる音にかき消された。

それが私じゃないと分かったから別れを切り出したのよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る