51 うちあげ

「テスト……、終わり……!」

「やっと終わったね……。奏多」

「うん……」


 普段からずっと勉強をしていたからテストはそんなに難しくなかった。

 でも、今度はテストに全然集中できなかった気がする。その原因はやっぱり……、ひな。バレンタインデーにあんなことをされたからさ、集中できるわけないよな。テストなのに、マジでやばかった。そして、女の子のキスに耐えられる男は世の中にいないよな。


 でも、いまだにそれを覚えている俺が一番バカみたいだ。

 ちょっとキスをしただけ……とはいえ、すごく積極的だったから仕方ないか。

 てか、どうしてひなの隣席でこんないやらしいことを考えているんだろう。俺。


「ねえねえ、奏多」

「うん?」

「これどー?」


 そう言いながら、人差し指で自分の唇を指すひな。

 女子の化粧品についてはあまり詳しくないけど、いつもと違う色ってことは分かりそうだ。

 さて、ここはひなにどう答えればいいんだろう。正直、よく分からない。


「えっと……、か、可愛いと思う……。ひな」

「具体的に何が?」


 どうして、それを聞くんだ……?


「えっと……、色が……」

「唇の色?」

「そ、そうだけどぉ……」


 おいおいおい……! これ、完全にひなにからかわれている状況じゃん。

 しかも、わざわざ人差し指を自分の唇に当てるなんて……! そんなことで喜ぶと思ったら、多分正解です。

 そんなことより、顔が近くてすごく恥ずかしい。


「ふふっ、奏多は唇フェチだからね♪ そんな奏多のために! 新しいリップを買ったよ」

「う、うっせぇよ! そ、そんなこと言わなくてもいい!」

「あはははっ、照れてる〜」


 頬をつねるひなに抗えず、ずっとからかわれるだけだった。

 マジかよ。


「あっ、みんな! テストどうだった?」

「完璧!」

「まあまあだな……」

「な、なんで……。宮内くん、ひなちゃんに怒られてんの……?」

「怒られてないけど、なぜかこうなってしまった」

「そう……? あっ、あのね! テストも終わったし、一緒に……カラオケとか行かない?」

「カラオケ! いいね! 奏多も行こうよ!」

「じゃあ、俺も———」

「先輩たちぃ————!」


 俺の話がまだ終わってないのに、後ろから菊池の声が聞こえてきた。

 で、どうしてそんなにテンションが高いんだろう。菊池……。

 なんか、いいことでもあったのかな。めっちゃニヤニヤしている。


「どうやら、テストに自信があったみたいだね。りお」

「違います! 私! 今から先輩たちと遊びに行きたくて、テンションが上がっています!」


 マジですか。


「じゃあ、りおも一緒にカラオケ行かない? テストも終わったし」

「賛成!」


 そう言いながら肘で俺の脇腹をつつく菊池。

 いや、一体何が言いたいんだよ……! 君は! それに、どうしてそんな顔をしてるんだろう。


「ふふふっ」


 マジで分からない。今度は菊池にからかわれている。


「行こう!」


 ……


 そんなことより、今更だけど男……俺だけなんだ。

 まあ、クラスメイトたちと仲良くなったとしても、カラオケに誘うほど仲がいい友達はいないから仕方ないか。それに……、めっちゃテンションが上がっているひなとりお。そんな二人を見て、如月がくすくすと笑っていた。


「あ〜、私の〜恋は〜♪」


 先にマイクを握った菊池が、なぜか40年前の曲を歌っている。

 普通……、女子高生って言ったら……アイドルの曲じゃないのか? てか、今はそんなことより……俺は何を歌えばいいんだ? 最近、何が流行ってるのか全然知らないんだけど……!? 普段聴いているのは……、めっちゃうるさいロックバンドの曲だからさ。


 どうしよう……。


「奏多は私と一緒に歌おう!」

「えっ? ひなと?」

「うん! 嫌なの?」

「べ、別に……。嫌じゃないけど、そうしよう。それで……、曲は決めた?」

「やっぱり、あれだよね? あれ!」

「あれ?」

「二人の花火! これ、めっちゃ好きだったじゃん。奏多」

「し、知っていたのかよ…………」

「そう! 奏多の好きな曲は私も好きだから」


 なんだよ、その心臓に悪いセリフは……。


「はい! 次は……」

「あっ、私たち!」

「はーい!」


 本当に懐かしい……。

 俺がひなと一緒にカラオケに来て、一緒に歌っている……。もうこんなことできないと思っていたのに、誘ってくれてありがとう。如月。おかげで、いい思い出を作れそうだ。


 めっちゃ楽しいじゃん、これ。


「よろしくです〜。如月先輩」

「あっ、うん。確かに、菊池りお……だったよね?」

「はい! りおって呼んでもいいですよ」

「いいの?」

「その代わりに、私も冬子先輩って呼んでもいいですか?」

「うん! いいよ! りおちゃん」

「えへへっ」


 冬子の隣に座るりおが、笑みを浮かべている彼女に気づく。


「冬子先輩、楽しそうに見えますね」

「うん……。ずっとやってみたかったからね。本当の友達とカラオケ、行ってみたかったよ。やっぱり、今は壁を感じない。本当にみんなと遊んでいるような気がする」

「そうですか? じゃあ、またこうやって一緒に遊びましょう。ふふふっ」

「うん!」

「で、あの先輩たちめっちゃラブラブですね〜」

「そうだね。やっぱり、二人はお似合いだよ。宮内くんも明るくなったし……」

「…………」


 そして、じっと二人の方を見つめる冬子だった。


「冬子先輩は何歌います!?」

「わ、私!? あっ、そういえばうっかりしてた…………」

「次は私と一緒に歌いましょう!」

「いいね! 何にしようかな!」


 菊池と仲良く話しているように見えるけど、ひなと俺の歌声が大きくて、何を話しているのか全然聞こえなかった。でも、一つだけ……。如月がだんだん明るくなっているような気がして良かったと思う。


 これだった。


「奏多! 最後は一緒にね!」

「うん!」


 やっと……、やっと…………この時間を楽しめる。

 時が来た。

 そのわけ分からない恐怖や不安から解放されて、ひなと……そして友達や後輩と一緒に———。


「イェーイ!!!」

「イェーイ!!!!!」

「先輩たち、歌上手いですね!」

「そうかな? 普通だよ!」

「ふふふっ、次は私たちの番ですね! 冬子先輩! 行きましょう!」

「うん! りおちゃん」

「テンション高いね〜。二人とも」

「ふふふっ、聴いてください! 私と冬子先輩の歌を!」

「うん」


 だんだん盛り上がる雰囲気……、いいな。

 すごくいい。

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