68 マイナス③

 壊れた関係を気にすることより、早くそれを忘れて新しい人を探した方がいい。

 これはうみが俺に話してくれた言葉だ。

 うみにはひなとあったことについて何も話してないけど、ずっと落ち込んでいたからか。すでに気づいていたらしい。俺は諦めるしかないのか? 本当に……、そうするしかないのか? ずっと考えていた。


 そして可能性はもうないって———。

 それから、ほとんどの時間をうみと過ごしていた。正確には、うみとうみの周りにいる友達。一気に友達が増えてしまって、ずっと一人だった俺はそれに慣れなかったけど、ひなに振られた俺は何もできなかったから———。一人よりはマシだ。


 そしてどんな学校生活を過ごしたのか覚えていない。

 ずっと意味のない1日を過ごすだけ。


「…………」


 とはいえ、ひなのことが気になるのは仕方がないことだった。

 中学2年生になったひなは、小学生の時みたいにクラスの隅っこで静かに本を読んでいた。そしてそんなひなを周りにいる男たちが狙っていたから……、それが気に入らなかった。中学生になってから知らない男たちにしょっちゅう告られてるし、それに変な噂も聞こえてくるし……。


 どうしたらいいのか分からなかった。

 そして俺にできるのは何もなかった。


 今は……、俺に声すらかけてくれない。

 そんな状況で、俺は…………諦めるしかなった。


 そしてあれが起こってしまったんだ……。


「ちょっと……! 今あっち行ったら危ないって! 奏多くん!」

「いや、でも……! ひなが……!」


 なんでだ……? なんで、ひなが知らない人たちに殴られてるんだ?

 そしてどうして俺を止めるんだ? うみ。


「離せ! 俺は…………! 俺は! 離せ、うみ!」

「おい! 宮内、今あっち行ったらお前も殴られるんだぞ!」

「3年の先輩たちをお前一人で勝てるわけないだろ? やめろ!」

「くっそ! 離せ! なんで、無視してるんだよ!」


 クラスメイトたちの手を振り払って、俺はすぐひながいるところに向かった。


「あの———っ!」

「なんだよ、お前。2年生か?」

「すみません……! こっちじゃないよ! 奏多くん! 早く行こう!」


 あいつらに一言を言ってあげようとしたら、俺についてきたうみとクラスメイトたちが俺の口を塞ぐ。そしてあいつらに「すみません、すみません」って言いながら俺を教室に連れてきた。


「…………」


 あの時の俺は……、地面に倒れているひなと目が合ってしまった。

 気のせい……? いや、それは気のせいじゃない。ひなは俺を見ていた……。

 涙を流しながら、俺の方を見ていたんだ。あの先輩たちに蹴られて、踏まれて、地面に倒れているひなを……、俺は無視してしまった。何が……、一体何が起こっているのか分からなかった。


 覚えているのは俺を見ているひなのその目……。

 それはどうしても忘れられないほど……、強く頭の中に刻まれていた。何があってもひなのそばにいてあげるって、そんな約束をしたのに……。俺ってやつは何もできなかった。本当に何もできなかった……。俺が余計なことをして、ひながあんなひどい目に……。


 全部、俺のせいだ。

 全部、俺のせいだ。

 全部———。


「どうして! 邪魔したんだよ!」

「宮内、お前本気か? あの先輩たちがどんだけやばい先輩たちなのかしらねぇのかよ!」

「はあ?」

「お前も殴られるとこだったぞ? そして俺たちも! お前はいつもお前のことばかり考えているから分からないよな? 宮内。そしてそこで殴られてたやつ、北川ひなだろ?」

「だから、ひなのところに行ったんだ! 一体、何が悪い!」

「おいおいおい、宮内。お前正気か?」

「はあ?」

「北川ひなはあれだろ? ビッ〇だろ? あんなちゃらい女、同級生や先輩たちに媚を売る女のどこが好きなんだ? マジでわかんねぇ」

「…………」


 その噂は……、本当だったのか?

 あのひなが? 男たちに媚を売るようなことをするのか? そんなわけ……。


「奏多くん、ちょっといい?」

「うみ…………」


 どうしたらいいのか分からない俺を、人けのないところに連れてきた。

 そしてさりげなく俺の手を握る。


「もう忘れてもいいんじゃない? ひなのこと……」

「…………」

「みんなと仲良くなったら、ひなのことは少しずつ忘れていくと思ってたけど。やっぱりダメだったみたいだね」

「ごめん。やっぱり、ダメだった」

「でも、ひなが奏多くんを振って、他の男たちに媚を売ったのは事実だから。どうする? それでも、ひなのことを諦めないの?」

「…………」


 なぜか、答えられなかった。


「ねえ、私じゃダメなの?」

「えっ……?」

「私、奏多くんのこと好きだよ? ふふっ」

「…………」

「すぐ答えなくてもいいよ。私、待っているからね? ひなのことを完全に諦めた後でもいい。じゃあ、私は先に戻るから」

「…………」


 途中から何を話していたのか、頭の中が真っ白になっていた。

 俺がひなを忘れるまで待ってくれるのか? うみは……。どうしてそんな意味のないことをするんだろう。

 そして俺は一体どうすればいいんだろう。

 どうすれば……。


「…………」


 でも、今はそんなことを考える暇などない。すぐひながいるところに向かった。

 そして……そこには誰もいなかった。

 数分前までここにいたはずのひながどこにもいない。


「…………」


 そのまま外でにじっとしていた。

 そしてうみの話を思い出す。


 ひなに振られたから、うみを選ぶ…………?

 そんなことできるわけないだろ? そんなこと……。自分の気持ちを騙して、好きでもない人と……付き合うのはできない。無理だ。


「無理だよ……」


 そしてあの時と同じく雪が降っていた。

 今日は降らないって言ったくせに……。

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