69 マイナス④
それからずっとひなのあの顔を忘れられなくて、地獄に落ちたような気がした。
目が合ってしまったから、ひなが俺を見ていたから、そして……俺の名前を呼んでいたから。先輩たちに殴られるその姿を俺はずっと忘れられなくて……、どうしてもそれが忘れられなくて、毎日がつらかった。
未熟な俺はそれに耐えられなかったんだ。
でも、俺たちは同じ学校に通っていたから……。無視できない。
そして先輩たちに殴られたひなの話が校内に広がって、ひなはあの先輩たちが卒業するまでどっかに隠れていた。同じ学校に通っていたけど、俺はひなを見たことがない。そんな日々を過ごしていた……。
連絡は無視されて、学校やひなの家に行くと避けられて、方法がなかった。
どうすればいいのか分からなかった。
「だから、言ったでしょ? ひなは奏多くんのこと好きじゃないって……、どうしてそこまでひなに執着するのか分からない」
「…………」
「でも、私は奏多くんを待っているからね……」
「…………」
それから中学校を卒業するまで、俺はずっとうみと一緒だった。
でも、頭の中にはずっとひな……。ひなだけ。振られても、忘れられなかった。
その時、偶然お父さんが都会に行くようになって……、俺はいつも俺と口喧嘩をしていたお母さんに「俺も行く」ってそう伝えた。お母さんにはずっと迷惑をかけていたから……、都会に行って新しい学校生活を過ごせばきっと忘れられるとそう思っていた。
そして都会に行く前に……、俺はひなに挨拶をしたかったけど、偶然スマホが壊れて何も言えなかった。
その後はずっと都会の高校で意味のない学校生活を過ごしていた。
それでもそっちの方が楽だった。忘れられるから———。
「奏多くん、久しぶりだね。会いたかったよ」
「…………」
まさか、うみがうちの高校に転校してくるとは思わなかった。
その顔を見た時、俺は……懐かしさを感じてしまった。都会に来ても、バカみたいにひなを忘れられなかったからさ。どうせ、忘れられないんだったら……。いっそうみと一緒にいて、ひなのことを忘れようと、そんな馬鹿馬鹿しいことを考えていた。
好きという感情は……、もう分からなくなってしまった。
でも、うみがずっと俺のことを待っていたから……。俺は自分に何度も同じ言葉を繰り返していた。「うみが好きだ」「うみが好きだ」「うみが好きだ」。俺の感情はいらない。うみのことが好きだから———。
だから、笑え。うみの前で……笑え。
最初からうみのことが好きだったように、俺が好きだったのはうみだ。
最初から、うみだったと———。
付き合い始めた頃から、ずっと自分にそれを言い返していた。
何があってもうみのことを信じて、うみがやりたいこと、欲しいもの、全部やってあげるってそう決めた。俺の彼女はうみだから、俺と一緒にいてくれる人はうみだから、だから……もういらない。
ひなは最初から……いない人だった。
いない人———。
俺はうみと一緒に楽しい学校生活を過ごせばいい。それでいいんだ。
でも、うみは俺のすべてを否定していた。
何があっても自分の話に従うべき、デートをする時はおしゃれで雰囲気のいいお店じゃなきゃダメ、自分と話す時は口答えしないこと……、いろいろルールみたいなことがだんだん増えていた。
俺は何をしているんだろう、分からない。
でもさ、俺に笑ってくれる時の顔がさ……。ひなとそっくりだったから……。少し違うところもあると思うけど、もうその差を思い出せないほど……、長い時間が経ってしまった。
「奏多くんは私のこと大好きだよね?」
そして学校にいる時、たまにあんなことを聞く。
なんで俺にあんなことを聞いたのか、そんな疑問を抱くことすら俺はしなかった。俺が言うべきことは、俺がうみと付き合った時からずっと変わっていない。うみの言葉に全部肯定すること。
「うん。うみのこと好きだよ」
「私のこと大切にしてくれるよね? 奏多くん」
「もちろん!」
「ひひっ、好きって言ってくれない? 奏多くん」
「好きだよ。うみ」
「私も♡」
その笑顔を見て、安心した。
それでいいよな。
1年間、俺はずっとうみのことばかり考えていた……。
如月以外の女の子とは話さなかった。それはうみを傷つけることだからさ。
俺がやりたいこと……? そんなこと考えたことない。うみと一緒にいられるだけで十分だったから、もうひなことを思い出せないようになったからさ。それなりに幸せだった。自分がだんだん壊れていくことに気づかないほど、うみという沼にハマっていく。
「うみのこと……、好きだよ」
「そう! 奏多くんはいつも私の話を聞いてくれるから好き〜」
「うん……」
知らないうちに……、うみを見て笑う俺がいた。
自分がだんだんそれに慣れていくような気がした。
「…………」
一度もうみのことを疑ったりしなかった。
そして高校2年生の夏、やっとひなという存在を俺の中で消すことに成功した。
うみだけで十分だから。
俺は……、十分だ…………。
俺は十分だ。
幸せだ。
幸せだ……。可愛いうみと付き合って毎日が楽しい。楽しすぎて涙が出そうだ。
「うみ」
「うん?」
「俺は……、うみと付き合ってよかったと思う」
「どうして〜?」
「うみは俺のことを捨てたりしないから」
「当たり前でしょ? 私は……、奏多くんの彼女だから」
「うん」
今のままでいい、俺は幸せだ。幸せだよ……。
俺は幸せな日常を過ごしている。
「誰よりも……」
誰よりも……。
俺は……、幸せだよ。
ひながいなくても、俺は幸せになれる。なれる……。なれる…………。
幸せだよ。
幸せだよ。
幸せだから……。
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