62 プラス②

 三木さんとの約束は何があっても守ろうとしていた。

 そしていつから一人になったのか分からない。

 病気で学校に来ない日が増えていたから、俺もひなが家にいない時は部屋で静かにゲームをしていた。たまにはうみと話したりするけど……、どうやらクラスメイトたちと遊ぶのがもっと楽しかったかもしれない。


 だから、うみのこと邪魔できない。

 ずっとそんな感じだった。


 ……


「奏多……! うちで待ってたんだ!」

「そうだよ。この前には言ってくれなかったから気づいてなかったけど、今回はちゃんとひなのお母さんに聞いたからさ」

「へへっ、ありがとう〜。実はすぐ奏多の家に行くつもりだったけど……」

「うち? どうして?」

「たまには奏多の家でゲームがしたい! うちと違って、奏多の部屋には大きいモニターがあるから!」

「そうか。じゃあ、行こう!」

「うん!」


 うちの家族はひなやうみのことが好きだから、いきなり遊びに来ても全然気にしない。それは北川家も一緒だった。

 そして俺たちは当たり前のようにくっついてゲームをする。


「奏多」

「うん?」

「私、寒い」

「えっ? そうか? ごめん、俺の部屋狭いからエアコンがないんだ……」

「ううん……。そんなことじゃないの」

「えっ? じゃあ……」

「ぎゅっとして……、後ろから。そうすると暖かくなるかも!」

「そうなんだ……。じゃあ、こっち来て」

「うん!」


 足の間に座るひな、その後ろからぎゅっとひなの体を抱きしめてあげた。

 そのままコントローラーを握る。


「ふふっ」


 すると、ひながくすくすと笑っていた。


「どうした? ひな」

「なんでもな〜い」

「そうか」


 それから一時間くらい一緒にゲームをした。

 そしてコントローラーを床に下ろすひなが俺に寄りかかる。

 さすがにずっとゲームをするのは無理だよな。そろそろ夕飯を食べる時間だし。


「あのね……、奏多」

「うん?」

「ゲームは……うちでやってもいいけどね」

「うん……」

「実はこうやって奏多とゆっくりしたいから、わざわざ奏多の家に来たの。ここにいると落ち着く」

「えっ? どうして? 家で何かあったの?」

「それは言えないけど……、最近ちょっと……ちょっとね…………」


 不安そうな顔で話していたから、ぎゅっとひなを抱きしめてあげた。

 当時小学生だった俺にできるのは、こうやってひなのそばにいてあげることだけ。

 複雑な問題を解決する力がなかったから。


「ひひっ。私ぎゅっとしてくれるのすっごく好き…………。ずっと、ずっとこうやって一緒にいたいな〜」

「なんだよ……。いつもひなと一緒にいるだろ?」

「うん……! そうだね。じゃあ、約束! 約束だよ!」

「うん?」

「ずっとそばにいて」

「はいはい」


 幼い頃の約束はほとんど忘れてしまったけど、そんなこともあったんだ……。

 どうして……、あの時の俺はもっとひなに聞かなかったんだろうと……、後悔をしていた。それだけは覚えている。

 ひなの体が震えていたのに、俺は何もできなかった———。


「…………」


 そして「そろそろお風呂入って」ってキッチンから聞こえるお母さんの声に、俺たちはすぐお風呂に入った。

 でも、あの時の俺には一つ問題があった。

 ずっと気にしていなかったけど、知らないうちに気にするようになったからさ。


「どうしたの? 奏多。お風呂入らないの?」


 それはひなのことを異性として意識し始めたこと。

 何が問題だろうと、ひなは首を傾げていたけど、俺にはすごく大事なことだった。


「奏多! 入らないの? どうして、ぼーっとしてるの?」

「あっ、いや……。な、なんでもない」

「やっぱり、寒いよね? ぎゅっとしてあげよっか!」

「い、いやっ……! ちょ、ちょっと……! ちょっと…………」


 生まれた時からずっと一緒で……、ほとんどの時間を一緒に過ごしてきたはずなのに、知らない感情が生まれているような気がした。裸姿のまま俺に抱きつくひなを見て、顔と耳が熱くなる。


 やばい距離感……。


 そのままひなとお風呂に入ってしまったけど、こんなことやってもいいのかなと一人ですごく悩んでいた。

 もやもや———。


「奏多〜」

「うん……」

「いつも……、いつも私と一緒にいてくれて……ありがとう」

「い、いきなり?」

「私ね、友達作れないし。みんなと仲良くなれないから……」

「無理しなくてもいいよ。その代わりに俺がずっとそばにいてあげるから。そんなことより、みんな見る目がない!」

「えっ?」

「ひながどれだけ可愛いのか、あの人たちは知らないからね。本当にバカみたい」

「そ、そうなの?」

「でも、か、か、可愛いひなを俺が独り占めできるから……。それはいいことだと思うけど……。うん……」

「…………」


 ひなは消極的で他人にあまり声をかけない女の子だったから、少しは自信を持ってほしかった。

 すると、向こうにいるひながじっと俺の方を見つめていた。

 こんな状況で俺は何を言い出したんだろう———。


「独り占め……!」


 そう言いながら俺の方に近づくひな、顔がすごく近かった。


「いいよ! 独り占めしてもいい! 私も……、か、奏多のことを独り占めしたいから……ね?」

「あっ、ああ……。うん……」


 なんだろう、この会話は。


「ふふっ、ぎゅっとして! 奏多」

「えっ!? 今?」

「うん。いつも風呂の中でぎゅっとしてくれたじゃん」

「あっ、そ、それはそうだけど……」

「…………いやなの?」

「そんなわけないだろ?」


 またひなのことをぎゅっと抱きしめてあげた。


「あのね……! 奏多」

「うん」

「私……、髪切りたい。」

「そう?」

「前髪をちょっと……。奏多、長い髪の毛が好きって言ったから……。前髪だけ」

「そうなんだ。でも、切りたいなら切ってもいいよ。気にしないで、俺の好みに合わせなくてもいいから」

「でも、奏多が……私のこと可愛いって言ってくれたから! 長い髪の毛が好きって言ってくれたから!」

「うん……」

「また、可愛いって言ってほしい。奏多に可愛いって言われるの好き……」

「…………」


 そう言いながら俺から目を逸らすひな。

 すごく恥ずかしいひなの発言に、思わずその体をぎゅっと抱きしめてしまった。

 バレたくなかったから、真っ赤になった恥ずかしい俺の顔を。


「バカ。ひ、ひなは……どんな髪型をしても可愛いから……!」

「そう〜?」

「当たり前だろ? ひなは可愛いから! めっちゃ可愛いから!」

「へへっ。奏多、好き!!!」

「そ、そろそろ出よう! 目眩するかもしれないから!」

「うん!!!」


 あの日、俺は夕飯を食べる前に倒れてしまった。

 ひなと話したことがすごく恥ずかしくて、顔が真っ赤になってしまったからさ。

 本当にバカみたいだ。俺は。

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