63 プラス③

「は〜い! 終わり。キャー! 可愛い!!! ひなちゃん、きゃわいい!!!」

「お母さん……、声高い…………」

「あはははっ」


 うちのお母さんは美容師だから、休日にさりげなくひなを連れてきた。

 カッコよくなりたいとか、可愛くなりたいとか、その気持ちを分からないとは言わない。それにひなは可愛い女の子だからさ。そんなひながもっと明るくなって、たくさんの人たちと仲良くなって、楽しい学校生活を過ごしてほしかった。


「ひなちゃんはね。目が綺麗だから、隠さない方がいいよ」

「そ、そうですか?」


 そして振り向くひな、どうしてこっちを見てるんだろう。それに、お母さんも。


「早く! 男としてちゃんと言ってあげて! 奏多」


 なぜか、お母さんに背中を叩かれる。

 いや、俺は何もやってないけど……。それに「ちゃんと言ってあげて」ってどういう意味だよ。何を言ってあげればいいのか全然分からない。


 そしてひなと目が合った時、俺は気づいてしまった。なるほど……。


「えっと。き、綺麗だと思う。そして……今の前髪も似合う!」

「本当!?」

「うん」


 なぜか、ひなにも背中を叩かれる。

 よく分からないけど、多分……嬉しいからあんなことをしたと思う。

 本当に女子はよく分からない。


「奏多、女の子の変化にはすぐ気づいてあげた方がいいよ? そして可愛いってちゃんと言ってあげて!」

「あげて……!」


 なんで、二人に怒られてるんだろう……。


「は、はい……」

「そしてひなちゃんはね。大きくなったら絶対美人になると思う! 私を信じて!」

「そ、そうですか!?」

「うん! でも、ひなちゃんくらいの女の子なら学校ですごくモテそうだけど」

「あっ、私……。友達いないです」

「えっ? そ、そうなの? 嘘……」

「でも……! 奏多がいつも私と一緒にいてくれて全然寂しくないです! へへっ」

「へえ〜」


 てか、やっぱりこっちの方がいいな。

 ひなは前髪で目を隠すことより、今みたいにその可愛い顔が見える長さがちょうどいいと思う。でも、率直に「髪の毛を切ろう!」って言ったらひな傷つくかもしれないし、切らなくても十分可愛いって言ってしまったからさ。だから、俺の方からそれを言い出すのは無理だった。


 でも、その話を聞いていたお母さんのおかげでさりげなくひなを連れてくるようになった。

 よかったね。前より10倍可愛くなったよ……、ひな。


「奏多! 奏多! 私、可愛い?」


 髪の毛を洗った後、ひながすぐ俺がいるところに走ってきた。


「ちょ、ちょっと……! ひな。髪乾かさないと……!」

「あっ! ごめんね。乾かして! 奏多!」

「はいはい……」


 小学生の俺がなぜそんなことを考えていたのか分からないけど、こんな風に過ごす時間も悪くないと思っていた。俺はひなと一緒にいるのが楽しいから、その楽しい感情だけを感じていたけど。なぜ……、ひながそばにいると安心するんだろう。そこがよく分からなかった。


「あら〜、奏多。ひなちゃんの髪の毛を乾かしてあげるなんて。仲がいいね〜」

「か、からかわないで! い、いつもやってることだから」

「えっ? いつも!?」


 ミスった……。そういえば、お母さんにはまだ言ったことないよな。

 いつもこんな感じだったってことを。


「奏多はいい旦那さんになるね」

「な、何を……!」

「ふふっ」


 まったく、お母さんは大人なのに……。どうして小学生みたいに俺をからかうんだろう。それに今はひなもいるからそんなイタズラはやめてほしかった。


「ごめんね、ひな……、無視して。うちのお母さんいつもあんな感じだから」

「えっ? あっ、ごめん。何か言ってた?」

「えっ? ぼーっとしてたのか? ひな」

「えへへっ……。ちょっと…………」

「なんでもないよ。これでいいかな」

「うん! ありがとう! 奏多!」


 そして振り向くひなの顔を見た時、またドキッとする。

 それは……小学生だった俺にとってとても致命的な可愛さだったと思う。

 うみにはないそんな可愛さだった。


「ねえねえ、私奏多のシャンプーを使ったから! 奏多の匂いがするの! 嗅いでみて」

「い、いや……! そんなの嗅ぐ必要あるのか!?」

「ええ〜? いいじゃん! いいじゃん!」

「嫌だ〜。それにくっつくなぁ〜」

「えへへっ」


 全然気づいてなかったけど、ひなにはしょっちゅう俺にくっつく癖があった。

 多分、寝る時も学校に行く時も家にいる時も……、俺にくっついていたと思う。


「早く中学生になりたいな〜」

「いきなり? どうして?」

「中学生になったら! 背も伸びるし、いろいろ成長するから! 楽しみだよ! 奏多と一緒に中学生になるの」

「なんだよ……、それ」

「そういえば……! 私ね」

「うん」

「髪の毛が長すぎて少し切ったらどうって奏多のお母さんに言われて、ちょっと切っちゃったけど……。奏多の好きな長さを教えて!」

「今も十分可愛いし、俺髪の長さとかあまり気にしないから。ひなもそんなのいちいち気にしないで」

「…………」


 そしてまた俺に抱きつくひな、これで何回目なのか分からない。


「息がぁ……」

「奏多、大好き!!! ずっと私のそばにいてね! ずっとだよ!!!」

「はいはいはい……」


 距離感……ゼロ。

 それに顔がだんだん熱くなっているような気がする。まずい…………。


「ひひっ」

「ひ、ひな……? 今日は……テ、テンション高いね」

「…………」


 その時、ひながキスをした。俺の頬に———。

 そしてぎゅっと俺を抱きしめる。


「えっ……?」

「ずっと……私のそばで私のことを支えてくれてありがとう……。奏多」

「いや……」


 なんだよ……、この状況は。

 てか、お母さんさっきからずっとこっち見てんじゃん……! いつからそこにいたんだよ。


「ひひっ」

「まったく……」

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