59 3年生②

(奏多) 今日、お時間いただけますか? ひなのことで話したいことがあります。


 ひなの話通り……俺はうみのことを無視しようとしたけど、やっぱり気になる。

 うみは最初から俺が悪いって、俺のせいで自分がそうなったって話した。それがどういう意味なのか、幼い頃の記憶を思い出してもよく分からないことだった。どこから間違ったんだろうな……。


 本当に分からない。俺は……二人と仲良く過ごしていたからさ。

 ずっとそうだった。


(三木) いいよ。後で連絡するから。

(奏多) はい。そしてひなには内緒にしてください。お願いします。

(三木) 分かった。


「奏多! 遅い!」

「宮内くん! 遅い!」

「どうして……、俺二人に怒られてるんだろう」


 めっちゃ仲良くなったじゃん。二人とも。

 

「ふふっ。あ、そうだ! 今日! うちに来るよね? 奏多」

「今日……ね。ごめん、今日はちょっと用事があって……」

「ええ。じゃあ、私も一緒に行きたい!」

「それはちょっと……、俺お母さんと久しぶりに話したいことがあるからさ。もし、話が早く終わったらすぐそっち行くよ。ひな」


 まあ、うちのお母さんじゃなくて、ひなのお母さんだけど……。

 同じお母さんだからさ。

 一応……、適当に誤魔化したからそれでいいと思う。ひなは今のままでいい。


「ええ〜、仕方ないね」

「てか、春休み……、ずっとくっついてただろ? 俺たち」

「それは当たり前のことだからね!」

「堂々と言うなぁ……」

「ふふっ、二人はいつも面白いね〜」

「如月……、少しは手伝ってくれぇ」

「嫌だ〜」


 よく分からないけど、ニヤニヤしているひなが俺の脇腹をつつく。

 そのままいつもと同じ授業を受ける。

 そのままいつもと同じお昼を過ごす。

 そのままいつもと同じ1日が終わる。


 3年生になって変わったことは……、すぐそばにひながいるってこと。

 そしてうみと別れたこと———。 


「じゃあ、私は冬子とカフェに行くから! 奏多、時間あったら連絡して!」

「うん!」

「またね、宮内くん」

「おう」


(三木) 迎えに行った方がいいかな?

(奏多) いいえ。ひなにバレたくないので、私が行きます。そちらへ。


 ……


 ラ〇ンを送った後、学校からけっこう離れたところにあるカフェに向かった。

 ひなにバレたくなかったのもあるけど、こっそり確かめたいことがあったからさ。

 そしてカフェに着いた時、手を振る三木さんが笑みを浮かべていた。


「何にする?」

「えっ? ああ……、えっと、コーヒーで!」

「分かった」


 そんなことよりここに来たのいいけど、どこから話せばいいんだろう。

 しばらく三木さんの前でじっとしていた。店員さんがコーヒーを持ってくるまで、ずっとそのままじっとしていた。俺も……このままじゃダメって知っているけど、どこから話せばいいのか分からなくて少し悩んでいた。


 この静寂が怖い。


「緊張しないで、私は怖い人じゃないから」

「あっ、はい」

「ひなのことで話したいことがあるって言われたけど、本人には聞けないことだったのかな?」

「はい。正確には……、うみに何かあったのか聞きたいです」


 ほんの少し……、ほんの少し……、三木さんが動揺しているように見えた。

 それは気のせいじゃない。


「そしてひなとうみの間にあったことも…………気になります」

「…………うみのこと……」

「…………」

「その前に私の方から一つ聞いてもいい?」

「はい? なんでしょう」

「ひながうみのことをどう思ってるのか、知ってる?」

「今は……、なるべく関わらないようにしています」

「だよね。理由は分からないけど……、私たちは知らないうちにうみに嫌われていたから」

「はい……?」


 そう言った後、コーヒーを飲む三木さん。

 二人はうみに嫌われていたのか? なぜ? その理由が分からない……。

 そして俺はうみとあったことを三木さんに話してあげた。


「なるほど……、どうしてうみがあんなことをしたのか知りたいってことだよね?」

「はい」

「うみは小学生の頃からひなのことを避けていたと思う。実際どうだったのかは分からないけど、私の目にはそう見えた。何が問題だったのか、いまだに分からない。そしてひなも私に話してくれなかったから、二人の間に何かあったってことは分かるけど、具体的に何があったのかは分からない」

「…………そうですか」

「でも、仕事のせいで……私は二人に何もやってあげられなかった……。あの時の私はすべてを奏多に任せっぱなしにして、仕事に専念していたから。ごめんね」

「あっ……、いいえ! 大丈夫です」

「でも、一つ気になることがある」

「なんですか?」

「ひながね、ある日私のところに来てこう話した。『どうして優しい人はそうでない人が好きになるの?』と。この話の意味分かりそう? その優しい人は多分奏多だと思うけど、そうでない人は誰だろう。あの時のひな……、その場でずっと泣いていたから……」

「ど、どうしてその優しい人が私なんですか? 他にも———」

「いないよ。ひなにはずっと奏多しかいなかったから」

「そ、それ……いつの話ですか?」

「多分、中学2年生になったばかりの頃だったと思う」

「…………」


 中学2年生の頃か。

 いや、その前に……どうしてひながあんなことを聞くんだ……? 俺を振ったのはひななのに、どうしてひなが三木さんにあんなことを聞くんだ……? 違う……、それは違う。でも、どこから間違ったのか分からない。


「いいえ、その優しい人は私ではありません。私は……! 私は……、ひなに振られました」

「えっ?」

「その話の意味が分かりません! ひなとは……」

「そういえば、中学2年生の頃には……ずっとうみと遊んでたよね? 奏多」


 それを聞いて、ドキッとした。


「どうして、それを……」

「ああ、ひなが寂しそうな顔をしていたから聞いてみたよ。最近、奏多と一緒に遊ばないのって。そこでひなは『もう私と遊んでくれない』って、そう話した。やっぱり二人の間に何かあったよね? 奏多」

「…………」


 どうして……俺の記憶と三木さんの記憶が違うんだろう。

 その話を聞くとまるで……俺がひなを振ったように聞こえる。俺が……、ひなを捨てたように聞こえる。違う! 俺は……ひなに振られた。俺のことが嫌いって言ったのはひなだった。


 くっそ、捨てられたのは俺だったのに———。

 その時、三木さんのスマホに電話がかかってきた。


「あっ、仕事の電話だね」

「あっ、今日はこの辺で……」

「役に立たなくてごめんね、また話したいことがあるなら連絡して。奏多」

「はい……」

「これ」


 三木さんは財布の中から5千円を取り出して、そのままテーブルに置いた。


「またね、奏多」

「はい……」


 考えをまとめるために、しばらく席でじっとしていた。

 ひなは……、どうして三木さんにあんなことを…………。分からない。

 でも、もし三木さんが言ったことが本当なら……。あのそうでない人は、もしかして———。


「…………」

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