58 3年生

 春休みはずっとひなと過ごしていた。

 どうせ、俺には友達がないからバイトが終わった後、すぐひなの家に向かった。もちろん、ひなは俺を呼んでないけど「不安」って話したからさ。それに顔に出てるっていうか、一緒にいてあげないといけないような気がして仕方がなかった。


 今は手の甲が触れる距離で歩いているけど、心の距離っていうか……。

 まだまだだと思う。


 そしてひなと過ごしてきたここ数ヶ月間、俺は結局ひなに何も聞けなかった。

 どうして……、ひなが俺に優しくしてくれるのか。どうして……、さりげなくくっつくのか。ずっと黙っていたけど、実は知りたかったんだ。俺はあの日……ひなに振られたからさ。


 でも、それを言い出したら、今の関係が壊れてしまいそうでそうできなかった。

 それに頭の中も複雑になって、何をすればいいのかよく分からない。


「奏多、手……握ってもいい? 冷えてる」

「えっ? ああ……、うん」

「そういえば、外でこんな風に手を握るのもいいね。なんか———」

「うん。そうだね」

「天気もいいね〜」


 そう言いながら自然に指を絡めてくるひな。

 その横顔を見て、俺はもっと前に進むべきだとそう思った。

 このままじゃダメ———。


「…………」


 正直……、思い出すだけでつらくなる記憶だから、ずっと忘れようとした。

 でも、最近ひながよくあの時の悪夢を見るからさ。

 そして俺も……たまにあの時の悪夢を見るから、これをどうかしないといけない。


「どれどれ……」

「…………」

「か、奏多!!!」

「うん」


 すごい奇跡が起こった。

 まさか、同じクラスになるとはな。しかも、如月も俺たちと同じクラスになった。

 これじゃ2年生の時とあんまり変わってないような気がするけど、それでも一応ひなと同じクラスになったからホッとした。


「同じクラスになったぁ……! 神様ありがとうございます……! これからもっと頑張ります!」

「な、何を……」

「奏多との学校生活!」

「なんだよ、それ……」

「ふふふっ」

「でも、よかったね。同じクラスになって」

「うん!」


 ……


 新しい教室、そしてひなと新しい一年を過ごすことになる。

 てか、同じクラスになったことがすごく嬉しかったみたいだ。如月……さっきからずっとひなと楽しそうに話している。友達と仲良くするのはいいことだから、ちょっとだけ席を外してあげた。


 今は……、深く考えなくてもいい……。

 まずはこの日常を楽しむこと。


「…………」


 その時、廊下でうみとばったり会ってしまう。

 でも、無視することにした。


「待って、奏多くん」

「…………」

「ちょっと話したいことがあるけど、いいかな?」

「俺と? 何を話すつもり?」

「私は被害者だからね。ずっと避けられてるような気がして、今まで声をかけるチャンスがなかった」


 被害者……? 今度は何を言うつもりだろう。


「……分かった」


 まだ時間があるから、俺はうみと5階の空き教室に来た。

 どうせ、ここは誰も来ないから…………。でも、嫌なことを思い出してしまうな。


「それで、被害者ってどういうこと? なぜ、うみが被害者なんだ」

「全部私のせいだとそう言いたいよね? 奏多くん」

「はあ? いきなり、なんだよ……。俺たちがこうなってしまったのは全部うみのせいだろ? それを否定するつもりか?」

「違う。私があんなことをしたのは事実だけど……、なぜあんなことをしたのか分からないでしょ? 聞いたことないでしょ?」

「ごめん、知りたくない。どんな理由があったとしても、お前と斉藤はひなを傷つけた。それは変わらない。そして如月を脅かしてひなのチョコを盗もうとしたのも、ひなの制服をゴミ箱に入れたのも、全部うみの仕業だろ? なぜ、あんなことをさせたんだ? なぜ、そんなにひなのことを嫌がってるんだ? うみ」

「いつも……、ひなひなひな。どうして、私を見てくれないの? ずっと……、ずっと……、頭の中にはひなしか入っていなかった。奏多くんも、そしても」


 三木さんも……? どういうことだ。


「私は奏多くんがひなのことを忘れてほしかった。私に集中してほしかった。長い時間を共にしたのはひなだけじゃない。私も奏多くんと長い時間を共にしたのに、どうして……選ばれるのはいつもひななの?」

「…………」

「私がやったことは冬子ちゃんに聞いたから分かるよね? でも、私がそうなるまで放置したのは奏多くんだよ……? そばにいるのに、何も感じられない。私は最初からひなに奪われたの。奏多くんを」


 どういう話なのか、俺……全然分からないんだけど。

 なんだ、俺のせいだと? 俺の……せい? これが全部俺のせい? うみが浮気をしたのも俺のせい? ひなにあんなことをしたのも俺のせい? 今まで……俺はずっとうみに合わせてきたのに、全部俺のせいだと?


 俺の……、せいだと?


「今更、あんなことを話してどうするつもり? そう、俺は如月に全部聞いた。うみが今までやってきたことをさ。せっかく話をかけてくれたから、俺もうみに話したいことがある」

「何?」

「うみがどこで何をしても、俺たちはもう気にしないから。だから……、ここで終わらせよう。そっちの方がいいだろ? そっちの方が……お互い楽しい学校生活を過ごすために必要なことだと思う。俺たちは……、今から他人だ。赤の他人」


 なぜ、それが俺のせいなのか分からなかった。

 うみが斉藤としたことと、知らない大人としたこと……、それは全部うみの選択だろ? でも、ここでそれを言い出すつもりはない。そうしたいなら、そうした方がいい。俺はうみじゃないからさ———。


「…………理解できない。どうして、いつもひななのか……私には理解できないよ」

「それはこっちのセリフだ。俺はうみのことを理解できない。何がしたいのか、どうしてあんなことをするのか理解できない。だから、もういいだろ! もう、俺たちのことほっておいてくれ」

「…………」

「俺は……、うみと意味のない喧嘩をしたくない。だから、終わらせよう。俺たちのこの関係を」

「…………」


 あのうみが……、焦っている。

 なぜだ。いつも当たり前のように寄ってくる人たちがいなくなったからか? 分からない。

 でも、その顔はどう見ても焦っている顔だった。


「俺は教室に戻るから」


 そして、三木さんとうみの間に何があったんだろう。

 その教室を出た後、しばらくスマホを見つめていた。


「…………」

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