57 私のヒーロー④

 どうして、あの時の夢を見たんだろう。

 もう思い出したくないつらい記憶なのに……、もう……思い出したくないつらい記憶なのに…………。幼い頃の私は……、どうして……そんなに嫌われていたのか分からなかった。知りたかったけど、誰も私に教えてくれなかった。


「…………っ」


 怖くて、怖くて……、知らないうちに奏多のそばで涙を流していた。

 そのままぎゅっと奏多の体を抱きしめる。

 じっと目を閉じて、幸せな夢を見たかった。でも、時間は朝の6時。今日から私たちは3年生になる———。


「…………」


 朝、目が覚めるとすぐそばに奏多がいる。

 私がずっと欲しがっていた日常。でも、私たちの間には解決しないといけないことがたくさん残っている。私もりおに聞いたことが全部だから……、奏多に何があったのか分からない。でも、うみの話が間違っていたってことはちゃんと分かっている。


 どうして……、私を捨てたのか分からない。

 その理由が知りたかった。

 でも、聞くのが怖くて……、口に出せない。だから、私は頑張って明るい女の子になろうとした。でも、あの時のトラウマがずっと私を苦しめている。小学生の頃からずっといじめられて……、あの時のことを思い出すと心臓がドキドキして……、すぐ不安になってしまう。


 うみもそれを知っていたから、冬子にあれを頼んだよね?

 みんなの前で笑みを浮かべて、みんなの前でどれだけ強がってみても、結局私は弱い女の子。

 そしてうみは……私を心を折るつもりだった。


「朝だよ? 奏多……」


 でもね。今はこれでいい、今は……これでいいよ。

 すぐそばに奏多がいるから、もういい。あんな人……、忘れればいい。


「ひなぁ……」

「うん、おはよう」

「重い……」

「…………」


 その話を聞いて、すぐ奏多に頭突きをした。


「痛っ! えっ? な、なんで……俺頭突きされたの? ひ、ひな!?」

「知らない! ちょっと抱きしめただけなのに、重いだなんて!」

「ええ、ごめん……」


 私は……、今こうやって奏多と一緒に朝を迎えるだけで十分だと思う。

 ちょっとアホみたいな顔をしているけど、それでもカッコいいから……。

 奏多はアホだけど、カッコいい!


「あのさ……、ひな。俺、聞きたいことがあるけど、いいかな?」

「うん」

「どうして……、シャツの中に手を入れたんだ……? そしてどこ触ってるの?」

「奏多も昨夜私の胸揉んだでしょ? 寝ていたけど」

「…………えっ? そんなことするわけ……」

「昨日はちょっと激しかったかもぉ……」

「えっ!?」


 春休みを一緒に過ごしたからかな、慣れちゃったね。奏多。

 前には1ミリでも距離を置きたくて、頑張っていたけど、最近さりげなく私にくっつくようになった。そして不安って話しただけなのに……、ほぼ毎日うちに来てくれるとは思わなかった。本当に……、好き。


 だから、私も奏多とくっつきたくなるの。


「いいよ。奏多なら、いいよ。私のことを好きにしても……」

「うるさい! 朝からエッチなことは禁止!」

「エッチなこと……?」

「ど、どこ見てんだよ! ひなぁ!!!」

「あっ、別に〜。何も見てないけどぉ〜?」

「…………っ」

「でもね。別に見られても大丈夫だと思うけど……、奏多は中学生になる前までずっと私の裸を見てたんでしょ?」

「そ、そんなの覚えてねぇから! てか、朝からそんなこと言うなぁ!」

「我慢できないの〜? えへへっ」


 まだ時間があるから、そのまま奏多に抱きついた。

 そしてダメって言いつつ……、私のことを抱きしめてくれるところがめちゃ好き。


「ねえ、奏多」

「う、うん……」

「私……、悪い夢を見たの。昔の夢…………」

「そうなんだ。大丈夫……、俺たちは今を生きているからさ……。それを忘れるのは難しいと思うけど、それでも俺がいるじゃん」

「うん……」


 そう言いながら私のことをぎゅっと抱きしめてくれて、すごく気持ちいい。

 そう、奏多があんなことするわけない。それは全部嘘だ。私はそう信じている。


「あのね……、奏多」

「うん?」

「そこ……、つらいなら……、私が手伝ってあげよっか? やったことはないけど、教えてくれたら上手くいける……! と思う」


 じっと奏多を見つめていた。


「…………あ、朝から何を言ってんだよぉ。このバカがぁ……!」


 そして奏多が私の頬をつねる……。怒られちゃったね。


「ごめんなは〜い……」

「まったく……。朝ご飯食べよう、今日から俺たち3年生だぞ? ひな」

「は〜い!」


 ……


「ねえねえ、奏多」

「うん?」

「もし、別のクラスになったらどうしよう……。私、まだ心の準備がぁ……」

「まあ、別のクラスになっても、そっち行くからさ。心配すんなよ」

「えへへっ、うん!」


 奏多のそばで食べる朝ご飯はやっぱり美味しい。

 しかも、奏多が作ってくれた卵焼きとみそ汁……。そしてこの新婚っぽい雰囲気に朝からすっごくテンションが上がっていた。一緒に朝を迎えて、一緒にご飯を食べるこの普通の日常を……。私はほぼ3年間神様に祈っていた。


 これからはずっと一緒だよ。奏多。


「奏多、あーん!」

「えっ? なんで?」

「なんでって言われても、私があーんしたいから!」

「はいはい」

「ふふっ、よしよし……!」

「こ、子供扱いすんなよ! 恥ずかしいから」

「えへへっ、奏多照れてる〜」

「早く食べないと先に行くからな」

「えっ!? それはダメ!」


 急いで朝ご飯を食べた後、部屋の中で制服に着替えていた。

 そしてしばらく鏡に映った自分の姿を見つめる。


「…………」


 そのまま人差し指で口角を上げた。

 笑顔を作る練習……、もうやらなくてもいいよね。

 ちゃんと……、笑えるようになった。時間がけっこうかかちゃったけど……。


「ひな、そろそろ行こう〜」

「うん!」


 春、私たちは3年生になる。

 前よりもっともっと……、奏多との距離を縮めたい。

 そして私たちの間にある、その……わけ分からない壁もいつか壊したかった。


「あっ! ひな、それ俺のセーターだろ!? ずっと探してたのに、ひなが着ていたのかよ!!!」

「今日から私のだよ? ふふっ」

「はあ!? てか、ひなセーター買っただろ?」

「うん! 私の貸してあげるから!」

「いらねぇよ! そんなの。小さいから合わない!」

「えへへっ」


 さりげなく、奏多と手を繋いだ。


「おっ、ちょっと待ってぇ! ひな、カバン!」

「行こう!!! 奏多!!!」

「だから、カバン!!!」


 桜が、綺麗だね。奏多。

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